第29回ADI国際会議を開催 当事者から“新たな風”

世界の中の認知症ケア
第 29回ADI国際会議を開催
─当事者から
“新たな風”
を吹き込む─
2014 年 5 月 1 日から 6 月 4 日まで、第 29 回国際アルツハイマー病協会(ADI)
国際会議が、プエルトリコの首都 サンフアンで開催された。認知症を世界の
重要な問題と位置付け、グローバルな視点から議論が行われた。一方、英語圏
の国では、当事者を中心にした新たな運動が展開を見せた。
世界問題としての認知症
今回の会議開催地のプエルトリコは、アメリカ合
衆国の自治連邦区というやや特殊な地域で、いわば
富める「北」のアメリカと貧しい「南」の南米諸国の間
の中南米カリブ海諸国である。キューバなどの独立
国の隣でありながらも、自治区としてアメリカの庇
護を受ける道をたどった島国だ。そして今大会のテー
マは「認知症:グローバルな解決のための共働」であ
り、認知症は先進国だけではなく発展途上国を含む
世界人類全体の問題であるという認識をもち、共働
に向けた具体的なアプローチを模索することが目的
であった。
近年、中国やインドでの高齢者の増加や、認知症
早期診断の実現などにより、世界の認知症人口は急
増すると予測されてきた。国際アルツハイマー病協
会(以下、ADI)は「2050 年までに今の 3 倍の人数にな
る」と予測している。ADI はその状況に対応すべく、
世界保健機関(WHO)との連携を強化し、認知症ケア
ケイト・スワファー氏。2008 年に 49 歳でアルツハイマー病と診断された。
認知症の人の ADI 参加を増やしたいと願い、活動を続けている
ADI 国際会議の開会式の様子
研究や啓発活動のための寄付を求める呼び掛けが会
たちは、お互いにつながり合うためのネットワークづ
議前から始まり、開催中はもちろん会議後もその呼
くりに乗り出した。
び掛けが積極的に行われた。
展途上国の開発への協力といった課題がある。
今回のプエルトリコ会議には、そのような視点か
氏(2008 年に 49 歳でアルツハイマー病と診断された
げる一方で、先進国の指導的役割を改めて明確に示す
元看護師 )である。彼女は認知症の人の参加を増やし
ものとなった。昨年 12 月にイギリスのロンドンで行
たいと、昨年から立ち上げ半ばの DAI を通して寄付
われた G8(注:現在はロシア不参加により G7)認知症
を募り、5 名の当事者参加を可能にした。DAI 創設者
サミットとの連携も顕著であった。「世界の『認知症
のアメリカ人、リチャード・テイラー博士(2013 年に
の“ハブ ”
(hub:中心に位置する集約装置 )機能』を
57 歳でアルツハイマー病と診断された元心理学者 )
目指す」と宣言したイギリスからは、ADI 参加者宛て
に共鳴し、ブログなどで活発に活動している。
にケア支援担当相らのビデオメッセージが寄せられ、
その後 DAI は、アメリカ、オーストラリア、カナ
保健省の認知症国際担当者が今回の会議に参加した。
ダの認知症の人たちが今年の夏に正式に NPO 法人と
ADI 本部はロンドンにあるため、イギリスには人的
して設立した。認知症と診断を受けた人のみに参加
その他の資源が交流しやすい環境が備わっているとは
資格があり、そうでない人は、アソシエートとして
いえ、G8 認知症サミットの位置付けの重要さと ADI
ボランティア協力を行うことができる。「認知症の人
への影響力の大きさを再認識させられた。
の支援、代表、教育を行い、その声を一つに束ね、
(参考:http://www.alz.co.uk/ADI-conference-2014)
個人の自律と QOL の向上を目指して、啓発と支援を
行っていく」ことを理念に掲げており、その活動内容
当事者運動の新たな展開
今回の会議で何よりも重要だったのは、認知症当事
者たちによる国際認知症連盟(DAI:Dementia Alliance
International、http://www.dementiaallianceinternational.org/)
ら「認知症の最新技術」、「ケアと QOL の向上」、「啓
設立への展開であろう。昨年の台北会議では、世界初
発」、「リスク低減」、「予防」などの項目について再び
の認知症当事者による啓発団体だった国際認知症啓発
議論しようという趣旨があった。ただ、開催場所へ
支援ネットワーク
(DASNI:Dementia Advocacy and Support
の交通アプローチが悪かったため参加者は前回より
Network International)が、団体の主要メンバーの認知症
少なく、加盟国 75ヵ国中 50ヵ国近くからの約 700 名
が進行したことにより、事実上自然消滅したことが確
にとどまった。現地では、南米・中南米での認知症
認された。そこで、会議に参加していた認知症当事者
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その一人がオーストラリアのケイト・スワファー
今回の国際会議は発展途上国への協力支援体制を広
のグローバル化を図ってきた。そこには、従来の欧
米中心志向からの脱却と、健康保険分野における発
ジュリオ・ソリエル氏。プエルトリコ・アルツハイ
マー病協会の会長を務めている
はというと、ネット技術を駆使した先進的な取り組
みが満載である。認知症の人が執筆するオンライン・
ニューズレターとブログの発行、それに連動するツ
イート、スカイプを利用して月 1 回、リアルタイムで
世界各地の認知症の人たちが集うウェブ上のセミ
ナー“ウェビナー”、オンラインのサポートグループ、
オンラインのメモリーカフェ、認知症の人が自分の
ストーリーを語るプロジェクトなど、多岐にわたる。
スワファー氏によれば、「認知症の人が声を上げる
仕組みのインスピレーションは、スコットランド認
知症ワーキンググループ(SDWG)だった」という。
SDWG は 2002 年にスコットランドで創られた認知症
本人によるキャンペーン団体で、アルツハイマー協会
や国に提言を行い、スコットランド自治政府の認知症
戦略の作成と実施に関わってきた、会員 130 名以上か
らなる世界最大の認知症当事者グループである。こ
の SDWG と、新しくできたヨーロッパ認知症ワーキン
ググループ(EDWG)は DAI に団体として加盟した。
プエルトリコ会議から認知症当事者として参加し、
本会議で発表して拍手を浴びたジュリオ・ソリエル氏
(2003 年に 56 歳でアルツハイマー病と診断された )も
DAI 会員になり、現在はプエルトリコ・アルツハイ
マー病協会の会長を務めている。発信力のある世界
の認知症当事者が、今、DAI に集まってきている。
スワファー氏は DAI ニューズレター2 号で、今回
のプエルトリコ会議の感想を述べ、「興味深いテーマ
が並んだが、多くの発表者は“認知症にやさしくない”
不適切な言葉を使っていた」と指摘した(英語では、
認知症の人を“患者 ”呼ばわりすることや、“認知症
に苦しむ人 ”という表現を使うことがそれにあたる )。
会議後、DAI は ADI と話し合い、会議の発表者に
示す適正用語のガイドラインの作成について合意し
た。前述のスカイプによる“ウェビナー”でも、認知
症に関する適正用語の問題を取り上げており、スワ
ファー氏ら十数名の参加者が活発に意見交換した様
子をサイト上で見ることができる。インターネット
とスマートフォンの普及によって、認知症の人が声
を上げる環境はダイナミックに変化し続けている。
いまだ DAI が欧米の英語圏の教育の高い人々の集団
であることは否めないが、今後のさらなる展開に注
目していきたい。
取材・記事 馬籠久美子
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