運動を中核とした生活習慣病予防・介護予防対策支援

(別紙様式:詳細版)平成26年度地域貢献支援事業報告書
事
業
名
:運動を中核とした生活習慣病予防・介護予防対策支援
鳥取大学 医学部 医学科 社会医学講座 病態運動学分野
准教授
加 藤 敏 明
1 . 事 業 の 背景と 目的
「運動が健康の維持増進に不可欠である」ことは、医学的にも十分に証明されてき た。
内藤
1)
は、公衆衛生学会誌に、運動(身体活動)が、どのような疾病や機能低下に有益な
のか科学的に証明されてきた事項をまとめている。心臓病(虚血性心疾患)や脳卒中、糖
尿 病( 2 型 )、高 血 圧 症 な ど の 生 活 習 慣 病 と い わ れ る 病 態 に は も ち ろ ん の こ と 、そ の 元 と さ
れる内臓脂肪の減量や、筋肉量や骨密度の維持改善、呼吸循環器系機能の維持向上、他に
も認知症やうつ状態の改善などにも効果が立証され、その延長線上としての早期死亡や早
期要介護の予防が認められている。ところが、現実の社会では、多くの人の日常生活を調
べてみると、日常の運動(身体活動)が十分に備わっているとは言えない状況であること
が 分 か っ て い る 。平 成 22 年 度 国 民 健 康 栄 養 調 査 で は 、厚 労 省 の 目 標 は 男 性 が 9,200 歩 、女
性 が 8,300 歩 な の で あ る が 、 ど の 都 道 府 県 も 目 標 に は ほ ど 遠 い 状 況 を 示 し て い ま す 。 そ し
て、都道府県別ランキングをみると、都市部の歩数は多く、地方は少なめという傾向がみ
ら れ る 。特 に 、鳥 取 県 は 男 性 が 5,634 歩 で 最 下 位 、女 性 が 5,285 歩 で 45 位 と 不 名 誉 な 結 果
を示している。日々の運動量は、個人の身体状況や生活習慣、就労環境などによって、大
きく影響され、交通の発達や機械化、コンピュータネットワークの発達などは、万人から
身体を十分に使って活動する環境を奪っているのが現実である。したがって、自分の生活
を 振 り 返 っ て 、運 動 が 減 っ て い る な 、と 感 じ た ら 、少 し ず つ 、で き る こ と か ら 取 り 組 ん で 、
活動量を増やしていくことが、健康の維持増進にとってとても重要であり、それを支援し
て い く こ と は 医 療 費 や 介 護 費 用 の 削 減 と い う 面 か ら も 、 地 域 住 民 の QOL の 向 上 と い う 面 か
らの極めて重要と考えられる。
1)内 藤 義 彦 ,「成 人 および高 齢 者 における身 体 活 動 の効 用 に関 するエビデンス」日 本 公 衆 衛 生 雑 誌 55 巻 11 号 ,
p786-790,2008.
2 . 地 域 特性を考慮した運動習 慣確立 支援
2.1.地 域 特 性 の 把 握 と 対 策
本事業は、倉吉市・三朝町・香美町の3自治体を対象とした 。すべて山陰地方というカ
テゴリーで集約されるので“天候の悪い日が多く、車の利用が多い”という点では共通し
ている。しかしながら、市街地中心であるか、農業や漁業の盛んな地域であるかという違
いはある。そこで、今回はそれぞれの地域特性を、 表1のような捉え方で進めた。
表1.4自治体における地域特性の把握
倉 吉 市 :地 方 都 市 で あ る が 、公 共 交 通 機 関 の 利 用 は 少 な く 、車 社 会 で あ る 。ま た 兼 業 農 家 の 参 加 者 も 多
い 。ウ ォ ー キ ン グ に 適 し た 散 策 コ ー ス も 多 く あ り 、全 国 規 模 の ウ ォ ー ク イ ベ ン ト も 毎 年 行 わ れ て い る が 、
日 々 の 運 動 と し て の ウ ォ ー キ ン グ 習 慣 が 広 く 定 着 し て い る と は 観 察 さ れ な い 。ま た 、運 動 を 中 心 と し た
健 康 教 室 や ス ポ ー ツ ク ラ ブ 等 の 歴 史 が 少 な く 、健 康 の 維 持 増 進 の た め に 運 動 が 必 要 だ と い う 意 識 が 広 ま
っ て い る と は 思 え な い 。2008 年 に 市 で 生 活 習 慣 病 予 防 と 介 護 予 防 を 目 的 と し た “ ご 当 地 体 操 ” で あ る
「 く ら よ し 元 気 体 操 」を 考 案 し た の で 、こ れ も 題 材 と し て 取 り 入 れ て 、運 動 習 慣 を 確 立 し 、生 活 習 慣 病
の危険因子を減らしていくことを目指した。
三 朝 町:観 光 地 と し て の 温 泉 街 と 農 林 業 を 中 心 と し た 農 山 村 と が 合 体 し た 社 会 環 境 で あ る 。人 口 の 密 集
し た 温 泉 街 と 広 範 囲 に 小 さ な 集 落 が 点 在 す る 。 高 齢 化 率 も 高 く 30%を 超 え て お り 、 特 に 後 期 高 齢 者 率
が 20% を 超 え て い る 。 こ の よ う な 状 況 下 で 、 運 動 習 慣 の 確 立 に よ っ て 運 動 器 の 衰 退 抑 制 を 目 指 す こ と
は 容 易 で は な い と 考 え ら れ 、一 昨 年 に 町 と 協 議 し 、ご 当 地 体 操 と し て の「 ラ ド ン 体 操 」を 考 案 し て 、こ
れ を 地 域 全 般 に 普 及 し て い こ う と い う プ ロ ジ ェ ク ト を 立 ち 上 げ た 。本 年 度 は 、そ の 主 役 と な る「 ラ ド ン
体 操 普 及 員 」養 成 を 継 続 実 施 す る こ と と 、普 及 活 動 の 成 果 を 介 入 群 と 対 照 群 に 分 け て 追 跡 調 査 す る こ と
で検証していこうという取り組みを行った。
香 美 町 :水 産 業 が 盛 ん な 香 住 区 が 主 対 象 地 区 で あ る 。こ の 地 域 は 、港 を 中 心 と し た 市 街 地 と そ の 周 辺 の
農 山 村 地 域 と で 構 成 さ れ て い る 。こ の 地 域 の 健 康 課 題 と し て は「 高 血 圧 」「 歯 周 病 」「 糖 尿 病 」が 上 位 に
上 が っ て お り 、生 活 習 慣 病 対 策 が 強 く 求 め ら れ て い る 。運 動 環 境 と し て は 香 住 港 に 近 い 海 岸 線 に は 、歩
き や す い 構 造 で 造 ら れ た ウ ォ ー キ ン グ ロ ー ド が あ り 、 ま た B&G 海 洋 セ ン タ ー は 体 育 館 や 筋 力 ト レ ー ニ
ン グ ジ ム 、プ ー ル な ど も 併 設 し て い て 住 民 の 運 動 習 慣 を 助 け る 施 設 環 境 も 、十 分 と は 言 え な い ま で も 揃
っ て い る 。し か し な が ら 、冬 場 の 海 か ら の 季 節 風 は 寒 く て 強 く 、運 動 習 慣 の 継 続 に は 困 難 さ が 伴 い 、冬
季 に 運 動 不 足 や 筋 の 衰 退 が 進 行 し や す い 環 境 で あ る と も 言 え る 。そ こ で 今 年 度 は 、ウ ォ ー キ ン グ と 筋 力
運動、ラジオ体操などに焦点を当てて、運動実践を推進する教室を開催した。
2.2.個 人 差 を 考 慮 し た 行 動 変 容 ア プ ロ ー チ
地域特性の把握に加えて、個々の参加者の生活習慣や活動特性の把握 していくことが必
要である。そのために、運動習慣や食生活についての事前問診が必要であり、その結果を
考 慮 し な が ら 、集 団 と し て の 指 導 と 個 々 に 対 す る 支 援 と を 併 行 し て 行 う こ と が 肝 心 で あ る 。
また、個々が実際に行動目標を決めて、行動変容を起こしていくことには、 行動科学的に
みたいくつかの重要な支援ポイントがある。 本年度は特に表2に示した2つの観点から支
援を進めていくことを大切にした。
表2.健康行動を実現するための個人差を考慮した アプローチ
●行動変容ステージ・・・・トランスセオレティカルモデルにより参加者個々がどのステージにい
るのかを把握し、各ステージに適した支援策を行う。
・無関心期
・関心期
・準備期
・実行期
・維持期
●セルフエフィカシー・・・行動を変えていける自信感。行動変容をしようとする気持ちや行為を
(自己効力感)
妨げる要因を克服していけるという見込み感。この感覚(自信)が強く
ないと、行動目標を決めても途中で挫折しやすい。小さな自信を積み重
ねて、大きな自信へと繋げる支援が重要。
2.3.運 動 実 践 支 援 プ ロ グ ラ ム の 流 れ
各 地 域 に よ っ て 多 少 の 変 更 は あ る が 、 概 ね 図 1 の よ う な 流 れ で 8~ 12 回 の シ リ ー ズ と し
て教室を開催し、行動変容を促し、成果を確認するプログラムである。
受 講 生 募 集 : 広 報 誌 ( 市 報 等 )・ 保 健 師 に よ る 声 か け な ど
参加条件明示
↓
プログラムの理解と承認:教室のプログラムの説明~なぜ今、運動習慣が必要なのか?~
個人情報の取扱いについてインフォームドコンセント
↓
現状把握:・問診や面接による生活習慣(運動習慣・食習慣)や行動ステージの把握
・ 身 体 状 況 の 測 定 ( BMI・ 腹 囲 ・ 体 脂 肪 率 ・ 血 圧 ・ 行 動 体 力 な ど )
↓
目標設定:・運動指導者と栄養士による改善アドバイスを聞いての自己決定
↓
行動変容支援プログラム紹介:講義と実技による運動方法と栄養の改善支援
↓
個別支援とグループワーク:スタッフの声かけや支援レター、グループ内での発表や討議
↓
効 果 検 証 :・生 活 習 慣 の 評 価・ 身 体 状 況 の 測 定( BMI・腹 囲・ 体 脂 肪 率・ 血 圧・ 行 動 体 力 ・ 血 液 検 査 )
↓
修了回:・個々の実践状況や身体への改善効果などについてのフィードバック
・集団全体の実践状況や身体状況などの成果についての報告 (教室の評価)
・今後の生活習慣についてのアドバイス
図 1. 運 動習 慣確 立 支援 プロ グ ラム の 基本 的な 流れ
<*ただし、三朝町の介護予防体操普及員養成については、別のプログラムで行った。>
2.4.教 室 の 風 景
毎回の開始時には血圧を測定した。
歩数計の個別設定の様子
運動習慣の必要性の講義
ストレッチ体操
ウォーキングの歩き方を見直す
グループワーク
食生活の見直しについての講義
筋力運動
くらよし元気体操
体力測定
3.
結果
3.1. 生 活 習 慣 の改 善 について
それぞれの地 域 特 性 や参 加 者 の属 性 に応 じて、運 動 習 慣 確 立 支 援 を行 ってきた。その成 果 を評
価 指 標 ごとに、平 均 値 を前 後 比 較 した。ここでは、すでに終 了 時 測 定 を終 えているのが倉 吉 市 だけ
なので、その結 果 のみを示 した。
図 2~7 は、生 活 習 慣 の改 善 についての結 果 である。運 動 習 慣 (図 2)、食 生 活 (図 3)、自 己 効
力 感 (図 4)、行 動 変 容 ステージ(図 5)では、すべて統 計 的 に有 意 な改 善 傾 向 が示 された。参 加 者
が目 標 に向 かって努 力 をした経 緯 が示 唆 されたとみられよう。しかしながら、1日 総 歩 数 平 均 は、 100
歩 程 度 は増 加 しているものの、有 意 な変 化 とは認 められなかった。このことは、開 始 時 (9月 )あたりは
気 候 も良 く、歩 こうと思 えばいつでも快 適 に歩 けたが、終 了 時 (12月 )あたりは、天 候 が悪 く寒 さも増
し、歩 こうという気 持 ちはあっても、実 践 には困 難 さが伴 ったことが背 景 にあると推 察 された。
3.2. 身 体 状 況 に つ い て
図 8 と 図 9 は 、 身 体 状 況 の 変 化 に つ い て 示 し て い る 。 今 回 は BMI( 図 8) と 腹 囲 ( 図 9)
において有意な変化が認められた。残念ながら体脂肪率と安静 時血圧では、有意差は認め
られなかった。
3.3. 体力 面に つ いて
図 10~ 図 15 は、体 力面 の変 化 を示 し てい る。有意 な 改善 が認 め られ たの は 、脚 筋力
(脚 伸展 力 )と 柔 軟性 (長 座体 前 屈) お よび 筋持 久力 ( 上体 起 こし )で あっ た 。こ の
年代 の方 々 が4 ヶ 月間 でこ れだ け 向上 す るの は優 秀な 成 果だ と 推察 され る。
3.4. 血 液 検 査 に み る 変 化
図 16~ 図 20 は 、 血 液 検 査 値 を 昨 年 の 健 診 結 果 と 今 年 の 教 室 終 了 時 で 比 較 し て い る 。 そ
の 結 果 、 血 糖 値 ( 空 腹 時 血 糖 : 図 19・ HbA1c: 図 20) の 有 意 な 低 下 が 認 め ら れ た 。 中 性 脂
肪 (T 図 16)に つ い て は 、 元 々 高 値 の 者 が 少 な く 下 げ る 必 要 が な か っ た こ と を 表 し 、 LDL コ
レ ス テ ロ ー ル( 図 17)は 平 均 値 で は 低 下 傾 向 を 示 し た も の の ば ら つ き が 大 き い こ と が 示 唆
されている。それらに対して、血糖値は多くが元来高値であったが、ほとんどの者で減少
傾向を示したことが統計的有意差につながったと考えられる。運動と食事の両方の改善に
よりインスリンの感受性が高まったと推察されよう。
4. ま と め
倉 吉 市 へ の 地 域 支 援 で は 、9 月 ~ 12 月 の 4 ヶ 月 間 に 亘 り 12 回 の 教 室 の 中 で 、当 市 在 住 の
平 均 年 齢 59 歳 の 20 名( 男 性 4 名・女 性 16 名 )の 生 活 習 慣 病 の 兆 候( 肥 満・高 血 圧・脂 質
異 常・高 血 糖 な ど )を 有 し て い る 者 に 、必 要 な 生 活 習 慣( 運 動 実 践・食 生 活 の 見 直 し な ど )
の改善を支援し、特に継続的実践が難しいとされる「運動習慣」を中核として重点支援し
ていくことによって、生活習慣病の兆候を軽減することを目的として実施しました 。その
結果としては、表 5 に示したような「生活習慣の改善」「運動実践に対する自己効力感の
向 上 」「 BMI・腹 囲 の 減 少 」「 行 動 体 力( 脚 筋 力・柔 軟 性・筋 持 久 力 )の 向 上 」「 運 動 時 収
縮 期 血 圧 の 低 下 」「 血 糖 値( 空 腹 時 血 糖・HbA1c)の 低 下 」に お い て 統 計 的 に 有 意 な 改 善 傾
向を認めました。
表6 .倉 吉 市の 健 康 教 室の 成果 の まと め
~開始時と終了時の測定および前年度健診結果との比較で統計的に有意な差異が認められた項目~
<生活習慣>
・運動習慣についての実践(改善)状況
・運動実践に対する自己効力感の向上
・食生活についての実践(改善) 状況
・行動変容ステージ(食生活・運動習慣)の向上
<身体状況>
・ BMI の 減 少
・体脂肪率の減少
・腹囲(へそ周囲径)の減少
・運動時収縮期血圧の減少
<行動体力>
・脚筋力(脚伸展力)の向上
・柔軟性(長座体前屈)の向上
・筋持久力(上体起こし)の向上
<血液検査>
・ 血 糖 値 ( 空 腹 時 血 糖 ・ HbA1c) の 低 下
大学が支援したことで、例年以上の成果がみられたことに加えて、参加者の満足度もと
ても高かったことが、出席状況や毎回の感想 、終了時問診などから伺うことができ、次年
度も継続実施を希望する声が市と参加者からでていた。今後もさらに研鑽を積んで、より
効果的な支援ができるように努めたいと考える。