Experience Japan Program 2015 実施報告書

Experience
JAPAN Program
2015
報告書
特定非営利活動法人 MIS
ご挨拶
この度は、弊団体主催の当プロジェクトへのご協力、誠にありがとうございました。至らない点の
多々あった私どもへのご温情に心より感謝しております。
多くの皆様のご期待に違わぬよう、
プロジェ
クトメンバーは全力で取り組んで参りました。今後とも、変わらぬご指導・ご鞭撻のほどよろしくお
願いいたします。略儀にて失礼とは存じますが、
書面にてご協力のみなさまへの御礼を申し上げます。
【訪問協力】
新宿区立信濃町シニア活動館
東京都下水道局 落合水再生センター
足立清掃工場
公益財団法人 日本財団
株式会社 Ridilover
株式会社 EWM ファクトリー Cloud Camp
農業生産法人有限会社 伊南の郷
JA 会津みなみ 南郷トマト選果場
前沢集落
会津田島祇園会館
NPO 法人南会津はりゅう里の会 ホシッパの家
花泉酒蔵合名会社
【会場協力】
エン・ジャパン株式会社
株式会社マイナビ
株式会社 EWM ファクトリー
【協賛協力】
公益財団法人 双日国際交流財団
福島県南会津町
【特別協力】
友納健一郎様
櫻井亮様
戸田裕昭様
紫村次宏様
東京工業大学国際交流学生会
福島県南会津町
福島県南会津地方振興局
(順不同・敬称略)
2 ご挨拶
目次
1.主催団体概要
1-1 MIS の理念・活動
4
1-2 連絡先
4
1-3 Experience Japan 2015 プロジェクトメンバー
5
2.プログラム概要
2-1 Experience Japan Program 2015 の目的
6
2-2 プログラムスケジュール
6
2-3 プログラム参加者
8
3.各日ごとのプログラム詳細
9
4.プログラムの成果
22
5.南会津町での参加者発表資料
23
6.参加者レポート
34
7.収支報告
76
目次 3
1
主催団体概要
1-1 MIS の理念・活動
当プログラムの主催団体である特定非営利活動法人 MIS
(Multilateral Interaction with Students)
は、
世界の国々を豊かにする次世代リーダーを輩出するために設立された、東京大学の学生を中心とする
団体である。現在、
学部 1 年生から大学院生まで約 60 名が所属し、
過去にカンボジアやベトナム、フィ
リピン、インドネシアにおいて 8 回のプロジェクトを実施した。
MIS の理念は “Seed the future, Lead the world” である。MIS は学生同士が国境を越え、実際に現
場を見ることを通じて社会問題を『発見』し、その社会問題に関する課題と解決策を『議論』したの
ち、その解決策を『実行』できる場をデザインする。この一連の過程を通じ、各国の学生が自国を客
観視することで、自国への貢献意識を高めること、また次世代リーダーとしての意識を醸成すること
を通じて、国際社会の発展に寄与することを目的としている。
現在、カンボジア ・ シンガポール ・ ベトナム ・ フィリピン ・ ミャンマー ・ インドネシア ・ マレーシ
ア ・ バングラデシュの東南アジア ・ 南アジア 8 カ国の学生と交流を深め、協働して社会問題の発見 ・
解決策の実行を行っている。私たちは次世代リーダーの輩出による社会問題の根本からの解決、そし
て未来への種まきを目指す。
1-2 連絡先
E-mail
[email protected] (MIS 宛)
[email protected] (Experience Japan Project 2015 宛)
HP
http://misleaders.org/
Twitter @mis2012leaders
Facebook https://www.facebook.com/MISsince2012
4 主催団体概要
1-3 Experience Japan 2015 プロジェクトメンバー
以下、今回の Experience Japan 2015 のプロジェクトメンバーである。なお、所属・学年・役職は
プログラム実施時点 (2015 年 8 月 ) のものである。
松嶋 達也
東京大学教養学部 2 年
プロジェクトマネージャー
内藤 美織
東京大学文学部 3 年
MIS 代表
小見門 宏
東京大学工学部 3 年
五百藏 元太
東京大学教養学部 2 年
釼持 智洋
東京大学教養学部 2 年
堤 佳奈
東京大学教養学部 2 年
山越 遼一
東京大学教養学部 1 年
林 知里
東京大学教養学部 2 年
通訳協力
田中 勇登
慶應義塾大学医学部 3 年
通訳協力
長谷川 明紀
東京大学教養学部 1 年
通訳協力
渡邊 晃一朗
東京大学教養学部 2 年
公募協力
主催団体概要 5
2
プログラム概要
2-1 Experience Japan Program 2015 の目的
NPO 法人 MIS の目的は、豊かな世界を実現するため、主体的に問題を発見し、解決する能力をもっ
た次世代リーダーを輩出することである。当プロジェクトの目的は、プログラムに参加することで、
日本及び東南アジアの学生が、問題を見つけ解決するための視点とモチベーションを獲得することに
ある。
この目的を実現するため、
今回はテーマを「社会に貢献する」とは何か?に設定した。このプロジェ
クトの参加者が、実地経験を通じて「社会に貢献する」ことを考えることで、プロジェクトを通して
自分なりの「社会に貢献する」あり方を獲得すること、そしてそれにしたがって自国でも主体的に活
動できる次世代リーダーとなることを目的とする。自分と社会の関わりを認識し、社会問題を発見し
解決する人財となることを最終目標とした。
テーマについてただ考えるだけでなく、多国の学生との議論の中で考えを深める経験や、東南アジ
アの学生は自国をでて日本に来て学ぶという経験を、日本の学生は日本について考えるという経験を
通して、自国の問題を考えることのできる人財に成長していくことも、このプログラムの目指すとこ
ろである。この他国の学生との交流活動は、自国文化を相対的に理解する契機になると考えられる。
2-2 プログラムスケジュール
当プログラムは、8 月 4 日から始まり、8 月 7 日までは東京に滞在し、8 月 8 日から 8 月 12 日ま
では福島県南会津町に滞在した。
前半は、東京での「社会貢献」の現場を幅広く見て、社会における各アクターの「社会に貢献する」
姿勢を学び、「社会に貢献するとは何か?」について考えを深める期間とした。
後半は、福島県南会津町でのフィールドワーク調査を行い、住民目線での問題発見を行い、学生だ
からこその視点を用いつつ、解決策を提言した。これは前半では多数のアクターの活動現場の見学が
主であるのに対して、一つの現場において、自らが問題発見解決を通して活動するアクターとなるこ
とで、前半とは異なる観点から、テーマについての考えを深める経験となった。
具体的なスケジュールは次頁の通りである。
6 プログラム概要
8/4
集合
顔合わせミーティング
8/5
午前:信濃町シニア活動館様訪問
午後:落合水再生センター様訪問
夜 :ミーティング
8/6
午前:浅草観光
午後:足立清掃工場様訪問
夜 :ミーティング
8/7
午前:日本財団様訪問
午後:リディラバ様訪問
夜 :ミーティング
8/8
福島県南会津町へ移動
南会津町役場の方による町に関する説明
夜 :ミーティング・BBQ
8/9
午前:伊南の里様訪問
午後:南郷トマト選果場様訪問
夜 :ミーティング・花火
8/10
伝統班と産業班に分かれて行動
伝統班:前沢集落、御蔵入交流館、会津田島祇園会館訪問
産業班:花泉酒蔵様、ホシッパの家様訪問
8/11
午前:会津田島駅近辺にて、聞き取り調査
午後:会津山村道場にて、南会津滞在を経たアイデアの発表
8/12
南会津町から東京へ移動
東京にて最終ミーティング
8/13
解散
プログラム概要 7
2-3 プログラム参加者
参加者は公募を通じて決定した。3 つの記述課題を通して選考し、以下の 8 名が今回のプログラム
参加者となった。
Judith Yeoh Xuu Fhen
マレーシア 22 歳
Kaniz Nasrin
バングラデシュ 25 歳 Jatiya Kabi Kazi Nazrul Islam University
Nguyen Thi Tuyet Mai
ベトナム 24 歳
Hue University of Medicine and Pharmacy
Sean Rainier E. Zerrudo
フィリピン 22 歳
University of the Philippines Diliman
Shara.Nicole.N.Abella
フィリピン 19 歳
Miriam College
黒澤 永
日本 19 歳
獨協大学外国語学部フランス語学科 2 年
竹島 桃子
日本 21 歳
獨協大学経済学部国際環境経済学科 3 年
山極 和貴
日本 24 歳
群馬大学医学部医学科 6 年
8 プログラム概要
University of Nottingham
各日ごとのプログラム詳細
3
1 日目 (8/4)
報告:東京大学教養学部 2 年 松嶋 達也
○東南 ・ 南アジア学生来日 ・ 日本人学生集合
プログラム初日までにマレーシア ・ ベトナム ・ バングラデシュの学生各 1 名 ・ フィリピン人学生 2
名が来日した。全員初めての来日で、思い思いに初めての日本の感想を述べていた。また、日本人学
生も国立オリンピック記念青少年総合センターに集合し、プログラムに合流した。
○ミーティング
自己紹介 ・ プログラムの導入 ・ 事前準備の共有を行った。
始めにプログラム実施団体 (NPO 法人 MIS) の説明、プログラムの概要 ・ 目的 ・ 日程の説明を行い、
参加者 ・ スタッフ全員の自己紹介を行った。参加者の出身や専門は多様であり、初日のミーティング
は参加者同士が仲良くなり、互いのバックグラウンドや考え方を知ることを目的として行われた。
アイスブレイクとして軽いゲームを行った後、事前課題として設定されていた
①自分の住む地域における社会貢献の例を紹介
②「社会に貢献する」とはどういうことか
という 2 つのテーマについての各自の意見の共有を行った。
初日ミーティング
各日ごとのプログラム詳細 9
2 日目 (8/5)
報告:東京大学教養学部 2 年 釼持 智洋
○新宿区立信濃町シニア活動館
当プログラムで最初に訪問したのは、新宿区立信濃町シニア活動館だった。ここでは、高齢者の方
の社会との関わり方について視察することを目的としていた。
まず、施設の大体の間取りを見学した後に、施設についてのお話を伺った。信濃町シニア活動館は、
高齢者が交流する場所や、ボランティアを行う場所、韓国語やコンピューターなどの活動を自主的に
楽しむ場所として機能していた。その目的は、地域の高齢者の方々が来るのが楽しくなるように、ま
た、高齢者の方に「誰かの役に立つ」感覚を持ってもらえるようにすることで、生きがいを持っても
らうというものであった。新宿区は、高齢者の割合が高いというわけではないものの、一人暮らし率
が高いため、高齢者の方のコミュニティを作ることで、孤立を防ぎ、充実した老後を過ごすサポート
となるような活動をしていた。プログラム参加者からも、ガンなどの病気になった老人が訪問された
場合はどうするのかなど、高齢者の抱える問題についての質問が出され、施設の方に丁寧にお答えい
ただいた。
その後は、信濃町シニア活動館で行われている活動の一つである、吹き矢の活動にお邪魔させてい
ただいた。参加者の皆が吹き矢を楽しみ、また、吹き矢を実際になさっている方々も外国からの参加
者に非常に丁寧に教えてくださり、とても楽しい時間を過ごした。
この信濃町シニア活動館の訪問を通して、参加者は、孤独や病気など、高齢者の抱える問題に対す
る有効なアプローチの一つとして感心し、また、自分が貢献しているという感覚をもつことが、生き
がいとなっていることへ注目するなどの反応を示していた。
○落合水再生センター
2 日目の午後は、インフラの果たす公共的な役割について学ぶため、落合水再生センターに訪問さ
せていただいた。
落合水再生センターは、下水道処理施設であり、新宿近辺の下水を扱う施設である。まずは施設の
方に下水道及び水処理一般についての説明と、落合水再生センター独自の要素についての説明をして
いただいた。どうすれば下水がきれいな水になるのかという技術面の話から、このような下水道処理
施設があることの社会的な意義、また、下水処理の過程で生まれた残滓の焼却処理やリサイクル、ろ
過された水の再利用などの環境保全への取り組みや、公共の場としての落合水再生センターの公園の
整備や下水処理を行うにあたっての地域への配慮などについて、お話をしていただいた。
その後は、実際の水再生設備の見学をさせていただいた。いくつもの建物に渡って大規模に水が再
生されていく様子は、水再生という重要な作業にかかる手間を実感した。
この落合水再生センターについては、参加者は、この施設本来の水再生活動への評価もしつつ、特
に、施設の屋上部分のスペースを公園など公共空間として提供し、
地域になじむような施設設計となっ
ていることを、地域への社会貢献の理想的な一モデルであると考える声が相次いだ。
10 各日ごとのプログラム詳細
○ミーティング
この日のミーティングは、訪問先での経験を振り返り、自分の言葉で訪問先の社会で果たしていた
役割、社会どのように貢献しているかを確認すること、また、他の参加者がどう思ったのかを意見交
換することを目的に行った。
・アイスブレイク
ミーティングの前に、導入として各参加者の夢と将来何をしたいかをお互いに語り合った。
・ディスカッション
この 2 日目に思ったことを自由に話し合う時間と、信濃町シニア活動館と落合水再生センター
が社会にどう貢献しているかを分析する時間をとった。
その日に思ったことを自由に話し合う時間では、この日が訪問開始日であったこともあり、い
わゆる「社会貢献」とは少し違う形の社会貢献もありうることへ考えを発展させた参加者が数多
く見られた。いわゆるわかりやすい災害ボランティアや寄付だけではなく、信濃町シニア活動館
のような、地域に住むひとり一人を支援するような社会貢献や、地域の人々を結びつける役割の
重要さ、落合水再生センターの今の日本ではもはや当たり前になってきている水再生の仕組みの
社会基盤としての不可欠性への指摘が相次いだ。
次の各施設の社会貢献の分析の時間では、信濃町シニア活動館の高齢者の抱える問題への取り
組みについて、高齢者の人とのつながりの創出という点についての議論が多く見られた。大きな
活動でなくとも、ミクロレベル、個人個人を大切にする活動の重要性なども確認した。また、落
合水再生センターに関しては、
「地域の中にある」ことを意識した施設デザインが主に話題となっ
た。
・翌日の予定についての告知
・フィードバック
その日のプログラムの中で、改善すべき点について、運営側、参加者共に話し合った。
新宿区立信濃町シニア活動館 見学・活動体験
落合水再生センター 見学
各日ごとのプログラム詳細 11
3 日目 (8/6)
報告:東京大学教養学部 2 年 五百藏 元太
○浅草観光
午前の時間を使い、外国人参加者に日本らしさを体感してもらうこと、観光を通して参加者間の親
睦をさらに深めることを目的として浅草周辺を観光した。まず全員で浅草文化観光センターを訪れ、
展望台から浅草近辺の景色や東京スカイツリーを眺めながら、各自写真撮影などをした。
その後、外国人参加者と日本人参加者を分割して 3 ~ 5 人の班を作り、班ごとに仲見世通りや浅
草寺などを観光した。昼食も近隣の飲食店で班ごとにとり、外国人参加者もかき氷や鰻、寿司など日
本食を実際に食べ、日本文化を体感する良い機会となった。
○足立清掃工場
午後に訪問した足立清掃工場では、工場長の方に東京都のゴミ処理システムについてや、廃棄物の
処理に関して清掃工場が行っている取り組みなどについてなどを説明していただいた。ゴミ処理の仕
組みについては日本に住んでいれば当たり前のことのように思えるが、外国人参加者からすると新鮮
なものであったようで、多くの質問が寄せられた。
説明の後は実際に場内を案内していただき、各設備の役割などを説明していただいた。また、実際
にためられたゴミを、クレーンを使って焼却炉の中に投入する工程を見学し、迫力ある光景に参加者
の反応もひとしおであった。場内を見学したのちは再び説明をしていただいた部屋に戻り、自由に質
問をさせていただいた。ここでは足立清掃工場が行っている社会貢献のあり方について多くの質問や
意見が出され、プログラムのテーマについて考える上で実りのある機会になった。
○ミーティング
主に足立清掃工場での説明内容に関する話題が中心であった。そのうちの一つのポイントとして、
小学生を対象とした見学型授業の実施の効果についての議論があげられる。日本の初等教育ではごみ
処理施設、もしくは水道関連施設の少なくともどちらか一方の見学が行われるが、こうした事例は外
国人参加者には馴染みが薄く、社会を支える重要な分野に関心を引く有意義な内容であるとの見解が
多くみられた。また他の話題としては焼却後の廃棄物の処理に関するものがあった。焼却済み廃棄物
の再利用については日本での取り組みに感心する声が多く、一方で埋め立て地の不足については東南
アジア諸国でも同様の問題が発生しており、参加者各人が自国の状況を踏まえた意見を発表した。
12 各日ごとのプログラム詳細
浅草観光
足立清掃工場 見学
施設の説明を受ける参加者
足立清掃工場 見学
工場内部の見学
足立清掃工場 見学
集合写真
各日ごとのプログラム詳細 13
4 日目 (8/7)
報告:東京大学教養学部 2 年 堤 佳奈
○日本財団
日本財団様では、最初に日本財団に関する説明を受け、その後参加した全員による自己紹介を挟み
ながら、行っている活動に関する説明を受け、その後の質疑応答を通して、社会貢献とは何かに関す
る考えを深めた。英語による説明及びディスカッションであったため、外国人参加者はより深い学び
を得られたようである。
「財団」という一見すると、何をやっているのか具体的にイメージすること
が難しい組織が、実は日本だけでなく海外でも社会をよりよくするために活動しているということに
一同感銘を受けた。あるメンバーは「将来日本財団で働きたい!」と述べてしまうほど、貴重な時間
を過ごすことができた。ディスカッションの後、ご一緒させて頂いた近所のお祭りでは、外国人参加
者は日本の文化を感じることができた。
○リディラバ
新宿のマイナビルームをお借りして、リディラバ様にご講演して頂いた。リディラバの社会の「無
関心の構造の打破」という目的について図解を交えながらの説明ののち、質疑応答を行った。社会に
対して問題意識を感じ、それが起業に繋がったリディラバの例は、今回のプログラムの中で最も「社
会に貢献するとは何か」考えるというテーマと結びつきやすく、
様々な質問が参加者から寄せられた。
○ミーティング
前半の東京滞在最終日となる 4 日目は、
東京での訪問先を振り返り、
様々な社会貢献のあり方があっ
たということをまとめる機会とした。東京滞在中での目標を
「社会に貢献するために何が重要なのか、
それぞれの訪問先から考える」に設定し、各自、南会津町での一つのコミュニティに密着する段階に
おける指針を立てやすいようにした。
・アイスブレイク
4 日間を通して印象に残ったことを各々話した。
・ディスカッション
個人でワークシートにある各質問に答えた上で、意見交換を行った。質問は以下の 6 つである。
①今日一日の所感
②訪問先で社会貢献について考えたこと
③今日の改善点
④この社会の問題点とどんな社会が最も良い社会なのか
⑤どうやったら私たちは社会貢献ができるか、どのような社会貢献がしたいか
⑥この東京滞在によって社会貢献についての考え方が変わったか
14 各日ごとのプログラム詳細
日本財団 訪問
参加学生と職員の方々との意見交換
日本財団 訪問
集合写真
リディラバ ご講演
夏祭りにも参加した
東京滞在 ( 前半 ) 最終日
各日ごとのプログラム詳細 15
5 日目 (8/8)
報告:東京大学工学部 3 年 小見門 宏
○ Cloud Camp
Cloud Camp は EWM グループの開発拠点として、ニアショア開発やサイト運用業務を担当してい
る。今回は、南会津町での宿泊・活動拠点として使用させて頂いた。初日の 8 月 8 日はミーティン
グを行った後に、参加者全員で BBQ を行わせて頂いた。
EWM の衰退しつつある地域に資する姿勢と、周囲に広がる雄大な自然に感銘を受けた。訪れたの
は夏の盛り真っ只中であったが、山奥に位置する当施設付近は気温もあまり高くなく、知的労働や運
動に適した環境であり、大変有り難かった。雄大な自然に囲まれながら行う BBQ は今までで一番気
持ちのよい BBQ で、外国人参加者の気分も最も高揚したように思う。
○南会津町役場の塩生様からの南会津町についてのプレゼン
Cloud Camp 到着後、南会津町役場の塩生様に、南会津町についてのプレゼンをしていただいた。
南会津町の概要を教わったあと、南会津町の主な問題として人口減少、特に若者の人口減少について
の話になった。福島滞在の最後に、南会津町で思ったことに関するのプレゼンが控えており、今回の
塩生様からのプレゼンからは、南会津町で訪問先を視察する際の視点を得ることができた。
○ミーティング
この日のミーティングの目的は、今プログラムの最終的な目標「各自が社会貢献に対して自分なり
の考えを持つ」ということを再確認することであった。最終目標の再確認を丁寧に行った後、自分に
とっての社会貢献を考える際に重要な要素の洗い出しと福島滞在における自分のテーマ決めを行っ
た。その後、参加者同士でそれらの共有を行い、次の日のスケジュールの確認とフィードバックを以
てミーティングを終了した。
Cloud Camp に滞在
16 各日ごとのプログラム詳細
塩生様による南会津町に関する説明
6 日目 (8/9)
報告:東京大学教養学部 1年 山越 遼一
○伊南の郷
この日は天候に恵まれ、午前中は南会津町を拠点にトマトや水稲などの栽培、農業体験を実施して
いる有限会社伊南の郷様を訪問した。私たちはそこで実際にトマトの収穫をさせていただいた。また、
伊南の郷の社長である岡本様から南会津やご自身の会社に関する詳細なお話を伺った。自然と親しむ
なかで農業という社会を支える重要な産業について考えを巡らせることができた。
○南郷トマト選果場
午後は南会津町の名産品である南郷トマトの選果場を訪問した。職員の方から選果場についての詳
細な説明を受け、その後実際に施設を見学させていただいた。当施設では、冬に降った雪を使ってト
マトを保存するなどの様々な工夫を垣間見ることができた。名産品が地元産業を支える根幹を担って
いることを実感した。
○ミーティング
この日の経験や見聞を踏まえて、南会津町の問題点や改善点 ( 例えば、魅力的な職が少ない、若者
へのアプローチが不足しているなど ) を各参加者が洗い出した後、SNS やメディアによる南会津の宣
伝といった具体的な解決策を思案した。
○花火
夜には花火を行い、日本人学生・外国人学生が言語の壁を越えて交流した。
伊南の里 見学 ・ 収穫体験
南郷トマト選果場 見学
各日ごとのプログラム詳細 17
7 日目 (8/10)
報告: 【伝統班】
東京大学文学部 3 年 内藤 美織
【産業班】
東京大学教養学部 2 年 堤 佳奈
【伝統班】
○前沢集落
7 日目は 2 チームに分かれて活動した。
「伝統」をテーマとするこちらの班は、まず前沢集落を訪
れた。前沢集落は、地域の伝統的な家屋である曲屋の集落であり、国の重要伝統的建造物群保存地区
に指定されている。私たちはまず資料館を訪れ、地域おこし協力隊の方のお話を伺った。その後、協
力隊の方の案内のもと、集落を見て回った。茅葺き屋根の断熱という効果を知ったり、無人の販売所
に驚いたり、住人の方に話しかけられたり、外国人学生は勿論、日本人学生にとっても気づきの連続
であった。
地域おこし協力隊の方とのディスカッションでは、南会津がどんな状態を目指していて、現状はど
のようになっているのかを中心に伺った。地域の住民の中でも観光業への多様な考え方があるという
お話が印象的だった。南会津の町おこしについての包括的なお話を伺え、
「南会津で社会貢献をする
としたら?」という最終日のプレゼンテーマを考えるにあたり土台となった。
またフィールドワークでは、観光客の私達からみると美しい自然に囲まれた古き良き暮らしである
一方で、実際には住民の方の様々な生活上の困難や、観光地化への葛藤があると知った。伝統的集落
に住んでいても、同じ時代に生きる同じ日本人であり、考えてみれば当然のことであった。
○御蔵入交流館
御蔵入交流館では、お祝いの席などで食される伝統料理「つゆじ」の調理体験をした。言葉は通じ
ないものの、先生たちの手つきを見よう見まねでまねし、おいしいつゆじができた。日本ならではの
食材も多かったようで、外国人学生はめずらしがっていた。その後は会津田島祇園会館を訪問し、祇
園祭にまつわる展示物を観覧した。神輿など日本ならではの装飾やその迫力がみな気に入ったよう
だった。
つゆじにしても祇園祭にしても、後継者不足、若い人の伝統離れが深刻だと伺った。人口流入が経
済だけでなく、文化にも影響を及ぼしているのだと気付いた。外国人学生も、自分の国のお祭りに思
いをはせていた。
前沢集落 見学
18 各日ごとのプログラム詳細
伝統料理調理体験
【産業班】
◇花泉酒蔵
花泉酒蔵様では、
「自分たちが飲みたいお酒を作る」を企業理念とし日々酒造りをなさっていると
いうお話をお伺いした。また、地元が好きになるように地域に対しても盛んにプロジェクトを行って
おり、ツーリングの休憩所提供や、18 歳になる地元の高校生を対象とした「18 歳の酒プロジェクト」、
音楽祭の開催など、社会貢献に関して興味深いお話をたくさん伺った。お話を伺った後、酒蔵の中を
案内して頂いた。案内の過程で、お酒を作ることがどんなに大変であることなのか興味深いお話を多
く聞くことができた。
○ホシッパの家
間伐材からアロマを精製し、販売までを行う所謂六次化をおこなっている「ホシッパの家」を訪問
させて頂いた。
「ホシッパの家」という施設自体は、一般向けに開放されており、公民館のような住
民だけが集う場ではなく観光客も集う場であり、ここで人の交流が生まれるような施設にすべく企画
中とのことであった。その施設の説明後に、実際に販売しているアロマオイルの精製を見学させて頂
いた。実際に山で間伐材を切り出す作業から、アロマの抽出まで体験させて頂いたのだが、実際に体
験できたことは外国人参加者だけでなく日本人参加者にとっても貴重な体験となった。
○ミーティング
夜のミーティングでは、まず伝統、産業の2班それぞれの活動報告をし、その後フィールドワーク
を通して見えてきた南会津の課題とそれへの解決策を発表し合った。全員が若者離れにつながる問題
意識をもっていたが、
「ホシッパの家」の事例のように、地方でも革新的な取り組みは可能だという
前向きな意見もあった。
花泉酒造 見学
ホシッパの家 見学・体験
各日ごとのプログラム詳細 19
8 日目 (8/11)
報告:東京大学教養学部 2 年 五百藏 元太
○聞き込み調査
前日までに、いくつかの施設や団体を訪問し南会津町の実態や抱える問題について観察、思考して
きたが、この日は南会津町の住民が実際にどのような問題意識を持っているのかを明らかにするべく、
聞き込み調査を行った。
実施場所は南会津町の中心地域である会津鉄道会津線会津田島駅周辺である。
この一帯には駅前には飲食店や八百屋、本屋等が並ぶ商店街が、線路沿いには大きなスーパーマー
ケットがあり、南会津町の住民が中心として利用している。聞き込みの方法としては、外国人参加者
それぞれに一人の運営スタッフが付き添う二人一組のペアを作り、
実際に街中で住民の方に声をかけ、
聞き込み調査および本プログラムの趣旨を説明し、町での暮らしについてお話を伺った。ペアごとに
訪問先やお話を伺った方は多岐にわたり、商店街にある八百屋、町のタクシー会社などを訪れただけ
でなく、スーパーマーケットで買い物をしている主婦の方や散歩をしていた方などからも、町で暮ら
していて不便な点、困っていることを率直に話していただいた。ここで得られた所感は、各参加者が
発表する町への提案をまとめる上での参考とした。
○提案発表
南会津町での活動のまとめとして、町が抱える課題について、外国人参加者 5 名、一般参加者 2
名の計 7 名が、それぞれ自分が南会津町で体験したことを踏まえながらまとめた町への提案を発表
した。会場は会津山村道場の教室を利用し、福島県南会津地方振興局の方々、南会津町役場の方々、
協力企業の株式会社 EWM ファクトリー職員の方々に参加者の提案を聞いていただいた。
発表会 ( 会津山村道場教室 )
20 各日ごとのプログラム詳細
参加学生によるプレゼンテーション
外国人学生は日本人学生とペアで発表した
9 日目 (8/12)
報告:東京大学教養学部 2 年 松嶋 達也
○南会津町出発 ・ 東京へ移動
プログラム後半でお世話になった EWM ファクトリーや南会津町役場の方々にお礼をし、鉄道で東
京へ戻った。
○ミーティング
国立オリンピック記念青少年総合センターに到着後、プログラムで最後となるミーティングを行っ
た。プログラムの最終成果物であるファイナル ・ レポートに関する説明の後、プログラム全体に関
する振り返りを行った。スタッフと参加者が 2 名 1 組で、プログラムに参加したことによる変化や、
今後どう社会に向き合い、貢献するかといった自分の考えを共有し深めていった。
ミーティング終了後、フェアウェル ・ パーティが開かれプログラムの全日程が終了した。翌朝には
解散し帰国となってしまうため、別れを惜しみ遅くまで語り合う参加者の姿が見られた。
なお 10 日目は、解散し残った者で観光をしたのみなので割愛する。
南会津町出発
各日ごとのプログラム詳細 21
4
プログラムの成果
○東南アジア学生 5 名を日本へ招待した。
内4名は初の東南アジア圏外への訪問だった。ただ日本に来るだけではなく、日本企業訪問など学
びの多い機会となった。同時に、観光や伝統料理の体験など、日本ならではの文化に実際に触れた。
また、東京のみでなく南会津町に数日間滞在したことで、普通あまり訪れる機会の少ない日本の地方
を経験する機会ともなった。
○多数の施設・団体を訪問し、参加者の知見を広めた。
本報告書の 3 章の「各日ごとのプログラム詳細」に記したように 12 の施設・団体を訪問し、各訪
問先での説明・質疑応答、訪問後には参加者間でのディスカッションを行った。
○多国籍の学生間での議論を行った。
今回の参加者はベトナム・フィリピン・マレーシア・バングラデシュ・日本にわたり、相互に価値
観や経験が異なる中で、活発な議論を行った。
○参加者間での継続的な関係性を築いた。
プログラム終了後もフェイスブックなどを通して関係性が継続されている。
○「" 社会に貢献する " とは何か?」について、各参加者が自らの考えの指針を持つ一助となった。
当プログラムの主たる目的は、
「社会に貢献する」あり方を考えることを通して各参加者が自己と
社会の関わりを認識し、社会問題を発見し解決する人財となることであった。各参加者の考えを突き
詰めた最終成果物として、本報告書に各参加者の最終レポートを付した。各参加者の具体的な意見は
最終レポートを参照されたい。
22 プログラムの成果
南会津町での参加者発表資料
5
南会津町でのプログラムにおいては、フィールドワークをおこない、町の抱える問題に対して、解
決策を検討することを通して、社会に貢献する実際の活動を実践することを目的とした。
以下、南会津町での、町の抱える問題に対する解決策の提言のプレゼンテーションで使用したスラ
イドを掲載する。
南会津町での参加者発表資料 23
○ Judith Yeoh Xuu Fhen
24 南会津町での参加者発表資料
○ Nguyen Thi Tuyet Mai
南会津町での参加者発表資料 25
○山越 遼一
26 南会津町での参加者発表資料
南会津町での参加者発表資料 27
○ Sean Rainier E. Zerrudo
28 南会津町での参加者発表資料
南会津町での参加者発表資料 29
○黒澤 永
30 南会津町での参加者発表資料
○ Shara.Nicole.N.Abella
南会津町での参加者発表資料 31
○ Kaniz Nasrin
32 南会津町での参加者発表資料
南会津町での参加者発表資料 33
6
参加者レポート
Experience Japan Program 2015 では、
「“ 社会に貢献する ” とは何か?」をテーマに、さまざまな
施設の訪問・参加者間での議論を通して、“ 社会に貢献する ” あり方を考え、自分なりの解答を導く
ことを目標とした。そのために、各参加者がプログラムを通して得た自身の考えを最終レポートとし
てまとめた。以下、各参加者のレポートを掲載する。
なお、外国人学生の英語のレポートは、運営メンバーが日本語訳を行った。レポートの内容は学生
個人が持った感想・見解であり、当団体の見解ではない。
○参加者レポート目次
Judith Yeoh Xuu Fhen
Kaniz Nasrin
Nguyen Thi Tuyet Mai
Sean Rainier E. Zerrudo
Shara Nicole N. Abella
五百藏 元太
釼持 智洋
小見門 宏
堤 佳奈
内藤 美織
松嶋 達也
山越 遼一
34 参加者レポート
Experience Japan Program 2015 レポート
Judith Yeoh
マレーシア University of Nottingham
訳:松嶋 達也
このプログラムのメインテーマは社会貢献についてであった。私が応募締め切り日のちょうど一週
間前に応募したときには、
「社会貢献」という語が実際には何を意味するかよく分かっていなかった。
マレーシアにおいて、人々が社会に貢献することは多くない。皆自分のために生きていて、だからこ
の語は私には馴染みの薄いものであった。このプログラムが終了し帰国した後、社会に貢献するとい
うことが実際に何を意味しどんなに重要であるかについて多くを学んだこと、そして私の物の見方が
変わったことに気がついた。
初日のミーティングでは、簡単なゲームを通じて互いに知り合う時間があった。その後、自分たち
にとって社会貢献が何を意味するのかを話し合った。社会に貢献する前に、はじめに問題を発見し、
そしてその問題に取り組む必要があるという議論に至り、参加者各々の国が抱える社会問題の例を挙
げることとなった。議論の過程で出てきたポイントのひとつは政府の腐敗であり、政府の変革が妥当
なアイデアであるのかについて考えた。もう一つのポイントは BOP(Base Of Pyramid) ビジネスに関
してであった。BOP ビジネスでは、大企業が洗剤や石けんといった生活必需品を経済的に不安定な
人々が入手しやすいようにしている。このビジネスモデルは経済的に貧しい階層の人々がより快適な
生活をおくるために貢献している。ミーティングが終える前に、私たちは社会にとってのインフラの
果たす役割や理想的なインフラがどういうものかを考えるように指示された。
プログラム 2 日目には、信濃町シニア活動館に訪問した。そこでは、新宿区のその地区の高齢者
が利用できる活動や施設の説明を受けた。これらのコミュニティセンターは高齢者が自分の家に引き
こもらず外に出るように促し、
もう一度社会の一部であると実感できることを目的としている。スタッ
フの方によると、日本では多くの高齢者が一人で生活していて、社会から切り離されていると感じて
いる。それゆえに、これらのセンターが問題を解決するのに貢献している。このセンターで過ごす高
齢者は吹き矢やエアロビクス、外国語といった活動のボランティアの先生になることも推奨されてい
る。これは高齢者が自身の新しい目標を持ち、再び自分の価値を感じることを手助けすることである
ので、とても面白い考え方であると思った。マレーシアには、高齢者が看護師によって介護される老
人ホームしかない。信濃町シニア活動館の入る建物の中には、違った年齢層のための施設もあり、こ
のことが世代間の交流を促している。
落合水再生センターでは、使用された水を河川や海に放出する前の水の濾過処理に関する説明を受
けた。この処理は私にとって目新しいものではなかったが、自治体がどれだけ環境の保護に気を配っ
ているのかに驚いた。マレーシアには、
「Indah water( 美しい水 )」と呼ばれる水の浄化を行う会社が
存在するのだが、皮肉なことに、住宅地の中にある屋根のない水浄化施設であり、悪臭がする、悪天
候に弱い、景観にあわないといった問題がある。私の考えでは、マレーシアの水処理システムは日本
のシステムほど進んでいないと思う。そして、Indah Water の水処理を知っているマレーシア人はそ
んなに多くないと思われる。これが、社会が水処理の重要性に気付かない原因になっていると思う。
訪問の中で一番興味深かったものは、処理によって生まれた汚泥を焼却し、その灰からレンガやその
参加者レポート 35
他のものを作りリサイクルしたり、生まれるメタンガスをセンターのエネルギーとして再利用してい
たりしたことである。この時点で、社会に貢献することが何であるかがわかり始めたように思う。こ
の施設の観点からでは、清潔な水を提供し、環境を壊すことのないように保全することにあたる。
プログラム 3 日目には、日本の伝統文化を体験するために浅草に向かった。連日、観光客でごっ
た返しているが、2 人の日本人の班員のお陰で、日本の文化を直接学び、経験することができた。班
員と一緒に、世界中からの観光客でいっぱいの屋台に沿って土産を買い求めた。屋台の様子を観察し
てみると、ポリエステルからできた「みせかけの」浴衣を観光客に売って利益を得ている店もあるこ
とが分かった。その後、寺院で祈っておみくじを引いた。私はキリスト教徒で、マレーシアには浅草
寺のような寺院はあまりなく、多くの人が一つの宗教しか信仰していないので、今までこのような経
験をしたことはなかった。しかし、単に自分の宗教のものではないからといって、別の文化のことを
試してみるのを拒むのはとても狭い考え方であると思う。私にとって、これらのものを試してみるの
はとても新鮮な経験であった。そして、かき氷を食べて休んだのだが、日本の食べ物には質素なもの
が多いことに気がついた。例えば、私が食べたかき氷は氷とレモンシロップだけでできていた。ここ
までシンプルなものを食べるには高すぎると思ったのだが、美味しかったので文句は言えなかった。
寿司も食べたのだが、日本国外で食べた寿司と全く異なっていて、とても気に入った。一緒にいたメ
ンバーのお陰で、日本で寿司を食べたという経験自体がすばらしいものだった。
足立清掃工場では、再びこのような危険な環境で働いているひとたちの献身に驚いた。清掃工場内
部の数カ所を見学し、これらの設備の重要性に関して説明を受けた。落合水再生センターと同様に施
設の紹介ビデオを見たのだが、眠ってしまっているメンバーもいた。長い 1 日であったので、本当
に仕方なかったように思う。清掃工場は「waste to energy」という考え方に重点があった。この考
え方は水再生センターと同様であったが、
廃棄物を焼却することで生まれた熱を再利用し、
エネルギー
にするということにさらに重点があった。
プログラム 4 日目には、日本財団とリディラバという 2 つの団体の話を伺った。日本財団は一番印
象に残っている。日本財団の行っているプロジェクトによって、
社会をより良くし、
貢献したいと思っ
た。「歯の妖精 (Tooth Fairy)」やハンセン病の撲滅、遺贈 ( 病気になったひとからの相続 )、日系スカ
ラーシップ、戦争残留孤児の帰還事業といった事業の話を聞くことで、日本財団に関わる人々が社会
貢献にどれだけ真剣に取り組んでいるかが分かった。
私が一番関心を持った事業は遺贈の事業である。
亡くなった時、遺産を家族に相続することが非常に多いが、遺贈は社会に貢献したいと思っている人
にとって素晴らしい仕組みである。近い将来、日本財団と働きたいと思った。日本財団の活動は東南
アジアや世界の他の国でも活躍するポテンシャルを持っていると思う。
次に、リディラバについて述べる。この団体は日本財団とは違うアプローチをとっていた。リディ
ラバは社会問題に対する問題意識の向上に着目し、社会の無関心を打破することを目的としている。
個人一人では問題を解決できず、他者と協力することが必要であり、リディラバはそれを行っている
という説明を受けた。この団体は、活動に対する理由を伴った旅行代理店である。参加者とツアーの
実施団体の中間に立つことにより、
リディラバは日本国内で社会問題に関するツアーを作成している。
参加者が、何が問題であるかを直接見ることで、他の人にその問題に関することを広めることを期待
している。これは、
「雪玉効果 (snowball effect)」と呼ばれている。この考えは理想的であるが、私
の考えでは、リディラバは気づきや社会的な共感の種を蒔くだけになっていると思う。もし、参加者
36 参加者レポート
がその種に水をやらなかったら、種は育つことができない。とは言え、全く種が蒔かれていない状況
よりも良い。
プログラム 5 日目には、
電車に乗って福島県南会津町に向かった。移動は全部で 3 時間半ほどかかっ
たが、地方に向かうにつれて変わる風景に見とれていて、素晴らしい旅であった。乗車中に数人の乗
客と話したりもして面白かった。駅に着くと、4 日間私たちを色々な場所に案内してくださる 2 名の
町役場の方が待っていた。森の中に立地する Cloud Camp に向かい、町に関する短い説明を受けた。
その後、バーベキューの準備をした。私の他数人は Cloud Camp に残ってバーベキューの道具の準備
をし、他のメンバーは買い出しに行った。日本に来る前に同様の経験をしたことがあったので、火を
準備するのはとても楽しかった。ちょうど火の準備が整ったとき、
もう一方のグループが帰ってきて、
すぐに食材の準備にとりかかった。食べたり、笑ったり、冗談を言い合ったりして楽しい時間を過ご
した。このとき、
私たちの中にとても親密な絆が生まれ、
お互いに心地よい関係になったのだと思った。
翌日、伊南の郷にあるトマト農場に向かい、どのように農場が運営されているか、夏の間どれだけ
人手を必要としているか、
また、
冬の間どのように事業を続けているかについて説明を受けた。
さらに、
農業に関する新たな会社の方針として、今や農業に従事する人たちも、家族とともに休日を過ごせる
ようになっていることを知った。ここで、私は地域の知名度を上げ、そこの住民がさらに多くの収穫
を得られるようにするために、夏の間のホームステイプログラムを増やすことを提案したい。南会津
町は既にホームステイプログラムを実施していると聞いたが、予算や規模が小さいのではないかと思
う。2 つのプラスチックボックスに好きなだけトマトを Cloud Camp に持って帰ることができた。メ
ンバーの中には土塊を使って椎茸を育成している椎茸用の温室を見学した人もいた。トマトの収穫体
験が終わると、農場の周りを歩き回って自然を満喫した。川の中に入って冷たい水をメンバーと共に
楽しんでいる人もいた。昼食を用意して頂き、昼食をとりながらトマト農場に関してや、農場が抱え
ている問題について質問をした。問題の一つとして、
若い人手が不足しているということ挙げられた。
もう一つの問題は、マーケティングやプロモーションが効果的でないと感じていることであり、若い
世代の新しい発想や視点が必要だと分かった。しかし、良質な作物を生産していることを強調されて
いた。また、若者にとって農業の他に魅力的な仕事がなく、町に関する関心が薄いという説明を受け
た。町は農業機械や農業指導に経済的な支援をしているが、人手が足りていない。農業について学ぶ
ことで、地域の児童が興味を持つように促す計画も存在している。
その後、私たちが訪れたような農場で生産されたトマトを持ってきて、輸送するために品質別にト
マトを分類する選果場を訪問した。選果場の職員の方によると、南会津ではトマトは一番人気のある
作物のようだ。人気が高く受賞もしているため、他県から農場で働くためにやってくる人も多い。選
果場ではトマトを育てるための講習を実施しており、これは恐らく南会津町に定住する動機を持っ
てもらうためだと思う。この講習を受ける人は農場と住居、またトマト農場を始めるにあたり必要
な資材を与えられる。前に述べたように、トマトは人気が高く、8 月から 9 月にかけ収穫量が最も多
い。冬の間は、選果場の職員はスキー場や近くの工場で働いている。従業員のほとんどが中年から高
齢者の方で、年齢による給料の差はない。私が見る限り、選果は人の手で行われている一方、作業の
70% は機械で行われている。このような小さな選果場でも先進的な機械が導入されていることに驚
いた。自身で作物を育てるだけの十分な人手がないために、互いに品種を補っていて、地元生産者間
の強いつながりがある。
参加者レポート 37
その翌日 ( プログラム 7 日目 )、前の晩に決めたグループに分かれて、各々の目的地に向かった。
私は前沢集落と祇園会館を訪問する A グループにいた。一方、B グループはホシッパの家と花泉酒造
を訪問した。前沢集落では、地元の役場の方と会い、1 軒の古民家に案内された。ここでは古民家が
保存され、伝統的建造物群保存地区に指定されている。家の形は L 字であり、昔は突き出た部分を、
冬の間馬を世話するために使っていた。この集落の主要な産業は農業であり、
これは今も変わらない。
春 ・ 夏 ・ 秋にかけてこの集落は一般に開放されているが、冬の間は大雪のため閉鎖されている。役場
の方によると、福島県は木製の家具や木造の家を学ぶのに適した場所のようだ。また、集落を維持 ・
保存するための多くの努力のおかげで、この地区周辺には大きなテーマパークを建設することはでき
ない。彼はまた、地区の特性や魅力を損なわないためにも、この地区 ( 前沢集落 ) を観光名所にする
べきではないと感じていた。この地区の経済は栄えている訳ではないが、ほとんどの地区の住民が自
立しているため、比較的安定していると述べていた。この集落の年齢層は 65 歳以上で長年住んでい
るが、子供や孫は集落から引っ越していった人が多い。私は土地の景観と集落の魅力を維持するとい
う面で、役場の方の考え方は理解できるが、この考え方のためにこの集落が若年人口を増やすのが困
難になっているように思える。この問題を解決するために対策を行わなければならない。私はこの集
落の状況を改善するためにいくつか方法を考えた。集落の人びとが自立的な農業を中心とする経済に
満足していることや、大きな変化や近代的なインフラが好ましい選択肢でないことを考えると、あま
り多くのことは提案できない。しかし、この集落の古民家での宿泊体験行事を企画することで、生徒
の前沢集落の伝統的な文化に対する関心を引き上げることができるだろう。ほかの簡単な提案として
はこの地域のインターネット接続を増やすことであろう。というのも、若者の多くは今や毎日の生活
でインターネットを必要としているので、この提案は少なくとも若者が集落に帰ることを検討する
きっかけにはなるだろう。
次に私たちは祇園会館へ向かった。調理場で2人の女性が待っていた。そこでは、会津田島祇園祭
の間特別に作られる伝統的な料理を作った。豆腐を藁で包む方法の説明を受け、ニンジンやきのこ、
里芋の切り方を教わった。すべての食材が茹でられ、料理が出来上がるのを待った。料理の材料それ
ぞれが意味を持っていて、将軍のいた時代には祭りを訪れた将軍に料理がふるまわれていたらしい。
その後、祇園祭に関する小さな博物館を訪問した。毎年7月に行われる地元の有名な祇園祭に関する
展示を見て回った。見学する時間は短かったが、
展示はとても興味深かった。すぐに短い見学は終わっ
て、自分の国に持って帰るために手作りのお土産を購入した。
その夜、私たちは MIS のメンバーとペアになった。私は松嶋達也とペアになり、翌日の発表に関
する説明を受けた後、すぐに要点をまとめ始めた。
南会津での最終日は、それぞれのペアは発表に向けた情報収集のために、町の中心部で地元住民の
方々にインタビューをした。松嶋と私は最初に観光案内所に向かった。女性の職員に南会津町の観光
の状況を教わったのだが、ある程度持続的な経済となっているらしい。しかし、南会津町はあまり有
名ではなく、多くの人々がほかの町に行くために南会津町を通過してしまう。また、利便性の高い公
共交通が不足していることも理由の一つとなっているのかもしれない。一年の中でも観光客の少ない
時期があり、特に夏の間に少ないようだ。南会津町を訪れる海外からの観光客は春や秋の花見と同様
にスキーや祇園祭にも行く。観光案内所のほかにインタビューすることができなかったのが残念だっ
た。大通りに沿って歩き、道沿いの商店を観察して、スーパーマーケットに向かった。その後、私は
この町には娯楽と利便性が欠けているという結論に至った。道には車も歩行者もそんなに多くなかっ
た。見かけた人々はみんな中年から高齢者だったため、町の十代の若者はどこにいるのだろうと疑問
38 参加者レポート
に思った。このことに気付いて、発表を作り直し新たな解決策を考えるに至った。
Cloud Camp に戻り、プレゼンテーションを完成させた後、発表会場に向かった。不運なことに、
歩いて Cloud Camp を出発した直後、雨が降り始めた。途中で Cloud Camp の職員の方々に車で拾っ
ていただき、なんとか会場に到着することができた。私の提案した解決策は娯楽施設を増やし、町の
利便性を高めることである。例えば、公共交通を増やし、中心部以外や住宅地にコンビニを増やすこ
とが考えられる。全員のプレゼンテーションがうまくいっていたように思う。南会津町の若者の減少
という問題に対し、多様な視点やアイデアがあり、いくつかの異なった解決策が提案されていた。私
たちの提案が新たなアイデアにつながり、問題を解決する一助になればと思う。
プログラム最終日には、東京に戻り最後のミーティングを行った。自身の発表を要約してグループ
になって自分のアイデアを発表した。最後に、
プログラム全体で一生懸命準備してくれた MIS メンバー
それぞれにプレゼントを渡した。
結論として、私はプログラムによって、新たな友達やつながりができ、新しいアイデアが生まれ、
新たな視点で物事を見て、社会にさらに関心を持ち、新たな文化を学ぶことができるなど、大きな経
験を得ることができた。MIS のメンバーが私たち外国人学生を気遣うだけでなく、円滑に運営するた
めに全てに関してプランを立てていて、一生懸命な態度に驚いたし感銘を受けた。プログラム中いく
つか問題は起こったが、運営チームは解決することができていた。このような草分け的プログラムに
参加することができてとても嬉しいし、次回のプログラムや MIS の将来のプロジェクトに参加する
ことができたらと思っている。MIS のみなさん、この貴重な機会を作ってくれてありがとうございま
した。私は必ず将来の MIS のプロジェクト、
特に Experience Japan Program を他の人にも紹介します。
参加者レポート 39
Experience Japan Program 2015 レポート
Kaniz Nasrin
バングラデシュ Jatiya Kabi Kazi Nazrul Islam University
訳:内藤 美織
Experience Japan Program 2015 は、本当に素晴らしいプログラムだった。プログラム中、多くの
新しいことを学んだ。このプログラムを組んでくれた MIS のメンバーに感謝したい。
「社会に貢献するとは何か」というこのプログラムのテーマは、参加前の私には少しあいまいに感
じられた。しかし今はより明確に理解できている。プログラムはよく一貫されており、プログラム中
に訪れた様々な場所は、社会貢献の方法を考える助けになった。東京での訪問先(足立清掃工場、日
本財団、リディラバなど)は全てそれぞれに特徴的で、社会貢献についての考えを拡げてくれた。私
は社会に貢献するための多様な方法を学んだ。そして毎晩のその日の訪問先についてのディスカッ
ションは、社会貢献への考えを整理するのにとても効果的であった。また福島での日程は、私たちの
考えをさらにブラッシュアップさせた。東京では様々な社会課題への取り組みを学んだ一方で、福島
では、私たち自身が課題を発見し、解決法を考えた。これら全ての経験が、私自身の社会貢献への考
えを磨き上げてくれたのだ。
私にとって、社会貢献とは、社会をよりよくすることである。それはつまり、素晴らしい物事を成
し遂げることだけが社会貢献ではないということだ。
私の意見では、社会貢献には2つのタイプがある。1つ目は、個々人の社会的責任を果たすことだ。
例えば、自分のコミュニティのルールや規則に従い、良い人間であることである。これも立派な社会
貢献であり、そしてまさに社会貢献の初めにあるべきステップである。なぜなら、人々はそれぞれの
社会に属しており、もしルールに従わなかったり義務をきちんと果たさなかったりすれば、その社会
を乱すことになるからだ。社会貢献の2つ目のタイプは、社会課題を解決したり、社会にとって有益
なものを創り出したりすることだ。これは大きな第二の段階である。もしあなたが社会貢献の第一の
段階を達成できていれば、この段階へ進める。このステージでは、他者と、よりよい社会のためのパッ
ションが必要とされる。
「Experience Japan Program 2015」では、主にこの第二段階の社会貢献を
観察した。私たちは人々を助けるために活動する様々な施設を訪れた。初日に訪れたのは信濃町シニ
ア活動館だ。ここでは多くの年配の方々がボランティアとして働いていた。
そこには吹矢大会やコミュ
ニティシャワーなど、
様々な素敵な取り組みがあった。
このような方法で、
彼らは社会に貢献している。
なぜなら、多くの仕事を引退した高齢者がそこで時間を使え、リフレッシュできているからだ。また、
旅行を企画しているリディラバにも訪れた。彼らには明確な目標があった。それは、人々に社会貢献
への興味を抱かせることである。そのために、
彼らは興味を持った人々を社会問題の現場に送りこむ。
これにより、人々は課題を明確に認識し、解決への意欲を持つ。本当に、これはリディラバの素晴ら
しい構想だ。彼らの考えや活動に、私は大きな感銘を受けた。他にも独自の方法で社会貢献に取り組
むいくつかの施設があった。それらを見ることで、私は「社会貢献とは何か」
、そして「社会貢献に
はどんな方法があるのか」について多くの考えを得ることが出来た。
40 参加者レポート
社会貢献に多様な種類と方法があることは明白だ。私たちは既存の方法でも新たな方法でも社会貢
献に取り組むことが出来る。
ここで、
私自身が考える社会貢献の方法を述べる。
社会に貢献するために、
いくつかのことをまず心掛けねばならない。まず、どんなことをするにせよ、あなたはそのことに情
熱を持っているか?ということだ。社会貢献は重荷ではなく、
個々人の興味と愛情に依るものである。
次に、その活動が全ての人にとって有益であるかについて考えなければならない。課題解決のために
何かをするにあたって、他の人々の意見を知ることが重要だ。あなた自身の意見と考えは、社会課題
を解決するには不十分である。さらに、課題解決のやり方も重要な問題である。よく組織化され、継
続的でなければいけない。あなたがしようとしていることが、全ての人にとって有益であるべきだと
いうことを、常に念頭に置かなければならない。福島での最終提案で、私は社会課題の解決のための
テーマに「コミュニケーション」を選んだ。私の主張は、
「より多くのコミュニケーションをとれば
とるほど、より多くの人々と彼らの課題について知り、より完璧な解決法を見つけることが出来る。」
ということだ。というのも、社会課題について知り、それを解決したいと願うなら、ひとりで考える
だけでは不十分だからだ。誰も一人では社会課題を解決できない。他の人々の協力が必要である。他
の人々とのコミュニケーションを通して、その課題についての彼らの意見を知り、そして人々を巻き
込むことができる。
社会福祉に既に携わっている他の組織とコミュニケーションをとることも可能だ。
さらに、適切な解決策の発見には、課題それ自体を明確に知る必要もある。そのためには、社会課題
の被害者ともコミュニケーションをとらなければいけない。このように、コミュニケーションを通し
て、あなたは社会課題の解決方法を見つけることができるのだ。
最後に、このプログラムは私の人生における最高の思い出の1つになった。多くを学び、非常に楽
しめ、そこで素敵な仲間を見つけた。BBQ や花火などの楽しいイベントも、とても面白かった!ま
たプログラムを通し、日本の文化、そして日本の人々について学んだ。そして最も重要なこととして、
私は社会に貢献するための明確な道筋を見つけた。これらの経験が、私の将来の活動を支えることを
願う。
参加者レポート 41
複数国の協力による社会への貢献活動
Nguyen Thi Tuyet Mai
ベトナム Hue University of Medicine and Pharmacy
訳:堤 佳奈
訪問先
○東京
信濃町シニア活動館 / 落合水再生センター / 浅草観光 / 足立清掃工場 / 日本財団 / リディラバ
○南会津
伊南の里 / ホシッパの家 / 花泉酒造 / 田島駅周辺
1―信濃町シニア活動館
信濃町シニア活動館とは、新宿区の高齢者のために作られた施設であり、高齢者の方々は社会的結
びつきや健康増進のための運動、文化的活動を自由に楽しむことができる。信濃町シニア活動館は毎
日高齢者のためにそのような催事を提供しているのだ。
1.1 訪問内容
・シニア活動館館長様からセンターについての説明を受ける
・高齢者の方々と一緒に吹き矢を作って遊ぶ
・職員の方にお話を伺う(宏、通訳してくれてありがとう!)
1.2 気づいたこと
この施設には 50 名を越える 60 歳以上の方々がいらっしゃって、彼らはボランティアとして、
施設利用者に対して、吹き矢を教えたり、海外援助ために切手を収集していたり、パソコンを教え
たりしている。彼らはボランティアという活動を通して本当に社会の役に立ちたいと考えていらっ
しゃるようでした。日本において高齢者は自分が必要とされていないような気持ちになり、孤独を
感じやすいということを耳にしたので、この施設のボランティアの方々は素晴らしいと思った。
この施設は午前九時に開館し、午後四時に閉館する。また、高齢者のためだけでなく、幼児や若
者など子供を支援するためや、日本の伝統的な健康増進のためなど公的な催事を行うときにも利用
されている。このことは、老若男女問わず社会問題について話し合い、意見を交換するような社会
的結合をより強固にするためには適した状況を生みだすと考えられる。
施設の各階にはすべて公共浴場が設けられている。
施設利用者には単に入浴のみの利用者もいる。
なぜかというと、高齢者の中には一人で入浴することを困難に感じている人が多いため、その補助
を施設で行うからだ。
この施設で様々な活動に参加しているのは 70 歳前後の女性が多いというデータがある。おそら
くこれは、高齢者女性のほうが高齢者男性より一人でいることに対して孤独やストレスに苦しみや
すいからであろう。
ベトナムには、家では介護することが難しい高齢者のための高水準の高齢者介護施設は数多くあ
る。しかし、看護師たちは、高齢者たちをうまく介護しておらず、一般的に身寄りのない人が介護
42 参加者レポート
施設へ行くと考えられている。また、ベトナムにはシニア活動館のような施設はまだない。なぜな
ら、ベトナムでは高齢者は施設に行くより一人でいることを好んでいるからだ。私は、施設職員の
振る舞いに大変感銘を受けたが、その彼は低い給与で高齢であるにも関わらず、いつも笑みを絶や
さず親切で素晴らしかった。
1.3 このような施設はどのようにして社会貢献しているか
・高齢者の、身体的・精神的健康に対するケアを行っている。
・施設の活動に参加することは、高齢者のアルツハイマー病や認知症の発症を軽減する効果があ
る。
・高齢者は、他の高齢者に対して指導したり、介護をしたり、ボランティアをすることで、自身
の経験を存分に生かすことができる。
・社会とつながることで、高齢者が自身のことを無価値・無益など感じたり、自暴自棄になった
りすることを防ぐ。
2―落合水再生センター
2.1 訪問内容
・水再生センターについて説明を受ける
・施設見学及び質疑応答
2.2 気づいたこと
このプログラムの参加理由書でも書いた通り、私は自国ベトナムで最も深刻な問題は水質汚染だ
と考えている。ベトナムでは多くの川が汚染されているが、サイゴン川のようなより大きな川ほど
その汚染は深刻である。現在では、たった 60%の国民しかきれいで飲料可能な水を入手すること
ができない。
辛うじて過半数の国民が汚染されていない衛生的な水を手に入れることができている。
しかし、下水道の配管設備の老朽化により漏水し、安全だと考えられている水の30%は廃棄され
ている。また、ベトナムにおける水質汚染の要因となっているのは、産業排水処理制度が未発達で
あることと市民の自覚が足りていないことが挙げられる。
産業排水処理制度の未発達がベトナムにおける水質汚染の主な原因である。そのため、日本では
東京 23 区だけで 13 にも及ぶ水再生センターがあるということに私は非常に感銘を受けた。現在、
ベトナムの大都市であるホーチミンにはたった2か所しか排水処理施設がない。Bình Hurng では
一日に 141,000 m3 の排水処理が可能であり、Bình Hurng Hòa では一日に 30,000 m3 の排水処理
を行う。この二つの排水処理施設は、ホーチミンの一日当たりの総排水量である 20,000,000 m3
のうちのたった 13% しか浄化できていない。多くの工場でさえ廃水システムを持っておらず、多
くの産業地帯では廃水処理施設を一つも持っていない。産業廃水は直接水路や河川、湖沼へ流れ込
み、深刻な水質汚染を引き起こす。例えば、2008 年グルタミン酸ナトリウムを扱う台湾資本の会
社である Vedan 社は、処理を行わずに産業廃水を Thi Vai 川に流したため、川に生息していたほと
んどの魚や鳥が、排水が原因で死んでしまった。
水質汚染のもう一つの主な原因は、市民の自覚の欠如である。フエでは、川辺に市場があり、人々
は時々ペットボトルやお菓子の袋を川へ直接投げ込む怠慢行為をしてしまう。この行為により川に
は悪臭が漂い、それは私にとって耐えられないことである。そして多くの場所では、洗濯をしたり、
皿洗いをしたり、入浴をしたりするために、自分たちがごみを捨てた川から水をくみ上げ、洗剤や
参加者レポート 43
シャンプーと一緒にそのまま生活排水として川に流す。住民たちは捨てたゴミは川を流れ遠くに行
くと思っている。それで終わりだと思っているのだ。彼らはこれが問題を大きくしうるとは気づい
ておらず、長い時間をかけて彼らの健康を害する可能性も知らない。また、街には十分なごみ箱が
ないため、人々は単に誰の目にもつかないような場所でごみを捨てようとする。川辺はそれには都
合のよい場所であり、環境保全という概念を市民に自覚させることは難しいと考えている。とりわ
け子供の時から、私たちは周りの人に対する振る舞いを変えなければならないと考える。だから、
小学生を教育することは最も良い方法だと考える。このことが、落合水再生センターに私が最も興
味を持った理由である。説明をしてくださった担当者の方々、ありがとうございました。
2.3 このような施設はどのようにして社会貢献しているか
・環境改善
・洪水の防止
・地球環境保全
・水資源と再利用と浄化。誰もがいつでも水を利用できるようにしている。
・環境への知識理解と共感を醸成するための、子供へのスタディーツアーの実施
3―浅草観光
3.1 訪問内容
・浅草寺観光
3.2 気付いたこと
私は初めて日本の寺院を訪れた。佳奈が日本でどこに行きたい?と私に聞いてきたとき、私が最
初に思いついたのがパゴダだった。佳奈はパゴダという言葉に違和感があったようで、Temple の
ことかと聞いてきた。日本人はパゴダという代わりに Temple という言葉を使うのだということが
わかった。もっと私が困惑したのは Shrine と Temple の違いだった。勇登が私に詳しく説明して
くれた。勇登ありがとう。
Shrine とは日本の精霊崇拝の一種であり、
Shrine の中には日本特有の彫刻や模様が施されている。
(だから永は私が Shrine の意味を知らないと言ったときとても驚いたようだった。永、ごめんね!)
Shrine には寺院に入る前に、手や口をきれいにするための浄化桶のようなものがある。お祈りを
する前に、Shrine の中で私たちは二回手を叩くことになっている。
Temple とは仏教崇拝の建造物であるので、仏教国である他の国々と同じような建物を見ること
ができる。Temple の中では静かに祈るが、その前に私たちは浄化のためにご焼香をしなければな
らない。また Temple にはおみくじはない。
浅草寺は Temple であるが浄化桶のような Shrine に特有であるものも持ち合わせている。
辺りを散策しているとき、人力車の運転手と目撃した。彼らはとても若かったので、私はとても
痛ましい気持ちになった。もっと他の良い仕事に就くべきだと思った。炎天下の中、彼らは重労働
を強いられるにもかかわらず、彼らはいつも笑顔で楽しそうだった。私は日本の伝統的な移動手段
を保存していこうとする彼らの努力を称賛したい。私はこれもある種の社会貢献だと思う。
また私は仲見世通りが好きだ。なぜなら、おいしそうな食べ物や伝統工芸品で溢れるたくさんの
お店が軒を連ねている光景はまるで自分が江戸時代の通りを歩いているように想起されるからだ。
私は本当に「おもてなし文化」に感銘を受けた。商品を売っている人たちはとても素晴らしかっ
44 参加者レポート
たので、もし私がもっとお金を持っていたらもっとたくさん物を買いたかった。
3.3 このような施設はどのようにして社会貢献しているか
・伝統的美や文化の維持
・東京を訪れた外国人観光客を魅了
4―日本財団及びリディラバ(ソーシャルビジネス)の講義
4.1 訪問内容
・日本財団の行う活動についての話を聞き、質問した。
・日本の地域のお祭りを楽しんだ。
・ソーシャルビジネスを行うリディラバの説明を聞いた。
4.2 気付いたこと
日本財団とは公益財団法人である。この財団の理念は日本の競艇による収益やその他の入れ歯の
寄贈、夢の自動販売機などで資金調達を行い、日本だけでなく世界において人道主義的活動のため
の援助にそれらのお金を使っている。事業のフィールドは公共の福祉や健康、教育などである。私
は日本財団の労働環境に大変感銘を受けた。それらはとても専門的で魅力的であった。私の夢はこ
のような組織で働くことである。職員の多くが英語に長けており、ユーモラスであった。日本財団
は社会貢献をしている典型的な組織だと言えよう。
近年、日本財団はハンセン病感染者の人権向上へ注力している。私は非常にこのハンセン病事業
に興味がある。しかし、ハンセン病は WHO の規定する優先的な病気ではない。ハンセン病患者数
はどんどん減ってきているのだ。なぜ、巨大組織がハンセン病に注力しているのだろうか。その根
底にある理由とは、日本財団の会長が昔ハンセン病を患った少女に恋をしたことにある。私の結論
では、共感がもっとも社会貢献において重要なファクターだと思う。もし、本当に関心のある問題
を見つけることができれば、その問題解決やプロジェクト計画などに最善を尽くすことができるだ
ろう。だから、子供や青年、とりわけ小学生の頃に共感の心を成長させておくことがとても重要だ
と考える。
リディラバは元々学生によって創設された組織である。彼らは、社会問題について経験し、学ぶ
ことのできる数々のスタディーツアーを企画している。私は日本全国の NPO や社会起業家との彼
らの繋がりにとても感銘を受けた。彼らは丁寧に計画を準備し、プレゼンテーションを行うスキル
を持ち、NPO の将来を明るく照らすことができるに違いない。4 年間で彼らは 100 以上のツアー
を実施し、400 以上のテーマを取扱い、2000 人以上の人々を様々な社会問題のある場所へ連れて
いった。これは学生が運営する組織としてはとても大きな数である。彼らの活動は日本だけにとど
まらず、台湾やフィリピン、ヨーロッパなど海外でもその輪は広がっている。しかしながら、彼ら
の活動は諸問題を直接的に解決するわけではない。とても限られた活動ではあるけれども、リディ
ラバは、若者が共感の心を持ち、社会の問題を認識させ、より合理的で批判的方法で議論や思考す
るための能力を得ることを手助けする。
結論として、社会貢献には様々は方法があることが分かった。勿論それは、個々人の金銭問題や、
人間関係やつながりなどの手段によるものである。心から個人が周りで起きていることに関心を持
つだけで、私たちは自分たちの社会に貢献し、社会を良くするようなたくさんのことを行うことが
できるのだ。
参加者レポート 45
5―足立清掃工場
5.1 訪問内容
・職員の方から足立清掃工場の説明を受ける
・DVD でさらに理解を深める
・施設を見学し、質疑応答をする。
5.2 気づいたこと
私は初めてゴミ処理の1工程を見学した。それはとても近代的で効果的な科学技術であるように
思われた。
私はベトナムにもこのゴミ処理の過程を紹介したいと思う。
各区の様々なごみ
収集
分類
燃えないゴミ
燃えるゴミ
埋め立て処分
肥料化
ゴミの埋めたては土壌や河川、湖沼の汚染を引き起こし、健康や環境へ長い期間の悪影響を及ぼ
しうる。ベトナムと日本のゴミ処理工程に関しては多くの違いがある。将来的には私たちは自分の
国の科学技術を適用していくのだろう。 そして私がこの施設を見学していたときに、私は汚いク
レーンの中で、機械を清掃しているたくさんの職員の方々を見た。おそらく、彼らはただマスクを
していただけだったので、長い時間は働けないのであろう。
5.3 このような施設はどのようにして社会貢献しているか
・市民を守り、町の環境を衛生的に保っている。
・資源の再使用やゴミによる発電、その他再使用を行う。
・子供に対して環境への理解と共感を芽生えさせるスタディーツアーの開催。
46 参加者レポート
6―南会津町
6.1 訪問内容
・伊南の郷にてトマト収穫体験
・ほしっぱの家、芳賀沼製作訪問
・花泉酒蔵見学
・地元の人への聞き込み調査
・自治体職員の方へのプレゼンテーション
6.2 気づいたこと
南会津は福島にある小さな町である。この素敵で美しい町は素晴らしいワインや日本酒、
トマト、
川魚、米、ひめさゆりという希少な花で有名だ。空気は澄んでいて、森はきれいだ。しかし、毎年
冬という長い困難を耐え忍ぶ。
人々は身を粉にして働き、
雪かきを行う。
そして目下の深刻な課題は、
人口減少であり、彼らは若者を魅了するために尽力している。会津の人口は縮小し続け、おそらく
その減少率は予想よりも早いペースで減少している。2000 年には南郷地区に 3000 人が住んでい
たが、現在はたったの 2200 人しかいない。考えられる理由としては、若者が学校を卒業後、良い
仕事を求めて大都市へ移ったからであろう。南会津には限られた仕事しかない。また、南会津は 4
つの地区(南郷、伊南、田島、舘岩)からなる。
私たちは南会津役場が地域経済を強化することと活気あふれるコミュニティを創造することに集
中していることを伺うことができる。なぜなら、役場の職員の方々は私たちのプレゼンテーション
を注意深く聞いて下さり、観光客を魅了するために様々な方法を試していたからだ。南会津では夏
にひめさゆりまつりが開催され、冬にはスキーや酒の季節となる。なので、観光客の足が遠ざかる
春と秋に音楽祭を開いている。
私が南会津町民の皆様にこの町での生活状況についてインタビューを行うと、彼らは私にもっと
もな解答をしてくれた。
町が不便だと感じる理由 :
・冬が大変である(だがそれは短い期間であるから今耐えられているように思える)雪かき
が大変
・若者不足
・たった 5 台しかタクシーがないように公共交通機関や、スーパーやコンビニ、若者のた
めの製品が不足しているまたは限られているため、買い物に対して不便を感じている。
・仕事が限られている。
南会津での 2 日間の滞在で、私はこの町の 3 つの問題を発見した。
( - ) 若者への優先的な保障が担保されていない。
( + )社会学を学んだ若い女性は昨年、酒蔵の一助となるために南郷へ戻ってきた。彼女の給料
は 10 万円になったが、これは日本において大きな額ではない。
( + )農学を専攻した男性はホシッパの家を運営し、アロマの精製のために林業を行っている。
彼は自身の強みを生かしている。彼は専門性を持った建築家であり、夏は涼しく、冬は暖
かい家を作る方法を知っている。これからは彼のこの輝かしい才能をさらに生かすべきだ
と思う。
( - ) 一人暮らしの高齢者が多い。
( + )勉強や仕事のため別の町に子息が引っ越してしまう。このことは隣人たちで数少ない高齢
参加者レポート 47
者たちが協力し合っていることを暗に示している。高齢者が一人で住むことはおそらく不
安なことだ。彼らは健康管理に問題を抱え、日々の仕事や家事などに追われ、体調を崩し
てしまう可能性すらある。
( - ) 南会津において町外の企業との連携がない。
( + )南会津は素晴らしく、美しい町で、蕎麦やトマト、桃や花、伝統的な祭りで有名である。
しかしながら、この町を訪れる観光客の数は増加していない。その理由は、町が広告やマー
ケティングをあまり行っておらず、会社や大学などとの社会的ネットワークが薄いからで
あろう。
6.3 問題の解決策
・若者への優先的な保障が担保されていない。
才能ある若者にこの町の良さについて気付いてもらうためには、子供の医療費免除や医療
センター、会社の利益に見合う多額のボーナス、休暇などのようなよい社会保障や利益を提
示すべきである。
他にも大学入試に失敗した大学生をサポートすることもできる。
卒業後、
そのようなサポー
トをしておけば、彼らは街に帰ってきて街に還元してくれるかもしれない。
夫婦優遇措置などの優遇措置政策はたくさんある。自治体は配偶者の職探しや家探しを手
伝うべきである。
・一人暮らしの高齢者が多い。
新宿区のようにシニア活動館を建設することが必要である。高齢者は一堂に会し、話した
り何か行ったり、一緒に入浴したり、交流することができる。
・南会津において町外の企業との連携がない。
元太の言っていたように、インターネット上の広告や SNS での広告に注力すべきである。
また、地下鉄や電車、バスなどの交通機関の拡充も図るべきである。
学生の体験地や小中高生の修学旅行のために、都市の農業大学や学校とのつながりを持つ
こともよい。
他にも「market festival」のような様々な製品が一堂に会し、
購入できるような機会があっ
てもいいかもしれない。そこでは蕎麦や、日本酒、トマトや桃、米などの地元の特産品を
PR することができる。また南会津の町民もまた町では買えないようなものを買うことが出
来ても良いかもしれない。
7―結論
まず初めに、このプログラムに参加してよかったと思っている。私は、学生によって実行されたこ
のプログラムが上手くいくとは思っていなかった。プログラムは専門的で注意深く構成されていた。
私たちは多くを学び、ともに時間を過ごすことを楽しんだ。このプログラムで私は社会問題を学ぶ仲
介者となり、日本の文化を楽しんだ。私の日本への愛は少しずつ大きくなった。近く、私は日本語を
学ぶ予定である。この Experience Japan Program 2015 に参加したことで、私は何か社会貢献した
いと強く思うようになった。
ゴミの分別について友人や隣人の意識を向上させたい。また、日本での経験を共有することで環境
保全を行いたい。組織での能力や行動を学んだので、近い将来に MIS やリディラバのような組織を
設立したい。
48 参加者レポート
小さな意思表示
社会に対する意識と社会に入り込む活動を通して、コミュニティを向上させる
Sean Rainier E. Zerrudo
フィリピン University of the Philippines Dhiliman
訳:釼持 智洋
Pagkakawanggawa. これが、私が Experience Japan Program 2015 がどんなテーマを扱うのかと
いうのを見た時に、私の心に浮かんできた最初の言葉だ。このフィリピンの単語は、おおよそ「慈善」
や「博愛」と訳されることになる。それは、他人のために役に立つ無私の行為のことである。この概
念と強く結びついているのは、Bayanihan という言葉の概念でもある。その言葉の由来の単語は、
「共
同体」と訳される “Bayan” である。Bayanihan の概念は、ある目的を達成するために、共同体の仕事
をする、もしくは、個々の市民の仕事にさえも携わることである。共同、協力、そして一致団結がこ
れらのフィリピンの言葉の重要な概念なのである。これらの言葉が、
「社会貢献とは何か」と最初に
聞かれた時に、私の心に浮かんできた事柄の原因ともいえる重要な言葉なのである。
最初に、そしてなによりも「社会的義務」に対する「慈善の観点」( たとえば、社会をよくしよう
という義務感 ) は、どのように社会に貢献したいかについて見るためにとりえる観点だ。その地域の
人々の社会の状況を見て、そして、自分の地域共同体の NGO や政府、ボランティア組織がどのよう
にして、ミクロからマクロまでのレベルでおこっている窮状や貧困を緩和していく見込みのある貢献
主体たりえているのかを見ることは、どのように「社会貢献」によって私たちが助けられているのか
を考える動機づけとなりえる。たとえば、人々の無関心を打破しようとする「リディラバ」の活動の
おかげで、どのようにしたら、直接の体験、もしくはそのような関連分野の活動への参加 ( またはそ
の両方 ) によって、社会に対する自覚を促す出来事として機能するように組まれたプログラムを作り
あげられるのか、ということを知ることができる。そのように、社会に貢献しうる主体である人々が、
より強くつながり、さらには彼らの信念を形作る助けとなりうるだろう。というのも、実地の活動の
一部になることが、社会問題に関してより深く理解していくこと、その後続いて、社会の力になろう
と努力する人々の力の一部として自分自身が貢献することの手助けとなりえるからだ。
後者の段落との関係性でいうと、
「日本財団」もまた、社会貢献の分野において重要な基本概念を
共有してくれた。日本財団は、社会をよくするだろうプロジェクトに対し、助成することで、慈善活
動の実行を促進し、支援している。たとえば、彼らはハンセン病の問題への取り組みを支援している。
それらの問題についての悪評判を終わらせるために活動するだけでなく、この病気に感染した人々に
向けて、医療や直接の支援に支援金をだし、実際に提供するのだ。彼らはまた海外へ支援を行い、社
会福祉活動を進め、日本でボランティアの企画を推し進めている。
そのような状況を意識するようになることで、慈善活動を実施し、自らの社会的義務を果たし、ま
た、社会に変化をもたらすボランティアとなるために、自身で利用することのできる数多くの方法が
存在するということが分かる。私たちは、自分のいる共同体の様々な面を手助けする組織や集団に参
加することで、自分の社会へ奉仕するボランティアになることができる。しかし、私たちは社会を大
参加者レポート 49
切に扱わなければならないだけでなく、私たちの住んでいる環境もまた大切に扱わなければならない
のだ。
社会貢献はまた、国民や人の集まりが社会の福祉と発展を促進するという意思表示になりうる。社
会貢献は、ボランティアの仕事をするような簡単ものでもありえるし、二酸化炭素の排出量を減らし
ていくことのできるシステムをデザインするというような複雑なものでもありえる。足立清掃工場と
落合水再生センターは、どのようにしたら、社会で機能しているシステムが、環境をより良くするこ
とに貢献する手助けとなりえるかということについての例となっている。それら二つは、物質をリサ
イクルすることを進め、それによって、環境に対して適切な処理をすることを進めている。足立清掃
工場のリサイクルと、意図しているこれからの活動計画によって、二酸化炭素の排出量がより少なく
なり、それによって、環境に対する被害も減らすことができる。また、住民によって利用されている
地域のために、代替の物質を使用している ( たとえば、処理後の残滓と、それがどのように道や歩行
者道路を建築し、また、補修するために使われているか、など )。そして、いかに小さな行動が社会
に影響をおよぼしうるかについて、次世代の子どもたちに分からせて、教育するための授業も行って
いる。これらの小さな意思表示は、引き続き社会の福祉に貢献するのだ。
また、生態学的、社会的、建築的、文化的、行動的な要素を考慮にいれた発展を提案することを通
して、空間を作りあげている環境を改善するという実践は、私たちが社会に貢献することの一部分と
なっている。これらの発展は、住宅街や小公園や箱庭のようなミクロレベルで、もしくは、住んでい
る共同体や貯水池やマングローブや公の公園や、またはある地域の都市のマスタープランをさえ含ん
だマクロレベルで ( もしくはその両方のレベルで )、起こりうる。落合水再生センターは、施設に近
接した場所に活動空間をデザインし、続いて、市民のための、共同体の独自の意味を作りあげること
によって、発展を提供している。そしてそれはまた、地域の人々 ( と地域の共同体 ) に対する貢献の
一つの形―社会貢献の一側面―なのである。
社会貢献は他人の生活の質を高めていくことを目指している慈善活動を含んでいる。私が思うに、
地域の共同体は、社会貢献が有益たりえる共同体である。そのように、地域の文脈において、フィリ
ピンのバランゲーは社会貢献に注力した大抵のプログラムの受益者となっている。たとえば、私自身
の経験からいうと、無料の健康診断が毎年行われ、子供向けにスポーツ医療の診断があり、植樹活動
も行われ、私たちのバランゲー ( 地域共同体 ) では毎年奨学金ももらうことができる。今回のプログ
ラムの2日目に、地域の自治体もまた、日本の状況において地域の共同体を手助けするなかで、支援
の活動を行っていることがわかった。たとえば、信濃町シニア活動館では、高齢者の方々の社会的、
身体的、情緒的なニーズを満たしえる活動を提供することで、生活の質を改善し、手助けしていく中
で、高齢者の方々を支えている。ミクロレベルでさえ、社会の様々な集団にむけた社会貢献の概念が
みられる。そのまま、この行いが、他者を助けるように向けられた別の共同体を生み出す可能性があ
る。( たとえば、さらに活動範囲を広げたりだとか、社会を形作る手助けとなる活動だったりとか。)
景観建築―社会の民衆レベルまで徹底的に考える建築のことだが―の文脈からも考えると、私は、
社会貢献と結びついた多様なデザインと実践を応用してみたいし、人々、政府、設計者、そして環境
の間での相互作用を観察したい。景観建築の分野で基礎を為している理論と、
「社会貢献」の分野を
目指した計画を考案するために、その理論を設計者がどう使うかということは、未来の計画をどう作
るべきか、ということについての私たちの集団意識の一部となりえるといったように、
その計画にとっ
て有益なものになるだろう。私は、南会津に滞在していた間に、この目的を達成した。次のテーマに
取り組んだのだ。(1) その土地の社会文化的な背景において考え、(2) 次の世代も利用することができ
50 参加者レポート
るように持続可能な解決策を生み出し、(3) 人々を意識的にし、ボランティアとなるようにする。こ
れに取り組むことで、私は、南会津における人口の問題がどれだけ重要で、どのように物事が大きな
シナリオに沿って動いているか、に気づくことができたのである。
現地の自治体は、社会に対して貢献できるという重要な側面を持っている。たとえば、伊南地区に
おける農業の仕事に関しては、彼らは将来の住みうる住民に対して、金銭面での支援を提供する ( もっ
とも彼らは、そこで共同体を作り、繁栄させて支えとなる人 ( 労働力 ) がまだ必要なのであるが )。
そのようなプログラムは、南会津の人口がこの先数年にわたって激減しないようにするにはとても重
要だ。前沢地区もまた、自治体から支援を受けている。前沢地区では、その土地にある伝統的建造物
を保存するために自治体が努力をしている。しかし、住民の大半は高齢者なのである。私たちは、皆
にとって有益になりうる解決策を作成するために、一つの共同体として、これらのことに気づき、議
論をしなければならないのである。会津田島駅でのフィールドワークによって、実状を明確にし、ま
た、一部のケースにおいて、どのような種類の社会貢献がなされなければならないかを適切に描くた
めに、様々な集団、分野、関係から協力がなされる必要が本当にあることを明確にする機会を得るこ
とができた。
社会貢献は、様々なプログラムやボランティア活動を含む集団や組織に参加することによって、も
たらされうるのだ。この Experience Japan Prorgam は、私たちが、一歩先へと進みように手助けし、
私たち自身の所属する社会へ貢献するようなグループを作り上げるための、舞台だった。このプログ
ラムのおかげで、私たちは近隣の国々との絆を築くきっかけをえて、新たな友と出会い、私たちの社
会への新しい視点を獲得した。このことによってまた、自国の国の状況に関する社会的な意識が向上
し、私たちが果たすべき役割が作り上げられ、個々の国の代表者としてふるまうことになった。この
シンプルな行動によって、活動が指揮されうるし、私たちが自分の共同体へどのように貢献するかに
まつわる自分達の役割の確立と定義が進められうる。今や、なによりも、社会のために、共同し、協
力し、一致団結する必要があるのだ。私たちは、
「社会貢献」の建築家なのだ。
参加者レポート 51
社会貢献
Shara Nicole Novero Abella フィリピン Miriam College
訳:小見門 宏
三年前、私は教授からある会議に出るよう頼まれ、どうせあんまり面白くはないだろうなと少した
めらったが、出ることにした。会議の途中、他の参加者が互いに話しているのを眺めながら、退屈さ
を少しでも紛らわせようとペンのボタンを何度も押していた。どうせこの会議も退屈なんだ、と思い
ながら。しかし、私は間違っていた。その会議は私を変えた。私に将来へのヴィジョンを与えてくれ
た。その会議は世界をソーシャルエンタープライズによって変えたい人たちでいっぱいだった。
その時は、私は自分の知識に自信があって、社会を助けてあげられると思っていた。勿論、それは
誤りだった。
私は両親に長い間ずっと日本へ連れて行って欲しいと頼んでいた。
日本に行くことは私の夢だった。
日本で行きたい美しくて個性的な場所、買いたいもの、やりたいことをいつも夢見ていた。私の大
好きなもののほとんどは日本にあった。日本はいつも私の望みの中で一番だった。だから、今回 MIS
の Experience Japan Project に参加することは自分の夢を叶えることと同義だった。待ったかいがあっ
た。日本の美しさを見ることがおまけに過ぎないなんてこの時は殆ど思わなかった。
私が望んでいたものの全てを体験して、見ることは出来なかったけれど、本当に、想像以上に幸せ
だった。日本での体験全てが想像以上だった。日本を訪れたことは決して忘れることが出来ない体験
になっただけでなく、多くのことを私に教えてくれた。
正直に言えば、このエッセイは今まで書いたことが無い程難しい。私の心の中に在るものを完璧に
言い表せる言葉なんて、見つからない。英作文が下手なだけかもしれないけどね。完璧な言葉は見つ
からないけれど、私はいつか社会を良くする方法を見つけるってことは確信しているんだ。ちゃちに
聞こえるかもしれないけれど、社会を良くすることは永遠に私の心のど真ん中にある。この短いエッ
セイで、プログラム中だけでなく、その前と後に私が学んだこと、体験したこと、さらには人生で成
し遂げたいことが伝われば、と思う。ごちゃごちゃのように見えるかもしれないけど、私の言いたい
ことが伝われば嬉しい。
この数週間、社会貢献とは本当は何なのか考えていた。様々な NPO や人々、学生から色々なこと
を学んだけれども、社会貢献とは何かという問いに完璧に答えることは未だに出来なかった。いくつ
もの考えが頭の中に思い浮かんだけれど、満足の行く答えは1つもなかった。
日本に行く前は、私は社会貢献とは何か、という問いに対して簡単で満足のいく答えを持っていた。
そして、実際は将来やりたいことは全て心の中で計画済みだった。ビジネスによって世界を良くした
い。起業する計画も出来ていて、それによって人々に職を与えることが出来ると思っていた。貧困も
削減出来る。不十分にも思えるけれど、私は満足だった。他人を助けながらも自分は利益が得られる
だろう。
52 参加者レポート
プログラムの始めの数日間、私は社会貢献について多くのことを知っていると自信を持っていた。
今まで色々な社会問題に晒されてきたのだから。私の定義に依ると、社会問題はお金や収入に関する
問題であった。収入を増やす何かをつくり出すべきだと考えていた。
しかし、様々な NGO から学んだことについて思いを巡らした後は、社会問題は金銭的な問題だけ
でなかった。それ以上の何かだった。金銭だけでなく、より深く、価値観や精神、魂の内側と関係し
ていた。
私たちが訪ねた様々な場所から、私は日本人がどのように自分たちの文化を実践しているかを学ん
だ。着物を着て、食事を運んでくれる女将を見て、衝撃を受けると同時に少し羨ましくも思った。私
の国も同じようにしてくれればいいのに。私たちは自分たちの文化に感謝するということを学ばなけ
ればならない。
フィリピンに戻ってきた時、正直に言うと私は見るもの全てに失望した。そう全てにだ。空港につ
いた時から、帰路に着くまでずっと、私は悲しく、不安だった。なんで私の国は日本とこんなにも違
うんだろうという思いは途切れることが無かった。こんな所にずっと居るなんて堪えられない。いつ
の日かこの国を捨てたいと思った。愚かに聞こえるでしょう。そう、私は愚かだ。フィリピン人は自
己中心的で、みんなこうだ。強欲で自分のことしか考えていないような人でいっぱいだ。しかし、あ
る考えが私は彼らとは違うことを思い出させてくれた。少しまた悲しくなった。
友達と喋っている時、彼女はフィリピンで一番の大学に通うある生徒について話してくれた。彼は
勤労学生らしい。彼の給料はたったの 50 ペソ、1 ドルだ。教授が彼になぜたった 1 ドルのために働
くのかと尋ねた所、彼はこう答えた。
「必要な本をコピーするためです。
」彼の答えは私の心を引き裂
いた。他の人はそんなこと思わないだろう。彼はお金のためでは無く、研究を終えるため、尊厳を守
るために一生懸命働くのだ。自己満足のために他人からお金を奪う人ばかりなのに、彼は違った。
彼の話は、助けが必要な人はたくさん居るということに気づかせてくれた。彼のような人がたくさ
ん居て、それぞれ様々な事情を抱えているということを私はもう知っている。そんな人たちの存在が、
私にこのフィリピンにいたいと思わせてくれる。
そのたった1つの話が、私に多くのことを気づかせてくれた。そのたった1つの話が、私が日本で
学んだことを1つにまとめてくれて、私が将来行いたい支援を展望させてくれる。
日本で尋ねた全ての組織や場所は目的を持っていた。私はどのようにして自分の国を良く出来るか
について希望と知識、
アイデアを与えてくれた。私は MIS に送ったエッセイを覚えている。そこで私は、
どのようにして日本が自国の文化を享受しているか、フィリピンの人々も自国の文化に敬意を表すこ
とがどれほど重要かを理解してもらいたいこと、
そしていつか私がそれを手助けしたいことを述べた。
日本での経験は本当に私に知識を与えてくれた。もし自分自身の文化を体験するだけだったら、同じ
ようになってしまうだろう。他の文化を体験することは、自分たちの文化に対してアイデンティティ
を持つことに繋がる。
もしある社会を助けるとするならば、私は自分の国を良くしよう。たとえ誰も立ち上がって、国を
良くしなくとも、私が立ち上がろう。
過去の自分だったら、ただ時間をつぶすためにペンを使っていた。しかし、今の私は、どのように
社会を良く出来るかについて大事な考えとアイデアを書き留めるためにペンを使う。もしあの会議が
参加者レポート 53
私を変えてくれたとするならば、MIS は私の人生における価値観を変えた。あの会議は私に望む未来
像を与え、MIS は世界が必要とする変化を確かめるために、私が踏まなければならないステップを具
体化してくれた。あの会議も MIS も私の中により良い未来像を形作ってくれた。
私たちは、それぞれが違った社会貢献の定義を持っているようだ。私にとっては、社会貢献とは、
幸せ以外何も得ずに他者を助けることだ。社会を良くするということは心の中から来る。
MIS について、私の出会った一生懸命な人々について、世界を変えるために同じ目標を共有した人々
について考えるといつも、私は未来に待っている素晴らしい世界を思い描くことが出来る。そして、
いつも幸せになれる。こんな種類の幸せを感じたのは初めてだ。
54 参加者レポート
「社会貢献」とは何か?
五百藏 元太
日本 東京大学教養学部 2 年
「あなたにとって『社会貢献』ってどんなものですか?」
いきなり誰かにそう聞かれたとしても、すぐに明快な回答をすることのできる人はほとんどいない
だろう。実際、私がこの Experience Japan Program2015 を企画することになり、社会貢献という、
非常に抽象度の高いテーマを設定してプログラムを運営することになった後でも、明確な答えを持つ
ことは私自身難しかった。それゆえ、
「短期間でいろいろな『現場』を見て、その活動から何か面白
そうなことが見えてくればいいな」くらいに思っていた。
では 10 日間にも及ぶプログラムを終えた今、
自分の中で何か変化があったかどうか、
と聞かれれば、
確かにあったと答えられるだろうと思う。実のところ変化といっても驚き、
というか気付きというか、
ある種の意外さを感じたというくらいなのだが、私はこのプログラムで多くの方々と接する中で「み
んな意外といろいろな何かに貢献しようと意識しているのだな」と何度も何度も感じた。
プログラムに参加する以前、私は基本的に社会におけるどんな活動や行動も、その規模や影響力に
違いはあれど、めぐりめぐって社会に影響を与え、何らかの形で社会に貢献することになっていると
思っていた。この考え自体はプログラムを経て間違っていると思うことはなかったし、むしろより強
くそう感じるようになったことのだが、プログラム以前の私はこの考え方ゆえに、
「多くの人々は社
会に貢献しよう、誰かのために、何かのために行動しようとそれほど考えずに生活しているのではな
いか」と考えていた節がある。つまり、それまでの自分がそうであったように、いろいろな活動はす
るものの社会を生きる人々が強く明確なモチベーションを持っているなどということを想像できずに
いたのである。
しかし今回のプログラムで訪問した各施設で活動されている方々には、自身が行っていることへの
自負とモチベーションを感じた。一番初めの訪問先であった信濃町シニア活動センターでは館長さん
が純粋に高齢者の方々の交流の場を作りたいと思って運営を行っていることがひしひしと感じられた
し、館長さんだけでなく吹き矢の先生も自分が吹き矢を通じてどのようにほかの人々に楽しんでもら
いたいか、どんな貢献をしたいかということを語ってもらうことができた。
私はそれまでいわゆる福祉関連の施設への関心がほとんどなかったし、そうした施設に従事してい
る方々がどんな気持ちなのかといったことを、まるで理解していなかった。強いていうのであればあ
る種の使命感のようなものに駆られているのかな、
程度にしか考えていなかった。しかしながら今回、
そうした施設で活動する方々は今まで自分が思った以上にいきいきと活動しているということに気が
付いたし、自分が思っていた以上に「楽しみ」を追求しているし、そしてまた、自分の「楽しみ」を
共有しようとしていた。こうしたことは決して「誰かのために」というような気持ちから発生するよ
うなことではなく、それ自体が「楽しみ」であり、世間でいうところのやりがいなのだろう。福祉関
連の施設に関心がなかったと前述したが、それはつまりそうした施設の持つ他人のために働くという
言葉以上の「やりがい」がピンと来ていなかったのである。今回の訪問で言葉にすることは難しいが
参加者レポート 55
そうしたある種の「やりがい」を発見できたと感じている。
社会貢献というとなんだか難しそうな気もするけれど、自分が「やりがい」を感じていることとい
うのは、それ自体が「楽しみ」なのであるし、それは同時に社会貢献へのモチベーションでもあるの
だろうと思う。これまでは両者を知らず知らずのうちに相いれないものとして捉えていたが、このプ
ログラムを通して、両者が実は同じなのではないか、もう少し言えば、両者が一体となっている状態
が理想的な社会貢献には必要な事なのではないか、という考えを獲得することができたように思う。
また、私は今回の訪問で特に 2 つの訪問先で「やるべきことを超えた社会貢献」のかたちを見る
ことができたと思う。
一つは落合水再生センター、もう一つは南会津町で訪れた花泉酒造である。
落合水再生センターの主たる業務はもちろんのこと私たちが日々生活するうえでだす排水を処理す
ることであり、これだけ考えても私たちの生活にかなり貢献しているといえる重要なものだが、
「自
分のやるべきことをやればいい」といったような活動のしかたをしているわけではないということを
改めて感じた。具体的には水再生センターの敷地を公園化し近隣住民への住みよい暮らしに貢献しよ
うとしている点や、今回私たちが水再生センターを訪れたように、外部からセンターを知ろうとする
人々に対し、丁寧に施設について説明、案内し理解の手助けを行っている点である。説明をしてくだ
さった案内係の方はにこやかに笑いながら
「レポートとかで使いたかったらいつでも来ていいよ、もっ
と詳しく説明するから」と帰りがけの私たちを見送ってくださったが、このとき私は純粋にここまで
私たちに対応してくださる姿勢にすごいと感じた。よくよく考えて見ればどこから来たのかもわから
ない大学生や国も違う学生に事細かに施設を案内するというのは水再生センターの本来的業務では
まったくない。こうした活動のように考えてみれば多くの施設や団体で本来的業務とは全く違う領域
の活動が行われているということを再認識したのであった。
もう一つの訪問先、花泉酒造では実際に日本酒造りに使う酒蔵の中を案内していただきながら、日
本酒の分類について、どうやって日本酒が作られるのか、など多くのことを説明していただくことが
できた。そしてその後、現在花泉酒造が南会津町で行っていることについて説明を受けたのだが、こ
こに酒造りにとどまらない従業員の方々の思いを強く感じることとなった。ここで説明していただい
た、「18 歳の酒プロジェクト」などは若者の日本酒への関心を上げたいという狙いのほかに、地域の
良さを若い人たちに感じてもらいたいという、地域全体を見据えた狙いがある。
「酒造なのだから酒
造りをする」という本来的目的にとどまらない地域への貢献に向けた気概を強く感じた。花泉酒造は
もともと地域のための酒造りという観点から創業、運営されている。だからこそ、酒造りだけでない
地域への関わり方を模索しているのだろう。
以上のように特にこの二か所の訪問先では、当然やるべき仕事以外への活動の様子を知ることがで
きたのだが、私はこうしたプラスアルファの活動を見て純粋にスゴイと感じた。
また自然と社会貢献っ
てきっとこういうものなのだろうなと感じた。もちろん、やるべきことに専念し、それを高いクオリ
ティで達成し、人々の役に立ち人々に喜ばれる、そうした形の社会貢献というものもあると思う。し
かしながらこうした考えには、一定数の人々から、やるべきことをやるのは当たり前で、社会に特別
貢献しているとは言い難い、といった意見がでることだろう。やはり自他ともに自身をもって社会に
貢献しているといえるためには「プラスアルファ」という要素が不可欠になってくるように思う。ど
56 参加者レポート
んなことでもいい。今、自分が何かやろうとしていること、実際にやっていることに何かちょこっと
の関心を足してあげるだけで、当たり前にやっていたことがより社会貢献的な性質を帯びるのではな
いだろうか。
参加者レポート 57
社会への所属意識と貢献アプローチ
釼持 智洋
日本 東京大学教養学部 2 年
はしがき
このレポートでは、まず前提として、社会貢献はしなければならないものなのか、そもそも社会貢
献とは何かということを考えたい。続いて、自分にとって社会貢献をする動機を述べる。その後、実
際に社会に貢献するにあたって、今回のプログラムで考えを深めたアプローチ方法を書き、最後に結
論を書こうと思う。
1―社会貢献とは何か
今回のプログラムのテーマは「社会に貢献するとは何か」だったわけだが、そもそも人は皆社会貢
献をすべき存在なのだろうか。まずこれに答えるためには、貢献する対象となる「社会」とは何か、
から考えなければならない。
人それぞれにとっての「社会」とは、
自分が所属意識を持っているコミュニティということになる。
それは、家族、隣人といった直接の親しい関係性から、自分の所属している企業、学校、団体まで、
さらには、自分の住んでいる地域、国、挙句の果てには世界までのレベルが存在するということを意
味する。この身近なレベルから世界レベルまでの内、自分にとっての「社会」をどこに認識するかの
時点で、貢献対象となる「社会」も人それぞれのものと言える。たとえば、南会津町で活動されてい
る人々を見て思ったのは、彼らは「南会津町をよくするには」といった地域への目線、特にその地域
に住む人々への目線を当たり前のように身に付けているということだった。つまり、南会津町の人々
は、自分の所属している企業や組織のレベルにとどまらず、地域レベルにまで所属意識を持ち、貢献
していた。また、日本財団への訪問では、日本や世界といったレベルにある問題を解決しようとして
いる人々の姿を見ることができた。一般に普段の生活からでは、日本や世界について考えようと思う
ことはまれだが、彼らは日本や世界に対し、貢献をしていた。これら二つは、対象としている「社会」
の性質に違いがあるけれども、それによって活動に優劣がつくわけではなく、自分が大切にしている
「社会」への働きかけを目指していた。これらの経験から考えても、
所属意識を持つ対象となる「社会」
とは様々なレベルがあり、個々人はその中で生きている。
「社会」を自分なりにそのようにとらえたところで、
「貢献する」とはどういうことかを考えたい。
人は生きている限り企業や学校や地域など何かしらの組織に所属し、社会をもつことになる。それは
その人の日常のことであり、決して特別なことではない。その、自分が所属することになった社会に、
プラスの影響を及ぼせるように積極的に働きかける、それが社会に「貢献する」と言えるのではない
かと思う ( もちろん、自分の「社会」にはプラスであっても、社会全体を見た時に明らかにマイナス
になるのであればそれは貢献とは言わない )。社会貢献というと、いわゆるボランティアなどわかり
やすい活動を想定しがちだが、それは単に言葉のイメージの問題であって、
「自分が所属意識を持っ
ている社会に対し、プラスの影響を及ぼせるように、積極的に働きかける」ということになるという
のが個人的に得た意識である。
58 参加者レポート
このように定義すると、私にとっては次の二つのことが焦点となった。第一に自分にとっての所属
している社会はなにか。どういう社会に貢献していきたいか。第二に実際に社会に働きかけるとき、
どのようなアプローチ方法をとればいいのか。以降この二つを論じる。
2―自分にとっての社会は何か、自分はどうしたいのか
私にとっての社会は、結局自分が興味に基づき所属している、もしくはこれから所属することにな
る組織を中心に広がるのだろう。なぜなら、結局自分の所属している組織の属する社会こそ、自分に
とって打ち込みたくなる社会だからだ。そのような社会に対してこそ、問題だなという思いや、もっ
とよくしたいという思いが芽生えれば、その思いを駆動力にして取り組んでいける。
ただし、この考え方では、他の問題分野を見ていないことになる。リディラバの方のお話を聞いた
ときに、印象に残ったのは、小さな集団であれば、
「共感」や「同情」を他者に対して抱くことが可
能であるが、大きな社会になるとそれが不可能になり、問題を抱えている人々が気付かれないことが
あるということだった。リディラバは、
「無関心の打破」を目標として、社会問題の現場を見るスタ
ディーツアーを企画し、より多くの人に社会問題への関心を持ってもらう活動していた。リディラバ
のこの信念をみたときに、自分の知っている社会に関心をとどめてしまうことは、裏返せば、他の社
会、そこに属する人々への無関心となってしまうので、多種多様な「社会」を知っておくことの不可
欠性が実感された。南会津町での人口減少の問題について考えた時も、いままでずっと都会で育って
きたため、知ってはいても実感としてわかなかった問題を知ることができたのは、私にとって視野を
広げる体験になった。自らの先入観や無知を乗り越えるためにも、より多くの社会を知っておくこと
の必要性を痛感した
結局、いずれかの社会に貢献しようという気持ちになるとしても、そもそもその現場、社会を知ら
なければ所属意識が生じる機会が少ない。さまざま社会を直接知った上で、自分が取り組みたい社会
を決めて、そこで活動している組織に所属すること。所属した組織を中心に、その組織の対象となる
社会に対して貢献する、プラスの影響をもたらせるようにする、というのが自分の目指していくべき
社会貢献像にしたい。続いてその社会貢献像を実現するにあたってのアプローチ方法についても検討
してみたい。
3―社会に貢献するアプローチ:3つの視点
社会に働きかけるにしても、どういう方法がいいのだろうか。この疑問に対し、今回の 10 日間の
プログラムでは示唆に富む経験を得ることができた。
最も印象に残っているのは、社会構造から考えるという視点だ。これはリディラバの方からお話を
伺った際に得た考えである。これは、個別の問題がある時に、ただ目の前の問題に集中して取り組む
のではなくて、社会全体の構造から見た時に、その問題がどういう位置づけと因果関係にあるのかを
理解して問題解決をしなければ解決できないということだった。これは、南会津町の人口減少の問題
について考えると理解しやすい。人口減少という問題自体がまず南会津だけの問題ではなく、国や各
地方自治体が抱えていて、また人口の流出という観点からでは、地方と都市という対立軸が見えてく
る。玉石混交にしろ、地方創生などの活動は全国で幅広く行われているためサンプル数は多い。そう
参加者レポート 59
いう状況下で、南会津町だけを見ているだけでは、人や資金やインフラなどのリソースが限られてい
る中では解決はできない(もちろん強みの南郷トマトなど、南会津町に独自の点があるため、社会構
造を見るだけでは足りず、地域そのものの強み弱みもしっかりと見ていかなければならない)。社会
構造からみるということが問われているケースそのものだといえる。この「社会構造から見る」とい
う視点は、対策が対症療法に陥らずに根本から解決するために非常に重要な視点なので、これから社
会で活動していくにあたって、身に付けていきたい。
また、現地の人から専門家まで幅広い層の人を巻き込んだ活動をしなければならない。
南会津町では、実際に現地で活動をなさっている方々にお話を伺った。伊南の郷や南郷トマトの選
果場では地域の農業を知っている方々が一番詳しく事情を把握していらっしゃったし、
前沢集落では、
集落の住民としては、実際に住んでいるためにむやみな観光化を避けたいと思っていらっしゃる声を
聞くことができた。このように現地の人こそが、現状がどのようであり、どうしたいのかということ
に一番近な認識を持っているのであり、
社会に働きかける以上彼らと一緒に活動することが最もよい。
同時に、専門家の視点、というものも、その問題が困難であればあるほど重要になってくる。日本
財団は、世界の問題に取り組んでいる現地集団や専門家に助成を出すという形での社会貢献を行って
いた。この形での活動の強みは、専門知識を有している人々が制約なく働けるような環境を作り出し
ていることにある。専門家の知識をいかにして現地の問題に活用していくのかというのもまた、社会
に働きかけるにあたって重要な点である。
この、現地の人と専門家という異なる層の人々の力を取り込んでいく方法を考えなければならない
のだ。
そして、どのような活動をしている組織であれ、自らが拠点を置いている地域に対する視線という
ものが欠かせないものとなる。それが顕著に表れた例が、
落合水再生センターや足立清掃工場である。
これらの施設は欠かせない社会基盤であるものの、匂いや排煙などデメリットがあり、地域にとって
はなぜ自分の地域に建設されるのかという思いになりかねない。そこで、自らのデメリットに対して
精一杯の対策をした上で、公園やプールなどの公共の人々に有益な施設を作り、子供への教育を通し
て理解を得ていくなど、地域に対しての配慮と調和の姿勢が見られる。このように、取り組む対象の
分野が地域に関わるものであれ関わらないものであれ、自らのおかれている地域に対する配慮を忘れ
てはならないと思った。
4―結論 社会貢献の入り口とゴール
自分はどういう「社会」に所属して生きているのか、生きていきたいのか。まずはそれを考えるた
めにも、さまざまな社会における活動について知らなければならない。そして自分が活動したいと決
めた社会において、どういった社会になってほしいのかを考えること、それがまず社会貢献の入り口
になるはずだ。
その入り口からさらに先に進んでいくときに、アプローチ方法が問われることになる。そこでは社
会構造から考えるということ、現地の人から専門家まで幅広い人々を巻き込むこと、また、自分が活
動している地域への目線をわすれないこと、これが実際に社会に貢献していく上で自分が大切にして
いきたい視点である。
60 参加者レポート
実際には、そんな簡単な話ではないだろう。どういう社会が理想なのか、自分はどうしたいのか・
どうすればいいのか、答えはなく、状況や時間によって考えを改めなければならない。自分の頭で考
え続けるということは結構疲れることでもあるけれど、考えて、考えて、考え続けなければならない。
そしてなにより、考えたことを実行に移し、成果に変えて初めてゴールにつくことができるのだ。
参加者レポート 61
隣人を愛することこそ社会貢献である
小見門 宏
日本 東京大学工学部 3 年
○はじめに
私は、社会貢献とは隣人を愛することだと思う。私たちは皆、他者の考えを想像し、何に苦しんで
いるか、何が幸福に繋がるかを考え、それを実行に移すべきだ。そうしたならば、どんなに小さいこ
とでも、社会貢献に成りうる。もちろん、継続性や社会的影響力の大きさなど、社会貢献を考える際
に重要となる要素は他にもある。しかし、私にとっての社会貢献とは、隣人を愛することに等しい。
そして、それは共感する心から始まる。他人の考えを慮るには、共感する心が欠かせない。共感出来
ない人は、他者の気持ちを想像し、助けること、幸せにすることを実行することなど出来ない。何よ
りもまず、私たちは共感する心を育むべきだ。世界には色々な種類の社会貢献が存在しているという
ことが私のこの結論を導いてくれた。実を言えば、Experience Japan Program 2015 に参加する前か
ら似たような考えは持っていたが、このプログラムによって私は自分の考えを再び確かめる事が出来
た。
○プログラムについて
・東京フェーズ
このプログラムで私たちは数多くの場所や人を訪ね、
社会貢献に着いて様々な視点から考えた。
東京では、信濃町シニア活動館・落合水再生センター・浅草・足立焼却場・日本財団・リディラ
バを訪ねた。信濃町シニア活動館は高齢者同士の相互扶助システムの構築を目指していた。この
人口減少・高齢化社会では、若者だけで高齢者を世話することは不可能で、それ故高齢者同士の
相互扶助は非常に重要である。この施設であった人々は皆笑顔であった。今でもその笑顔を思い
出せる程、そのことは印象的だった。
落合水再生センターは水の再利用のための浄化施設であった。水は人間にとって欠かせないも
のである。この施設で最も印象的であったのは、
私たちに説明してくれた人が、
定年後の方であっ
たことだ。定年退職をした後も、どのようにすれば社会に役立てるかを考え、実行していること
に感銘を受けた。私も定年後、誰かの役に立てるかなど考え、少し不安になった。
浅草では特定の施設を訪ねるのではなく、観光を行った。浅草という場所も、日本の文化を紹
介し、後世に遺していくという面で、ある種の社会貢献を行っているのだと感じた。
足立焼却場は、ゴミを焼却し、減量しているという点で社会に貢献していた。島国故に、埋め
立て地が限られる日本ではゴミの減量は非常に重要である。
日本財団やリディラバは明らかに社会に貢献している。日本財団はハンセン病患者の権利を保
障すること、リディラバは社会問題に対する人々の無関心を打破することを目的としていた。
62 参加者レポート
・福島フェーズ
南会津では、伊南の郷・南郷トマト選果場・前沢集落・祇園会館を訪ね、南会津の問題に対す
る解決策の提示を行った。また、EWM や町役所の方々を始めとした、南会津の住民から、何が
南会津の問題であるのか、それに対してどう思っているのか、どう解決しようとしているのかと
いったことに対して、直接意見を伺うことも出来た。南会津は人口減少と高齢化に直面している
都市の1つである。今の日本には同じような都市が多く存在している。2050 年には東京、大阪、
名古屋を除いたほぼ全ての都市で人口が減少するという予測もある。様々な組織が人口減少を食
い止めようとしているが、南会津もその例に洩れない。
伊南の郷は農業における新たなシステムをつくり出したという点で画期的であった。従業者は
週末に休みを取ることが出来る。農業の不人気理由の1つに、重労働というものがある。農業従
事者は毎日早起きをし、一日中働かなければならない。伊南の郷はそんな現状を打破出来るかも
しれない。
南郷トマト選果場はとても魅力的であった。南郷トマトの生産者は 6 月から 9 月だけで 1000
万円稼ぐらしい。この情報は私だけでなく、その他の農業を始めようとしている人にも同様に魅
力的であろう。
前沢集落では、人々は暮らしを守ったまま、その美しく伝統的な風景を動的に保存しようとし
ている。アミューズメントパークのようにその景観を守っている伝統的な場所は他にも多くある
が、前沢集落はそれらとは異なっていた。
祇園会館では、日本三大祇園祭の1つである会津祇園祭について学んだ。日本の伝統的な祭り
は次々と姿を消しつつあり、それらの日本の伝統文化を後世に遺していく大切さを学んだ。
○おわりに
このプログラムを通して、私は他人を助けようとしている、または社会問題を解決しようとしてい
る組織や人々が多く存在していることを知った。
組織形式が違っていようとも、
掲げている目的が違っ
ていようとも、その根底に流れている感情は共通しているように思えた。それは社会的に弱い人や事
柄を助けようという感情である。プログラムに参加している間いつも私はその感情を感じていた。
このプログラムは概して良く練られており、得るものが多かった。しかしながら、改善すべき点も
いくつかあった。1つには、最終的な目標の共有が不十分であったこと。最初の数日間、参加者は十
分に目標を理解していなかったように思う。最初から参加者が目標を十分に理解していれば、その後
のプログラムから得られるものはより多くなるだろう。もう一つには、文化交流が足りなかったこと
である。このプログラムの目的の1つに、お互いの文化や価値観を知るというものがあったが、自国
について紹介するイベントなどが無かったように思う。異なる文化を知ることは、新たな視点を得る
ことに繋がり、私たちの考えも深まるだろう。このプログラムがこれからも幾度となく開催され、そ
の度に改善していくことを願って止まない。
参加者レポート 63
利他の心を持つということ
堤 佳奈
日本 東京大学教養学部 2 年
「社会貢献」という言葉はよく耳にするが、具体的に何を以てしてそれを定義するのか考える機会
は少ない。自分も含め、漠然と将来的には社会に貢献できる人間になりたいと考えている人間は多い
と思う。実際社会にはどのような働き方があり、人はどのように社会と繋がり、その繋がりというも
のがどのようにして社会にとってプラスに働いているのか、
自分の目で見てみたいという気持ちから、
今回このプログラムに携わった。
結論としては、タイトルにも設定したように、利他の心を持つことこそが社会貢献と人々が言うも
のすべての根底にあるのだと考えた。利他というのは利己と対になる言葉であり、自分のためではな
く、他人や社会のためを思って行動することだと思う。相手のために誠心誠意尽くすこと、その相手
という対象は、一人かもしれないし、複数人なのかもしれないし、社会全体なのかもしれない。だが、
その対象のために考えて行動することが必要なのだと思う。
この結論に至ったのは、今回のプログラムを通して知った、様々な職業・社会人の方々の言葉から、
当たり前のことであるかもしれないが、どんな仕事でも社会と繋がっていて、社会にプラスになって
いるということに改めて気づいたからだ。例えば、リディラバの須田さんのご講演の中であった言葉
の中に、社会貢献とは自分のために費やすものではなく、際限のない情熱を持って楽しむこととあっ
た。今回のプログラムで出会った人は全て、働いているフィールドは違えども、皆、自分のためでは
なく他人のために志を持って仕事に従事していらっしゃったように感じる。そしてその仕事は全て直
接的とは言わないでも社会が幸せになることに繋がっていたのだ。
以上のように定義づけしたのはプログラム前半の東京フェーズにおいてであるが、その考えはプロ
グラム後半の福島・南会津フェーズでより確固としたものとなった。塩生さんを始めとする南会津町
役場の方々、西名さんを始めとする EWM の方々と共に、南会津を訪問させて頂いた中で、南会津の
方々がどんなに南会津が好きで人口減少に悩む町をどうにか改善させていこうと日々働いていらっ
しゃるかを見た。また、花泉酒蔵や伊南の郷、ホシッパの家などそれぞれの訪問先では、様々な地域
との関わり方を見た。
特に印象的であったのは花泉酒蔵でのお話である。花泉酒蔵は土地に根差した、地域に愛される地
酒を目指し、米作りからお酒の醸造までを行っていた。この地域でしかとれない水と米で作られた花
泉酒蔵のお酒は、このお酒を飲めばこのふるさとを離れていたとしてもこの地を思い出してもらいた
いという願いを込めて作られているそうだ。もちろん酒蔵であるだから、酒造りを通じた地域の結び
つきを強める活動というのはイメージしやすいものである。だが、花泉酒蔵の行っているプロジェク
トはこれだけには留まらない。花泉酒蔵のある南会津町南郷地区の人口は 2000 年に 3000 人であっ
たが、2015 年には 2200 人まで減少し、東京五輪の開催される 2020 年には 1500 人と 20 年で半
数にまで減ってしまうという統計予想も出ている。この背後には少子高齢化だけではなく、人口流出
という問題があり、上述の願いも地域のことを想っての願いであることが伺える。雪深い地域だから
64 参加者レポート
こそ、この地域だけで今まで物事が成立し、この集落だけですべてが完結していた。この集落内部の
強い結びつきは最早日本では見ることが難しくなってきている。これがあるからこそ、時代の潮流か
ら外れ立ち遅れてしまったのかもしれない。だが、酒蔵の方々は、この強い結びつきを逆手にとって
数々のプロジェクトを現在実行している。例えば、
「18 歳の酒」プロジェクト。これは、南会津に住
む高校 3 年生を対象に 1 年間米から酒造りを体験してもらい、成人式の日に自分が作ったお酒を飲
むことで地域に対する誇りを持ってもらおうと意図されたものだ。他にもヒメサユリが見ごろを迎え
る夏とスキーのシーズンとなる冬には観光客が多い南会津の地で、春と秋には観光客が来ないという
ことに問題意識を感じ、年間を通じた観光客の獲得のために、ツーリストたちの休憩所の設置やフェ
スの開催なども企画されている。これらのプロジェクトは対象となる高校生や観光客だけに利益があ
るものではない。これらのプロジェクトに携わった人たちもまた、地域のことを考え、地域のことを
知り、地域のことが好きになっていくのだ。
近年叫ばれる地方活性化の動きは、主体者が欠如しているようにも感じる。外部から来た人がコン
サルを行い、一過性のプロジェクトを行い、去っていく。これでは効果がない。その地域のことをよ
く知っているその住民たちの手で地方活性は行われるべきなのだと思う。
南会津はその点、
地域の方々
がどうにか地域を盛り上げようと様々なプロジェクトが行われており、たくさんの方々が南会津のこ
とを大好きでご活躍されているのだと肌で感じた。
おそらく、社会貢献だと私たちが感じるような仕事をしていらっしゃる方々は、自分たちの行って
いることを社会貢献だとは意識せずにおこなっているのではないだろうか。主体性を持って、目の前
の課題に真摯に取り組んでいることこそが、社会貢献に繋がるのではないだろうか。今回のプログラ
ムを通じて強くそのように感じた。自分のなかでこれから自分が何を志とし、どのような課題を選択
し、どのような職業に従事するかは大いに未知数であるが、今回のプログラムで感じたことを大事に
していきたい。願わくは、このプロジェクトがこの一回で終わることなく、第 2 回、第 3 回と続き、
南会津の方々との親交を深め、このプログラムも参加者だけでなく、誰かのためとなるような継続性
のあるプロジェクトになってほしいと思っている。
参加者レポート 65
何をやったかではなく、どう変わったか?
内藤 美織
日本 東京大学文学部 3 年
Experience Japan Program 2015 を経て、私が今後社会に貢献する上で一番心がけたいと考えるの
は、「成果に忠実であること」だ。
このプログラムでは、多くの方々のご厚意のもと、企業・財団・公共事業など様々な団体を訪問した。
中でも特に印象深かったのが、落合水再生センターと足立清掃工場の、社会インフラ系の2施設だっ
た。なぜなら、最も以前の「社会貢献」のイメージと遠く、しかし一方でもっとも「社会貢献」を身
に迫って実感できたからだ。
私は、社会貢献についてお話を伺う際には、その人なりの社会の問題点やあるべき姿を語ってもら
えることを期待していた。しかし 2 施設の職員さんは、
「ただ働いているに過ぎません」というスタ
ンスであり、当初は予想外に感じた。
しかし一方で、両施設のお話を伺っている中で、様々な発見があった。まず、ごみ処理・排水処理
の操作自体もユニークで学びが多い。次に、両施設の影響範囲の大きさに驚いた。これは社会インフ
ラならではだろう。最後に、より自分に引き寄せて、自分が出した排水やゴミがどう処理され、また
上水やリサイクル品という形で戻ってくるのか。普段意識していなかったこの当たり前のサイクル
を意識させられ、自分の生活がどれだけこの 2 施設の働きの上でなりたっているかに気付かされた。
このように両施設が自分に与える影響の大きさと、それにこれまで無意識であったことが衝撃的で
あった。
さて、両施設の職員の方は、特に「社会貢献をしている」という意識はなかったが、私の生活に欠
かせない影響を与えている。この実感は非常に意味のあるものだった。社会貢献に関しては、その人
の社会への思いや構想が注目され、評価される傾向にある。しかし人のためという社会貢献だからこ
そ、その成果こそが価値なのではないか。
もちろん、普段人が目を向けない、また目を背ける部分に取り組む視点や意識は非常に貴重だ。し
かしそこまででは何も解決されていない。私自身が社会貢献への「意識」は持っていると自覚してい
るからこそ、自戒の意味も込めて、
「意識より行動、行動より結果」という図式を強調したい。意識
や構想だけでは自己満足で止まってしまう。最終的な社会貢献の価値は、自分が何を思い、何をした
のかは関係なく、結果として「誰がどうなったのか」という部分に集約される。人のためを思って行
動したのに結果がでない、
というのは非常に苦しい事態だ。しかし本当に社会貢献をしたいのならば、
その行動で「誰がどうなったのか」に素直に向きあう姿勢がなによりも肝要ではないかと感じた。
以上が、プログラムを通しての「社会貢献とは何か」への私の回答だ。落合水再生センターと足立
清掃工場以外にも、多くの学びがあった。信濃町シニア活動館では、地域のひとりひとりに直に向き
合い、時に厳しいことも彼らのためには口にする、という姿勢が印象的だった。日本財団は、その影
66 参加者レポート
響力の大きさとそこからくる責任を自覚し、非常に緻密でフェアな活動をされていることを感じた。
またリディラバからのご講演では、これまでにないような斬新で練られた事業モデル、そしてこれを
着実に遂行していく実行力を感じ、このような団体が社会を変革していくのだろうと思わされた。南
会津町では、若い人口の流出という大きな流れの中で、多様な立場の方がそれぞれ何を考えているの
かに触れることができた。人口流出をとめるのは、難しいかもしれない。しかし南会津各地で、町を
盛り上げようという先進的な取り組みや、地元の文化への誇り、そして何より日々平穏に暮らす住民
の方の暮らしが見られた。若い人の流出が進みつつあるからと言って、決して「絶望の街」ではない
のだ。課題ばかりを意識すると町の良い部分さえも解決の「手段」と捉えてしまいうるが、まずは町
の自然な状態を認め、愛し、その上でよりよい状態を目指すのが良いと考えた。以上のようにそれぞ
れの立場の方々から、社会と関わる大きなヒントを頂いた。Experience Japan Program 2015 を受け
入れ支えてくださった全ての方々に、
参加学生全員にとってかけがえのない学びとなった事とあわせ、
感謝をお伝えしたい。
最後に、私がこの Experience Japan Program 2015 や、その他の MIS の活動を通して一番強く思っ
ていること。それは、私達と関わってくれている東南アジアの学生は、決して「支援対象」ではなく、
むしろ共に世界をよりよくしていく力強い仲間だということだ。彼らは私たち以上に目的意識・熱意
を持ち、それに向かって日々努力し、他国から学ぶ謙虚さを持ち、自国の事を本気で思っている。人
間として学ぶことばかりだ。
世界には自分の目的を持てず、未来にわくわくできないでいる人がいる。それのほとんどが社会、
環境のせいだ。運よく前へ進む力をもらっている私たちは、より多くの人が自分の意思を実現できる
社会に貢献することができる。アジアの頼もしい仲間と、将来にわたって切磋琢磨し続けたい。
今回のプログラムは、企画者としても、参加者としても大きな経験となった。参加してくれた 8
名、そして一緒にプロジェクトを作ってくれたメンバーとの出会いに感謝したい! Experience Japan
Program 2015 が、ひとりひとりを 1mm でも変えていくことを願って、このレポートを締めようと
思う。
参加者レポート 67
コミュニティデザインのあり方
松嶋 達也
日本 東京大学教養学部 2 年
1―プログラム概要
今回のプログラムのテーマは「社会に貢献するとは何か」であった。このテーマは将来を担う学生
が社会に貢献する際の自分なりの視点とモチベーションを獲得することを目標として設定されてい
た。また、MIS としては初めての大規模な日本における活動 ( 自社会における活動 ) ということもあり、
「私たちが自社会のなかでいかに生きていくか」を個人的なテーマとしてこのプログラムに臨んだ。
プログラム前半は、東京において社会における様々なアクターが活動する現場を視察し、社会とそ
の内部の人々とのつながりを考え、社会に貢献するにあたり自分が重視する事柄を考える機会となっ
た。
また、プログラム後半は福島県南会津町に移動し、東京で得た学びを生かしつつ、住民の方々の暮
らしとその中に存在する社会問題を観察し、問題に対する解決策を考える機会となった。
2―結果 · 考察
○プログラム前半では東京で複数の現場を見学したが、その中で特に私にとって重要な学びが得られ
た現場について述べる。
・信濃町シニア活動館
プログラムで最初の訪問先である信濃町シニア活動館は、地域の高齢者やシニア世代の人々
が地域活動を行うための拠点として設置されている。一般的な公民館などで行われている高齢
者向けの講座とは異なり、地域に住む高齢者が自発的にサークルを立ち上げ、参加者だけでな
く講師も地域の高齢者が担当するなど、
地域における自然な形での助け合いが実現されている。
また、一般的な高齢者向けの施設は定年後の 60 歳以上が対象になっていることが多いが、信
濃町シニア活動センターでは対象を 50 歳以上に設定しており、現役のシニア世代も徐々に地
域の高齢者のコミュニティに入ってゆけるように考えられている。信濃町シニア活動館には吹
き矢や外国語講座が実施されているだけではなく、
来館者が利用できる浴室も設置されている。
これは、地域の銭湯が減少しつつあるいま、シニア活動館での活動に参加するのではなくても
気軽に地域の高齢者が家の外に出て、住民と交流する場をつくるためである。
以上のように、信濃町シニア交流館は地域の高齢者やシニア世代の住民の間に自然に交流が
生まれるように設計されている。この施設を訪問するまで、高齢者向けの行政サービスという
と講座を行政 ( 施設 ) 側が設定して、
その講師や道具を行政側が用意するというイメージがあっ
た。そのため、
「日本にはよくある高齢者向けの施設だろう」と思っていた私の予想を大きく
上回っていた。高齢化が進み、孤独死が深刻な社会問題となってきている日本社会において、
高齢者が健康な生活を送るためのベースとなる施設やサービスの需要が高まってくることが予
想される。現在、この需要の増加は社会的な「負担」であるとみなされているが、根底に高齢
者を支援するのは行政であるといった固定観念があるのではないかと思う。高齢者を支援する
対象とみなし直接高齢者に働きかけるのではなく、この施設のように高齢者どうしのつながり
をコミュニティの一つとしてとらえ、そのコミュニティ内での助け合いを生み出すような場づ
68 参加者レポート
くりという視点が重要になってくるのだと思った。
・リディラバ
プログラム 4 日目にはリディラバの学生メンバーの方から話を伺った。リディラバは社会
問題に対する人々の無関心を打破することを目的に、社会問題の現場を訪れることができるス
タディーツアーを企画したり、社会問題を発信するメディアを運営したりしている。人々が社
会問題に向き合うにあたっての障害 ( 壁 ) を分析し、そこから事業を定義づける論理性も興味
深かった。一つ目の壁として、そもそも人々が興味関心を持っていないという壁、二つ目の壁
として、社会問題の現場が可視化されないという壁、三つ目の壁として、社会問題との物理的
な距離が近くても心理的な距離が遠く、社会問題を見ようとしていない現場の壁が存在して
いると分析していた。それらの壁を打破して、ひとりひとりが気軽に社会問題の現場を訪れ、
理解して、解決策を考えるきっかけを作るために、社会問題を伝えるツールとして旅行 ( スタ
ディーツアー ) に新しい価値を持たせている。実際に、農業の問題に関するスタディーツアー
参加者の中から、問題に関心を持ち農村に移住し活動を行う参加者が生まれるなど、生の現場
を見ることで、社会問題と向き合う動機づけをし、共感者を増やして、問題解決に向かう人々
を増やすことができている。
このリディラバの説明を聞く中で、事業を行う上での論理やアプローチを考えることの重要
性を認識した。特定の問題に対し、解決策を考え実行するのではなく、社会問題がなかなか解
決しない構造を分析して、その構造に変化をもたらそうとしている点で、私にとって新しいア
プローチであった。
しかし、この後に実際に社会問題を解決する段階は必要になる。リディラバの行う社会の無
関心を打破する活動と、それに刺激された人々が実際の社会問題を解決するという段階の接続
も考える必要があると思った。社会問題の現場を見て関心を持ったが、その後自分はどうすれ
ばいいのかわからないと思う人々も多いのではないかと感じた。
また、学生が自発的にスタッフとして活動する組織であるということにも興味を持った。中
心部には仕事として活動するスタッフがいるものの、お話をしてくださったメンバーの方のよ
うにスタディーツアーの企画など、かなりの部分で学生が活動している。経験を求める学生と
その期待に応えながら事業を行う団体という関係は、運営上重要な役割を果たすと感じた。そ
の一方で、学生は仕事としてではなく、学業の傍らで活動しているため、事業の質を担保する
組織づくりが重要な要素になるのだと思った。
・落合水再生センター ・ 足立清掃工場
プログラム 2 日目には落合水再生センターを、プログラム 3 日目には足立清掃工場を訪問
した。どちらも使用済みの水の処理や家庭や事業所から出されたゴミの処理を行っており、住
民が健康な生活を送るうえで不可欠な施設になっている。水処理施設の上を公園として地域に
開放したり、ごみを燃焼する際に発生する余熱を地域の高齢者施設やプールに配ったり、施設
の外壁を緑化して圧迫感を軽減したりするなど、施設と周辺住民 · 地域との調和を図るための
取り組みが数多く見られた。話を伺っていく中で、2 つの施設でお話しくださった方々は、社
会に貢献しようという意識を持っているわけではなく、当然のこととして事業を行っていると
いう態度であるように感じた。その結果として住民は清潔で健康的な生活という人間として最
も重要なものを享受することができている。このことから、
社会のために何ができるかを考え、
行動することだけが社会貢献であるという訳ではなく、社会の中で求められていることに応え
るボトムアップの活動も十分に社会に貢献する活動であると思った。
参加者レポート 69
○プログラム後半では、福島県南会津町において町という一つのコミュニティに注目し、そのコミュ
ニティの現状をフィールドワークにより調査した。
南会津町に到着後、
南会津町役場商工観光課の塩生様に町の概況について説明していただいた。
南会津町は近年、若者の流出に伴う人口減少と高齢化が問題になっていることを知った。南会津
町内には大学がなく、高校まで町内で生活していた若者が町の外にある大学に通うために町を出
てしまうケースが多いらしい。現状として人口は 2 万人を割り高齢化率は 35% 超と県下 8 位の
水準となっている。
この説明を聞き、南会津町での滞在が開始した直後は、人口減少や高齢化が町の問題であると
とらえていたが、滞在後半になるにつれ、私の認識が変化した。確かに、人口減少→税収減 ・ 利
便性の低下→若者の流出→さらなる人口減少という負のスパイラルの根底には人口減少や高齢化
が存在し、このスパイラルを断ち切ることができれば問題は解決できるように思える。しかし、
南会津町での滞在が進むにつれ本当に「問題」となっていることは何であるのだろうかというこ
とを考えるようになった。以下、町に滞在した際の気づきを述べる。
南会津町では毎年 7 月に日本三大祇園祭の一つである、会津田島祇園祭が行われており、田
島地区にはその伝統を紹介する会津田島祇園会館が存在する。プログラムで南会津町を訪問した
のは祭が終わって 2 週間ほど経過した後であったが、EWM の職員の方々も祭に参加しており、
祭に関する説明を伺うことができた。町中にもポスターが貼られているなど町と由緒ある祭が密
着している様子を知ることができた。
また、別のグループに参加していたため、実際に見学することができなかったのだが、花泉酒
造の「18 歳の酒プロジェクト」に注目した。南会津町は酒造会社が 4 社存在し、日本酒の製造
が盛んである。このプロジェクトは地元の高校 3 年生が米作りから酒造りまでを経験し、自分
たちの手でつくった酒を 2 年後の成人式の際にプレゼントしようという企画である。南会津町
滞在初日のショートレクチャーにもあったように、南会津町内には大学がなく、高校卒業ととも
に町を出てしまう若者が多い。そのため、若者に生まれ育った町をどう意識し、愛着を持っても
らうかが課題になる。町内の酒造会社から始まったこの取り組みは、人口減少が深刻化している
町の状況を変えようとする活動の一つであるといえるだろう。
以上のように、
コミュニティの
「伝統」
や
「地場産業」
というものは町のアイデンティティとして、
住民と地域や住民どうしを結びつける重要な担い手になると思う。私は、生まれてから 19 年間
横浜市青葉区という高度経済成長期以降に急速に宅地化が進み、新規に「造られた」町で生活し
てきた。もともと地域に馴染みの無い人たちが集まり、数十メートル先の住民を知らないような
環境で生活している私の周辺の環境と比較して、一つの物語として地域の伝統や文化を共有して
いることは、うらやましくもあり、コミュニティを存続させる上で大きな強みになるものでもあ
り、守ってゆく必要があると思った
南会津町における滞在を通じて、当初「問題」であると思っていた人口減少や高齢化といった
ことは「問題」なのではなく「現象」に過ぎないのではないかと思うようになった。つまり、南
会津町というコミュニティの中で人々が生活するにあたり支障が出ていること、不便だと思って
いること自体が問題なのであると思うようになった。確かに、たとえば、町の中心部である会津
田島駅周辺とつなぐ路線バスの本数が少なく利便性が低いという「問題」は、町の人口減少が原
因となっている可能性もある。しかし、広い目で見ると日本全体で人口減少が進行している。そ
のため、他の地域から人々を呼び寄せようとしても、結局は「減りゆくパイの取り合い」になっ
てしまい、長期的に問題自体は解決することができないと考えられる。今後人口は減りゆくもの
ということを前提に、何が生活をする上で「問題」となっているかをとらえ、人口減少に適応す
70 参加者レポート
るための取り組みを一つ一つ進めてゆく必要があるのではないかと思った。
その際「誰が」取り組みを行うのかという疑問が生まれる。私はその活動の担い手は、従来の
ような「行政主導」ではなく、そのコミュニティの住民やそれを支援する人々に変わってゆく ・
変わってゆくべきなのではないかと思う。一般的に、人口減に伴い自治体自身の税収が減少 ・ 国
からの交付金も減少して、現状の行政サービスでさえも維持してゆくことは難しくなってゆくと
予想される。
そのような状況下で、
理想的なコミュニティにおける生活を実現するのはそのコミュ
ニティの住民自身ということになるだろう。もちろん、そのままでは変化を期待することは難し
いかも知れないが、都市部や他の地域には日本の地方の問題に関心を持っている人々 ( 若者 ) も
いる。その人々による、新たな視点や技術を織り交ぜながら、自分たち自身でコミュニティを理
想に近づけるという創発の場を創ることが重要になってくるのだと思った。私は 19 年間の人生
の中で、このプログラム以前には「地方」とほとんど関わりを持ったことがなく、そのイメージ
も「人口が減っていて、高齢化が進んでいる」といった漠然なものであった。日本の問題、特に
地方の問題に興味があるが、問題が広すぎて何にアプローチすればいいのかわからないといった
若者も多くいるのではないだろうか。私は数日間であるが、南会津町に滞在することで「地方」
というものに対するイメージがスケール感を持った具体的なものになったと思う。東京フェーズ
でお話を伺った、リディラバのように、実際に「問題」の現場を見に行くことの重要性を痛感し
た。「地方」に興味がある若者がその現場を見に行くハードルを下げることにも、問題を解決す
るための一端があるのではないかと考えた。
南会津町での滞在を通じて、コミュニティがいかに理想像を描き存続してゆくかということに
関心を持つようになった。プログラムを通じて、町の良さを知り、その姿をリアルなものとして
とらえることができるようになった。しかし、まだまだ知ることができていない部分が多く存在
することも確かであり、今後も南会津町を訪れ、町のことをもっと深く知り、考えてゆきたいと
思った。
○プログラムを終えて気づいた認識の変化
第一に、このプログラムのテーマとなっている「社会に貢献する」ことまたは「社会貢献」に
ついての認識である。
以前は、「社会貢献」というと NPO や NGO の活動、企業の CSR などを想像していた。世間的
にも社会貢献という語が持ち出されるのは、非営利の活動などを指す時が多い。しかし、プログ
ラムを作る過程で営利活動などの一般の活動も、社会と関わりを持っているという点で、社会に
貢献しているといえるのではないかという仮説を持つようになった。
結果として、プログラムを通じ「何か社会をよくしてやろう ・ 変えてやろう」という強い意志
を持ってする活動だけが社会貢献ではなく、足立清掃工場や落合水再生センターで見たように、
ボトムアップの活動の結果も十分に社会に貢献しているといえるのだと認識を改めることになっ
た。よりよい社会を考える上で、目立ったり新しい活動をしたりしている構成要素だけに目を向
けるのでなく、ボトムアップで足下から社会を支えている存在にも目を向ける必要があると感じ
た。
次に、
「国際協力」に関する認識である。一般的に、国際協力という語は ODA( 政府開発援助 )
などの「開発途上国支援」という文脈で使われることが多い。実際に、JICA( 国際協力機構 ) の
ホームページ内の「国際協力とは」というページでは、
「国際社会全体の平和と安定、発展のた
めに、開発途上国・地域の人々を支援することが、国際協力です」との記述がなされている。確
かに、グローバル化の進んだ現代社会において、開発途上国の問題は私たちに無関係な問題では
参加者レポート 71
なくなってきている。さらに、マクロに見て、経済的に成長しつつある開発途上国のさらなる産
業の強化による相互の利益を確保する役割、開発途上国とのパイプ作りという外交手段としての
役割も存在している。
しかし、国際協力は「経済的な先進国が開発途上国に援助を行うこと」だけなのであろうか。
私は、2015 年 2 月から 3 月にかけ JICA 主催の大学生国際協力フィールド · スタディ · プログラ
ムに参加た。そこでは、3 週間程度カンボジアに滞在し国際協力現場におけるフィールドワーク
を行い、持続可能な社会の発展や国際協力とは何かを考える機会を得た。NGO 大国とも呼ばれ
るカンボジアでは、多様なアクターが様々な国際協力活動に従事しているが、同時に過剰な支援
合戦となっていたり、国際協力活動を通じて建設された設備の維持に関する技術が移転されず、
現地住民が利用できなくなっている設備が存在していたりする。このプログラムを通じて私は以
下のような結論を得た。
あるコミュニティにおける問題は、そのコミュニティに一番長く住んでいて一番影響を受
ける住民自体が解決法を選択しなければいけないということに気付いた。国際協力とは住民
がコミュニティの将来像を作成することを促し、選択のための情報提供を行うことや、その
将来像の実現のための技術提供を行う、といった受動的なものであるべきなのではないかと
いう結論に至った。以上のような国際協力活動において、そのコミュニティの内部で将来像
の実現に向けた自発的な活動のサイクルが起こるように設計することが、国際協力に携わる
者の責任であるのではないかと考えた。
このように、「協力」という視点で国際協力を考えるとき、国際協力は支援国 · 被支援国とい
う一方的で固定的な構造をもつものではないと思う。他国からの情報提供や技術提供を受けなが
ら自国の将来像を選択し実現するという構造は、いわゆる先進国と開発途上国の双方に成立しう
るものであろう。どんな国の人びとと交流しても、どんな国へ行っても、文化や生活を知り体験
することで気付きや学びを得ることができ、
自分の文化や生活を客観視し見直すきっかけになる。
しかし、現状として、日本は他国と価値観を交流して自国の問題の解決に生かすということが意
識されていないように思う。ここには、先に経済的に発展した先進国という「エゴ」があるので
はないかと考える。よく先進国の国際協力活動が「価値観の押し付け」と言われることがあるが、
その理由の一端は他国を体験して客観的に自国を見つめるという視点の欠如にあるように思う。
そのような面で今回の Experience Japan Program は真の国際「協力」につながる可能性を持っ
たプログラムであったと言える。MIS は今まで東南 · 南アジア諸国において現地の学生と交流し、
その国の社会問題解決に取り組んできた。学生同士の交流をベースとした社会問題解決にとりく
むという面で、いわゆる学生団体の国際協力活動と一線を画していたものの、私たちが暮らす日
本社会について直接考える機会は設けられておらず、
相互的な国際「協力」は実現できていなかっ
た。しかし、当プログラムは MIS としては初めて東南 · 南アジア学生を日本に招き、日本人と外
国人学生がともに日本の社会や問題について考えるプログラムであった。日本人学生にとっては
外国人学生の視点を取り込みながら、自社会のあり方を考え、その上に存在する問題を考える機
会に、外国人参加者にとっては、各々レポートに書いていたように、社会への向き合い方を考え、
自社会を客観的に見つめる機会になっていた。これは上に述べた国際協力活動の第一歩となるも
のであると思う。
確かに、参加者それぞれが抱いた「気付き」を実社会へフィードバックする段階は実現するこ
とができていない。今回のプログラムでは、南会津町内での問題発見とその解決策の提案という
形でアウトプットの機会はあったが、実際に私たちがその解決策を実践する段階になるまでには
まだかなりの分析と考察が必要であるだろう。今後は、当プログラムで不十分だった点 ( 意見共
72 参加者レポート
有のファシリテーションやスケジュールなど ) の改善とともに、プログラム単体として完結させ
るのではなく、理想とする社会を実際のアクションを伴って叶えられる枠組みにする必要がある
と考える。
今後の MIS の活動が、東南アジアをはじめとする海外諸国、そして私たちの生活する日本社
会において、学生が自分の社会の理想像を考え、その理想像の実現に向けた活動を起こす創発の
場となることを祈っている。
3―結論
プログラム全体を通じ私が得た結論は以下である。
「社会に貢献する」とは、
「コミュニティの目指す理想像を考え、それに向かって活動すること」で
ある。
活動するアクターはコミュニティの住民でもあり得るし、住民に視点や技術をもたらす人々でもあ
り得る。また、活動の切り口は、特定の問題を解決しようとする活動から、日々の生活を支えるボト
ムアップの活動まで多様に広がっている。
そのなかで、重要なのはいかに社会とつながるか ・ 関わってゆくかという一人一人の視点であると
考えた。現在、私は工学部に所属し、技術の実社会への応用に関して学んでいる。今後、技術を提供
するといった形で様々なコミュニティの理想像の実現に携わるということが私なりの社会への貢献の
仕方であると思うようになった。
最後に、プログラム運営にあたりご協力くださった皆様、こちらの不手際も数多くあり、多大なご
迷惑をおかけいたしました。皆様のお力添えのおかげで、プログラムを事故無く、実りのあるものと
して終了することができました。深く御礼申し上げます。
参加者レポート 73
シンプルに、社会とつながる
山越 遼一
日本 東京大学教養学部 1 年
このプロジェクトは私にとってはとにかく衝撃的すぎた。その理由は大きくわけて四つある。
第一に、このプロジェクトが私にとって初めてのサークル MIS の中でのプロジェクトだったこと。
私は MIS をそんなガチガチに真面目にプロジェクトを行うサークルと認識していないのでそのギャッ
プには衝撃だった。
第二に、私はこのプロジェクトに唯一の四期として参加したということ。周りに不安や不満を吐露
できる同期の存在はなかった。
(ベトナムのプロジェクトに参加してその苦境を改めて実感した。)ま
た周りはすでにこのサークルを経験した二年生以上の人のみ。このプレッシャーは今までに感じたこ
とのないものであった。
第三に、プロジェクト自体の内容である。今までの私は社会貢献などということはこれっぽちも考
えずただひたすらに自分のしたいことだけして生きて来た。そのため、知識がない分このテーマは馴
染みなく考えづらいものだったが、なるほどこういった社会貢献もあるのか、社会貢献とはそもそも
こういうものなのかと改めてしれた。
第四に、参加者たちである。まず外国人参加者について。私は今までも外国人の友達はいたが、オ
ンラインゲームで知り合った仲にすぎず、知的な印象を受けるはずもなかった。だが、このプロジェ
クトに参加した人たちは違う。将来のことを聞けばとてもしっかりした回答が返ってくるし、個々の
見学地についてもしっかりした意見を各々が持っていた。また日本人参加者は外国人との交流に慣れ
た様子で、積極的なコミュニケーションをとっていたし、
彼らも各々がストロングなオピニオンを持っ
ていた。これらの参加者のおかげで、私は自分一人では得られなかったであろう社会貢献の観点を得
られることができた。
まずは福島県南会津町で私が行ったこと、そこで得られたものについて話したい。 トマトの農園
やトマトを保存、出荷している施設を見た。そこで農業の大切さについて改めて知らされた。南会津
ではトマトが名産であるようで、それが町の経済を支える一役を担っている。都会での生活に慣れて
いる私にとって農業などの第一次産業が経済を支えるということは想像に難かったが、南会津の人の
生活を見るにつれそれが生活の一部、
つまり食の部分を根本から支えているのだとわかった。さらに、
トマトを効果的に管理し出荷して、人々の食卓に並ぶまでには多大な苦労や費用がかかっており、そ
こには人々の団結や様々な工夫が存在していることがわかった。例えば、トマトを保存するのに冬に
降った雪を凍らせたままにして利用するというものだ。あるいは、人々の団結という点で言えば、彼
らの工場には談笑のスペースがきちんととってあり、酒の缶が大量に積まれていた。普通の人にとっ
てはただの酒の缶であるが、私はそこにそこで働く人々の絆というものを感じ取った。したがって、
社会貢献には当然人々の生活を支えるものが含まれるし、それが人々の生活を支えるに至るまでには
人々の絆に基づいた労力や日々の工夫が含まれると私は考える。
74 参加者レポート
また生活の一端を担うという観点から言えば、
東京フェーズで見学した、
清掃工場や水再生センター
も含めて問題ないであろう。両者ともに食同様、私たちの生活に欠くことのできないものであり、そ
れを生み出す現場にも絆によって結ばれた人々の努力の断片を見出すことができた。
南会津の話に戻すが、伝統文化の維持という観点でも気づけることがあった。伝統文化は社会その
ものの根底に古くから通じるものであり、
その社会に暮らす人々をそこに強く結びつけ続けるものだ。
つまり、社会の存続にとって伝統文化は無くてはならない存在だと言える。よって、伝統文化の持続
を何らかの方法で保つこともまさに社会貢献だと言えよう。具体的に私の見た伝統的なサムシングと
いうと、先程述べたトマトである。また私は見ていないが、祇園祭などがあるそうだ。そして、私の
故郷と照らし合わせてみるとさらに明確である。私の故郷、桐生という街は絹織物業で大変有名であ
り、それは人々の生活と密接に結びついていた。しかし、近年それを継ぐものが減りに減り、それと
ともにこの街も衰退傾向にある。哀しくもあるが恐らくそういうことなのだろう。
これらから私の結論はこうだ。社会貢献とは、社会に住む人々が絆をもとに、その社会、つまりは
その社会に住む人々の生活の断片をなすもの、またはそれと密接に関わり合うものを生み出す、維持
することである。
参加者レポート 75
7
収支報告
本件事業については、以下のとおり収支についてご報告いたします。
※金額表示単位:円
○収入の部
項目
参加費
助成金
合計
金額
積算内訳
735,000 東南アジア学生参加費
日本人運営参加費
団体参加者参加費(前半)
団体参加者参加費(後半)
外部参加者参加費(全日程)
外部参加者参加費(前半)
外部参加者参加費(途中抜)
400,000 双日国際交流財団助成金
南会津町合宿誘致推進事業助成金
1,135,000 ○支出の部
項目
渡航費
宿泊費
国内交通費
食費
会場費
活動費
印刷費
その他
合計
収支差額
金額
積算内訳
内訳額
備考
295,000 外国人航空券補助
上限 7 万円 / 人
113,600 国立オリンピック記念青少年総合センター
113,600 1,600(円)× 71(泊)
CloudCamp(株式会社EWMファクトリー)
0 152,200 外国人都内交通費
27,500 5,500(円)× 5(人)
日本人都内交通費
55,000 5,000(円)× 11(人)
東京‐南会津町移動費 ( 団体乗車 )
66,960 2,480(円)× 27(人)
その他
2,740 南会津→東京 個人
253,415 食事(朝・昼・夕)
244,001 都内飲食店など
その他食費
9,414 飲用水など
9,900 国立オリンピック記念青少年総合センター
9,900 ミーティング会場
会津山村道場教室
0 発表会会場
40,000 トマト収穫体験
30,000 有限会社 伊南の里
伝統料理講習
10,000 NPO 法人はいっと
40,000 資料印刷費
10,000 インク、用紙など
実施報告書製作費
30,000 製本代など
75,164 招聘費用 準備費用
979,279 155,721
※収益については次年度に開催予定の同事業に積み立てる。
76 内訳額
備考
250,000 50,000(円)× 5(人)
350,000 50,000(円)× 7(人)
15,000 15,000(円)× 1(人)
25,000 25,000(円)× 1(人)
50,000 50,000(円)× 1(人)
25,000 25,000(円)× 1(人)
20,000 20,000(円)× 1(人)
300,000 100,000 Experience Japan Program 2015 実施報告書
2016 年 3 月 1 日 発行
発 行
特定非営利活動法人 MIS
E-mail [email protected]
発 行 者
松嶋 達也
カバーデザイン
山崎 栞奈