「独居・高齢」の がん患者

患者の退院後の生活を見越した退院指導とスムーズな退院支援
「独居・高齢」の
がん患者
済生会横浜市南部病院
看護相談室 課長/がん看護専門看護師
嶋中ますみ
2001年高知女子大学大学院修了,済生会横浜市
南部病院入職。2002年より看護相談室に配属さ
れ,緩和ケアチーム専従看護師として活動。2003年がん看護専門看
護師認定取得。2012年専門領域担当課長補佐,2013年専門領域担
当課長として,専門看護師や認定看護師の活動の支援を行う。2002
年に看護相談室に配属されて以降は,がん患者の退院支援・退院調
整に携わっており,2012年より看護部在宅療養支援委員会委員長とし
て,スタッフの育成に取り組んでいる。
■患者の状態をアセスメントし,生活者とし
て生きる高齢者の持つ力を引き出す。
■患者がどう生きたいかを知り,患者の意思
決定を支援する。
■密な連携によってさまざまな変化に柔軟に
対応できるよう,
フォーマル,インフォーマル
なサポート体制を整える。
看護部在宅療養支援委員会の委員長としての
役割も担っています。
看護相談室には退院調整看護師が1人配属
されており,福祉医療相談室の医療ソーシャ
済生会横浜市南部病院の
退院支援体制
ルワーカー(以下,MSW)と共に退院調整
筆者が勤務する済生会横浜市南部病院は,
早期に把握するようにしています。また,看
病床数500床の地域医療支援病院として,横
護部在宅療養支援委員会に各部署のリンク
浜市南部エリアの急性期医療の一端を担って
ナースが出席し,自部署における退院支援推
いますが,患者の主要居住地域の高齢化率は
進者としての役割が果たせるような取り組み
港南区25.3%,磯子区25.4%,栄区27.4%と
を行っています。
全国平均(25.1%)を上回っており,高齢
退院指導・支援ツール
ラウンドを実施し,退院支援が必要な患者を
化対策は急務となっています。当院において
は,急性期の治療を終えた患者が住み慣れた
▶退院支援・退院調整マップ
当院では「退院支援・退院調整マップ」
場所に戻ることをサポートするために,早期
(図)を作成し,入院から退院までの流れの
から退院支援に着手するための体制づくりや
中でどのような支援や調整が必要かを,ひと
教育に取り組んでいます。
目で分かるようにしています。スタッフは,
筆者は看護相談室に所属し,緩和ケアチー
この流れに沿って退院支援を進めていきま
ムの専従看護師として活動しています。ま
す。このマップには,退院支援にかかわる診
た,がん患者で対応困難な症例に対する退院
療報酬についても表記し,裏面には説明を載
支援や退院調整にも携わっていることから,
せています。
済生会横浜市南部病院
病床数:500床(一般病床)
標榜科:27科 平均在院日数:9.5日
職員数:常勤879人(医師153人,看護師481人,メディカルスタッフ118人,
事務員・その他127人)
病院 機能:地 域医療支援病院,二次救 急指定病院,災害拠点病院,
DMAT指定病院,小児救急医療拠点病院,産科拠点病院,神奈川県
がん診療連携指定病院
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図:退院支援・退院調整マップ
看護方針:看護師は,患者を生活者の視点でとらえ,患者が自分らしい生き方を実現するための支援を行う。
入院
第1段階(入院後48時間以内)
退院支援が必要な患者の把握
(スクリーニング)
病棟看護師
スクリーニングで
退院支援「要」
リストアップ
退院調整部門
退院調整ラウンド
文書
Ns
第3段階(退院まで)
ケア継続のための看護介入とチームアプローチ
外来・地域・社会資源との連携・調整
退院後も継続する医療管理・処置(医療上の検討課
題)についてアセスメントする。
ADLの低下やリハビリテーションの状況から,必
要となるケア(生活・介護上の検討課題)について
アセスメントする。
医療チームによるカンファレンスを開催し,方向性
を決定する。
患者・家族の疾患理解と受容の支援・意思決定支
援・自立支援を行う。
退院後の生活を患者・家族と共に相談・構築する。
退院支援が必要な患者のス
クリーニング(退院支援の
視点での情報収集とアセス
メント)
支援の必要性を患者・家族
と共有し,動機付けする。
【退院支援カンファレンス】
退院に向けて検討すべき課題を洗い出し,そこに向け
て行うべきことを議論する。
〈メンバー〉
病棟看護師が中心。必要時,主治医,退院調整看護
師,リハビリスタッフ,MSW,薬剤師,栄養士など
Ns
退調Ns 退院支援計画書
作成
MSW
患者情報シート
Ns
Dr・Ns 入院診療計画書
退調Ns
医療上の検討課題に関する
相談・対応
社会資源や制度の利用に
MSW
関する相談・対応
ゴードンの機能的健康パターン
退院支援計画書
退院を可能とするための制度・社
会資源の調整を,退院調整部門に
依頼する。
【退院前カンファレンス】
入院医療から在宅ケアへ移行する
ために,病院側のメンバーから在宅
側のメンバーに適切な情報提供を行
い,退院後の課題について話し合う。
〈メンバー〉
病院側メンバー:医師,看護師,
退院調整部門担当者,その他
在宅側メンバー:ケアマネジャー,
訪問看護師,医師
患者・家族
MSW
地域サービス・社会資源
との連携・調整
MSW
在宅準備
Ns シート
Dr・Ns
退院療養計画書
Ns
看護情報提供書
診療報酬
退院調整加算
退院前在宅療養
指導管理料
退院時共同指導料2
在宅療養指導料
在宅療養指導
管理料(各種)
介護支援連携指導料
総合評価加算
退院支援
退院調整
患者が自分の病気や障害を理解し,退院後も継続が必要な医療や看護を受けながら,どこ
で療養するか,どのような生活を送るかを自己決定するための支援。
▶退院支援スクリーニングシート
(患者情報シート)
入院が決定した時点で,外来の看護サポー
トと呼ばれる窓口で,患者情報シートに沿っ
て患者・家族から情報収集を行い,退院支援
患者の自己決定を実現するために,患
者・家族の意向を踏まえて,環境・ヒ
ト・モノを社会保障制度や社会資源に
つなぐなどのマネジメントの過程。
③入院前に比べ,ADL /IADLが低下
④独居,または家族がいても介護が十分提供
できない
⑤その他上記以外で複雑な問題を抱えている
場合など
の必要性についてのスクリーニングを実施し
スクリーニングの結果は,入院時に病棟ス
ます。スクリーニングは,
「要」「不要」「退
タッフが再度その内容を確認してリストアッ
院支援の必要性は考えられるが経過を見て判
プし,退院調整看護師とMSWで実施してい
断する」の3段階で判定し,「要」と判断す
る退院調整ラウンドの際に支援内容について
る項目として,次の5つを挙げています。
話し合います。
①再入院の恐れがある・病状が不安定(がん
▶各種フロー図や指導用パンフレット
末期・難病など)
②退院後も医療処置が必要
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退院
第2段階(入院3日目∼1週間以内)
オンコロジーナース Vol.8 No.3
医療管理が必要な場合には,手順に沿って
進められるように,フロー図やパンフレット
を作成しています。フロー図は,「在宅中心
経済的な負担といった,社会的側面からくる
静脈栄養法(HPN)導入フロー」など4種類,
不安もあります。
在宅療養指導パンフレットは,「中心静脈栄
独居の場合は,療養生活を支えてくれる人
養法を行われる方へ」など14種類があり,
がいないことで,自宅での急変時の対応や療
対象患者に使用しています。
養生活を営むことそのものへの不安がさらに
「独居・高齢」のがん患者の特徴と
退院支援の視点
強くなり,経済的側面での不安も深刻な場合
が多いと言えます。
▶高齢がん患者の特徴
▶在宅療養を支えるための視点
高齢者の特徴(加齢による変化)として,
前述したような多様な困難に直面し,多様
恒常性維持機能(適応力,防衛力,予備力,
な不安を抱えながらも,住み慣れた場所で生
回復力)の低下,感覚や知覚の変化,消化・
活することを望む人々の「生きる力」を最大
吸収機能の低下,運動機能の低下,認知機能
限引き出すことができるように,看護師は支
(記憶,見当識,注意,思考,計算,言葉,
援していかなければなりません。以下に,そ
判断)の低下などがあります 1) が,こうし
のポイントを述べます。
た変化は非常に個人差が大きく,綿密な観察
患者の状態のアセスメント
とアセスメントが必要となります。
高齢者の症状は複雑で,患者自身もうまく
さらに,高齢者ががんに罹患した場合の特
表現できなかったり,症状が明確に現れな
徴として,次の4つが挙げられます。
かったりすることから,患者の情報を正確に
①症状の現れ方や治療に対する反応が非定型
把握してアセスメントすることが難しいかも
しれません。時に医療者は,患者と話がうま
的である
②がんのほかにも複数の慢性疾患を持ってい
くかみ合わないと「認知症だから…」と言っ
て,患者の状態を知ることを諦めてしまう場
る
③薬剤管理が困難となったり,薬剤使用によ
る有害作用が出現したりしやすい
④認知機能の状態によっては,治療や療養の
場の選択などの自己決定が困難である
合があります。しかし,身体的所見だけでは
なく,多角的な視点から患者の表情や行動を
注意深く観察し,その患者特有の表現や行動パ
ターンなど個別性を理解することが重要です。
▶「独居・高齢」のがん患者が抱える不安
患者の持つ能力を発見し引き出す
高齢者は,
「がん治療に耐えられるのか」
看護師は問題解決思考に慣れているため,
「治療によって,これまでどおりの生活がで
高齢者のできなくなってきていることばかり
きなくなるのではないか」「家族に迷惑を掛
に目を向けていると,退院は難しいのではな
けるのではないか」などの身体的側面からく
いかと感じてしまうでしょう。しかし,高齢
る不安や,死が現実味を帯びて迫ってくる不
者は地域の中で自分の残された能力をフル稼
安を抱えています。また,入院や通院によっ
働してたくましく生きていますし,生きてい
て社会とのつながりが変化することによる疎
きたいと考えています。
外感や孤独感,がん治療や療養生活における
在宅療養を支援するためには,患者の持つ
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