論 説 自治体における行財政改革の日韓比較 金 宗 郁 Ⅰ はじめに 地方分権改革は,経済のグローバル化とともに 年代以降世界各国 において中央集権的な行政国家の弊害を是正し国家の競争力を高めるため の有効な手段と認識されてきた。こうした地方分権の流れは日本と韓国に おいても同様であり,両国は中央集権による首都圏への集中と国家競争力 の低下などを克服するため,新自由主義と新公共管理(NPM)の下で地 方分権改革を進めてきた(ガン・ヒョ, とりわけ, : ;宮本, : − ) 。 年以降,日本と韓国における地方分権改革は自治体への 権限・税財源委譲の下で,地方の自己決定・自己責任の強化という共通性 を有している。たとえば,日本の場合,第一分権改革ともいわれている 年地方分権一括法に引き続いて, 案が提出されて て韓国においても 年 月に地域主権改革関連法 年 月の地方自治法改正に至っている。これに対し 年の地方分権特別法の制定以降,地方への権限委 譲と税財政改革が推進されてきた。これに伴い,両国の自治体が行ってい る行財政改革も活発となっており,そのツールも非常に多様化されつつあ る。その中でも 年代以降行政領域に取り入れられてきた NPM のよ うな民間企業のマネジメント・ツールは両国の自治体においても広く普及 ( ) 香川法学 巻 ・ 号( ) されている。たとえば,各種の評価システム,目標管理制(MBO) ,バラ ンス・スコアカード(BSC) ,民間委託などがそれにあたる。 そこで,本稿では両国の自治体関係者に対するアンケート調査から得ら れたデータに基づいて両国の自治体が行っている行財政改革のツールを検 討することにより,両国の自治体がもつ類似点と相違点を探ることにした ! い。具体的には,まず,近年の両国における地方分権改革の推進状況をま とめた上で,両国の自治体が置かれている行政環境を検討する。次に,両 国の自治体が行っている行政改革の手法を比較しながらその特徴と相違を 検討した上で,両国の相違をもたらしている背景を明らかにする。 Ⅱ 日本と韓国における地方分権改革の現状 .地方分権改革の推進経緯 日本と韓国がもつ地方制度の特徴としては単一制の 層制を採用してい ること以外に,組織・人事における中央関与,機関委任事務の存在,地方 交付税,国庫補助金などの数多くの共通点を有している。こうした国レベ ルでの類似した地方制度の特徴に対して自治体レベルでの特徴をみると, まず目を引くのが両国における自治体がもつ活動量と規模の違いである。 自治体の規模においては,全体的に韓国の自治体が日本のそれに比べて規 " 模(人口)が大きいのが特徴である。また,自治体の所管事務に関わって いる活動量からすれば,日本の自治体に比べて韓国の自治体が行っている 活動量は少ないといえる。たとえば,中央政府を含めた政府全体の支出に ! 本調査の実施にあたっては文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)「政治改革 と選挙過程に関する国際比較研究」 (課題番号: 代表者:小林良彰)から助 成を受けている。アンケート調査については以下のとおりである。日本においては 都道府県及び 市の首長(回収率; .%) , 都道府県及び 市の議長(回 収率: .%) , 市の政策担当の職員(政策調査,回収率: .%)を調査対象 とし,郵送調査を行った。また,韓国においても 広域市・道及び 市郡区の首 長(回収率: .%),議長( .%),政策担当の職員( .%)を調査対象とした。 " 日本の基礎自治体が平均 万であるが,韓国の場合, 万を超えている。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) おける自治体が占める支出規模の面では,日本の自治体が ている状況が続いているのに対して韓国の自治体は, 増えているが %を下回っている状況である(図 図 % 60 %を上回っ 年以降徐々に ) 。 両国における自治体の支出規模 地方政府の支出規模 50 40 30 20 日本 韓国 10 0 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 データ:日本「地方財政統計年報」 韓国「地方財政年鑑」 年代以降,世界中に広がっていた分権型社会への関心は日本と韓 国においても改革課題の中でも中心的な論点となり,首都圏集中の解消に よる地域の均衡的な発展,自治体への権限・税財源委譲の下で地方の自己 決定・自己責任の強化を目指して多様な制度改革が行われてきた。 まず日本の地方分権改革について簡単に振り返ってみると, 年の 地方分権推進法により地方分権推進委員会の設置とともに 次にわたる勧 告と最終報告が出され, 年に第一次分権改革ともいわれる地方分権 一括法が成立された。地方分権一括法の施行によって従来の集権システム の特徴であった機関委任事務が全面的に廃止されて自治体の事務は自治事 務と法定受託事務へ再編成され自治体の条例制定権が拡大されたと評価さ ( ) 香川法学 巻 ・ 号( ) れた。また,自治体に対する国の関与も一般ルール化されるとともに廃 止・縮減され,自治体の自己決定・自己責任の強化,国と地方の関係にお ける対等・協力関係が目指された。一方,地方分権推進委員会の最終報告 では,残された課題として,地方財政秩序の再構築,自治体の事務に対す る法令による義務付け・枠付け等の緩和,新たな地方自治の仕組みに関す る検討,事務事業の移譲,住民自治の拡充方策などが示された。 その後,地方財政秩序の再構築と地方財政の強化を目指した地方税財政 改革としては 年三位一体改革が行われた。その結果,国の国庫補助 負担金が約 . 兆円削減され,それに伴い自治体に約 兆円の税源移譲が 行われた。さらに,地方交付税については 年度から 年度にかけ て臨時財源対策債を含み約 . 兆円が抑制されるようになった。しかしな がら,三位一体改革に対しては,地方交付税の削減などによる地域間の格 差が広がったという自治体関係者から強い批判が噴出した。 第一次分権改革で残された課題については, 年に地方分権改革推 進法が制定されて地方分権改革推進委員会の下で法令による義務付け・枠 付けの見直し,権限委譲,国の地方支分部局の縮減などが検討された。ま た, 年政権交代後, 議決定され, 年 月 日には「地域主権戦略大綱」が閣 年 月に第 次地域主権改革一括法(「地域の自主性及 び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律に関する法 律」 ) , 月に第 次一括法が公布されて義務付け・枠付けの見直し,条例 制定権の拡大,基礎自治体への権限委譲にかかわる法律が整備されるよう になり,現在までに至る。 これに対して韓国においても 年 月に政府革新地方分権専門委員 会が「地方分権推進ロードマップ」を作成し,これに基づいて 年 月には「地方分権特別法」が制定されて,地方分権推進のための制度的な 基盤が構築されるようになった。 「地方分権推進ロードマップ」では つの基本方向と の主要課題が提 示されており,それによる分権型先進国家の建設を目指された(表 ( ) ) 。 自治体における行財政改革の日韓比較(金) つの基本方向とは,①中央−地方政府間の権限再配分,②画期的な財政 分権の推進,③地方政府の自治行政力量の強化,④地方議政の活性化及び 選挙制度の改善,⑤地方政府の責任性の強化,⑥市民社会の活性化,⑦協 力的な政府間の関係定立である。 その結果,国家事務の地方への移譲(移譲確定事務 件移譲( .%) ) ,済州特別自治道( 件のうち, 年 月) ,リコール制( 年 月)の導入など一定の成果を上げることができた。また,教育自治制度 については従来の教育委員会を市・道議会の常任委員会に転換して,教育 委員及び教育監が住民の選挙により選出されるようになった。しかしなが 表 基 本 盧武鉉政府の地方分権の基本方向と課題 方 向 主 要 課 題 .中央地方分権の推進基盤の強化 .中央権限の画期的な地方移譲 中央−地方政府間の権限の再配分 .地方教育自治制度の概念 .地方自治警察制度の改善 .特別地方行政機関の整備 .地方財政力の拡充及び不均衡の緩和 画期的な財政分権の推進 .地方税制度の改善 .地方財政の自律性の強化 .地方財政運用の透明性・健全性の確保 地方政府の自治行政力量の強化 地方議政の活性化及び選挙制度の改善 地方政府の責任性の強化 市民社会の活性化 .地方自治権の強化 .地方政府の内部革新及び公務員の力量強化 .地方議政の活性化 .地方選挙制度の改善 .地方政府に対する民主的な統制体制の確立 .地方政府に対する評価制度の改善 .多様な住民参加制度の導入 .市民社会の活性化の基盤強化 .中央−地方政府間の協力体制の強化 協力的な政府間の関係定立 .地方政府間の協力体制の強化 .政府間の紛争調整機能の強化 資料:政府革新・地方分権委員会( ) ( ) 香川法学 巻 ・ 号( ) ら,自治警察制度については具体的な実現までに至らなかった。さらに, 権限委譲に関しても持続的な権限委譲にもかかわらず国と地方の事務が : にとどまり,地方の不満は依然として残されたと言わざるを得ない (パク, : ) 。 これに引き続いて李明博政府は, 年 月 日に政府の 大国政 課題の中で,地方行政体制の改編,広域経済圏の構築,自治警察制度等を 取り上げながら,前政府の政府革新・地方分権委員会と地方移譲推進委員 会を統合して「地方分権促進委員会」を新たに立ち上げて地方分権の推進 を目指した。地方分権促進委員会が掲げる地方分権の課題では, つの分 野(権限及び機能の再配分,地方財政の拡充,自治力量の強化,協力及び 共感帯の拡散)と の細部課題が盛り込まれており,前政府が掲げた分 権改革の課題を引き継ぐ内容であった(表 ) 。しかし李明博政府におけ る地方分権改革は,前政府の成果に比べて乏しい結果となったと言わざる を得ない。たとえば,権限移譲においては移譲確定事務 , ( 年 月現在) , 件の移譲( 件のうち 年 月現在)にとどまっており, 自治警察制度の導入も先送りされた。さらに,法人税,所得税等の減税に よって地方交付税と地方税の減少となり,自治体の財政自立度が大きく損 ! なわれた結果となった。 以上のように,両国の地方分権改革において主な方向性は国からの地方 への権限・税源移譲を通じた自治力量の強化であるものの,それぞれの成 果については一概に言えない状況である。そこで,本稿の調査データから 両国の地方分権改革に対して両国の自治体関係者はどのように評価してい るかについて検討してみる。 ! 年から 年の 年間,自治体における税収減少額は , 億ウォンであ り,自治体の財政自立度も 年現在 .%で過去最低の数値となった( 年 .%, 年 .%)。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 表 分 野 李明博政府における地方分権の課題 課 題 .事務区分体系の改善 .中央行政権限の地方移譲 権限及び機能の再配分 .特別地方行政機関の機能調整 .教育自治制度の改善 .自治警察制度の導入 .国税と地方税の合理的な調整 地方財政の拡充 .地方交付税制度の改善 .地方財政の透明性・健全性の向上 .自治立法権の拡大 .地方議員の専門性・自律性の強化 .住民参加制度の補完 自治力量の強化 .地方選挙制度の改善 .地方自治体の診断・評価 .地方自治行政体制の改善 .政府及び自治体間の協力体制の強化 .紛争調整の機能強化 協力及び共感帯の拡散 .特別地方自治体制度の導入・活用 .地方公務員の人事交流の拡大及び教育訓練制度の改善 .ボランティア活動の奨励・支援 .地方分権の広報及び共感帯の拡大 資料:イ( ),p. .地方分権改革に対する自治体関係者の評価 まず, 年以降行われた地方分権改革により各自治体においてどの ような変化が感じられたかについて「効率的な行政運営」 ,「職員レベルで の意識変化」 ,「議員レベルでの意識変化」となる三つの設問を設けて尋ね たところ(表 ) ,総じて日本に比べて韓国の首長と議長が分権改革によ る変化を肯定的にとらえているようである。具体的に, 「効率的な行政運 営」の側面では 割に至らない日本の首長と議長が肯定的に評価している ことに対して韓国の 割程度の首長と議長が分権改革以降,効率的な行政 運営ができるようになったと評価している。また, 「職員レベルでの意識 ( ) 香川法学 表 巻 ・ 号( ) 地方分権改革に対する首長・議長の評価− 「自治体レベルでの変化」 (単位:%) 首 長 議 長 日本 韓国 日本 効率的な行政運営 . . . 韓国 . 職員レベルでの意識変化 . . . . 議員レベルでの意識変化 . . . . N 変化」と「議員レベルでの意識変化」においても同様な傾向が示される。 ちなみに,日本では三つの評価項目において最も高く評価しているのが 「職員レベルでの意識変化」であり, .%の首長と .%の議長が肯定 的な方向への変化を認めている。 これに対して自治体の自立性や国による関与については,両国の自治体 の首長と議長においてまだ多くの不満が存在していることが明らかになっ た(表 ) 。たとえば,地方分権改革によって政策形成・執行において自 治体の判断が尊重されるようになったかという質問に対して,両国の首長 の回答は %を下回っている。これに対して「中央の方針に従っている」 は日本が .%,韓国が 国ともに %を上回っていることが明らかにされた。こうした結果は議 .%であり,「中央の関与が残っている」が両 長の回答においても同様である。 このように両国の自治体関係者からすれば,地方分権改革の進展により 表 地方分権改革に対する首長・議長の評価−「国の関与」 (単位:%) 首 長 議 長 日本 韓国 日本 韓国 自治体の判断が尊重されるようになった . . . . 中央省庁の方針に従っている . . . . 中央省庁の関与が残っている . . . . その他 . . . N ( ) − 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 自治体レベルでの前向きの変化も生じている一方,中央の関与が残存して おり,自治体の自立度の面ではまだ不十分という評価が多い。したがっ て,こうした評価は自己決定・自己責任の強化への流れをより強く求めて いることであり,両国における共通の課題でもあろう。 Ⅲ 日・韓における自治体の行財政改革 一方,地方分権改革の進展は自治体間の競争を促して自治体に対する更 なる行財政改革を求めることになる。政府組織における行政改革は行政環 境の変化と密接な関係をもつゆえ,改革の内容も絶えず変化する。元々行 政改革もしくは政府革新は,既存のシステム,制度,組織,政策などが現状 の問題解決に対して限界を露呈して生じるものであり,その解決のため, 新しい政策もしくはプログラムを導入することを意味する(Walker ; Rogers : : ) 。したがって,行政改革の目的は単に行政コストの 削減にとどまるわけでなく,新しい行政環境に適応するための行政システ ムの見直しが不可欠なものとなる。ただし,両国の自治体が置かれている 厳しい財政状況を考えれば,現状では行政コストの削減が行政改革におい て現実的な課題となり,人件費の削減,民間委託・民営化のようなアウト ソーシング,公共事業の削減などの減量型の行政改革(金井, : − )に傾斜しているのも自然な結果かもしれない。 そこで,以下では両国の地方財政状況を概観した上で,各国の自治体が 行っている行財政改革の手法について比較検討を行うことにしたい。 .両国における地方財政の現状 まず,日本と韓国の地方財政について歳入構造からみると(表 と表 ) ,日本の場合,全体歳入のうち,地方税が .%で最も高い割合を占 めており,地方交付税( .%) ,国庫支出金( .%) ,地方債( .%) などが約 %を占めている。また,都道府県と市町村におけるそれぞれ ( ) 香川法学 表 巻 ・ 号( ) 日本の地方財政 (歳入構造,単位:%) 都道府県 市 町 村 全 . 体 地方税 . . 地方交付税 . . . 分担金,負担金 . . . 使用料,手数料 . . . 国庫支出金 . . . 地方債 . . . その他 . . . 資料:平成 年版(平成 表 年度決算)地方財政白書 韓国の地方財政 特別・ 広域市 道 市 (歳入構造,単位:%) 郡 自治区 全体 地方税 . . . . . 地方交付税 . . . . . . 税外収入 . . . . . . 調整交付金及び財政補塡金 補助金 地方債及び預置金回収 資料: − − . . . . . . . . . . . . . . . . . 年地方財政年鑑 の割合については地方債を除けば,それほど違わない。 一方,韓国では全体歳入のうち,国・広域団体からの補助金が .% で最も高い割合を占めており,中央への依存度が高いことがみてとれる。 これに対して地方税と地方交付税については日本よりやや低く .%, .%を占めている。また,使用料・手数料や徴収交付金,税外収入,事 業収入,歳計剰余金などの税外収入の割合が .%であり,中央政府の 規制により地方債などの割合が .%で抑えられている。ただし,こうし た歳入構造は,広域自治体と基礎自治体の間に大きな隔たりが存在する。 特別・広域市では地方税の割合が .%で中央への依存度が低く,同じ 広域自治体である道と基礎自治体の市・郡・自治区においては補助金への 依存度が非常に高いことがみてとれる。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 年以降日本と韓国では,税財源の移譲によって地方税の割合を増 やしながら移転財源の割合を徐々に減らしてきたが, 年以降では世 界的な経済不況などにより地方税収の減少とともに移転財源の割合が改め て増加している状況である(図 図 % 50 ) 。たとえば,日本の自治体における地 両国における地方財政の状況 歳入における地方税の割合 45 40 35 30 25 20 15 日本 10 韓国 5 0 2002 2003 % 45 2004 2005 2006 2007 2008 2009 歳入における移転財源の割合 40 35 30 25 20 15 日本 10 韓国 5 0 2002 2003 2004 2005 ( 2006 ) 2007 2008 2009 香川法学 方税の割合は, 巻 ・ 号( 年三位一体改革により で増加してきたが,その後 ) 年に歳入のうち %台ま %以下に落ち込み,それに伴って地方交付 税や補助金などの移転財源が増加している。この傾向は韓国の自治体にお いても同様である。 .自治体における行財政改革の現状 厳しい地方財政の状況の下で両国の自治体が行っている行財政改革の現 状はいかなるものであるか。本稿で行った自治体に対する政策調査では, 両国の自治体が行っている行財政改革のツールは多少異なるので,各国に おける行財政改革の実態に合わせて調査項目を設定しアンケート調査を 行った。その結果,単純比較の検討はやや困難であるものの,それぞれの 自治体が行っている行財政改革の現状を見出すことができた(表 表 分 類 両国における自治体の行財政改革 内 日 容 本 韓 国 BSC . . . . . . BPR . . . . . . MBO . . . . . . . . . . . . 政策品質管理システム . . . 政策段階別の政策広報 (PCRM) . . . 事業仕分け 成果給制 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 可燃ごみ収集の民間委託 . . . 学校給食の民間委託 . . . PFI . . . 企業会計方式 . . . . . . 組織・人事 開放型職位制度・管理職の民間公募 選択定年制 民営化・民間委託 会計 (単位:%) 未導入 検討中 施行 未導入 検討中 施行 評価システム 行政評価 市場化 ) 。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) まず,行政サービスの民間委託・民営化に関わる政策においては,両国 の多くの自治体は施行していることが明らかになった。たとえば,日本に おいては .%の自治体が「可燃ごみ収集の民間委託」を施行しており, 「学校給食の民間委託」も .%の自治体が施行している。韓国の調査で は分野ごとの調査項目を設けず,「民営化・民間委託」として調査を行っ た結果, .%の自治体が施行していることが明らかになった。これに対 して「成果給制」 ,「開放型職位制度・管理職の民間公募」などの組織・人 事の分野では,韓国の自治体が積極的な動きを示している。また,自治体 の会計での「企業会計方式」の導入においても日本では ているが,韓国では .%にとどまっ .%の自治体が施行している。 総じて両国の自治体が最も活用している行財政改革は民営化・民間委託 のような減量型行革手法であり,これは厳しい財政状況と NPM 型行政改 革による影響ともいえるだろう。 .行財政改革における両国の相違−自治体の評価制度を中心に 一方,近年自治体の行政改革において最も注目を集めているのが事務事 業評価,事業仕分け,BSC,MBO といった成果管理を含む評価システム である。自治体における評価システムの導入は,行政が行っている施策や 事業を客観的な指標に基づいて評価を行いその効率・効果・目標達成度を チェックすることにより,行政資源の効率的な配分に役立つといわれてい る。したがって,財政状況の悪化,行政に対する信頼低下,行財政システ ムの硬直化などの状況に直面している自治体にとって評価システムは,か なり有効な改革ツールとして認識されてきた。この認識は両国の自治体に おいても広がっており,多くの自治体が採用している。本稿の調査データ においても日本の場合,「行政評価」と「事業仕分け」という形で 割程 度の自治体が採用している。それに対して韓国では「BSC」 ,「MBO」な どの成果管理システムが多く愛用されており,多くの自治体が施行してい ることがわかる。ただし,「BSC」 ,「MBO」のような成果管理システム以 ( ) 香川法学 巻 ・ 号( ) 外に,韓国の自治体は行政業務に関する評価が国の法律によって義務付け られている。 日本の場合,中央省庁においては 年の「行政機関が行う政策の評 価に関する法律」によって総務省が評価業務を担当しているが,地方レベ ルまでは及ばない。したがって,通常自治体の評価制度は各自治体の条例 と規則に基づいて行っているのが現状である。これに対して韓国の評価 制度は,自治体自らが行っている評価制度に加えて,中央政府が自治体 を評価する制度も存在する。自治体に対する中央政府の評価には合同評価 と個別評価がある。合同評価は「政府業務評価基本法」の第 条 項に 基づいて自治体ないしその長に委任された国家事務,国庫補助事業,その 他大統領令が定める国家の主要施策などを評価対象としているものであ る。これに加えて国家委任事務等に対して別途の評価を実施する不可避な 理由がある場合,「政府業務評価基本法」の第 条 項によって中央行政 機関が自治体を評価する個別評価がある。一方,自治体自らが行っている 評価は自体評価と呼ばれており,国の法律によって義務化されている。 年に制定された「政府業務評価基本法」では,地方自治団体長は自 治体に所属されている機関の政策等に対して自体評価を実施しなければ ならない(第 ! 条 項)と規定している。さらに,韓国の行政安全部は 毎年「地方自治団体の自体評価指針」を作成・配布して自治体の評価を支 援している。大体の自治体がこの指針に従って評価を行っており,一部の 自治体が BSC や MBO などの独自の評価システムを導入しているのが現 " 状である。 このことは,国の法律の下で評価制度が進められてきた韓国と違って日 本の場合,国の強制力というより自治体の個別的な必要性に基づいて評価 ! 「政府業務評価基本法」が制定される前には,「政府業務等の評価に関する基本法」 ( 年)に基づいて各自治体は自体評価を行ってきた。 " 年 月に行政安全部が行った調査結果をみると, 自治体のうち, 自 治体が指針に基づいて自体評価を行っており, 自治体が指針とともに独自の成果 管理制度を導入している。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 制度が導入・推進されているといえる。また,こうした傾向は一般の行政 改革の内容においてもみられており,とりわけ 年代以降,自治体の 行政改革に関しては国の主導によるものもしくは限定されたものを超え て,自治体事情に合わせて自治体自らの試みが盛り込まれるようになった (金井, : ! 。これに対して韓国自治体の行政改革では,中央政府 ) によって自治体の政策波及が広がっていくことが多い垂直的波及的特徴を もつといえる。したがって韓国の場合,中央政府の政治的な要因,政権交 代による政治的変化は自治体の政策変化に大きな影響を与える一方,自治 体内部の政治的影響力は少ないと指摘されている(Berry・キム, : ) 。 また,評価結果の活用においても両国の相違点がみられる。まず日本の 場合,総務省の調査( )によれば,ほとんどの自治体が「予算要求や 査定」と「事務事業の見直し」に評価結果を利用していることがわかる (表 ) 。また, 「次年度重点施策・方針の策定」 での活用も都道府県が であり市町村が − % 割であり,「定員管理要求や査定」や「総合計画等 の進行管理」においても 割以上の自治体が評価結果を活用している。一 方,「トップの政策方針の達成状況を図るツール」としての活用は少ない のが現状である。 表 評価結果の活用(日本) 都道 府県 政令指 中核市 特例市 定都市 (単位:%) 市区 町村 予算要求や査定 定員管理要求や査定 次年度重点施策・方針の策定 事務事業の見直し 総合計画等の進行管理 トップの政策方針の達成状況を図るツール ! こうした自治体の新政策の導入・波及について伊藤 ( ) は内生条件,相互参照, 横並び意識という三つの概念を用いて動的相互依存モデルとして説明した。 ( ) 香川法学 巻 ・ 号( ) これらの活用状況からすれば,自治体の現場においては行政評価を,事 務事業の廃止・削減を通じた行政の効率性と政策の効果を高める手段とし て強く認識しているといえる。 これに対して韓国では,個人及び部局に対するインセンティブの提供に 重点を置いており,予算要求や査定までには結びついていないと指摘され る(パク・ハ, : − ) 。自治体が提供しているインセンティブと しては個人及び部局に対する表彰,事業予算の支援及び奨励金の支給など があり, 年現在, 自治体( .%)が採用している。行政評価の 目的からすれば,このような現状は評価結果が十分に活用されていないと いえる。すなわち,法律によって評価制度の導入が規定されているにもか かわらず,評価結果が体系的に活用されていないのである。 以上,日本と韓国の自治体が行っている行財政改革を検討した結果をま とめると,導入されている政策・制度の状況上では大きな相違点がみられ ないといえる。ただし,評価システムの活用に対する両国自治体の認識に おいては大きな相違がみられる。つまり,日本では事務事業の見直し等に よる財政健全化に重点を置く自治体が多い反面,韓国では個人及び部局に 対するインセンティブの提供が主な活用方法であり,これを通して行政職 員の意識改革を促している。 .自治体の政策・行政運営に対する首長の認識 評価システムの活用に対する上記の認識の違いは,自治体の政策・行政 運営に対する首長の意識においても確認することができる(表 ) 。自治 体の政策・行政運営において重視していることについて日本の首長は, 「歳出及び行政コストの削減」 ( .%)を最も多く取り上げており,「企 業誘致や中心地の活性化による税収拡大」 ( .%) ,「政策実施過程にお ける住民参加・協働」( .%) ,「政策形成・決定過程における住民参加」 ( .%) ,「業績評価や人事管理など,行政組織管理の効率化」( .%) ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 表 政策・行政運営に対する首長の意識 政策・行政運営の重点 (単位:%) 日本 韓国 業績評価や人事管理など,行政組織管理の効率化 . . 企業誘致や中心地の活性化による税収拡大 . . 都市基盤整備のための投資拡充 . . 歳出及び行政コストの削減 . . 中央政府からの補助金の拡大 . . 政策形成・決定過程における住民参加 . . 政策実施過程における住民参加・協働 . . N などが続いている。これに対して韓国の首長は, 「中央政府からの補助金の 拡大」 ( .%)が最も多く,「企業誘致や中心地の活性化による税収拡大」 ( .%) ,「政策形成・決定過程における住民参加」 ( .%) ,「業績評価 や人事管理など,行政組織管理の効率化」( .%) ,「政策実施過程にお ける住民参加・協働」( .%)などが続いている。また,「都市基盤整備 のための投資拡充」に関しても,日本の首長がそれほどウェイトを置かな いことに対して韓国の .%の首長が重視していることがみてとれる。 これらの集計結果によれば,日本の首長は歳出や行政コストの削減を通 じた財政健全化を重要な行政課題としていることが浮き彫りにされる。こ れに対して韓国の首長は歳出や行政コストの削減に大きなウェイトを置か ず( .%) ,むしろ補助金の獲得や都市基盤整備などの公共事業の拡大 に強い関心を有している。上記の韓国の地方財政において触れたように, 特別・広域市を除いてほとんどの自治体の歳入構造においては補助金の割 合がかなり高く,当該自治体の財政運営上において不可欠な歳入源である ので,多くの首長が中央政府からの補助金の獲得を政策・行政運営におい て最も重要な課題と位置付けているのである。この結果を踏まえてみる と,日本の首長は削減志向を,韓国の首長は開発志向をみせているといえ る。こうした両国の首長がもつ削減・開発志向は,自治体の支出規模に対 する首長の認識からも明らかにされる(表 ( ) ) 。 香川法学 表 巻 ・ 号( ) 自治体の支出規模に対する首長の意識 日 N 本 (単位:%) 韓 N 国 増額 削減 増額 削減 社会福祉・生活保護 . . . . 保健衛生 . . . . 教育 . . . . 労働 . . . . 農林水産 . . . . 商工・観光 . . . . まちづくり・基盤整備 . . . . 防災 . . . 議会運営 . . . . 一般行政 . . . . 消防 . . . . 自治体の債務 . . . . 非営利セクターの基盤整備 . . . . 日本の首長は防災,教育,商工・観光などの分野に対して現状よりも支 出を増やすべきであると回答しており,他の分野に対しては現状維持か削 減すべきであると認識している。とりわけ,議会運営,一般行政,自治体 の債務に関しては強い削減志向を示している。これに対して韓国の首長 は,議会運営と自治体の債務を除いたほとんどの分野に関して支出を増や すべきであると回答している。さらに,一般行政分野においても削減より 現状維持の割合が高い。こうした両国の首長がもつ政策・支出志向は,当 然行財政改革においても反映され,上記の評価結果の活用にも影響を及ぼ すことになるだろう。 Ⅳ 結びに代えて 本稿では,日本と韓国の自治体が行っている行財政改革の手法を比較す ることにより,両国の自治体がもつ類似・相違点について検討を行った。 ( ) 自治体における行財政改革の日韓比較(金) 両国の自治体関係者に対するアンケート調査の集計結果によれば,両国 の自治体が採用している行財政改革では大きな違いがみられないものの, 評価システムにおいて異なる点がみられた。すなわち,日本の場合,「行 政評価」と「事業仕分け」という形で多くの自治体が採用している一方, 韓国では「BSC」 ,「MBO」などの成果管理システムを多くの自治体が施 行している。また,これらの評価システムによる評価結果の活用方法にお いても日本の場合,事務事業の見直し等による財政健全化に重点を置く自 治体が多いが,韓国では個人及び部局に対するインセンティブの提供を通 した行政職員の意識改革に重点が置かれている。この背景には,自治体の 政策・支出に対する首長の意識が位置しているといえる。すなわち,両国 の自治体が共通的に財政的な厳しい状況に置かれているにもかかわらず, それに対応する両国の首長の姿勢がかなり異なり,日本の首長が削減志向 を示している一方,韓国の首長では強い開発志向が示されている。した がって,日本の首長がもつ削減志向は行政評価の結果を予算査定や事務事 業の見直しなどの支出抑制への積極的な活用として現れており,これに対 してほとんどの首長が開発志向を示している韓国の自治体では,評価シス テムが予算とのリンクをもたず,支出の抑制や合理化まで及んでいないの である。 参 考 文 献 伊藤修一郎( ) 『自治体政策過程の動態』慶應義塾大学出版会。 金井利之( )『実践自治体行政学』第一法規。 福田寛也( )「バランス・スコアカード(BSC)による行政経営−地方自治体の事 例からの考察」 『KGPS Review(関西学院大学) 』第 宮本憲一( 号, − 頁。 )『日本の地方自治の歴史と未来』自治体研究社。 ガン・ヒョンギ & ヒョ・フン( 国地方自治学会報』第 パク・ヨンション( 巻第 ) 「韓・日における地方分権政策の現象と評価」 『韓 号, − 頁。 〈韓国語〉 ) 「地方分権促進の内実化の方案」『地方自治団体の社会安全 網と文化マーケティングの先進化方案に関する国際セミナー及び夏季学術大会』韓 国地方自治学会, − 頁。 〈韓国語〉 ( ) 香川法学 巻 ・ 号( パク・へユック & ハ・ドンヒョン( ) 「韓国と日本における自治体の評価制度の比 較研究」 『韓国地方自治学会報』第 イ・チャンギュン( 巻第 − 民討論会』韓国地方自治学会, − 来」 『韓国政策学報』第 Walker, Jack L.( − 頁。〈韓国語〉 頁。 〈韓国語〉 ) 「地方自治と地方分権 巻第 年の成果と発展方向」『公明選挙国 頁。 〈韓国語〉 Berry, Frances S. & キム・デジン( Rogers, E. M.( 号, ) 「李明博政府の地方分権方向と成果及び課題」 『夏季学術論 文集』韓国地方自治学会, ユック・ドンイル( ) ) 「政策革新と拡散研究の過去,現在そして未 号, − 頁。 〈韓国語〉 ). Diffusion of Innovations( rd ed.) . New York : The Free Press. ) . “The Diffusion of Innovations Among the American States”. American Political Science Review : − . 総務省( )『地方公共団体における行政評価の取組状況』 総務省( )『地方公共団体における行政改革の取組状況に関する調査結果』 (きむ・じょんうく ( ) 法学部准教授)
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