6.記憶 記憶研究の意義 • 記憶は人の「内面生活」を支える基本。 • つまり人格と時間の永続性の基盤。 6.記憶 1.歴史的経過と理論の変遷 1.記憶研究の歴史的経過と理論の変遷 (1)最初の記憶研究 2.記憶のシステムと脳 (2)記憶の古典的情報処理モデル 3.日常生活の記憶 (3)古典的モデルへの批判 1-(1)最初の記憶研究 • Hermann Ebbinghaus (1850-1909) 無意味綴り(Nonsense Syllables)を用いた精密な 定量的研究。 無意味綴りの暗記実験からわか る記憶の性質 *時間と忘却の関係(忘却曲線) *系列位置効果(Serial Position Effects) *保持努力=リハーサルの重要性 1 忘却曲線 系列位置効果 初頭効果 リハーサルの重要性 • 「頭の中」で音響的に情報をくりかえすこと が、記憶の保持には重要である。 以下で述べるように、リハーサルを妨害する と再生成績は顕著に低下し、また系列位 置効果に影響する。 1-(2)記憶の古典的情報処理 モデル (a) (a) 短期記憶と長期記憶の区別 (b) (b) 短期記憶の特徴 (c) (c) Atkinson & Shiffrin (1968) の情報処 理モデル (b)短期記憶の特徴 (a) 短期記憶と長期記憶の区別 (Short vs Long Term Memory) 「記憶」といってもひとつではない。 努力しないとすぐに忘れる記憶と、 努力しなくても忘れない記憶がある。 終末効果 *容量の限界(space limit) 非常にわずかの情報量しか保持できない。 Magical Number 7±2 (Miller,1956) *時間の限界(time limit) 保持努力をしないと急速に失われる。 リハーサル妨害の効果 (Peterson & Peterson, 1959) 2 (c) Atkinson & Shiffrin (1968) の 情報処理モデル (c) Atkinson & Shiffrin (1968) の 情報処理モデル 3つの記憶システムが直列に結合。 ①感覚貯蔵庫が大量の情報を一瞬保持。 注意のフィルタを通過した情報のみが、 ②短期記憶へ転送され、意識化される。 そのうち十分にリハーサルされた情報が、 ③長期記憶へ転送され、「知識」となる。 (c) Atkinson & Shiffrin (1968) の 情報処理モデル このモデルは、エビングハウスの伝統を 集大成し、さらにブロードベントの注意の フィルタモデルを統合した情報処理モデ ル。初期の認知心理学成立の象徴でも ある。 「現象」に「説明」を与えることに成功した。 (3)古典的モデルへの批判 • (a) 理論上の問題点 • 3つの構造が独立とはいえないことを示 す実験結果が多く報告された。 • 柔軟性に欠け、 意味と知識の役割をとら えきれない。 • 無意味つづりの丸暗記学習以外にはあま りよく当てはまらない。 「現象」に「説明」を与えた例 • 遅延再生やリハーサル妨害によって終末効果 が減少する=短期記憶機能の反映 (3)古典的モデルへの批判 • (b) 古典モデルでは取り扱えない、興味深 い記憶現象 • 処理の深さ (Craik & Lockhart, 1972) • 状況依存記憶 (Baddeley, 1976) 3 処理の深さ(処理水準) • 方向付け課題による偶発的学習を測定。 状況依存的記憶 • 記銘時と再生時の状況の類似性が想起成 績に影響する(Baddeley,1976) • 深く処理した情報は想起しやすい。 • 物理構造→音韻→カテゴリ→文 の順で 処理は深くなる。一番深いのは自己参照 的な処理。 もう一つの伝統:記憶と意味 • Sir Frederick C. Bartlett (1886-1969) 記憶における意味の 重要性を早くから指 摘し、エビングハウ スの伝統を批判。現 代の日常記憶研究 の先駆。 Semantic Network (c) 活性拡散とネットワーク・モデル • 処理の深さや状況依存記憶は、「意味」が 記憶に決定的であることを意味する。 • 記憶研究は「意味の構造=長期記憶の性 質」へと向かう。 • Collins & Luftus (1975)などによるネット ワーク・モデルの提唱。 活性の拡散 4 モデルを支持する実験的事実 • ① 意味プライミング効果 • (Meyer & Schvaneveldt, 1971) • ② 扇効果 (Anderson,1974) • ③ 再生と再認の比較 やま 意味プライミング効果 実験 まず単語が、次に単語か無意味つづ りが提示されます。2つ目の刺激が意 味のある単語かどうか判断し、できる だけ早くボタンを押してください。 へげ いぬ 5 ねこ ① 意味プライミング効果 ② 意味プライミング効果 • 先行刺激(プライム)と標的刺激(ターゲット) の間に意味的関連があると、ターゲットに 対する反応時間が短くなる。 反 応 時 間 抑制効果 促進効果 関連あり 中立 関連なし 多義語を用いた2重プライミング • Chiarello (1998) 文脈プライム 多義語プライム ターゲット かさ おかし あめ (文脈に不一致) (文脈に一致) • プライムの提示が意味ネットワークのある 領域を活性させる。 • そこに活性領域の意味的な「近く」にある ターゲットが提示される。 • 前もって活性が上昇している分、ターゲット の処理が早くなる=促進効果 • 音韻やつづりによるプライミングも存在す る。=心理言語学の有力な武器となった。 ② 扇効果 • 文の再認課題 • 「太郎は公園にいる。」「花子は学校へい る。」 太郎 花子 さとう 文脈一致条件のみでプライミング効果。 (文脈に一致) 公園 学校 =意味の絞り込み機能 6 ② 扇効果 モデルと実験事実から… • 活性ルートが増加すると成績が低下する。 • 拡散する活性が低く、また結合が多すぎて 扇効果が大きくなると、探している情報に 活性が到達できなくなる=「思い出せない」 太郎 花子 • つまり、忘却とは情報の消失ではなく、「検 索の失敗」である。 公園 学校 ③ 再生と再認 ③ 再生と再認 • 忘却とは情報の消失ではない一番の証拠 は、「再認」の力がほとんど無限であること。 • 「小泉首相の前の首相は誰か?」=再生 • 「小泉首相の前の首相は小淵首相か?」 =再認 この人は誰か? ③ 再生と再認 2.記憶のシステムと脳 (1)複数の記憶システム (2)記憶の病理と脳 この人はジョージ・ワシントンか? 7 (1)複数の記憶システム ① 宣言的記憶と手続き的記憶 ① 宣言的記憶と手続き的記憶 • 宣言的記憶 Declarative Memory =事実や知識に関する「認知的記憶」 ② 意味記憶とエピソード記憶 ③ 顕在記憶と潜在記憶 ② 意味記憶とエピソード記憶 (Tulving,1972) • 意味記憶 Semantic Memory = 言葉や一般的知識に関する記憶。 「日本の首都は東京である」 • エピソード記憶 Episodic Memory = 「いつ・どこで」という時空間的文脈が決定的に 重要な記憶。 「日本の首都が東京であるということは、7歳の4月 10日に担任の山田先生から教わった。」 • 手続き的記憶 Procedural Memory =「体で覚えた」身体技能。「非認知的記憶」。 自転車の乗り方、ピアノの弾き方など。 *手続き記憶は、覚えにくく忘れにくい。 ② 意味記憶とエピソード記憶 (Tulving,1972) この2つの区別は、「ここはどこ、わたしはだ れ」という有名なフレーズを思い出せばす ぐに理解できる。 では、エビングハウスの無意味つづり丸暗記 実験は、 意味記憶の実験かそれともエピ ソード記憶の実験か? ③ 顕在記憶と潜在記憶 (Graf & Schacter,1985) • 顕在記憶 Explicit Memory 「想起意識」(こういうことがあったなあ)を 伴う記憶 • 潜在記憶 Implicit Memory 想起意識がない(再生も再認もできない)の に、その体験が後続作業に影響する。 潜在記憶の実験 • 以下の文字列が、意味のある単語か無意 味つづりかをできるだけ速く判断していっ てください。 しんぶんし げきめりた せんすいかん はみよりへ せりばきおよ やまぐちけん 8 潜在記憶の実験 潜在記憶の実験 • 次の文字列の□の部分に文字を入れて単 語を完成させてください。 せ□すい□ん が□えんさ□ 直接プライミング効果の特徴 • 長期にわたって持続する (単語完成課題を5ヵ 月後に実施してもプライミング効果あり!) • 刺激の物理的特徴に影響される(せんすいかん → せ□すい□ん では生じない) • 最初の判断課題の処理の深さに影響されない。 これらの特徴は、従来研究されてきた記憶の特徴 とまったく異なる。=異なる記憶システムの関 与? Tulving(1991)の階層モデル エピソード記憶 意味記憶 知覚表象システム 手続き記憶 • 最初にやった語彙判断課題の刺激を再認 させる。 • 再認課題で「せんすいかん」が再認できな い(顕在記憶がない)場合でも、「せんすい かん」の単語完成課題の成績がよい。 =直接プライミング効果(潜在記憶の存在) 「知覚表象システム」 • Perceptual Representation System Schacterは、入力情報をそのままの形で保持 する独立の記憶システムの存在を主張し た。長期記憶では情報の物理特性は失わ れ、抽象的な形式に変換されると考えられ ていたが、「具体的な長期記憶」も存在す ると考える。 (2)記憶の病理と脳 ① 記憶障害の分類 顕在記憶 ② 器質性の記憶障害と脳 潜在記憶 ③ 「心因性」の記憶障害と脳 9 ① 記憶障害の分類 ① 記憶障害の分類 • 器質性の健忘:脳神経系の損傷など、生 理学的原因で生ずる記憶障害の総称。 • 心因性(解離性)の健忘:器質的原因が見 られない記憶障害の総称。 心因性(解離性)の健忘 心因性の記憶障害の症例は、フロイトの精 神分析理論形成の大きなきっかけとなった。 • 解離性健忘:イレーヌの症例 • 解離性遁走:行方不明になる • 解離性同一性障害:いわゆる多重人格 ② 器質性障害と脳 器質性の健忘 • 逆行性健忘 Retrospective Amnesia 障害以前の記憶に障害。 • 順行性健忘 Prospective Amnesia 障害以後の記憶に障害。 ② 器質性障害と脳 • 海馬近傍(側頭葉内側面)と記憶の関係は、 H.M.の症例で広く認識されるようになった。 10 ② 器質的障害と脳 ③ 「心因性」障害と脳 • 海馬は入力情報を皮質に定着させる役割を果た すらしい。(短期記憶→長期記憶) • また、海馬の近くの扁桃体は、感情と関係する記 憶の部位とされる。 • 海馬は宣言的記憶にのみ関与し、手続き記憶と 乖離しうることを示唆する症例が報告されている。 • 最近の脳機能画像技術の進歩により、心因性の 記憶障害に脳の器質的変異が存在する可能性 が指摘されている。しかし原因なのか結果なの かはまだ不明。 「辺縁系(海馬と扁桃体)システム」と「小脳-基底 核系システム」がそれぞれ宣言的記憶と手続き 的記憶の対応? 臨床心理学・認知心理学・神経科学を横断する重 要な問題である。 PTSD・トラウマ ⇔ 海馬・扁桃体 11
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