天の川って、何だろう

大阪市立科学館研究報告 25, 87 - 90 (2015)
プラネタリウム投影プログラム「天の川って、何だろう」制作報告
嘉 数
次 人
*
概 要
平 成 26 年 6 月 から 8 月 まで投 影 を実 施したプラネタリウムプログラム「天の川って、何だろう」は、夏 の
夜 空 にぼんやりとした光 を放 つ天 の川 の正 体 について、紹 介 したプログラムである 。古 代 から近 代 を経 て、
現 代 に至 るまで、人 々がどのように天 の川 を理 解 してきたのか、その歴 史 をストーリーの軸 としながら、現
在 では天 の川 は数 千 億 個 の恒 星 が集 った集 団 であること、その中 には恒 星 以 外 にもいろんな天 体 があ
ること、さらに宇 宙 には天 の川 銀 河 と同 じような星 の集 団“銀 河”が数 多 くあることを解説 した。本 稿 では、
プログラムの概 要 について報 告 する。
1.プログラムの概 略 
真 を示 し、織 姫 ・彦 星 の挿 絵 写 真 (図 1)から七 夕 伝 説
夜 空に淡く輝 く天 の川 は、古 代 からその存 在が知 ら
の概 略を紹 介 したり、「天 の川は水 気 の精」とある記 述
れていた。人 々は、天 の川 の正 体 が何 であるのかにつ
部 分 の写 真 から、江 戸 期 の 人 々が考 えていた天 の川
いては長 い間 探 求 し続 け、徐 々に明 らかになってきた
の正体について概説したりする。
のは最近 500 年間のことで、現 在 では天 の川は私たち
そして、これらの説 はいずれも肉 眼 で見 た印 象 から
が属する天の川銀 河 (銀 河 系 )の星 々の姿 であることが
考えられた考察であることを説明し、その後の人々はど
知られている。
のように天 の川 の正 体 を解 明 してきたのか、その探 求
そこで、本プログラムでは、人 々が天 の川 を見て、そ
の正 体 をどのように考 えてきたのか、どのように正 体 を
の歴史と成 果を探っていこう、と話をまとめた上で、タイ
トルロゴを投影し、本編へとつないでいく。
明 らかにしてきたのかについて、科 学 史 的 な視 点 を軸
にして紹介する事を目 的として制 作を行った。
2.プログラムの内 容
2-1.導 入
導 入 では、観 覧 者 に対 して、夜 空 でぼーっと輝 く天
の川をまず認識し、その存 在 に注 目 してもらった上で、
その正体について関 心を持 ってもらうことを目 指した。
まずは、満 天 の夏 の夜 空 を示 しながら、天 の川 に注
目 してもらう。そして、先 入 観 や知 識 を忘 れた上 で、天
の川の見た目の姿 だけから、その正 体 は何 だと想像で
きるかについて考 えてもらうように問いかけをする。
続 けて、古 代 に人 々が考 えた天 の川 の正 体 を紹 介
する(例 えば、ギリシア神 話 では、女 神 ヘラの胸 から流
れ出た乳であるとしている。また、中 国 や日 本 では川だ
図1:池 田 東 籬 著『銀河草紙』(1835 年)に見られる
織姫・彦星と天の川の挿絵。
としているという)。さらに、江 戸 時 代 の日 本 で出 版され
た天 の川 に関 する解 説 本 『銀 河 草 紙 』(1835 年 )の写
2-2.天の川の発見-1 ~大航海時代~
天 の川の正 体 を解 く第 一 歩 は、大 航 海 時 代 に訪 れ
 *
大 阪 市 立 科 学 館 、中 之 島 科 学 研 究 所
た。南 半 球 を ふく めた 世 界 中 を 航 海 したヨ ーロッパ の
嘉数 次人
人 々は、それまで見 た事 がなかった南 天 の星 空を見て、
連 続 的 に見 せることにより、天 の川 が途 切 れずに一 周
南天 領 域にも天の川 が流 れていることを知 り、加えて、
している様子を示す。
天の川は途 切れることなく天 球 上 でぐるりと一 周してい
ることを発見したのである。
本プログラムでは、まず大 航 海 時 代 の船 の図や、ヴァ
そして、天 の川 が途 切 れずに続 いているという 発 見
の成 果 は、1515 年 に画 家 アルブレヒト・デューラーの
天 球 図(図 2)にも描かれていることを示す。
スコ・ダ・ガマやマゼランの航 路 図を示 し、当 時のヨーロ
ッパの人々が世 界 中 を旅 し、その中 で未 知 であった南
2-3.ガリレオ、ハーシェルと天の川銀河
半 球 の星 空 も見 たことを説 明 した 上 で、プラネタリウム
天の川の謎解きが大きく進展を見せたのは 17 世 紀
の緯 度 変 化 機 能 を使 って、北 半 球 と南 半 球 の星 空 を
のことである。1608 年、イタリアの天文学者ガリレオ・ガ
リレイは、望遠鏡で天体を観 測した。その中で、天の川
も観 測 し、無 数 の星 の集 まりであることを発 見 したので
ある。これにより、天 の 川 の 正 体 が明 らかになった。そ
の後、18 世 紀 末には、イギリスの天 文 学者 ウイリアム・
ハーシェルが、望遠鏡を使って天の川の星の数をかぞ
え、そ の 結 果 を 考 察 する 事 により、天 の 川 の 星 々は、
円盤状に分布しているという説を立てている。さらに 19
世 紀 以 降 に なると 、年 周 視 差 法 を 皮 切 り に 恒 星 の 距
離の測 定 ができるようになった事などから、ついに天の
川の正体は、約 2,000 億個の恒星が立 体 的 に集った
「天の川銀 河」(銀 河 系 )であることが知られるようになっ
たのである。
本 プログラムでは、望 遠 鏡 で見 た天 の川 の写 真 を示
して、ガリレオの発 見を説明 した後、ハーシェルの仮 説
を説 明 する。ハーシェルは、恒 星 の 明 るさは一 定 であ
ること、星 の密 度 分 布 は一 定 であるとした上 で、自 らが
カウントした天の川の星の数のデータを当てはめて、天
の川の星の分 布 を推 定 したという一 連の流れを、動 画
で紹 介 した。なお、この動 画 は、飯 山 青 海 学 芸 員の制
作によるものである。
動 画 を 示 した 後 は 、そ の 後 の 天 文 学 の 発 展 を 簡 単
に紹介した上で、現在考えられている天の川銀河の姿
を俯 瞰 する。演 出 としては、「宇 宙 旅 行 に 出 かける」と
称して、大阪での星空から一気に視点移動し、天の川
銀河を俯瞰する。続けて、視 点移 動を続けて天の川を
別アングルから見ることにより、円盤状であることを確認
する 。また 、大 きさや恒 星 の 数 、天 の 川 銀 河 に おける
太陽の位 置も紹 介する。なお、このシーンは、デジタル
プラネタリウムならではの演出であり、本プログラムの見
どころの一つとして設定した。
2-4.天の川の星雲めぐり
天の川 (天の川 銀 河 )を構 成しているのは恒 星だけで
図 2 : ア ル ブ レ ヒ ト ・ デ ュ ー ラ ー の 『 天 球 図 』 (1515
はなく、さまざまな天 体 がある。本プログラムでは、その
年 )。2枚組 のうち、上が北 半 球 図 、下 が南半
中でも星 雲を取り上げて紹介を行った。理由としては、
球 図 。天の川 が全 天 でつながっている。投 影
明 るい星 雲 は肉 眼 や双 眼 鏡 、小 型 望 遠 鏡 でも 見 るこ
では、観 覧 者 が理 解 しやすいように、図 の様
とができる点と、暗 黒 星 雲 は天の川 の見かけの姿の明
に天の川部 分を彩 色して示 した。
るさムラとも大きな関 係がある点、星 雲は恒 星の一 生と
関 係 が 強 い 点 などか ら、発 展 解 説 と して適 していると
プラネタリウム投影プログラム「天の川って、何だろう」制作報告
考えたからである。
プログラムでは、まず 夏 の 夜 空 を 出 し、M57(こと座 リ
ング星雲 )と M27(こぎつね座 あれい状 星 雲 )、M8(いて
このような科 学 史 的 な 解 説 を 加 えることにより、観 覧
者 が、科 学 探 求 の原 理 や、その面 白 さを感 じてもらえ
るようなプログラム作りを心がけた。
座 干 潟 星 雲 ) の 星 空 での 位 置 と 拡 大 写 真 を 連 続 して
示 すことにより、天 の川 銀 河 の中 には、星 だけでなく、
②視点移動により宇 宙 の理解を助けること
星雲と呼ばれる水 素を主 成 分としたガスの雲があること
人 々は古 代 から、経 験 と観 察 により自 らの位 置 する
を紹介する。そして、星 の光 で照 らされていないガス雲
場 所 を 把 握 しよう と してき た 。その 疑 問 を 宇 宙 規 模 で
は 黒 く 見 え 、暗 黒 星 雲 と 呼 ばれこ とを 説 明 した 上 で 、
解 決 しようとしたのが天 文 学 である。その中 で、人 々は
天 の 川 の 写 っ た 製 や 写 真 を 示 し、 天 の 川 の 中 に あ る
得 られた情 報から、宇 宙 の構 造を図に描 いてきたのだ
黒 いムラは、暗 黒 星 雲 によるものが含 まれていることを
が、これは視 点を移 動させ、自らを客 観 視しているとい
紹介する。
う特徴があるといえる。
そ して、 恒 星 は 星 雲 の 中 で生 まれ る こと 、天 の 川 銀
天の川研究も同じ線上にあり、人々が地上から観測
河 内 の 星 雲 は 星 の 誕 生 の 場 であっ たり 、星 が 一 生 を
をして天 の 川 の構 造 を 解 析 し、それを客 観 視 するこ と
終えた直後の姿でああったりすることを説 明する。
により、天 の川 銀 河 を“発 見 ”したのである。本プログラ
ムでは、この視点移動 という考え方に気付いてもらいた
2-5.宇宙は銀河でいっぱい ~ エンディング
さらに、望 遠 鏡 で夜 空 を見 ると、天 の川 銀 河 と同 じよ
うな形をした天体 「銀 河 」をたくさん見 ることができる。こ
いと考 え、地 球 から天 の川 銀 河 の外 へ、そして天 の川
銀 河 から地 球 へ、という視 点 移 動 の 演 出 を行 い、ビジ
ュアル的にもメインに位置づけたものである。
れら銀河は、かつては星 雲と呼 ばれ、天 の川 銀 河の中
にあるのか外にあるのか不 明 であった。20 世 紀に入り、
3-2.プラネタリウムの機能上の視点
銀河までの距離を測 定 する事 ができるようになり、銀河
当 館では、光 学 式プラネタリウムに加えて、デジタル
は、天 の 川 銀 河 の外 にある天 体 であることが明 らかに
式のプラネタリウムを用いている。当館の光 学式は、太
なったのである。 その後 、現 代 天 文 学 の研 究 により、
陽 系内の任 意の場 所からの星 空を投 影する事が可 能
宇 宙には数千 億 個 の銀 河 が存 在 し、我 々の天 の川 銀
であるが、デジタル式 は 宇 宙 内 の 任 意 の 場 所 に 視 点
河はその中の一つであることも知 られるようになったこと
移 動 できるのが特 徴 である。そこで、視 点 を大 阪から、
を説明する。
天 の川 銀 河 の外 にまで連 続 的 に移 動 させる 演 出 を行
以 上 、古 代 か ら現 代 までの天 文 学 の 成 果 を 概 観 す
うことにより、観 覧 者が天の川 銀 河の概 念、そして天の
る事 により、夜 空 でぼんやり見 える天 の川 の正 体 を 紹
川 と天 の川 銀 河 の関 係 をたやすく理 解 できると考 え、
介した。そして、プログラムのエンディングでは、天の川
本プログラムの演出を作成した。
銀 河 を俯 瞰 する位 置 から、視 点 移 動 により、大 阪 から
見た星空へ戻り、プログラムを終 了する。
また 、大 航 海 時 代 の 人 々が 発 見 した 、天 の 川 が 全
天を帯のように取り巻いている様子を再現する際、プラ
ネタリウムの緯 度 ・経 度 変 化 機 能 は、非 常 に有 効 であ
3.プログラムの制 作 にあたって
る。
今 回 の「天 の川 って、何 だろう」の企 画 ・制 作 にあた
これらから、当館が持つプラネタリウム機 器の機 能を
っては、天 文 教 育 やプラネタリウム機 能 など、いくつか
十 分 に 活 用 するこ とを 念 頭 において、本 プ ログ ラムを
の観点から考慮した。
企画、作成したものである。
3-1.天文学的 視 点
①天体観測により天 の川の探 求が行 われたこと
4.おわりに
「天 の川 って、何 だろう」では、古 代 から現 代 までの
夜 空 にぼんやりと輝 く天 の川 が、我 々 の位 置 する天
人 々が、天 の川 をどのように見 て、その正 体 をどのよう
の川 銀 河 の姿 であることは、多 くの人 が知 っていること
なものと考 えてきたのかという歴 史 的 紹 介 を軸 としたプ
である。しかし、その事 実 を知るまでに、人 々が長 い年
ログラム構 成として作 成 した。話 題 の基 本 は、「地 球 上
月 をかけてきたこと、そしてそこには、科 学 的 な思 考 や
から見 る」と いうことで、人 々 が 肉 眼 で、の ちには 望 遠
実 験 がふんだんに詰 め込 まれているが、中にはシンプ
鏡などの観 測 機 器 を使 用 して、その構 造 を把 握してゆ
ルなものも多 く含まれていることを、科 学 史 的 な視 点を
く過 程 を話 の 中 心 に据 えた 。特 に、ガリレオの 観 測 や
軸に紹 介 した。これらを通じて、一 見 複 雑 で難しそうに
ハーシェルの天 の川 構 造 研 究 については、簡 単 な観
見 える 天 文 学 である が 、決 して難 解 なも の ではないと
測機器による観察 や、シンプルな過 程 から考 察が行わ
いうことを観覧者に感じてもらえればと思っている。
れており、非常に理 解 しやすいものとなっている。