奈良時代 関係図

地域文化
奈良時代の政治
2015.06.10
1.奈良時代の政治史…政変が相次ぐ時代(権力者の交代に注意)
奈良時代の政治
政変が相次ぐ
藤原氏 vs 皇族+αの権力争い
天皇
元明
政権担当者
藤原不比等
710年
718年
1)
長屋王
藤原四家
723年
729年
3)
橘諸兄
737年
740年
天然痘の流行
7)
藤原広嗣の乱
741年
国分寺建立の詔(近くでは柏原市
元正
2)
4)
聖武
皇后は
8)
6)
主なできごと
平城京へ遷都
光明子
養老
律令を制定
三世一身 法を制定
5)
長屋王の
変
9)
)
10)
743年
紫香楽 の宮で大仏造立の詔
→仏教の 11)鎮護国家 の思想で国家の安定をはかる
孝謙
752年
12)
開眼供養
757年
764年
14)
橘奈良麻呂
恵美押勝
765年
出身) 769年
16)
藤原仲麻呂
13)
別名: 恵美押勝
淳仁
称徳
道鏡
(八尾市
17)
15)
の儀式←大仏の目を入れる
の変
の乱
道鏡 、太政大臣禅師、法王に就任
宇佐八幡宮(大分県)神託事件
18)
和気清麻呂
が道鏡の野望を阻む
19)
a)
20)
光仁
藤原百川
770年 道鏡、下野( しもつけ
県)に流される
710年、元明天皇は藤原京から奈良へ遷都した。新しい都を平城京という。以後794年
に桓武天皇が平安京に都を移すまでの80年あまりを奈良時代と呼ぶ。
この時代は、権力者の変遷がめまぐるしい。(権力抗争が激しい)
720年、権力者の b)藤原不比等 が死ぬ、長屋王(天武天皇の孫)が聖武天皇のもとで政
c)
d)
治をとるが、不比等の四子( 武智麻呂 、房前、宇合、 麻呂
の陰謀によって自殺においこまれた。これが e) 長屋王の変!
f)
藤原四子は、妹の 光明子
を聖武天皇の
g)
皇后
)が成長してくると、彼ら
=>P41上の系図
にたてて絶大な権力を握るが、まもな
h)
く 天然痘 にかかって四子とも 死んでしまう。このおり公卿(三位以上の貴族)の過半
は天然痘にかかって死んだ。まさかの政権が皇族の i) 橘諸兄 に転がり込んだ。しかし橘政
j)
権も短命であった。藤原四子の一人、武智麻呂の子・ 仲麻呂
が光明皇后の寵愛を受けて、
橘諸兄実権を奪い、孝謙天皇のもとで専制政治を展開したからだ。やがて仲麻呂は、孝謙天
皇を引退させ、思い通りに動く k)淳仁 天皇を皇位につける。
仲麻呂の専制をきらった孝謙上皇は、お気に入りの僧侶である道鏡
を高位高官にとりたてた。そこで仲麻呂は、道鏡打倒の兵をあげる
が逆に敗死する。孝謙上皇は、重祚して称徳天皇となり、道鏡に政治
をさせ、彼に天皇の位をゆずろうとした。
だが、計画は l)和気清麻呂 の尽力で失敗し、まもなく称徳天皇は崩
御する。これを機に
m)
藤原百川
た。
n)
が道鏡を失脚させ、 光仁
天皇(天智天皇の孫)をたて
孝謙(称徳)天皇!?