肢体不自由特別支援学校教師の同僚からのソーシャル

肢体不自由特別支援学校教師の同僚からのソーシャル・サポートに関する研究
石垣 恵子
Ⅰ
問題
おいては,障害の重度・重複化が進む中で,教育
特別支援教育への転換に伴い,センター的機能
実践の不確実性や専門性の不足などを感じている
が特別支援学校に求められ,教師の多忙化を招い
と考えられる。このような問題に対する解決方法
ていることが指摘されている(各障害種別全国
の1つとして,やはり,同僚からのサポートが有
PTA 連合会会長連絡協議会,2004)
。
効である(北出,2009)
。肢体不自由特別支援学
「今後の特別支援教育の在り方について
(最終報
校では,複数担任制や TT などによる協働が日常
告)」(文部科学省,2003)によると,特別支援
的に行われているため,その中で交換される具体
学校に在籍する児童生徒の障害の重度・重複化が
的情報や支援行動などがサポート機能として有効
進み,半数近くの児童生徒は障害が重複している
に働くと考えられる。しかし,特別支援学校にお
こと,肢体不自由特別支援学校等では日常的に医
けるソーシャル・サポートについて注目した研究
療的ケアを必要とする児童生徒が増加しているこ
は尐なく,協働の実態は明らかにされていない。
とが示されている。特に,肢体不自由特別支援学
Ⅱ
目的
校で障害の重度・重複化の傾向が著しく,重複障
本研究では,肢体不自由特別支援学校の重複障
害学級に在籍する小・中学部の児童生徒が 1985
害学級担任のソーシャル・サポートの構造を明ら
年は 53.9%であるが,2008 年度は 76.2%に増加
かにする。また,同僚からのソーシャル・サポー
している(文部科学省,2009)
。安藤(2004)は,
トが,特別支援学校教師の職務ストレッサーに対
このように子どもの障害の重度・重複化が進む中
する意識に与える影響について明らかにする。
で,指導内容や方法については唯一の解がないと
Ⅲ
いった教育における不確実性が高まり,教師が実
本調査
1 方法
践に対する確信を持てないことを推察している。
小・中・高等部に重複障害学級のある全国の肢
また,特別支援学校における当該障害種の免許
体不自由特別支援学校 36 校の教師 481 名を対象
状保有率について,平成 20 年度の調査では,新
に,予備調査で確定された「ソーシャル・サポート
規採用者の割合が 60.0%,全体で 69.0%(文部科
尺度(藤崎・越,2008)」,「特別支援学校教師の
学省,2009)であり,教員養成課程において,特
職務ストレッサー尺度(北出,2009)」を使用し
別支援教育について専門的に学ぶ機会が尐ないと
て質問紙調査を行った。
いう現状がある。
このような問題に対する解決策を考えたときに,
2 結果と考察
肢体不自由特別支援学校教師 391 名から回答が
教師間の影響を示した研究は多く,「協働」する教
得られ,回答に不備のみられたデータを除いた
師集団に着目している。藤崎・越(2008)は,協
387 名分を分析対象とした。主因子法,プロマッ
働関係をソーシャル・サポートの概念で捉え,協
クス回転による分析の結果,同僚からのソーシ
働の実態や影響を検討している。
ャル・サポートの因子構造は,「支持・承認サポー
諏訪(2004)は,教員にとっては,心理的励ま
ト」,「学校業務に関する配慮サポート」,「子ども
しや,具体的情報の提供や支援行動のサポートが
の指導に関する具体的な情報提供サポート」,「職
重要であると指摘している。
場の人間関係に関するサポート」の4因子(表 1-1
特に肢体不自由特別支援学校の重複障害学級に
~表 1-4)となった。先行研究(藤崎・越,2008)
表 1-1
ソーシャル・サポート尺度因子Ⅰ
「支持・承認サポート」
負荷量
.901
.790
.755
.633
.578
.439
表 1-2
項目内容 (α =.860)
同僚は、あなたの保護者への対応について支持してくれる
同僚は、あなたの行動や考えに賛成し、支持してくれる
同僚は、あなたを信じて仕事を任せてくれる
同僚は、あなたの良いところを褒めてくれる
同僚は、あなたの教材研究や研究活動の取り組みを支持してくれる
同僚は、子どもへの指導で良かったことを認めてくれる
ソーシャル・サポート尺度因子Ⅱ
項目内容 (α =.871)
負荷量
.854
同僚は、あなたの保護者への対応がうまくいっているか気にかけて
くれ、励ましてくれる
.840
同僚は、保護者との関係がうまくいっているか気にかけ、声をかけ
てくれる
.821
同僚は、事務的な処理(公文書作成・会計処理・諸帳簿等)がうまく
いっているか気にかけてくれる
.577
.565
.460
.357
同僚は、学習指導や教材研究の進度を気にかけ、声をかけくれる
同僚は、校務分掌の仕事がうまくいっているか気にかけてくれる
同僚は、教材や学習プリントの準備などを進んで手伝ってくれる
同僚は、保護者への対応について良かったと言ってくれる
ソーシャル・サポート尺度因子Ⅲ
「子どもの指導に関する具体的な情報提供サポート」
負荷量
.851
.832
.819
.682
.593
表 1-4
項目内容 (α =.866)
同僚は、学習指導について参考となる意見を言ってくれる
同僚は、最近の子どもたちの興味・関心のある情報を提供してくれる
同僚は、子どもへの接し方や考え方の視点を教えてくれる
同僚は、学級や子どもの良くなったところを褒めてくれる
同僚は、学級や子どもの良いところを褒めてくれる
ソーシャル・サポート尺度因子Ⅳ
「職場の人間関係に関するサポート」
負荷量
.844
.558
.540
.527
特別支援学校教師の職務ストレッサー尺度因子Ⅰ
「多忙」
「学校業務に関する配慮サポート」
表 1-3
表 2-1
項目内容 (α =.840)
同僚は、職場内の人間関係についてアドバイスをしてくれる
同僚は、職場内の人間関係について相談にのってくれる
同僚は、管理職との問題についてアドバイスしてくれる
同僚は、あなたの仕事の負担が大きいときに手伝ってくれる
項目内容 (α =.781)
負荷量
.711 免許更新制や校外への研修等により自分の仕事や校内研修の時
間がさらに削られるようになった
.611
教職員の時間外労働への対応がとられていない
.592
児童生徒に直接関係ないような仕事が多すぎる
.532
責任ある立場になることが多い
.508
教員の人数が少なく、やりくりに苦労する
.444
誰も仕事量を減らそうと努力しない
.433
校務の分担に他の教職員との偏りを感じる
.424
勉強するための時間や機会が少ない
.401
年休が取りにくい
表 2-2
特別支援学校教師の職務ストレッサー尺度因子Ⅱ
「同僚との関係」
負荷量
.824
.704
.650
.614
.585
.376
表 2-3
項目内容 (α =.779)
同僚の子どもへの指導の仕方に違和感を覚える
他の教職員との指導の歩調が合わない
同僚との間で教育に対する意識に差がある
同僚と意思疎通が取りにくい
同僚は、目の前に児童生徒がいるにもかかわらず私的な雑談をしている
他の教職員から協力が得られない
特別支援学校教師の職務ストレッサー尺度因子Ⅲ
「保護者との関係」
負荷量
.697
.639
.623
.568
.499
表 2-4
項目内容 (α =.749)
保護者への対応が難しい
児童生徒の家庭の問題への対応が困難である
保護者の意向に沿った支援がうまくできない
保護者から理不尽なクレームが増えた
保護者のニーズが多様化している
特別支援学校教師の職務ストレッサー尺度因子Ⅳ
「専門性の不足」
負荷量
.718
.579
.541
.447
項目内容 (α =.663)
今までの経験を全く生かすことができていない
自分自身に専門性がない
教育の成果が見られない
具体的な職務内容についての相談相手がいない
は,学校業務の内容ごとに6因子構造がみられた
さらに,教職経験年数と特別支援学校経験年数
が,本調査では4因子構造となった。これは,先
による二元配置の分散分析を行った結果,ソーシ
行研究での対象が小・中・高等学校教師であった
ャル・サポート尺度の因子Ⅰ「支持・承認サポート」,
が,本調査では特別支援学校教師を対象としたこ
因子Ⅲ「子どもの指導に関する具体的な情報提供
とが影響したと考えられる。安藤(2004)は,特
サポート」,因子Ⅳ「職場の人間関係に関する
別支援教育の場においては,職務の全てに同僚と
サポート」に対して,
教職経験年数の主効果が認め
の協働性があることを述べている。すべての業務
られた。因子Ⅰ「支持・承認サポート」は,特別支
において協働する機会が多いため,業務の内容ご
援学校経験年数の主効果がみられた。また,特別
とに細かく分かれなかったと考えられる。
支援学校教師の職務ストレッサー尺度の因子Ⅰ
次に,最尤法,プロマックス回転による分析
「多忙」,因子Ⅲ「保護者との関係」,因子Ⅳ「専門性
の結果,職務ストレッサーの因子構造は「同僚と
の不足」に対して,
教職経験年数の主効果が認めら
の関係」,「多忙」,「専門性の不足」,「保護者との
れた。因子Ⅲ「保護者との関係」と因子Ⅳ「専門性の
関係」の4因子(表 2-1~表 2-4)となり,先行
不足」は,特別支援学校経験年数の主効果がみられ
研究(北出,2009)と同様の結果であった。
た。因子Ⅳ「専門性の不足」について,交互作用が
認められ,教職経験が長く,特別支援学校経験が
ではない。よって,本研究の結果のみで十分な解
短い教師は,他の教師に比べるとストレスが高い
釈をするには限界がある。今後は,個人のパーソ
ことが示された。特別支援教育以前に普通教育を
ナリティや教師集団の年齢構成などの複数の変数
経験してきた教師たちは,教育方法の違いが大き
を分析に投入し,職務ストレッサーに対する要因
いだけに困惑の度合いが大きく(阿部,2006)
,
を探っていく必要がある。
障害の重度・重複化が進む中で教育の不確実性が
また,サポート関係のみられる同僚性と教師の
高まり,確信を持てない(安藤,2004)様子がう
成長との関連について,面接法で質的に明らかに
かがわれる。
していく必要性がある。
続いて,同僚からのソーシャル・サポートが,
文献
特別支援学校教師の職務ストレッサーに対する意
阿部芳久(2006)知的障害児の特別支援教育入門.日本
識にどの程度影響するのかを検討するために,ソ
文化科学社,p1.
ーシャル・サポート4因子を説明変数,特別支援
安藤隆男(2004)盲・聾・養護学校におけるセンター的
学校教師の職務ストレッサー4 因子を被説明変数
機能の役割一教師の協働性に基づく専門性への転機-.
として重回帰分析を行った。分析の結果,同僚か
特別支援教育,14,34-39.
らのサポートは,ストレッサーを減尐させる要因
藤崎直子・越良子(2008)教師間の協働関係における相
として有効であることが確認された。特に,「支
互作用と教師の教育観との関連-ソーシャル・サポート
持・承認サポート」は「専門性の不足」,「学校業務
の観点からの検討-.学校教育研究,23,144-158.
に関する配慮サポート」は「保護者との関係」,「子
各障害種別全国 PTA 連合会会長連絡協議会(2004)「特
どもの指導に関する具体的なサポート」は「同僚と
別支援教育を推進するための制度の在り方について(中
の関係」,「人間関係に関するサポート」は「多忙」
間報告)」に対する意見.
と「同僚との関係」に対して負の有意な影響を示し
北出浩司(2009)特別支援学校教師の職務ストレッサー
ていた(表3)
。日々複数の教師が連携し合いなが
がバーンアウト傾向に及ぼす影響.上越教育大学大学院
ら児童生徒への支援・指導を行っているという勤
修士論文.
務体制によって,身近な同僚から適切なサポート
文部科学省(2003)今後の特別支援教育の在り方につい
を得られることが負担の軽減につながることが推
て(最終報告)
.21 世紀特殊の教育の在り方に関する調
察される。
査研究協力者会議.
Ⅳ
文部科学省(2009)特別支援教育資料(平成 20 年度).
今後の課題
ソーシャル・サポートが特別支援学校教師の職
諏訪英広(2004)教員社会におけるソーシャル・サポー
務ストレッサーに影響を与えていることが明らか
トに関する研究-ポジティブ及びネガテイブな側面の
になったものの,その決定係数は決して高いもの
分析-.日本教育経営学会紀要,46,78-92.
表3 特別支援学校教師の職務ストレッサー4因子を被説明変数とする重回帰分析結果
職 務 ス ト レ ッ サ ー 尺 度
多 忙
説 明 変 数
支 持 ・ 承 認 サ ポ ー ト
β
( 被 説 明 変 数 )
同 僚 と の 関 係 保 護 者 と の 関 係専 門 性 の 不 足
γ
β
γ
β
γ
β
γ
. 0 -2 .0 1 8 7 -* .* 1 3 -
9 . 4 7 2-* . 0 8 -
1 . 1 5 0 * * - . -4 .6 40 6* 0* * *
ト . 0 7-
4 . 2 2 9 * *. 1 0-0 . 4 4 2 * *- . 1 -
5 2. 1* 5* 2 * * . 0 -
5 1. 3 2 8 * *
ソ ー シ ャ 学
ル 校
・ 業 務 に 関 す る 配 慮 サ ポ ー-
サ ポ ー ト 子
尺 ど
度も の 指 導 に 関 す る 具 体 的 -
な .情1 報
2-
9提. 供
2 4サ5 ポ
*-*ー. ト
3-
5 2. 5* 1* 2 -
* *. 0 0-6 . * 1 2 9 * . 0-
1 0. 3 5 4 * *
職 場 の 人 間 関 係 に 関 す る サ ポ ー ト- . -2 .5 21 5* 1* *-* . 2 -
0 9. 4* 7* 8 * *0 8 3- . 0 9 6 -
*
決 定 係 数 ( R ² )
β : 標 準 偏 回 帰γ係
: 相
数 関
係 数
* * : p < . 0 1 * : p < . 0 5
. 0 6 3 * *
. 2 8 0 * *
. 0 2 3 * *
. 0 0-4 . 3 2 7 * *
. 2 1 2 * *