乳児の共同注意関連行動の発達

乳児の共同注意関連行動の発達
P99 〜 109(2015)
「教育臨床総合研究 14 2015 研究」
乳児の共同注意関連行動の発達
― 二項関係から三項関係への移行プロセスに注目して ―
Development of joint attention related behaviors of infants
Transitional process from Dyadic to Triadic Interactions
児 山 隆 史 *
Takashi KOYAMA
三 島 修 治 ***
Shuji MISHIMA
樋 口 和 彦 **
Kazuhiko HIGUCHI
要 旨
乳児と大人とのかかわりにおいて,二項関係から三項関係への移行を通して「他者意図の理
解」がどのように発達するのかについての移行モデルを作成した。さらに,乳児の発達を縦断
的に観察して検証した結果,二項関係から三項関係への移行の鍵となる行動は,
「対象物の共有」
であった。
〔キーワード〕 共同注意関連行動,他者意図の理解,二項関係・三項関係
Ⅰ はじめに
共同注意とは,他者と関心を共有する事物や話題へ,注意を向けるように行動を調整する能
力(Bruner, 1975)である。共同注意は,生後半年以降の乳児の精神発達を反映する有力な指
標で,二項(乳児と他者,乳児と対象物)を基盤にする交流構造から,三項(乳児と対象物
と他者)を統合する交流構造への移行を可能にする精神発達が反映されている(大藪 , 2004)
発達の重要な指標である。
Scaife and Bruner(1975)は,乳児と顔を見合わせている相手が頭と目を同時に対象物の
方向に回転させたときに生じる乳児の視線の後追い現象である視覚的共同注意(joint visual
attention)について,生後 11 ヶ月~ 14 ヶ月までには,他者の注意対象を多くの環境の中か
ら感じ取り,
他者の注意や意図した方向に注意を向けるようになると述べている。この研究は,
啓示的とされながらも暫くの間,一部の研究者を除いて省みられることがなかった。その後,
共同注意が,社会的,認知的発達において数多くの重要な役割をもつことを示唆する実証研究
が,着実に増加していった(大神 , 2008)。
*島根大学大学院教育学研究科発達臨床コース
**島根大学教育学部心理・発達臨床講座
***
島根大学教育学部附属教師教育研究センター
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児山 隆史 樋口 和彦 三島 修治
共同注意は,様々な研究者がそれぞれに定義づけし,研究をおこなっているのが現状である。
それを大別すると,狭義と広義の定義に分けることができる。Butterworth and Jarrett(1991)
は,狭義の定義で研究をしている。狭義の定義では,乳児と他者が同じところを見ている状態
を共同注意とする。狭義の立場では,生後 6 ヶ月から共同注意は成立するとしている。一方,
Tomasello(1995)は,2 者が単純に同じものを見ているだけでなく,両者がお互いに相手の
注意をモニタリングしている状態を共同注意としている。それが広義の立場であり,生後 9 ヶ
月から共同注意は成立するとしている。
現在は,Tomasello の広義の定義,すなわち視線と注意の共有された状態を共同注意とする
立場が一般的となっている。
共同注意は,
「子どもと他者の関係」「子どもと物(玩具などの)の関係」という二項関係で
のやりとりの後,
「子どもと物と他者の関係」という三項関係のやりとりをおこなうようにな
り (Tomasello,1993)成立する。三項関係は共同注意が成立した状態といえるが,二項関係
から三項関係への移行は,どのようにおこなわれるだろうか。
田中(2014)は,共同注意が成立する以前の二項関係の部分を段階意義の系統図の一部に表
している(Fig.1)
。この図は,共同注意が成立する前後における発達評価とその発達支援のプ
ログラムを開発する目的で作られた学習到達度チェックリスト(徳永,2014)の行動項目を発
達系列としてまとめたものである。
この系統図(Fig.1)では,乳児は,生後4ヶ月頃になると,特定の声に反応したり,声を
かけられると表情で応じたりできるようになるとしている。これは,「他者への注意と反応」
Fig.1 段階意義の系統図 (田中, 2014)
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の段階で,特定の他者に注意が向けられるようになった結果である。こうした乳児の行動は,
大人に働きかけを喚起させ,大人は幼児が反応することができる行動を繰り返す傾向にある。
それが,6ヶ月頃になると,乳児は大人が音声で「1,2,・・」と発音してしばらく間をとる
と,3が発音されることを期待する表情をするようになるとしている。この段階は,「やりと
りの予測・パターン化」の発達段階とされており,これから起こる出来事を予測できるように
なった状況である。このような「やりとりの予測・パターン化」の段階を通して,幼児は大人
との二項関係のかかわりを深化させる。さらに,大人が意図をもって関わろうとしていること
に気づいていく段階に至るとしている。
一方,大神(2002)は,共同注意が成立した三項関係の共同注意関連行動の出現時期を図と
して整理した
(Fig.2)。三項関係の共同注意関連行動のひとつである「他者意図の理解」の場合,
それが成立したと判断するための行動として,「指さしの理解」と「視線の追従」がある。「指
さしの理解」に関して,8ヶ月を過ぎた頃から乳幼児の見える範囲であれば,乳幼児の 50%
は大人の指さした方法を見るようになるとしている。その結果として,他者の指した方向から
その意図を感じて他者との原初的なコミュニケーション・ネットワークに乗ることができる(大
神,2002)としている。
Fig.2 共同注意関連行動の出現時期 (大神, 2002)
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税田・大神(2003)は,「他者意図の理解」と「指さしの産出」との直接的な発達的関連性
は小さく,むしろ「提示・手渡し」の段階を介した間接的な関連性をもつとしている。行動の
起源については,
「他者意図の理解」は,他個体の注意を検出するモジュールを起源とすると
考えられるのに対して「指さしの産出」は,生後1,2ヶ月ごろの人差し指の伸展(指たて)
という生得的な運動パターンを起源としている(税田・大神,2003)としている。さらに,提示・
手渡しというやりとりを通して,
「他者意図の理解」と「指さしの産出」とが関連性を有して
いることは注目すべきである(税田・大神,2003)。「他者意図の理解」は,他者の心的状態の
理解(松岡・小林,2000)と言い換えることがでる。2者が単純に同じものを見ているだけで
なく,両者がお互いに相手の注意をモニタリングしている状態を共同注意(Tomasello,1995)
とする立場では,
「他者意図の理解」は,共同注意の発達の鍵となる行動といえよう。
ここまで議論してきたように二項関係では田中(2014)の研究,三項関係では大神(2002)
の研究がある。しかし,二項関係から三項関係への移行がどのようなメカニズムでおこなわれ
るかを検討した研究は多くはない。大藪(2004)は,二項関係から三項関係への移行を念頭に
おき共同注意を「前共同注意」
「対面的共同注意」
「支持的共同注意」
「意図共有的共同注意」
「シ
ンボル共有的共同注意」の5種類の形態を提案している。この研究は,大人の関わりを中心に
述べており,
乳児自身の能力の変容については,さらに深く検討が必要であろう。塚田(2001)は,
「交互注視」を母親と対象物とに視線を切り替えることであると定義し,三項的なかかわりへ
の移行には,
乳児の「交互注視」が重要な役割を果たすとしている。さらに,
「交互注視」によっ
て,
乳児は他者が何に注意を向けているかに気づけるようになると述べている。「交互注視」は,
三項関係への移行と「他者意図の理解」の発達に不可欠な行動であるが,二項関係から三項関
係への移行において,どのように「交互注視」を活用するのか,実際の観察を通した検討が必
要であろう。
本研究では,二項関係から三項関係への移行期における乳児の共同注意関連行動の発達プロ
セスを検討し移行モデルとして作成する(研究1)。さらに,乳児の観察を通して移行モデル
の検証をおこなう(研究2)
。なお,本研究では共同注意を Tomasello(1995)が主張するよ
うに2者が単純に同じものを見ているだけでなく,両者がお互いに相手の注意をモニタリング
している状態と解釈し,二項関係,三項関係を含む共同注意に関連しその成立に結びつく行動
を共同注意関連行動とする。
Ⅱ 共同注意関連行動における二項関係から三項関係の移行モデルの作成 (研究1)
1. 方法
先行研究をもとに,
「他者意図の理解」における二項関係から三項関係への移行を整理し,
共同注意関連行動の移行モデル(以下,移行モデルと記す)を作成する。
2. 結果
作成した移行モデルを Fig.3 に示す。次に移行モデルの構成について説明していきたい。
乳児では,
「物とのかかわり」と「他者とのかかわり」が独立して発達する(Trevarthen &
Hubley, 1978; Trevarthen, 1979)。
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Fig.3 共同注意関連行動における二項関係から三項関係への移行モデル
「物とのかかわり」では, 5 ~ 7 ヶ月頃の乳児は,積極的に周りの対象を見て手を伸ばし,
つかんだり,なめたり,たたきつけたりして対象に働きかけるようになる(常田,2008)。月
齢 6 ヶ月あたりで「物への興味」が芽生える。
一方,乳児が,「他者への注意と反応」を示すようになるのは,生後 4 ヶ月頃である(田中,
2014)が,乳児が物への興味を抱くよりも早く出現する。
「物への興味」と「他者への注意と反応(田中,2014)」は,「対象物の共有」の段階におい
て統合される。乳児と他者,乳児と物とのかかわりが独立していた状態から,対象物を共有す
るようになり,乳児と他者と物の三項関係の芽生えをむかえる。この「対象物の共有」は,物
を媒介として乳児と他者の 2 者の注意を結びつける。
別々であった「物とのかかわり」と「他者とのかかわり」が,同時におこなわれる 「対象
物の共有」が行われた後,他者の意図が理解されるようになる。「他者意図の理解」には,評
価指標があり,
「①視線内の指さし理解」は 253 日,「②視線の追従」は 311 日,「③後方の指
さし理解」は 347 日の順に発達していく(大神,2002)。
これらの発達を支え高次なものにしていくのに,乳児の「交互注視」が重要な役割を持つ
と推測される。
「交互注視」とは,物と他者とに視線を交互に向ける活動であり,それを通し
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て,乳児は他者の物にかかわる意図をくみ取るようになる(塚田,2001)。「交互注視」は,出
現した当初,生起時間が非常に短いが,12 ヶ月頃になると長く生起する傾向がある(塚田,
2001)
。月齢が進むにつれて,乳児が「交互注視」する時間や頻度が増し,それに伴って共同
注意関連行動も高次なものに移行していく。
なお,二項関係から三項関係への移行は,「注意の焦点化」の段階が生後 3 ヶ月まであり,
その後に「二項関係」が生後7カ月まで,「三項関係」が7カ月以降となる。もちろん,他者,
乳児,物の間に成立する三項関係は忽然と現れるのではなく(根ヶ山,2012),徐々に発達し
次の段階に移行する。さらに,乳児それぞれに個人差があることは想定しながらも,あくまで
も目安として月齢で区切り表記している。 3. 考察
先行研究をもとに,乳児の二項関係から三項関係への移行期における「他者意図の理解」の
発達を移行モデルとして作成した。移行モデルでは,二項関係(乳児の物とのかかわり)と二
項関係(乳児の他者とのかかわり)が「対象物の共有」の状態で統合されて三項関係を築く基
盤を作る。さらに,「交互注視」の増加と共に「他者意図の理解」が深まり,三項関係がより
安定していくとした。この移行モデルは,乳児の共同注意関連行動の発達の道筋を仮説的に設
定したものであり,実際の乳児の発達的変化の様相と比較し検討することが必要であろう。研
究2で,健常乳幼児の6ヶ月から 11 ヶ月までのコミュニケーション発達の変容を縦断的に観
察し,移行モデルの検討をおこなう。
Ⅲ. 健常乳幼児の行動観察を通した移行モデルの検証 (研究2)
1. 方法
健常乳児の観察を通して,研究1で作成した移行モデルを検証する。
(1)対象児:A 児。生後6ヶ月の女児。
(2)観察場所と観察期間:A 児の自宅のリビングルーム。母親が同席して見守っている状
況であった。観察期間は 20 ××年8月~ 20 ×× + 1年1月であった。
(3)手続き:月1回,A 児宅を訪問し,著者とのかかわりの場面をビデオカメラで撮影し
記録した。撮影場面は,著者が A 児に語りかけたり,A 児の家庭にあるおもちゃで遊
んだりする場面であった。訪問回数は6回,総記録時間は,8時間1分であった。
(4)記録の整理と分析:ビデオカメラで撮影した記録は,以下のように分析した。
1)分析場面の選択:原則として,著者とのかかわりに慣れた撮影終盤を分析対象場面と
した。各月齢で連続した 10 分間を定め分析対象とした。食事場面を除外した A 児と
著者の物を使わない遊びか,物を使っての遊びの場面を抽出し記述した。
2)分析方法:分析対象となった各月齢 10 分間の場面を,運動・動作,人とのかかわり,
物とのかかわり,人や物とのかかわりの4つの視点で記述した。 2. 結果
生後 6 ヶ月から生後 11 ヶ月までの間における A 児の二項関係から三項関係への移行プロセ
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スにおける質的変化を各月齢ごとに記述する。
(1)6 ヶ月(20 ××年 8 月)
・腹臥位姿勢で肘を床につけた状態では,対象物に片手を伸ばして短時間触れることができる。
両腕を同時に動かしてずり這いで移動していた。後方から声がすると,その方向を見ようと
して腹を中心に回転していた。
・人とのかかわりにおいては,A 児の名前が呼ばれると笑顔になることがあった。母親の声は
聞こえるが,姿を見つけることができない状況では,泣きだすことがあった。A 児が著者と
接触を求める行動(著者に近づく,体に触れる等)は,ほとんど生じなかったが,母親に対
しては,接触を求めるように泣いて訴えていた。対人関係は母親中心であった。
・物とのかかわりにおいて,対象物をなめる行為や,物を手に持って床に叩きつける行為があっ
た。一つの対象物にかかわり続けられる時間は, 10 秒程度と短く,手に別の物が触れると,
他の物に注意がすぐに転移していた。
・人と物とのかかわりにおいては,著者が物を見せたり,膝の上に座らせたりして,物とかか
わる状況を準備した場合,物とかかわれる時間が 60 秒程度となった。腹臥位で一つの対象物
にかかわり続けられる時間が 10 秒程度であり,物とかかわり続ける場合には,座位を保持す
る等の大人の援助が必要であった。
(2)7ヶ月(20 ××年9月)
・腹臥位姿勢で片肘に体重をのせることができるようになり,バランスを取りながら他方の手
を伸ばして触れることができた。左右の腕を交互に出してずり這いで移動していた。移動時に,
足の指で床をけることができるようになり移動が速くなった。
・人とのかかわりにおいては,ずり這い移動で人に近づいていき,人の膝の上にのろうとして
いた。人に視線を向けるときに,人の存在を確認するために人の体をチラッと見る場合と,
人のしていることを確認するために人の顔を見る場合の2つのパターンがあった。A 児が著
者との接触を求める行動(著者に近づく,体に触れる等)は, 6ヶ月時に比べて増え , 他者
への興味が広がった。
・物とのかかわりにおいては,直立している箱型おもちゃに興味を持っていた。物をなめる,
床に叩きつける行為が多いが,物を持ち替えたり,物をじっと見ていたりすることが増えた。
一つの対象物に関わり続けられる時間は 20 秒程であり,腹臥位でも一つの物とかかわる時間
が 6 ヶ月と比べて伸びた。物へのかかわり方も,その物の特性に応じて手の動きを調整して
いた。おもちゃを落としてしまった際に,落ちたおもちゃを手でつかんだ後,おもちゃが落
ちる前にあった場所を見ていた。
・人と物とのかかわりにおいては,A 児が注意を向けているおもちゃに著者も注意を合わせ同
じおもちゃで遊ぶ場面では,著者に一瞬視線を送っていた。さらに,ダイヤルを回して遊ぶ
おもちゃの遊び方を見せると,同じようにダイヤルを回そうとしていた。おもちゃの電話機
を握り締めながら,著者の体に電話機を打ちつけていた。
(3)8ヶ月(20 ××年 10 月)
・腹臥位から座位になり座卓につかまって立位がとれるようになっていた。座位では,片手で
床や壁を支持することで安定を保って座っていた。物を操作するときには,座位や立位で操
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児山 隆史 樋口 和彦 三島 修治
作することが増えてきた。左右の手足を交互に動かすずり這いで移動していた。
・人とのかかわりにおいては,人の顔に視線を送るようになってきた。人の音声や行動を即座
に模倣しようとすることがあった。人の動きを見ることが増えて,人に対して手を挙げる,
発声する等で働きかけていた。
・物とのかかわりにおいては,物を片手や両手で叩く行動が多かった。さらに,指先で引っか
いたり小さなボタンを指で押したりする行動がみられた。
・人と物とのかかわりにおいては,A 児が物とのかかわっている場面に著者が注意を重ねるよ
うに介入すると,A 児がちらっと著者に視線を送る場面が数回あった。手に入れたい物があ
るけど手が届かない場面では,一瞬著者を見たり,机を叩いたりして気持ちを伝えていた。A
児の視線内にあるおもちゃを著者が指さすと,指されたおもちゃに視線を移すことがあった。
(4)9ヶ月(20 ××年 11 月)
・座卓があるとそれを寄りかかって立位を保持しながら遊んでいた。座位はさらに安定してき
て,両手を床から離しても倒れずに座っていた。左右の手足を交互に動かしずり這いで移動
していた。
・人とのかかわりにおいては,人が A 児に近づいてくる場面で,人に向かって手を挙げ「ハアイ」
と発声していた。A 児が著者との接触を求める行動(著者に近づく,体に触れる等)は,6 ヶ
月時と比較すると,大幅に増加した。おもちゃを持った状態で,著者の膝の上にのったり体
に触ったりする場面では,笑顔であった。
・物とのかかわりにおいては,物を片手や両手で叩く,握る,振る行動が多かった。小さなボ
タンは指で押していた。物に対して「アッタ」と発声するようになった。右手におもちゃを
持ちながら左手で別のおもちゃを振っていた。タンバリンを手から手へ持ち替えていた。
・人と物とのかかわりにおいては,A 児が物を大人との関係の中に持ち込む(対象物の共有)
ようになった。その行動は,おもちゃを著者に見せてすぐに引っ込める行動であることが多
かった。さらに,大人の誘いかけに A 児が「交互注視」を伴って応答するようになり,大人
が指示をしたおもちゃで遊びながら,大人にも視線を送ることができるようになった。 (5)10 ヶ月(20 ××年 12 月)
・移動するときには,四つ這いで移動していた。四つ這いの姿勢を保ちながら,片手を持ち上
げて物を操作していた。膝立ちになり高い位置に物を置いていた。
・人とのかかわりにおいては,著者だけでなく,観察時に同席していた母親等の大人にも注意
を向けてかかわろうとしていた。その際には,自分の持っている物を大人に手渡す行動をと
ることが多かった。
・物とのかかわりにおいては,左手でカスタネットの軸を持ちながら右手で音を出すなど,左
右の手で別々の動作をしていた。物をかごや箱に入れたり出したりする活動やブロックを重
ねたりくっつけたりする活動を好んでいた。
・人と物とのかかわりにおいては,著者の働きかけに応じてその対象物に関わる中で,視線を
物と人にやる「交互注視」を頻繁に行っていた。「対象物の共有」は,9 ヶ月時には,物を大
人に見せるだけで渡さない行動であったが,この行動は 10 ヶ月ではほとんどなくなり、物を
著者に見せた後に手渡す行動に移行していた。人に物を提示する時には,音声も一緒に発す
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るようになっていた。倒した積み木を拾って,大人に手渡し,大人がする行動をじっと見て
から行動していた。さらに,指さしをすることができるようになり,著者の後方にあるクリ
スマスツリーに著者の注意を向けさせながらかかわろうとしていた。
(6)11 ヶ月(20 ×× + 1年1月)
・親指と人差し指の先端部分で物をつまむ動作で、ぬいぐるみの毛をつまんで抜いていた。
・人とのかかわりにおいては,買い物かごを顔の前に持ってきて隠れたふりをして遊んでいた。
「いないないばあ」と大人が言うと,笑顔でかごから顔を出していた。
・物とのかかわりにおいては,バチを使って太鼓を叩いていた。片手で物を持ちながら,もう
一方の手で違う物に注意を向けて操作をすることができた。
・人と物とのかかわりにおいては,太鼓を叩いて欲しくて,著者にばちを手渡したり,ぬいぐ
るみのスイッチを押して欲しくてぬいぐるみを著者に渡したりしていた。著者が鞄の中を覗
き込んでいると,その表情を察して鞄の中に興味を示し,指さしをしながら近づいてきた。
著者が積み木を積んでいると,その意図に気づいて,著者が積んだら A 児も積むというよう
に行動をしていた。人に視線が向くと同時に声が出ることがあり,伝達手段が多様化してきた。
3. 考察
「他者意図の理解」において,A 児の「他者との二項関係」,
「物との二項関係」が「三項関係」
に移行する過程について考察する。
A 児の「他者とのかかわり」は,6ヶ月では,母親の声が聞こえるが姿を見つけられない状
況で,
泣きだすことがあった。母親とのかかわりを求める一方,著者との接触を求める行動(著
者に近づく,体に触れる等)は,ほとんどなかった。7カ月になると,著者に近づいき,膝の
上に乗ろうするようになった。10 ヶ月では,著者とかかわりながら,同時に母親にも注意を
向けてかかわるようになった。移行モデルにおいて「他者への注意と反応」は4ヶ月としてい
るが,6ヶ月の段階でも,母親がかかわりの中心であった。それが,徐々に母親以外の他者へ
注意を向けたり反応したりしながらかかわれるようになっていった。他者との二項関係におい
ては,A 児のかかわりが母親からその周りの他者へ広がるように発達し,人間関係を徐々に広
げていくといえるだろう。
A 児の「物とのかかわり」は,6ヶ月では,一つ物で遊ぶ時間は短く,手に別の物が触れる
等の刺激で容易に他の物に注意が転移していた。7カ月では,A 児にとって操作しやすい直立
している箱型おもちゃに興味を持ってかかわっていた。物をなめる,床に叩きつける行為が多
いが,物を持ち替えたり,物を見ていたりするなど一つの物とかかわる時間が伸びた。移行モ
デルにおいて「物への興味」は6ヶ月としているが,6ヶ月の段階では,「物とのかかわり」
は触覚等の刺激に左右されやすい傾向にある。次第に物を視覚で認識し,興味のある物にかか
わるように移行していた。9ヶ月では,手の支えがなくても座位を保持できるようになったこ
とで,物を持ち替えたり、左右の手で別々の物を操作したりするようになっていた。姿勢保持
能力の向上による手指の操作性の向上により,物へのかかわる時間とかかわり方の幅が広がっ
たといえる。物との二項関係においては,視覚をより活用できるようになったこと,手指操作
能力が向上したことにより,物に対して物の特性に応じた複雑な働きかけができるようになっ
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ていくといえるだろう。
A 児の「物と他者とのかかわり」は, 7カ月になると,A 児が注意を向けているおもちゃに
著者も注意を合わせて遊ぶ場面では,著者に一瞬視線を送っていた。この行動は,大人の働き
かけに支えられた行動であるが,人の働きかけに応じて物と人に視線をやる「交互注視」の芽
生えであるといえるだろう。7カ月ではさらに,おもちゃの電話機を A 児が握りながら,著者
の体に電話機を打ちつけていた。移行モデルでは,このような行動を「対象物の共有」と想定
していたが,7カ月において一瞬ではあるが観察することができたことは意義が大きかった。
この「対象物の共有」は,9ヶ月ではおもちゃを著者に見せてすぐに引っ込める行動として頻
繁に行っていた。それが,10 ヶ月以降には,同様の状況では,A 児は著者に物を手渡す行動,
いわゆる提示・手渡し(大神,2002;Fig.2)に移行した。9ヶ月で物を手渡さなかった理由
としては,著者が A 児の前に手を出すことで伝えている「持っている物を渡して欲しい」とい
う気持ちを理解する能力が充分に発達していなかったことが考えられる。このように「対象物
の共有」は,それを繰り返すことで、他者との物を共有する意味や楽しさ、そして他者が差し
出す手に込められた意味やその意図に気づくようになると考えられ、二項関係から三項関係に
つながる重要な行動であると推測された。
三項関係の段階における「交互注視」は,9ヶ月では,大人の誘いかけに A 児が「交互注視」
を伴って応答する行動が生起するようになり,10 カ月では,
「交互注視」を頻繁に行っていた。
11 ヶ月になると,要求や確認のためにリーチングや発声とともに「交互注視」が使用されて
いた。このことから,月齢とともに,「交互注視」の出現量,出現の様相ともに変化した。「他
者意図の理解」については、8ヶ月では,著者が指さしたおもちゃへ視線をおくる行動(視線
内の指さし理解)を行っていた。11 ヶ月時では,著者がブロックを積む様子を見せると,そ
れを倒すことはせず,A 児も自分の持っていたブロックを積もうとした。9ヶ月では著者が積
んだブロックを倒していた A 児であるが,11 ヶ月では著者の活動の意図に気づいた活動に参
加できるようになった。以上のように,移行モデルにおいて表示したように,
「他者意図の理解」
は発達していった。
Ⅳ. おわりに
二項関係から三項関係への移行を通して,
「他者意図の理解」の発達の移行プロセスの検討
をおこなった。
その結果,
「対象物の共有」が三項関係につながる基盤となる行動であるとわかっ
た。
現在著者は,特別支援学校(肢体不自由)に勤務しており,重度・重複障害児の教育に携わっ
ている。今後は,重度・重複障害児を対象として、「対象物の共有」ができる状況を設定し,
二項関係から三項関係への移行の様相を縦断的に観察していきたい。杉山(2005)は,障害が
あるなしにかかわらず子どもの発達の道筋は,早いか遅いかの違いはあっても同じであるとし
ている。本研究の対象 A 児と比較しながら、重度・重複障害児の共同注意関連行動の発達の道
筋とその指導や支援の方法を検討していきたい。
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乳児の共同注意関連行動の発達
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Ⅴ. 引用文献
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