ガンのすべてがわかる 早期ガン、進行ガン、末期ガンの意味は? 進行ガンが文字通り、 “進行”して他の臓器に転移すると、もはや最新の医療をもってし ても完治する可能性は少なくなります。 客観的に見て余命がごく限られた段階に入ると、 「末期のガン」と呼ばれることになりま す。患者がこの段階に入ると、体重の急激な減少や貧血、免疫不全など、末期ガンに特有の 全身症状が現れます。いわゆる「悪液質」と呼ばれる状態です。悪液質は末期ガンの患者で 起こりやすいものの、それ以前に生じることもあります。なぜ、悪液質の状態が生じるのか、 その理由はまだよく解明されてはいません。 ガンはどのように転移するのか? ガン細胞がもとの場所から遠く離れたところに転移(遠隔転移)するまでには、次のよう な変化を起こしていると見られています。 ① 周囲の組織との結びつきを失ってはがれやすい状態になる。 ② 運動能力を得て、組織内でふらふらと動き出す。 ③ 血管を成長させる物質を放出して新しい毛細血管を作り出し、それをガンの近くまで引 き寄せる。 ④ 血管の壁を溶かす物質を出して血管内に入り込む。 ⑤ 血流にのって他の臓器や器官へ移動し、そこに付着して増殖を始める。 ガンがかなり大きく成長しても、それが最初に発生した場所(原発部位)にとどまってい るなら、手術でその部分を取り除けば、ガンが完治する可能性はあります。 しかし、ガン細胞が様々な場所に転移すれば、それをすべて手術で取り除くことは難しく なります。また重要な臓器に転移すると、その臓器は本来の役割を果たせなくなり、ついに はガン細胞を生み出した宿主である人間(患者)を死に至らしめることになります。 宿主が死ねばガン細胞自身も死ぬので、ガン細胞にとって転移にどんな意味があるのか は明らかではありません。ともかくこうしてみると、転移を止める方法を見つけることがガ ン医学の最大の課題の一つになっている理由がわかります。 ガンの中で、 「特に悪性のガン」はあるのか? ガン化したもとのガンが「未分化」であるほど、一般に悪性度が高くなります。「分化」 1 とは細胞の成熟の度合いのことです。 “細胞の卵”である未成熟かつ未分化の細胞(幹細胞) が、何度も分裂をしてしだいに分化し、成熟すると、特定の仕事だけをする細胞、たとえば 脳の神経細胞や皮膚細胞になったり、血液中の白血球や赤血球になったりします。 未分化の細胞は、繰り返して分裂・増殖したり移動したりという多様な能力を持っていま す。しかし分化が進むにつれてそれらの能力の多くは失われ、専門化した細胞としての仕事 しかできなくなります。 同じ胃ガンでも、ガン細胞がはっきりと分化していない、つまり未分化の胃ガン細胞とい うものが存在します。これは増殖の速度が非常に速く、周りの組織に素早く浸潤し、さらに 自分の内部に周囲から新しい血管を引き込んで酸素や栄養を吸収しながら、猛烈に成長し ます。さらに、ガン細胞の一部がガン細胞から剥がれ落ち、血流に乗って全身を移動し、別 の臓器などにくっついて(転移) 、そこでも成長することになります。 このような性質のガンは悪性度が高く、「未分化ガン」と呼ばれます。 細胞は、一般に未分化ガンの度合いが高いほど分裂速度が速いということができます。未 分化の細胞がガン化したもの(未分化ガン)がもっともやっかいな存在であることが想像で きます。 放射線や多くの抗ガン剤は細胞が分裂する過程のどこかに作用するので、分裂を度々繰 り返す未分化のガン細胞に対しては、それだけこれらの治療効果を生み出すチャンスが何 度も訪れます。この、放射線や抗ガン剤に対する「感受性が高い」という点が、悪性度の高 い未分化ガンの唯一の弱点なのです。 (しかし、最近注目されるようになった「がん幹細胞」 は抗ガン剤や放射線に強いと見られています。)未分化ガンも大きく 2 種類に分けられます。 一つはまだ分化していない幹細胞がガン化したものです。たとえば、白血球になる前の幹細 胞がガン化して生じる白血球がその例です。 もう一つは、ひとたびガン化した細胞が、何度も分裂を繰り返すたびに遺伝子の変異を重 ねて、逆に未分化の状態に戻ってしまったガンです。 なぜガン細胞にはこんな現象が起こるのでしょうか。正常な細胞の分化の過程をあたか も時計の針を逆回しするように“先祖返り”するのか、それとも細胞にはもともと卵の時代 (幹細胞)に戻ろうとする力が常に働いており、細胞のガン化によってその力が解放される のか、そのしくみはまだ解明されていません。 体のなかでガンにならないところはあるか? 正常な細胞がガン細胞に変わるには大前提があります。それは、その細胞が“分裂して分 化する細胞”であるということです。「分化」とは、いろいろな潜在的可能性をもつ未成熟 すなわち未分化の細胞が、分裂を繰り返しながら、特殊な能力や役割をもつ細胞になること です。 正常な細胞は、分裂するたびに、自分が持っている遺伝子の本体(DNA)のコピーをつ 2 くります。ところがこのとき、何かの原因で間違ったコピーができることがあります。DNA の中の「A」という文字が少しゆがんだ「A´」に変わるといった程度の小さなミスです。 もしこのときに起こったコピーのミスが細胞に分裂停止を命令する信号に関わっており、 そのミスが何度も重なって、ついに分裂信号を出さないようになったら、何が起こるでしょ うか。そのとき細胞は際限なく分裂をくり返す細胞、すなわちガン細胞に変わってしまうの です。 また、発ガン物質や紫外線などによって DNA に傷がついても似たようなことが起こりま す。このような細胞が分裂・増殖し、その子孫の細胞が再び同じような傷を受けると、遺伝 子の傷(変異)がいくつも積み重なっていき、ついにガン細胞が出現する可能性がでてきま す。 このように、ガン細胞は突如として出現するのではなく、細胞分裂を繰り返しながら徐々 にガン細胞に姿を変えていくので、細胞が分裂しなければガン細胞にはなれません。 細胞がいつの時点で分裂能力を完全に失うかは明確ではありません。そして少しでも分 裂能力が残っていると、やはり腫瘍を作り出す可能性はあると見られます。 早期に転移しやすいガン 早いうちから転移しやすいガンには、乳ガン、骨肉腫(骨のガン) 、悪性黒色腫(メラノ ーマ=皮膚ガン)などがあります。また周囲の組織に浸潤しやすいガンとしては、女性の卵 巣ガンや「スキルス」と呼ばれる特殊な胃ガンが知られています。卵巣ガンは卵巣だけにと どまることはまずなく、早い段階で子宮に広がり、さらに進行すると大腸などにも転移しま す。 転移や浸潤が早くはじまるガンは一般的にも再発しやすいと言えます。 転移や浸潤しやすいガンの場合は、手術前または手術後に化学療法(抗ガン剤治療)や放 射線治療などの補助療法を行って、ガン細胞が残らないようにします。 これらの補助療法が大きな効果を発揮するガンには、乳ガンや骨肉腫などがあります。か つて乳ガンや骨肉腫は再発の多いガンでした。しかしいまでは効果の高い抗ガン剤の組み 合わせが見つかっているため、ガンの進行度にもよるものの、補助療法によって再発を十分 に予防することが可能になっています。 再発しやすいガン 食道ガンや肝臓ガンは、再発しやすいとされています。血管が網の目のように広がる肝臓 内では確かにガンは転移しやすく、それが見過ごされると後に再発することになります。 早期の発見が難しく死亡率の高い食道ガンも、広範囲のリンパ節転移や食道内のスキッ 3 プ転移(がんは、隣りあった臓器など転移をおこしやすい場所から転移していくのが一般的 ですが、その場所を飛ばして離れた場所に転移することです。)をおこしやすく、再発しや すいガンです。また食道ガンは継続的な飲酒と喫煙がおもな原因となっていることから、こ れらの生活習慣によって患者の食道の組織がガン化しやすい状態になっています。そのた め、食道ガンも肝臓ガンと同じく二次ガンが発生しやすいのです。 ガンが転移しやすい部位はどこか? もっとも転移が起こりやすいのは、肝臓や肺、それに脳です。 肺は全身からの血液を受け取り、二酸化炭素を取り除いて供給する役割をもちます。その ため、肺の内部には肝臓と同様、細い血管が網の目のように広がっており、やはり血管の行 き止まりにガン細胞がつまりやすい状態となっています。こうして血管につまったガン細 胞が、そこで増殖して新たな転移巣を生み出すのです。 脳もまた転移しやすい場所の一つです。脳にも毛細血管が多く、また脳に向かう血管はと りわけ栄養に富んでいるためです。 乳ガンはまず周辺のリンパ節に転移しますが、ついで肺や肝臓、脳、骨にも転移しやすい ことが知られています。 腎臓ガンは肺と骨への転移が多く、骨の痛みをきっかけにして腎臓ガンが発見されるこ ともあります。子宮頚ガンは肺への転移が起こりやすく、前立腺ガンは骨に転移しやすいと されています。 ガンはなぜ再発するのか? ガンは完治が難しい病気と言われています。というのも、たとえ様々な治療を受けて治った ように思えても、再びガンになる可能性があるからです。 これには主に 3 つの理由があります。 第 1 は、治療後にもわずかな数のガン細胞が残っていたためです。例えば、手術の際にガ ンの周囲の組織に侵入していたガン細胞を完全に取り除けなかった、あるいは、すでに別の 臓器に転移していたガン細胞に気づかずに治療を終了した場合には、残された少数のガン 細胞が増殖して、再びガンとして成長を始めます。 第 2 は、ひとたびガンを発症した患者は、たとえ最初のガンを除去しても“ガンになりや すい状態”の体そのものは変わっていないためです。ガンは、いくつかの遺伝子の変異が積 み重なって発生します。 第 3 は、ガン治療の過程で抗ガン剤治療や放射線治療を受けたことが、ガン発症の原因 になり得るためです。放射線や抗ガン剤の多くは、DNA を傷つけることによってガン細胞 を殺します。しかしこの治療法では、正常な細胞の一部も遺伝子が傷つけられ、それらの変 4 異によって細胞がついにはガン化することがあります。 例えば、子ども時代にガンを治療した人が、抗ガン剤や放射線による治療によって第 2 の ガン(2 次ガン)を発症する場合は、2~10%ともいわれます。治療後に発生する 2 次ガン としては、白血病や悪性リンパ腫が多く、他にも肉腫、子宮ガン、甲状腺ガン、乳ガンなど を発症しやすいことが知られています。 放射線治療については、一般に大量の放射線を浴びるほど 2 次ガンを生じやすいとされ ます。また抗ガン剤にも 2 次ガンを引き起こしやすい種類のものがあり、植物アルカロイ ドのエトポシドやアルキル化剤のシクロホスファミドを使った場合には、2 次がん発症率が 高くなります。 また、乳ガンなどでホルモン療法を受けた人も、ホルモンに関係する子宮ガンなどを生じ る可能性がわずかに高くなります。 ガンの再発は、治療後 2~3 年以内に起こることが多く、一般には、遅くても 5 年以内に 再発すると言われています。 再発したガンの治療は、多くの場合、非常に困難です。その理由は、再発したガンは、治 療後に除去できなかった浸潤や転移で生じたガン細胞から成長しているからです。 このようなガン細胞は、浸潤や転移に必要な様々な能力(新しい血管を作り出したり細胞 の周辺の膜を溶かしたりする)を身につけており、以前のガン以上に転移しやすい性質を持 っています。さらに、最初の治療時に抗ガン剤を投与されていた場合、ガン細胞が薬に対し て耐性(抵抗力)を備えてしまい、再発時には抗ガン剤が効かないことも少なくありません。 つまり、再発したガンは、 「悪性度」が高くなっているのです。また、手術が困難な肺や脳 などで再発したり、すでに臓器を大きく切除しているため、患者の体がそれ以上の手術に耐 えられないなどの場合もあります。 ガン患者の約半数は、ガンが発見された時点ですでに、リンパ節などに転移していると見 られています。しかし転移したガンは多くの場合、微小であるため、発見が困難です。その ため病理診断によって転移していないと判断された患者に、ガンが再発した例も少なくあ りませんでした。 血管新生阻害薬の一種ベバシズマブ(商品名アバスチン)は、すでに再発した大腸ガンや 乳ガン、肺ガンなどに対して効果をあげ、治療の選択肢のひとつとなっています。 ガンが進行するにつれて、身体はどのように変化するのか? 最近では、ある種のガンが早期発見と早期治療によって進行を抑えられたり、ときには治 癒することもあります。しかし、膵臓ガンや胆道ガン、悪性の脳腫瘍など、依然として治療 の困難なガンが数多くあり、治療可能とされるガンでも、発見・治療が少し遅れるだけで命 取りとなります。 ガンが宿主を殺す最大の理由は、ガン細胞の持つ特異な性質にあります。ガン細胞は、栄 5 養と酸素が供給されるかぎり際限なく分裂・増殖し、ガン細胞の固まりであるガンをつくり ます。それはもともと人間の体の一部であるにも関わらず、あたかも組織や臓器にとりつい てそこで成長する未知の組織か生き物のようです。 1 個のガン細胞が分裂して 2 個になるときには、非常に多くの栄養とエネルギーを必要と します。ガン細胞はこのとき同時に、正常な細胞を壊死させる物質を放出します。この物質 は体の正常な組織の働きを妨げたり食欲を減退させたりするため、患者の体はしだいに衰 弱していきます。 私たちの体をつくっている正常な細胞は、ほとんどが体内の決まった場所で生まれ、そこ で死んでいきます。ところが、ガン細胞はリンパ管や血管を通って他の臓器に簡単に移動し、 そこに定着して増殖することができます。つまりガン細胞には、身体の中を移動して別の場 所に居座り、そこでまた成長する「転移」能力があります。 ガンが進行するとほとんどの患者が“激やせ”、つまり体重の著しい減少を経験します。 ガン患者が 2 週間で 10kg とか 1 か月で 15kg という極端な痩せかたをするのは、脂肪と筋 肉が失われると同時に、臓器を作っている組織そのものも消耗するためです。また赤血球も 減少して貧血になります。 体重の減少がとりわけ激しいのは、ガンが消化器系に広がった場合です。これは、ガンが 患者の消化器系の組織から猛烈な勢いで養分を奪うことが原因とされています。こうなる と、ほとんどの患者が「悪液質」 、すなわち栄養失調で全身が衰弱した状態となり、目のま わりや下半身が腫れたり、皮膚が黄白色になったり、皮膚に色素が沈着して黒ずんで見える などの症状が現れます。 ガンがここまで進行すると患者の免疫機能も低下し、ガンと闘う白血球が本来の働きを 失います。そのためわずかな感染に対しても抵抗力がなくなり、簡単に発熱したり、全身が ひどい疲労感に襲われるようになります。こうして多くの臓器の生命を維持する働きが低 下していき、最後に呼吸機能や心臓を動かす機能がはたらかなくなったとき、患者に死が訪 れます。 ガンになりやすい人とは? ガンを発症するかどうかはその間の生活環境に強く影響されること、そればかりでなく、 その人の生まれつきの体質とも深く関係していることは、様々な科学的調査によって広く 知られるようになっています。 ガンになりやすいかどうかに影響を及ぼす要素として、年齢や性別の他、経済状態、人種、 家族歴、体質、住んでいる地域の地理的・風土的な条件、生活環境(職業、食事、運動、大 気汚染)などが挙げられています。 個々のガンについての危険要因のリストはいまではかなり詳細なものになっているので、 それらの要因を身の回りから遠ざければ、一般的には、ガンを発症する確率を低下させるこ 6 とができると考えられます。 ガン細胞が生じるのは、その人が持っている遺伝子の「変異」の結果であることは、科学 的、医学的な常識となっています。そのため、ガンの発症に関係する遺伝子が生まれながら にして変化している人は、大変ガンになりやすいといえます。このような遺伝子の異常をも っていなくても、体質的にガンになりやすい傾向の人はいます。遺伝子が変異するきっかけ が、生活環境などの外部要因にある場合でも、その要因に影響を受けやすいかどうかによっ て、その人がガンになりやすいかどうかが異なるからです。 遺伝子は親から子へと引き継がれるので、ガンになりやすいかどうかの体質も、親から子 へ、子から孫へと受け継がれることになります。 しかし、ガンが発生するこの仕組みを逆に利用すれば、少なくとも、自分が将来どのよう なガンにかかりやすいかを予測し、それに対するある程度の対策を立てることもできます。 ガン発生の仕組みが遺伝子のレベルで完全に解明されれば、その時にはじめて、ガンの根 本的な治療法が可能になり、また、ガンになりやすい体質の人に十分な予防策をとることも できるからです。 ガンになりやすい家系はあるか? がんは“遺伝子の病気”と言われます。というのも、正常な細胞は、細胞の増殖をうながす 遺伝子や増殖を止める遺伝子に異常が起こったときにガン細胞に変化するためです。 細胞のガン化を引き起こす原因となる遺伝子の変異は、ほとんどが後天的に つまりその人間が生まれた後に生じます。そして、誕生後に身体の細胞に遺伝子の変異が起 こっても、その変化は子孫には伝わりません。その意味では、父母や祖父母がガンになって も、そのガン、すなわちガン化を引き起こした遺伝子の変異が子に遺伝するということはあ りません。 しかし例外があります。このような遺伝子の変異が生殖細胞に起こった場合です。生殖細 胞の遺伝子はそのまま子どもにも引き継がれるので、その家系の人々は、生まれながらにし て全身のすべての細胞中に傷ついた、つまり変異した遺伝子を持つことになります。 ガンを作りやすい遺伝子は一定の確率で親から子へと受け継がれます。こうした遺伝子 をもつ患者のガンは「遺伝性のガン」とか「家族性のガン」と呼ばれます。ガンの 5~10% 程度は遺伝性のガンではないかと考えられています。 遺伝性のガンといっても、つねに特定の種類のガンが遺伝するのではありません。たとえ ば細胞のガン化を抑える遺伝子に異常があると、さまざまな種類のガンを発症しやすくな ります。 ガンは普通中高齢になってから発症しますが、このような遺伝性のガン因子をもつ人は 若年性ガンを発症しやすく、また年齢が若いとガンの進行速度も速いために死亡率が高く なります。 7 遺伝性ガンの家系の人やガンになりやすい体質の人は、遺伝子診断によって早期に発症 の危険度を予測できることができます。この場合、生活習慣の改善などによってそのリスク をいくらか減らせる可能性があります。たとえば遺伝性の乳ガンの因子を受け継いでいて も、脂肪の摂取を減らせばガンになる確率は下がります。 本当に「発ガン物質」と呼べる物質は何か? 発ガン物質とは、細胞内の DNA を傷つけて遺伝子を変化させる物質のことです。細胞内 の遺伝子が変化(変異)を繰り返すと、正常な細胞がガン細胞に変わることがあります。 細胞のガン化についてこれまでの研究で、たとえ発ガン物質とされる物質を食べたり、そ れらに触れても、それによって正常な細胞がガン細胞に変わることはほとんどないことが 分かっています。ガン細胞が生まれるまでには、細胞が遺伝子のレベルでいくつもの変異を 重ねる必要があるのです。 また、どんな物質が遺伝子のどの段階で、どんな仕組みで細胞をガン化させるかも、ほと んどわかっていません。それでも、ある種の物質に発ガン性があると言えるのはなぜでしょ う。それは、多くの動物実験の結果や、特定の職業とガン発症の関係、生活習慣や食習慣の 関係などを示す長年のデータから、統計的にそのような結論が引き出されているからです。 喫煙者のガンのリスク、つまりガンを発症する確率は、非喫煙者の 1.5 倍であり、これは 1 シーベルトの放射線を一度に浴びた時と同じくらいガンのリスクが高まることを意味し ます。 私たちの生活環境に存在する物質で、 “最強の発ガン物質”は何でしょうか。これまで知 られている所では、それはピーナッツなどのナッツ類に発生するカビが放出する毒素「アフ ラトキシン」です。この物質は、生物の体内で DNA が複製されるときにこれを損傷し、ガ ンを発症させると見られています。 発ガン物質は体内でも作られます。中でも発ガン性が強く疑われているものに「活性酸素」 があります。私たちの体内では、新しい細胞をつくったりエネルギーを生み出したりするな どの生命活動を行うため、無数の化学反応が起こっています。これらの反応をスムーズに起 こすために重要な働きをしているのが酸素です。 ところが、酸素と他の物質との化学反応が起こる際に、しばしば活性酸素という他の物質 と異常に反応しやすい不安定な物質が作り出されます。これが細胞中の DNA を傷つける と、ガンが発生する可能性があります。 もっとも私たちの身体は、こうした活性酸素を取り除く特殊な酵素(SOD)も作りだし、 活性酸素が遺伝子を傷つけるのを防いでいます。しかし臓器によっては、この SOD が少な いこともあり、そのような臓器では活性酸素によって細胞がガン化しやすいと考えられて います。 食物や、体内で食物が分解されてできた物質がガンを引き起こす可能性もあります。人間 8 のすべてのガンの 35%は食事によって発生するとする報告もあります。 多くの食物には、ごく弱い発ガン性を持つ様々な物質がわずかながら含まれています。食 物からこれらを取り除くことは現実には不可能ですが、少なくとも前出のニトロソアミン の生成はビタミン C によって抑えられることが分かっています。 ビタミン C の大量摂取によって必ずガンを予防できるということはなく、またビタミン C はかぜをはじめ、 「万病に効く」という主張にも科学的な根拠はありません。むしろ食生 活への少しの気配りによって、食物中の発ガン物質の影響を抑えることができます。そのひ とつは、体内で消化吸収されない発ガン物質を速やかに体外に出すために「排泄を早める」 ことです。 (便秘と大腸ガンの関係は統計的に示されています) 食物繊維の多い食事によって消化管の働きを活発にすれば排泄が早まり、発ガン物質が 身体と接触している時間を短くすることができます。 身近にある発ガン物質 発ガン物質/発症の危険性のあるガン 特徴・用途など アフラトキシン/肝臓ガン、胆ガン 食物に生えるカビが出す毒素。カビの生え た穀物、木の実類、綿の実などから見つか る。アフラトキシンで汚染された飼料を食 べた家畜の卵、乳、肉類から発見されるこ とも。 脱穀などを行う農業従事者は特に注意が必 要。 アスベスト(石綿)/咽頭ガン、喉頭ガン、 繊維状の鉱物を綿のようにもみほぐした物 肺ガン、中皮腫、胃ガン、結腸ガン、直腸ガ 質。1980 年代まで耐火材料、保温材料、建 ン、卵巣ガン 造物などに用いられた。日本では 2006 年 に一部の製品を除いて製造・輸入・使用が 禁止となった。 アルコール飲料/口腔ガン、咽頭ガン、喉頭 ビール、ワイン、蒸留酒などに発ガン性物 ガン、食道ガン、上部消化管のガン、結腸ガ 質及び発ガン性が疑われる物質(アセトア ン、直腸ガン、肝臓ガン、胆管ガン、膵臓ガ ルデヒド、ニトロソアミン、アフラトキシ ン、乳ガン ン、ウレタン、アスベスト、ヒ素化合物な ど)が含まれる。またアルコールは代謝に よってアセトアルデヒドに変化する。喫煙 により危険度が上昇。 イソプロピルアルコール(プロパノール)/ 強い酸化力があり、塗装剥離剤や医療用の 鼻腔ガン、副鼻腔ガン 消毒液、有機溶剤などに使用されている。 9 酸化エチレン/白血病、悪性リンパ腫、乳ガ 薬品や化学製品(不凍液、ポリエステルな ン ど)の材料として使用されるほか、医療機 器、スパイス、穀物、家畜の飼料などの殺菌 用や昆虫の不妊化にも用いられる。アメリ カでは 1990 年代に規制対象となった。日 本でもこの物質の排出や保管は規制されて いる。 カドミウムとカドミウム化合物/肺ガン、腎 水中生物の貝類やエビ、イカなどに蓄積さ 臓ガン、前立腺ガン れやすい。日本では神岡鉱山の未処理廃水 によるイタイイタイ病が知られる。アルカ リ電池の電極や顔料、自動車のメッキなど に用いられている。国際的にも摂取基準値 が定めており、日本で規制されている。 シリカ(空気中の結晶状粒子)/肺ガン 石英(クォーツ)の削りかすなどが空気中 の結晶状シリカとなる。砂石などにも含ま れる。窯業、陶業、耐火レンガ製造などの石 英を利用する工場では肺ガンの発症率が 1.3~1.5 倍高い。建築現場や石切場、宝石 の研磨工場などの労働者も危険。 ラドン/白血病、悪性リンパ腫、肺ガン 気体として存在する放射性物質。火成岩や 水に含まれていることも。鉱山労働者、地 下作業従事者は注意が必要。 タバコ/白血病(喫煙者の子供は幼少期に発 タバコの煙の中には 5300 種もの化学物質 症の可能性) 、悪性リンパ腫、鼻腔ガン、副 や金属が見つかっており、その中にはベン 鼻腔ガン、口腔ガン、咽頭ガン、喉頭ガン、 ツピレン、ベンゼン、ホルムアルデヒド、ニ 肺ガン、食道ガン、胃ガン、結腸ガン、直腸 トロソアミン、ウレタン、ヒ素、クロム、ニ ガン、肝臓ガン、胆管ガン、膵臓ガン、腎臓 ッケルなどの発ガン物質および発ガン性が ガン、腎盂ガン、膀胱ガン、尿管ガン、乳ガ 疑われる物質が含まれる。嗅ぎタバコやか ン、子宮頚ガン、卵巣ガン みタバコも同様。 タール・鉱物油(未処理または粗精製)/肺 タール(コールタール)は防腐剤・塗料とし ガン、膀胱ガン、皮膚ガン て利用されるほか、殺菌剤やさまざまな薬 品・化粧用品(化粧水、クリーム、石鹸、シ ャンプーなど)の材料となる。鉱物油は精 製されてエンジンオイルや機械油として利 用される(皮膚ガン発症の恐れ) ヒ素・無機ヒ素化合物/肺ガン、肝臓ガン、 半導体材料や木材防腐防止剤、除草剤、殺 10 胆管ガン、腎臓ガン、膀胱ガン、前立腺ガ 虫剤、乾燥剤などに使用される。金属ヒ素 ン、皮膚ガン は半導材料としてなどに利用される。 塩化ビニール(プラスチック)/肝臓ガン、 軟質と硬質があり、それぞれの性質を活か 胆管ガン して上下水道や工業用パイプ、建材、車両、 包装材、塗料、断熱材など幅広い分野で使 われている。塩化ビニール樹脂原料を含む 噴霧剤は 1974 年に使用禁止、フタル酸エ ステルを含む塩化ビニールの食品包装や玩 具などへの使用は規制されている。 ベンゼン/白血病、悪性リンパ腫 プラスチック、樹脂、ゴム、薬剤などの材料 や溶剤として大量に消費される化学物質の 一つ。タバコの煙にも含まれる。 ※これらの物質は国際がん研究所(IARC)が 2012 年に人の発ガン物質として十分な証拠 があるとしたものの一部(人に対する十分な証拠はないが動物実験などによって強い証拠 が示されたものを含む) ガンを作りだす「ガン幹細胞」の新理論 ガン細胞の中には、他のガン細胞とは異なって浸潤・転移・増殖の能力が高く、放射線治 療や化学療法(抗ガン剤治療)に抵抗性を示す細胞が含まれていることが明らかになってき ました。多くのガン細胞がガン治療によって死滅しても、そのあとにこのような治療抵抗性 をもつガン細胞が残存するなら、それが再発の原因となることは自明です。 正常な幹細胞は、分化によってしだいに様々な組織や器官をつくる細胞に変わっていき ます。しかし幹細胞が直接変異したり、いちど分化し始めた細胞がガン化して幹細胞に変わ ることがあると考えられています。 幹細胞が細胞死を起こすと、それは正常な組織を維持する仕組みを破綻させて臓器不全 に直結することになります。そこで幹細胞は、様々な外的要素にたいする抵抗力を保持する 事により、組織の長期生存を可能にしているのです。 同じ仕組みはガン組織においても見出されました。すなわちガン組織の中に様々な外的 要素に抵抗性を示すガン細胞が存在する事が明らかになったのです。こうした細胞は、ただ 1 個から始まってガン組織を形成できることが実験的に確認されたことから「ガン幹細胞」 と呼ばれるようになっています。 ガン幹組織という呼称に関しては、幹細胞はさまざまな細胞腫に分化する能力を持って いる細胞のことを指すので、むしろ「ガン誘導細胞」と呼ぶのが適正だとする議論もありま した。 11 種々の腫瘍組織のガン幹細胞の中には、分化によって血管内皮細胞に変わり、腫瘍内の血 管形成に関与するものもある。つまりガン幹細胞は決してガン細胞のみに分化するのでは なく、他の細胞腫への分化能ももち合わせていることが明らかになってきたのです。そのた めいまではガン幹細胞という名が定着しました。 ガン幹細胞の棲息(せいそく)環境を破綻させる治療法 休眠中のガン幹細胞は、ガンが治癒したように見えてもどこかに潜んでおり、再発の原因 となります。他方、自己複製しているガン幹細胞は、増殖中であるにも関わらず治療に抵抗 し、転移や浸潤の原因となります。 従来の分子標的薬は、ガン細胞の増殖や転移などに特異的にかかわる分子を標的として、 その分子の機能を阻害する目的で開発されたもので、一定の効果を示してはいます。しかし、 ガン幹細胞に特異的に効果を持つ治療法が現時点で存在するかはわかっていません。 ガン幹細胞は血管の近傍に存在することが多いです。こうした場所でも低酸素状態は、と りわけ腫瘍内ではよく観察されることです。つまり、たとえ血管の近くでも低酸素の領域に は薬剤が届かないことになるのです。 ※ガン腫瘍マーカー:ガン幹細胞を識別するときの目印(マーカー) 。多くは細胞膜表面に 発現する抗原である表面マーカー。CD133 等は、多くの腫瘍のガン幹細胞マーカーとして 知られる。ガン種によって異なるが、これまでに大腸ガン、膵臓ガン、肝臓ガン、前立腺ガ ン、脳腫瘍など多くの固形腫瘍でそれぞれ特異的なマーカーが確認されている。 ガンの転移 多くのガンは、最初に発生した部位をもとに転移先をある程度推測できます。肝臓、肺、脳 はもっとも転移が起こりやすい臓器です。 ガンの種類 主な転移・浸潤先 乳ガン 肺、肝臓、脳、骨 骨肉腫 肺、肝臓、脳、骨 卵巣ガン 子宮、大網、大腸、腹膜 膵臓ガン 十二指腸、胆管、肝臓、血管、神経、腹膜 メラノーマ リンパ節、肺、肝臓、脳 スキルス胃ガン 腹膜 胃ガン リンパ節、腹膜、肝臓 大腸ガン 肝臓、肺 肺ガン 胸膜、脳、肝臓、副腎、骨 肝臓ガン 肺、骨、副腎、腹膜、リンパ節 12 ガン幹細胞が転移を支配する ガンが患者を死に至らせる最大の理由は、それが「転移」してどんな治療をも不可能にす るためです。 13
© Copyright 2024 ExpyDoc