ACROSS 速報版 - 立命館大学経営学部校友会

立命館大学経営学部校友会
ACROSS 速報版
2015 年 10 月 30 日
第 79 号
----------------------------------------------------------------------------------人生のきっかけをつかんだりすることがあります。
経営学部校友会・経済学部同窓会 共催
まず、私の師でもある井伏鱒二氏から言われた言葉
江上 剛 氏 講演会
があります。「小説はいつでも書ける。大阪では
「ビジネスマンのための『幸福論』」
商売を覚えなさい。」という言葉です。結果的に
その言葉通りの人生を送ってきました。
10 月 11 日オール立命館校友大会 2015 が大阪いば
らきキャンパス(OIC)で行われました。この日程
井伏鱒二先生 私は、丹波の田舎出身です。今で
に合わせ、経営学部校友会、経済学部同窓会の共催
も丹波へ帰ると、本名が小畠晴喜(こはた はる
で講演会が行われました。2015 年度第2回経営学
き)ですので、「はるきちゃん」などといまだに呼
振興セミナーとして作家の江上 剛氏による「ビジ
ばれています。子供の頃お金もありませんでしたか
ネスマンのための『幸福論』」という演題のお話し
ら、一番安い趣味として文章を書いたり、俳句を投
をうかがいました。大変示唆に富むお話しで、
稿したりしていました。賞を貰ったりできるので、
150 人以上という大勢の聴衆の皆様に喜んで頂けた
文章書くのが好きでした。そして高校時代も運動も
のではないかと思います。以下、当日の講演内容の
しましたが、文芸部に入りました。大学は、早稲田
概要をご報告致します。(松村記)
大学政治経済学部政治学科でした。愛読していまし
たので、大学で井伏鱒二論を書こうとしました。そ
れで井伏鱒二先生のお宅へ直接電話しましたら、
「では今から来なさい」と言われました。今どきそ
んな人はいないではないでしょう。気さくな方で、
いろんな話を聞かせて頂きました。そして長くおつ
きあい頂き、学生時代お世話になりました。ある
時、田舎から送ってきた松茸を持って行きました。
じゃ一緒に松茸ですき焼きを食べようと仰って頂き
ましたが、留年してしまいだめです、といったら、
じゃ、仕方ないから来年まで佃煮にして残しておく
から就職が決まって、まともになったら来なさいと
講師 江上 剛 氏
仰いました。翌年幸い第一勧業銀行に入れました。
聞いてみたら入行者のなかで優は一番少なかったよ
人生を決めた言葉 私は元銀行員ですが、銀行員
うです。私は学生時代勉強はあまりしませんでし
としてスタートしたのが大阪で、摂津富田の独身寮
た。文章を書くのが好きでしたから、学生時代スト
から第一勧業銀行梅田支店に通っていました。毎日
リップ劇場の原稿を書いていました。これがいいバ
残業してました。ですからここは思い出の地なんで
イト料になりました。何か今ある姿はそうなるべく
す。
してなった記憶ばかりが残っています。銀行でも広
今日は「人生を決めた言葉」をテーマにお話しを
報部で仕事をしていました。
します。聖書の中でも「はじめにことばありき」と
それで銀行に決まりましたので、井伏鱒二先生に
言われています。行動を決める場合、最初に言葉が
ご挨拶に伺うと、あの一緒に食べようと仰っていた
あります。言葉が人を動かします。何気ない言葉が
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松茸が佃煮として炊いて残されていて、うれしくて
号泣してしまいました。そして先生のお宅の近くの
荻窪の靴屋で靴を 2 足買っていただきました。そし
て「商売を覚えてきなさい」と言われました。先日
「私の東京物語」というのを東京新聞に連載するの
で、井伏鱒二先生のかつてのお家に行ったら、「太
田」という表札がかかっていて別の方がお住まいの
ようだなと思ったのですが、とにかくお家の人にこ
とわっておこうと思ってたずねましたら、おばあさ
んが出てこられて、「小畠さんでしょう」と言われ
ました。それは井伏先生の娘さんでした。井伏鱒二
家で私のことを話題にされていたようです。ですか
ら覚えておいて頂いたようです。
私は銀行員をやめて 49 歳から作家としてデビュ
ーしました。長く銀行に務めていましたので、書く
材料があってよかったと思います。そして「小説は
いつでも書ける。商売を覚えなさい。」という「人
生を決めた言葉」がよかったと思います。
湯は外へ外へかくもんだ もう一つ。母親の言葉
が頭に残っています。母親は学問はなくても良いこ
とを言ってくれました。「湯は外へ外へかくもん
だ」と教えてくれました。当時風呂を薪で焚く、五
右衛門風呂でした。鉄の釜の上に敷いた板の上に乗
って入ります。ですから暖まろうと思ったら、外側
にある鉄に向かってお湯をかき混ぜて温める必要が
あります。それが転じて、自分ばっかり得しようと
思うとだいたいよくないということを意味すること
ばとなっています。自分が得をしようと思ってする
と失敗することが多いものです。人のためを思って
行うと、回り回って自分にもよくなるものです。そ
れが母親の言葉です。いい教えです。東京に初めて
出たときも、その母親の言葉が天からふってきまし
た。上司から命じられたら、それが悪いこととわか
っていてもそれに手を染めてしまうものです。それ
がいやで上司とよくけんかしました。融資先で月末
に必要な金をよく月初に融資するという、銀行に有
利な策を弄するものです。私はそれはダメだと思っ
ていました。融資先のためにならないからです。
「聴く」ということが大事 私は「聴く」という
ことが大事だと思っています。銀行にいる時私はわ
りと成績のいい営業マンでした。でもセールスした
ことはありませんでした。でも、お客さんの話を聴
くのはよく聴きました。お客さんの元へ行っても何
も頼まなくても、取引ができました。何も言わなけ
れば、むしろお客さんの方から話してくれます。そ
れでお客さんが何を求めているのかわかります。
「聴く」のは大事です。昔中国で項羽と劉邦という
ライバルがいました。優秀な項羽でなく、なぜ劉邦
のほうが天下が取れたのか。それは自分に耳があっ
たからだと言っています。部下の意見を聞くので
す。そうすれば才能のある人が集まってくる。それ
で天下を取ったのです。
「貯人」 何気ないけど、いい言葉を残す必要があ
ります。「貯人」という言葉があります。これは、
私の小説『我弁明せず』で書いた三井の大番頭池田
成彬のことばです。三井の大番頭であった池田成彬
は東条英機に対抗しました。彼には 3 人の息子がい
ましたが、次男は東京海上に行ってました。30 い
くつになっていて、彼にはもう子供がいましたけれ
ど、戦争にとられました。東条英機から「自分に逆
らわなければ内地勤務にしてやる」と言われました
が、断りました。彼は中国で亡くなり遺骨で帰って
きました。彼のことについて、ある政治家が「次男
の人生は無駄だったな」と言ったのですが、池田成
彬は涙を流して、彼は自分の役割を果たした、とい
いました。彼は律儀な人でした。池田は「貯人」と
いうことを言いました。自分は投資でお金をつくろ
うとは思わない、人間関係作りに投資したのだと言
いました。
以前私はハローワークに行きました。管理職向け
のハローワークです。私の経歴を書きましたら、頭
を切り替えなさいといわれました。ここに書いてあ
るのは、ポストじゃないですか。何ができますか?
といわれました。年収、これくらいほしい、といい
ましたら、それならとパチンコ屋の支店長のシート
を渡されました。
そのときに思ったことは、どれだけ人とつながり
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を持てたかが大事だということです。素のままでつ
きあえる人間がどれだけいるかです。「貯人」とい
う池田成彬の言葉は心に残ります。
必要な5つの力 私は 49 歳で銀行を辞めました。
やめるきっかけは、女房に言われた「濡れ落ち葉に
なるわよ」と言う言葉です。それで朝日カルチャー
センターに通い始めました。これが小説家になるき
っかけです。われわれにはどんな力が必要なのでし
ょうか。
知力、体力、胆力、ユーモアの力、取捨選択の力
が必要です。大過なくという言葉がありますが、あ
れは消極のようですが、大過なく過ごせるのは大変
です。その中で必要なのは 5 つの力です。
①知力ですが、古典を読め、と井伏先生に言われ
ました。論語、聖書、そのときそのときに心にあっ
たものを読めばよいのです。
②体力。それは衰えてきます。私はマラソンを
56 歳から始めました。一時鬱病になりそうなとき
がありまして、それではじめました。日本振興銀行
の社長を頼まれて引き受けました。友人の木村君か
ら頼まれて、引き受けました。警察から強制捜査を
受け、記者会見で「2 回も強制捜査を受けました
ね」といわれました。第一勧業銀行でも総会屋利益
供与事件で強制捜査を受け広報部次長として混乱対
応しました。それで 2 回も強制捜査を受けましたね
と言われたのですが、それで謝罪会見しましたら、
それまで依頼されていた講演会も全てキャンセルさ
れました。そのときに、マラソン始めました。ジョ
ギングで走っている人たちは、練習ですからしゃべ
りながら走っているのです。家庭事情など話しなが
ら走っているのですが、その人たちがいろんな問題
を抱えていることを知りました。そうしたら自分だ
けが悩みを抱えているのではないのがわかり、悩み
が相対化できました。マラソンはただゴール目指し
て走るだけです。まさに一に帰るという禅の心と一
緒です。
人は自分の役割だけを果たせばいいのです。座禅
でも雑念が払われ、そのうち一つになるのです。そ
れが脳の活性化に役立つのです。それで、ランニン
グで悩みを回復させるというボランティアをしてい
ます。「生きる力」を体得させる必要があります。
③胆力。肝の力です。私も火中の栗を拾うことを
しました。人生には無駄なものは何もないのです。
何でも思い切ってやってみよう。失敗も無駄になっ
ていないのです。その意味では小説家はいい仕事で
す。
④ユーモアの力、それは人生くよくよしないこと
です。
⑤取捨選択する力。人間は一しかできません。一
つの役割しか果たせません。人生は選択しながら生
きているのです。後悔しない力とでもいえましょ
う。
最後に。銀行員の先輩で、こういう人がいまし
た。銀行の人事部から紹介されて、いい会社だから
といわれて、行ったら、ぼろい会社だった。人事部
に文句を言おうと思ったけれど、それはやめて、そ
の会社を見回すと、みんなが自分のことをどうせ銀
行から来て偉そうにしているだけだろう、と思って
いるだろう。だから一番いやがる仕事をしようと思
った。石炭を溶鉱炉に燃やす。その人はそれをやり
続けた。そうしたら会社の空気が変わってきたそう
です。会社の空気が徐々に変わってきた。本気だと
思われたのです。一緒に汗をかいてくれる人だと思
い始めたのでしょう。会社が変わって、それで会社
は再建できた。その後彼の人生は変わって、再建の
プロになったのです。
それぞれ人の人生は、個々違います。言葉によっ
て人間は動かされます。まっすぐ進んでいけたらよ
いのです。日本の社会システムはまだまだ捨てたも
のではない。道が開かれているのです。まだまだ希
望をもてます。
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