聾学校高等部における重複障害生徒の就労支援の現状に関する調査研究 河邉 法子 Ⅰ 問題 (1)聾学校高等部の重複障害生徒に対する就労 聾学校高等部では、重複障害生徒数が増加傾向 にあり(文部科学省,2008)、卒業後の進路を踏ま 支援の全体的な傾向や共通課題 (2)重複障害生徒や学校の実態が就労支援の方法 えた教育内容の見直しが進められている。 にどのように関連しているか 聾学校卒業後の重複障害者に関する調査は少な Ⅲ 調査Ⅰ く、学校が実態や課題を正確に把握できていない 1 目的と方法 現状がある。①情報が少ない、②実践の蓄積がな 聾学校高等部に在籍する重複障害生徒の実態や い、 ③ 系統化・継続化が難しいなどの課題もある。 就労支援に関する校内体制、追指導の現状と課題 重複障害生徒の就労支援には、体験的な職場実 を把握することを目的とし、平成 21 年 6~8 月に 習や作業学習が重要と言われ、実践報告がなされ 郵送法による質問紙調査を実施した。調査対象は ている(細野,1994)。 全国聾学校高等部 66 校の進路指導担当者各校1 石井(2001)は、重複障害生徒の職場実習では、 名とした。調査内容は、①高等部の重複障害生徒 実習先に教員が同伴し、一緒に働きながら支援を の実態、②重複障害生徒の就労支援に関する校内 するジョブコーチ的支援が重要と述べている。反 体制、③重複障害卒業生への就労支援、とした。 面、福祉や労働分野と連携して就労支援を行って 2 いる聾学校は少なく、作業学習に熟練した教員が 少ないなどの課題も示している。 重複障害生徒の就労支援に関する研究は、石井 結果と考察 聾学校高等部 66 校中、42 校から回答が得られ た(回収率 64%)。 1) 聾学校高等部の重複障害生徒の実態 (2001)や福永(2008)の調査があるが、生徒や学校 回答校 42 校中 40 校に 162 人の重複障害生徒が の実態によってどのような支援方法が選択されて 在籍し、高等部生徒の約 15%を占めていた。重複 いるかについては、あまり調査や研究がされてい する障害種別では、聴覚障害に知的障害を併せ有 ない。また近年の特別支援教育体制や障害者雇用 する生徒が 87%と高い割合を示した(図1)。重複 施策の変化に伴い、在学中から教育・福祉・労働の 障害生徒の7割は普通科に在籍していた。学年別 連携した就労支援が聾学校に求められている。 では在籍0人の学年が半数を超え、学習集団や教 本研究は、こうした重複障害生徒に対する就労 支援の改善を検討するための基礎資料となるもの 育課程編成上の課題が考えられた。 重複障害卒業生は 42 校中 19 校に 38 人であっ と考える。 た。主な進路先は福祉施設であり、普通科より職 Ⅱ 業科に就職や専攻科進学の割合が高かった(表1)。 目的 本研究は、聾学校高等部に在籍する重複障害生 徒の就労支援について、調査Ⅰで高等部全体の取 り組みと、 調査Ⅱで生徒一人一人への取り組みの、 両面から全国調査を行う。調査で得られた結果を もとに、以下の2点を明らかにし、重複障害生徒 に対する就労支援の現状と課題を検討することを 目的とする。 3種以上 14 9% 肢体 4 2% 病弱 3 2% 知的障害 141 87% 図1 重複する障害(人) 重複障害生 徒 計 162 人 表1 進路先 学科 福祉施設 事業所 校内 その他 軽度(n=14) 9 5 4 0 0 中度(n=11) 6 6 0 0 3 重度(n=10) 9 1 1 0 福祉施設等 就職 専攻科進学 他 22 5 0 3 2 4 2 24 9 2 普通科(n=30) 職業科(n= 8) 計 表2 職場実習の実習先 平成 20 年度の重複障害卒業生数と進路先(学科別) (n=38) 検査未実施・未記入(N=15)は表から除いた 2) 就労支援に関する校内体制や追指導 3割の学校には、重複障害生徒の実態に合わせ 得られた回答は、生徒の知的能力により3グル た進路の手引きや年間計画、重複障害担当者組織 ープ(軽度・中度・重度)に分けて分析した。 がなく(図2)、担任や進路指導担当者が個別に対 2 応していると考えられた。 結果と考察 調査用紙を郵送した 24 校(生徒 70 人分)のうち、 校内研修では「事業所・施設見学」「移行支援計画 20 校から対象生徒 50 人についての回答が得られ の作成・活用」「キャリア教育」が多く実施されてい た(回収率 71%)。 た(図3)。「福祉や雇用施策」は重要度に比べて実 1) 実態に応じた就労支援の現状 施率は低かったが、特に進路指導担当者が必要性 対象生徒の平均聴力は最重度(91dB 以上)が6 を感じており、雇用施策の複雑化に伴い、校内支 割を超え、知的能力は軽度(IQ50 以上)28%、中度 援体制には専門職の関わりが重要と考えられた。 (IQ35~50)22%、重度(IQ35 以下)20%、検査未実 関係機関と連携して追指導を行っている学校は 施・未記入 30%であった。 回答校の半数の 21 校であったが、 職場定着には職 対象生徒の就労支援で重視されていたのは、職 場の理解や家庭の協力などが重視されており、関 場実習と作業学習であり、職場実習は全ての対象 係機関や家庭と連携し、支援体制を整えることが 生徒に実施され、作業学習は 86%の生徒に実施さ 重要と考えられた。 れていた。重複障害生徒の進路希望は、福祉施設 Ⅳ 調査Ⅱ が 62%を占めていたが、職場実習は、知的障害が 1 目的と方法 軽度・中度の場合は、 事業所での実習も行われてい 聾学校高等部に在籍する知的障害を併せ有する 聴覚障害生徒一人一人への取り組みを調査し、実 た(表2)。特に軽度の場合は、事務、印刷、縫製、 木工などの技術を必要とする内容も行われていた。 態に応じた就労支援の現状と課題を把握すること を目的とした。平成 21 年 7~9 月に郵送法による 事業所・施設見学 質問紙調査を実施した。対象は予備調査で協力可 移行支援計画の作成・活用 能と回答のあった 24 校で、担任に記入を依頼し た。調査内容は、①対象生徒のプロフィール、② 対象生徒の職業教育・進路学習、 ③就労に関する在 学中からの連携支援、④今後の課題、とした。 22 進路の手引き・年間計画 重複障害担当者組織 29 0 あり 5 20 40 13 60 80 100(%) 回答数(校) n=42 あるが実態に合っていない 図2 進路の手引き・年間計画・ 重複担当者組織の有無 15 なし 22 14 キャリア教育 研 修 内 容 29 17 18 9 15 14 ケース会 進路の手続き 15 9 福祉や雇用施策 11 作業種目の開発・指導方法 11 成人聾者や親の話 11 4 その他 2 0 22 14 4 5 10 15 20 25 30 回答数(件) 実施している(または実施予定の)研修 複数回答 n=42 重要と考える研修 図3 就労支援に関する校内研修等 指導上の配慮では、知的障害が軽度の場合は、 ークの充実等が今後の課題として残された。 本人との話し合いが重視され、重度の場合は、現 Ⅴ 総合考察 場での直接支援が重視されていた。 1 就労支援体制の必要性 職業教育・進路学習によって対象生徒に身につ 重複障害生徒の就労支援では、担任または進路 けたい力では、知的障害が軽度の場合は卒後のイ 指導担当者が個別に対応しており、その結果、指 メージをもつ、 重度の場合は余暇活動の充実など、 導の系統性や、長期的な視点に立った支援が難し 対象生徒の知的能力によって重視する内容に異な く、担当者の異動や聾学校経験の浅い担任の増加 る傾向が見られた。結果の一部を図4に示した。 も課題となっていると考えられる。 2) 実態に応じた就労支援の課題 今後は、進路の手引きや年間計画の整備、個別 対象生徒の就労支援は、担任や進路指導担当者 の指導計画の活用による担当者間の引き継ぎ、校 が中心になって行っていたが、担任は聾学校経験 内研修の充実、進路指導担当者やコーディネータ 5年以下の教員が 65%を占め、石井(2001)の調査 ーなどの専門職との連携による組織的な校内支援 よりも聾学校経験の浅い教員が増加していた。対 体制を整えていく必要がある。 象生徒の担任1年目の教員も 65%と多い。また、 2 教員間の連携に個別の指導計画を活用しているの 障害の状況に応じた指導 知的障害が重度の場合は、現場での直接支援や、 は、対象生徒 50 人中7例のみで、支援方法の選択 関係職員で話し合うなど、対象生徒の周囲の人の や支援体制づくりに難しさがあると考えられる。 支援体制を整えることが重視され、生活と関連付 就労に関する在学中からの連携支援では、知的 けた支援が行われていた。軽度の場合は、実習の 障害特別支援学校と連携していたのは 38%で、石 評価に本人と話し合う場を設けるなど、本人の意 井(2001)の調査よりも連携が進んでいた。 しかし、 思を尊重し、作業学習に比重を置いた職業的な支援 情報や指導事例の共有、生徒の実態や課題に関す が行われていた。中度の場合は、軽度と重度の中間 る保護者との共通理解、地域の就労支援ネットワ 的様相を示した。 3 軽 度 (n=14) 中 度 (n=11) 重 度 (n=10) 6 6 11 回 10 答 数 5 6 6 4 ( 3 3 5 5 3 4 3 4 4 4 1 人 0 3 2 2 1 3 ) 正 否 の 判 断 力 自 自己 己選 決択 定 準 備 ・ 片 付 け 得 意 分 苦 か 手 る が 自 己 肯 定 感 交 通 機 関 の 利 用 余 暇 活 動 の 充 実 図4 身につけたい力(知的能力別) 働く意欲 正否の判断力 ルールの理解 身辺自立 生活基礎力 意思表示 準備・片付け 余暇充実 あいさつ マナー 集中力 持続力 自己選択・自己決定 困ったとき 助けを求める か関係を見たところ、「生活基礎力」「職業基礎力」 に分けることができた(図5)。これは、生徒の中 心課題による指導内容の指標として考えることが でき、このような観点からの支援方法の検討が今 後必要である。 細野浩一(1994)聴覚重複障害児にたくましく生きる力を.障害者 問題研究,21(4),358-365. 連絡報告 口話・筆談 福永憲一(2008)聴覚障害者が必要とする就労後の支援に関する 研究-聾学校の追指導を中心に-.兵庫教育大学大学院修士論文. 石井雅臣(2001)聾学校高等部における就労支援について-外部 場に応じた コミュニケーション力 両方を選択している場合 一方を選択したときに、他方を選択している場合(一方向) 図5 身につけたい力 けたい力として、どの力とどの力を選択している 文献 身だしなみ 生活リズム 職業基礎力 職業教育・進路学習によって対象生徒に身につ 「場に応じたコミュニケーション力」の3グループ 0 卒 後 の イ メ ー ジ 身につけたい力と就労支援の指導内容 全体の関連図 諸機関との連携とろう重複障害のある生徒への支援を軸とし て障害児教育財団障害児教育論文集,26,23-44. 文部科学省(2008)特別支援教育資料.
© Copyright 2024 ExpyDoc