来館者を考慮した美術館教育実践の地域的展開に関する考察

東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 63 集・第 1 号(2014 年)
来館者を考慮した美術館教育実践の地域的展開に関する考察
―北東北地方を事例として―
渡 邊 祐 子
今日の美術館は,地域文化を守り育てる拠点施設として,人を惹きつけ,人びとの心の拠りどこ
ろとなり,地域における賑わいの場となるような,総合的な活用が期待されている。このような,
近年の美術館の社会的役割に関する理解は,美術作品を収集,保存,研究し,歴史的な視座からシン
ボリックに展示するだけではなく,来館者の参加を活性化する教育普及活動重視の傾向を強めてお
り,多くの美術館は,従来の社会的役割によってもたらされた来館者との不活性的で一方的な関係
の問題を克服し,人びとをひきつける「地域性」ある活動を展開するための努力を続けている。本稿
では,美術館教育における「地域性」を生かした取り組みについて,北東北地区の美術館を対象とし
た調査事例より考察し,地域性ある活動の特徴とその課題を明らかにする。
キーワード:美術館教育,地域性,来館者,構成主義
はじめに
わが国に国内初の美術館が設置されるのは,社会で急激な西洋近代化が進む明治期以降のことで
ある。公共の場で特定の美術品を観賞する美術館文化がもたらしたものは,蒐集と展覧によって,
展示物に美術品としての視覚文化的価値を与えるしくみであり,美術館をふくめた博物館は,「生
活芸術的側面を,善かれ悪しかれ,取捨選択していった」ⅰ)一面がある。しかしながら,選び抜かれ
た作品の収集,保管,展示や調査研究等の美術館の専門的な活動は,ただ日常と乖離した「美術」や
「鑑賞」概念を形成してきただけではない。これまで美術館は,専門的な活動を通じて,連続性と固
有性がある作品を,時間的かつ空間的に異なる文脈に展示することで,文脈に応じた鑑賞を可能と
し,
礼拝的展示や生活芸術とは異なる美術鑑賞の社会的な意義を示してきた。美術館は,作品を集め,
持続的に保管し,多くの人びとに作品鑑賞の機会を提供することによって,独自の「公共的使命」を
果たしてきたのである。今日,こうした公的機関としての美術館は,美術作品の収集,保管,展示や
調査研究等の専門的な活動だけでなく,学校教育,生涯教育に関連した活動や,福祉,医療,防災,
防犯,地場産業,まちづくりといったあらゆる行政分野の課題に対して貢献することが期待されて
いる。その一方で,美術館を取り巻く環境は厳しく,資金の不足,人材の養成,アート概念の変容,
教育学研究科 博士課程後期
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グローバル化など,さまざまな課題に直面しており,美術館の公共的な価値が問い直されている。
特に,美術館の最も重要な問題として議論されているのは,来館者との不活性的な関係性であり,
今日の美術館の社会性に関する問題は,作品鑑賞の機会の提供だけではなく,美術館内外の課題に
対応しながら,美術館を存続させるために,来館者との関係性を構築しなおしながら発展を志向す
ることにあると指摘できる。
このような現状をうけ,各美術館は,来館者との関係を構築するために,
教育普及活動の位置づけをこれまで以上に重要なものとして検討しはじめている。
この,美術館における教育という発想は,社会教育機関としての位置づけを美術館が自覚しなが
ら活動を続けてきたことからすれば,決して新しいものではないことがわかる。事実,美術館はこ
れまでにも,所蔵品を美術史や歴史の中に位置づけ,展示・公開,教育・普及の諸活動を媒体としな
がら研究機関としての専門性を社会や来館者に還元するための試みを続けており,特に,1980 年代
以降にみられる来館者との直接的な関わりを通じて,美術館の存在意義をしめすための試みは,
「ギャラリートーク」
「講演会」
「ワークショップ」などの教育プログラムとして現在は広く定着し,
一定の成果をあげている。その一方で,美術館と来館者のつながりの希薄さを問う声は現在もなお
聞かれ,
これまでの美術館の取りくみが来館者の反応を考慮しきれていなかったことが指摘される。
このことから,社会とのかかわりを模索するわが国の美術館の関心は,美術館の専門化を中心とし
て活動実態をつくりだすだけではなく,来館者に対してよりよい美術館経験を提供することへと移
行しており,その問題関心は美術館活動の量から質へと移りながら,来館者との関係において美術
館の社会的な意義を明らかにすることにあるといえる。
この今日的な関心に対する積極的な取り組みとして,実証的・理論的な立場から,二つの展開を
予見することができるだろう。ひとつは,美術館教育に関する実践的関心と理論的関心とが,どの
ような関係にあるのかを明らかにすることである。もうひとつは,美術館教育実践について,地域
性や時代性といった新たな知見から検討し,理論的パラダイムを模索することである。
本稿では,第二の展開を考える際の一つの観点として,国内の美術館を対象とした教育普及の取
りくみを「来館者とのかかわり」という概念から注目し,検討したい。本稿の目的は,美術館の社会
性と地域性がどのように活動に反映され,来館者とのつながりをつくりだす公共的な教育活動のあ
る事例とそこにみられる課題を明らかにすることにある。また,美術館教育実践に関する理論的検
討の予備的調査として実施した,北東北地区からの美術館の教育普及活動とその社会性に着目しつ
つ,以下の二つの考察を行う。ひとつは,教育普及活動の実施を社会性と地域性に即して確認する
ことであり,ふたつ目は,教育普及活動が地域性を帯びることで生じる価値を確認し,同時にそれ
がどのような課題を含むものであるのかを明らかにすることである。
1. 美術館における教育活動の社会性
1-1 社会に開かれた美術館
わが国において美術館が社会教育のための機関として明確に位置付けられるのは,1949 年制定の
社会教育法,1951 年制定の博物館法においてである。美術館・博物館をはじめとする社会教育施設
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と呼ばれる機関は,それぞれ固有の設置目的を有しつつ,公共性,専門性,主体性,計画性などの性
格によって規定され,人びとの学習活動を支援する場として機能することを望まれてきた。とりわ
け,美術館は,芸術に関する資料を収集し,保管し,展示して,教育的配慮のもとに一般公衆の利用
を供し,その教養の向上,調査研究,レクリエーションなどに資するために必要な事業を行う機関
であり,その社会的役割は,公共性や専門性からだけではなく,モノを通じて様々な年齢の人びと
が交流し,自らの興味関心に基づいて行う社会での自主的な学び場としての特徴からも規定されて
いる。美術館は,特定の対象を限定することなくすべての市民に平等に開放する公共性や,教育・
学習活動やその支援に必要な専有の施設・設備・教材,指導者・職員,事業・学習プログラム等の教育・
学習資源が具備される専門性といった性格づけが制度上行われてきたことからすれば,教育機関と
して明確に位置付けられてきたといえるであろう。しかしその一方で,収集,保存,展示,研究といっ
た美術館の基本機能との関係において,教育に関する公共性や専門性は必ずしも有効であったわけ
ではない。
これまで美術館の専門性といえば,モノや価値,知識を表現し,理解し,発展させるための美術や
歴史に関する専門性を意味し,その公共性も,調査研究等の専門的な活動によって導き出された価
値や知識を規定する特権的立場を美術館に付与するものとして作用してきた。特に,20 世紀にみら
れる美術館の多くは,こうした資料の収集と保存を活動の中心に据えており,その中での教育普及
活動は,資料を通じて研究成果を公開するための付随的な活動であった。また,その目的も,歴史
的資料を展示によって視覚化し,知識として伝達することで,来館者の知識の増大や国民としての
アイデンティティやコモンセンスの確立を目指すものであり,美術館教育の役割は,活動を通じて
利用者に情報提供をする地域社会の拠点として機能することにあったといえる。しかしながら,こ
のような美術館教育の社会的役割に対する目的意識と理解は,知識や情報を提供する美術館と,美
術館が提供する知識を受動的に享受する来館者という,両者の固定的な関係性を構築する要因と
なってきたことが指摘される。
こうした,博物館と来館者の関係性の問題は,美術館の機能としての選択と保存をめぐる問題と
して,1980 年代以降,欧米の構成主義の議論のなかで検討されてきた。そこで基本的な問題とされ
たのは,収集や展示の過程をだれが操作し,中心的に提供される活動はだれの関心に沿ったものな
のかといった,特定の活動みられる権力体系の問題であった。この公共の場としての美術館にみら
れる価値と利用の間に働く力の問題は,収集や展示といった特定の活動に関する議論を経て,教育
活動にみられる美術館と来館者との一方的な関係性の見直しへとつなげられている。そこで構成主
義が指摘したのは,美術館が来館者を消極的な情報の受け手,あるいは,抽象的で架空の「一般公衆
(general public)」ⅱ)として理解し,基本機能である収集・保存,展示・公開,調査・研究,教育・普及
のプロセスの一部に組みこむ,従来の美術館のしくみの問題であった。また,来館者を受動的な学
習者とみなすそれまでの美術館の態度は,短期的で単発的な美術館活動に不向きであり,美術館で
の学びには適していないことが指摘されたⅲ)。このような,欧米における構成主義の議論が明らか
にしたのは,これまでの美術館教育は,
来館者との関係性を十分に配慮していないという課題であっ
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たといえる。
このような従来の美術館にみられる課題の改善が図られるのは,⑴解説から教育への移行,⑵学
習者を考慮した教育活動の志向,⑶職員の専門化をもたらした,美術館における教育部門の分化に
よってであるが,この教育の分化は,美術館の専門性や公共性が,収集,保存,研究,解釈,展示によっ
てではなく,教育の機能から再考される過程であったといえる。このような,教育の専門化として
の部門の分化によって美術館の教育的活動を見直す美術館は,作品を集め,持続的に保管し,多く
の人びとに作品鑑賞の機会を提供することによって規定されてきた従来の美術館の「社会的使命」
を,モノから学び,探究を強調し,地域の資源や活動を利用し,学習者のそれまでの経験,文化,気質,
発達に考慮する,学ぶ場としての「社会的使命」へと美術館を変化させている。
1-2 来館者の「参加」
の可能性
それまでの,収蔵の公開や,ある特定の歴史にもとづいて構成されてきた知識の伝達として理解
されてきた美術館の公共的役割や専門性は,受動的に展示を受容する来館者にかわり,主体的に展
示の意味を生成する来館者としての新たな像の確立によって変化しつつある。主体的に意味を構成
する来館者像の理解は,美術館来館者の活動への参加を重視する傾向を強めており,社会に開かれ
た存在としての美術館の活動は,来館者との相互的な関係の構築によって再検討されていることが
わかる。こうした変化のなかで,社会に開かれた活動としての教育の重要性は高まっており,今日
の美術館での教育的実践や,教育普及担当職員の誕生には,来館者とのインタラクティブな関わり
を重視する構成主義の影響が大きくみられる。
わが国の美術館で,来館者との相互的な関わりの重要性が説かれ始めるのは,1980 年代以後,国
内の博物館において「開かれた博物館」のあり方が模索される時期においてである。この時期に新
たな美術館教育の方法として登場する,
「対話的鑑賞」や「ハンズ・オン展示」などは,構成主義的実
践の典型的な例であり,こうした来館者との相互的なやり取りを志向する実践には,来館者の主体
的な活動への参加を前提とする構成主義の教育理論の大きな影響が見て取ることができる。この,
来館者の「参加」を重視する傾向は,近代的な美術館概念の国際的な移り変わりだけでなく,わが国
の美術館を含めた博物館史においても確認することができる。
わが国の博物館,とくに公立博物館は,1960 年代からの施設増加の傾向のなかで,1968 年の文化
庁の設置と『公立博物館の設置及び運営に関する基準』の 1973 年の発令の指針に沿うかたちで,「類
型的な公立博物館」といった共通認識を定着させている。伊藤(1993)は,このようなコンセプトの
類似性が顕著な博物館を,
保存を運営の軸とする,第一世代を受け発展した,公開を運営の軸とする,
第二世代の博物館として位置づけている。また,今日の博物館をみると,第一・第二世代から,第三
世代の市民の参加・体験を運営の軸とする博物館へと移行しているのは明らかであり,類型化した
博物館施設の顕著な類似性や横並びの施設構成,活動の方向性といった従来の特徴は大きく変化し
つつある。特に,枠組みの変化を特徴づけたのは,博物館法改正,独立行政法人化,文化芸術振興基
本法の成立,指定管理者制度の導入などに代表されるここ十年の運営環境の変化であり,制度上の
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改変は,博物館の使命や理念を,設置者と博物館が改めて考え,支援者としての地域住民とのかか
わりから博物館の存在意義を問いなおすきっかけとなっている。このような近年の展開と変動の中
でみられる,博物館の施設・設備の利用,および博物館と学校・家庭・地域社会との連携による幅広
い市民の博物館の利用や参加の強調は,地域への貢献を意識しながら,主体的な学習者である利用
者との直接的なコミュニケーションをはかる機会を提供する教育普及活動重視の傾向を強める一因
となっている。来館者が公共の施設である美術館に参加する経験の過程で活動し学ぶということは,
来館者が生活する地域社会の多様性を理解しながら活動を展開することの重要性を美術館に示して
おり,美術館の活動において,社会性のみならず地域性を重視する傾向を強めている。
今日では,美術館は,地域文化を守り育てる拠点施設として,美術館の総合的な活用が期待され
ているが,
「参加」における地域性の強調は,まちづくりといった行政分野の課題に対する取り組み
だけではなく,美術館と来館者との対等な関係性を築くための要素として期待されている。一方で,
社会構成主義の立場から来館者と関わるための教育理論と実践方法に関する研究をおこなう,イギ
リスの研究者フーパー=グリーンヒル(Eilean Hooper-Greenhill,)は,公共博物館について,ディシ
プリンの施設だと定義しているⅳ)。それは,公共博物館が,モノ(object)を作品として成立するよ
うにしたり,カタログや目録の編集を通じて知識をつくったりする中で,作品の主題が隠された場
所で創作され,公の場所で消費されるという一連の流れをつくりだしているためである。フーパー
=グリーンヒルの公立博物館に関する指摘は,来館者の博物館施設との関わりが,これらの隠され
た博物館の生産的な活動によってゆがめられていることを示唆するものであり,このような見方か
らすれば,社会的な存在である美術館が備える基本機能と,それぞれの来館者の美術館体験の間に
は,性質としての力関係が生じていることがわかる。ここでフーパー=グリーンヒルは,美術館と
いう公的な機関が,展示によって自らを具現化する難しさを明らかにしているが,ここで問題とさ
れているのは,公の記憶のあり方であり,美術館の歴史的で制度的な性質として定着してきた収蔵
のプロセスである。
このような,美術を見る様式を生じさせる,美術館の一種の特権的な性質に対して,地域性が重
要となるのは,地域性が,それぞれの来館者が持つ多様な文化的背景に留意するものであるためで
ある。また,地域性は,美術の理論を生じさせるプロセスや展示をみる経験に結び付けられること
によって,来館者の興味を起こさせる要素としての働きを期待されており,社会的な解釈と個人的
な解釈の有機的な関係を,異なる地域性を前提とした「参加」によって可能としようとしている。こ
の,来館者の活動への「参加」にみられる,社会と個人の有機的なやりとりは,モノが包含する歴史
的な記憶を,より複雑な文化や作品世界,そして慣習の中に位置づけるものである。来館者の多様
な地域性をふまえた理解からすれば,公共の場で美術をみる意味は,視覚的な展示が示す特定の知
識,文化,記憶を慣習から理解するものである。
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2. 美術館の教育活動にみられる地域性
2-1 北東北地区における事例
それぞれの来館者は,それぞれの地域社会で培ったアイデンティティに基づく世界から,専門的
な社会の中で培われた公的な場面に参加し,再びそれぞれの地域社会へと戻って,展示を解釈する
ことができる。公共性や専門性によって特徴づけられる美術館が,地域性を包含しているのは,公
の文化や歴史が展示によって可視化され,それぞれの地域社会に生きる来館者によって経験される
ためでもある。従来の共通の社会的なアイデンティティや感覚の獲得,あるいは,美術作品を歴史
的な視座からシンボリックにみる見方によって規定されてきた美術館の社会性は,地域性というよ
り固有性のある観点から,収蔵品の物語性や意味を有機的に構成する学びの場としての社会的役割
を担い始めている。このような理解は,美術や歴史に関するこれまでの美術館の専門性や研究の蓄
積を否定するものではなく,美術や歴史に関する専門性によってモノを知的で理性的な存在へと秩
序立てられた社会に適応させつつ,社会に存在する異なるアイデンティティが社会的に構成される
ことを示す美術館の二つの役割によって,美術館の社会性を新たに規定し直すものであるといえる。
美術館は,すでに社会化されたモノに関する解釈を,来館者の解釈への参加によってより豊かなも
のへと変え,その「参加」
の過程を通じて調和的な再現を行う社会的な施設である。美術館にとって
社会性とともに地域性が重要であるのは,地域性が,支配的な考えと周辺的な考えの間に生じる序
列を是正し,地域社会を背景とした多様なアイデンティティとの葛藤の経験の場面をいくつもつく
り出し,
それぞれの考え方が理解可能なものになるように働きかけることを可能とするためである。
美術館の最も基本的な性質は,価値や可視化されたモノを収蔵することにあるが,多くの美術館で
は,社会性によってもたらされた,来館者との不活発な関係性の問題を克服するために,地域性を
獲得する努力が続けられている。
来館者の「参加」を核とした地域性を重視する活動は,地域文化を守り育てる拠点施設として,人
を惹きつけ,人びとの心の拠りどころとなり,地域における賑わいの場となるような,
「地域の広場」
としての美術館の総合的な活用への応答だといえる。このような今日の美術館に向けられた役割期
待に対する取り組みは,人的要員や地理的要因に加えて,美術館設置の時期に左右される側面があ
る。たとえば,北東北地区に点在するいくつかの公立美術館は,他県の公立美術館に比べ後発的に
設置されていることから,来館者の参加を前提とした活動が開館前から構想されているという共通
の特徴を備えている。つぎに,地域性から美術館の社会的役割を明らかにする目的で実施した北東
北地区の実地調査から,地域住民の活発な参加を核とする美術館の活動と,そこから見出されるい
くつかの観点について言及したい。
本調査は,教育普及活動における「来館者とのかかわり」を社会的な視点から探ることを目的とし
た,北東北地区における実地調査である。調査対象となったのは,青森県(2 館),秋田県(2 館),岩
手県(1 館)の 5 つの公立美術館で,このうち 4 館の職員に対し聞き取り調査を行った。
本調査を通じて調査対象となった北東北地区の美術館においても,地域住民を巻きこんだ教育普
及活動の多様な実施が確認された。
特に,
これらの美術館の実践には,以下の三つの特徴がみられた。
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1)
美術館設置の構想段階における教育普及活動の中核化。
2)
専門の職員による教育普及活動の実施。
3)
従来の議論の中で検討されてきた「対話型」
「参加型」の活動の実施。
これらの実践における特徴からは,従来コレクションによって規定されてきた地域性が,地域住
民とのかかわりの実態から規定され直されていることがわかる。
また,これらの教育普及活動は,組織だった活動という特徴によっても説明される。この,活動
における組織化には,大きく二つの要素が確認され,ひとつは,教育普及活動における学習者,参加
者となる地域住民や市民,
児童・生徒といったあらゆる人びとの主体的な参加であり,もうひとつは,
教育普及活動における専門性である。これら二つの要素の統合による活動の組織化は,他の美術館
にも見うけられるが,北東北地区の美術館が組織化された活動を志向する傾向には,公立美術館設
置時期の後発性という事情が大きく関係している。
前述したように,社会的に博物館が増加しはじめる 60 年代から,第一・第二型を経て,現在は第
三型の参加してもらう博物館へと移行しているが,北東北地区の公立美術館においては,第三型へ
の移行期であるこの十年のあいだに設置時期が集中している。この,北東北地区における後発的な
発展は,美術館設立の構想の段階から参加してもらう型モデルに含まれる,個性的な活動や存在感
といった向上策を前提とした検討を可能としてきた。このような,設置時期の後発性という特性か
ら北東北地区の美術館における組織化された活動としての教育普及事業をみると,その方針がそも
そも地域全体の利益を探る,公益性が前提とされていることがわかる。
⑴ 教育普及活動と地域の公益性
公益性の観点から,市民の主体的な参加と美術館側による教育普及活動が行われている事例とし
て,はじめに,青森県の十和田市現代美術館の事例をみてゆきたい。十和田市現代美術館は,アー
トによるまちづくりプロジェクト,Arts Towada の拠点施設として 2008 年 4 月に開館し,全体監修
はナンジョウアンドアソシエイツ㈱が行っている。同館は,地域住民をふくめた一般消費者を引き
つけるための仕組みとして,地域の知的文化の活性化という社会教育機関としての機能と,地域経
済の活性化という観光資源としての二つの特徴的な機能をもつ。このような機能面における特色は,
わが国の戦後博物館史の比較的早い時期に確認することのできるものであるが,同館の活動が他館
と異なるのは,市民参加によるまちなかでの展示や市外での展示といった館外活動や,地域ゆかり
の作家ではない世界的アーティストの作品展示や招聘など,外的要因をとりこみながら,地域内の
参加と地域経済の活性化を志向する点である。このような,外を意識し,地元と連動した公益的な
活動を行う「町のクリエイティブ・インダストリー」ⅴ)としての美術館の社会的役割は,美術館の設
置目的としてあらかじめ想定されたものであったといえる。
また,同館における教育普及活動の詳細をみると,アート作品とアーティスト,参加者を中心と
した体験型の活動が実施され,地域住民をふくめた参加者は,アートやアーティストとの交流を交
えながらプロジェクトの構成員としてプロジェクトを一緒につくり上げるための主体的な関わりを
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みせている。このような,地域住民の美術館との関わりは,従来の社会教育の香りを感じさせない
ままに住民による自治を促すための地元と連動した活動へと転化され,市民によるアート制作や
アートとコラボレーションをした商品の開発といった美術館外での自主的な活動を促す契機となっ
ている。美術館活動を通じた住民の意識の変化と一連の自主的な活動は,外から持ち込まれた文化
を,まちの文化として取りこむ過程として理解することができ,美術館そのものが地域社会におけ
る空間提供という意味で大きな影響を与えていることがうかがえる。十和田市現代美術館が活動を
通じて,参加やノウハウの専門性から地域全体の利益を探る一方で,やや異なる方向性から活動の
意義を探究する美術館もある。
2006年7月に開館した青森県立美術館は,
「県民とともに行動する美術館」として,県民に親しまれ,
子どもの感性を育むための活動を展開している。同館では,子どもの美術教育に関してすすんでい
る他館の事例や,アメリカの実践事例を参考として,スクールプログラム,ワークショップといっ
た教育普及活動が設置前から検討され,その活動も専門職員のエデュケーターによって担われてい
る。エデュケーターの実務は,⑴来館の対応―対話型観賞,ワークショップ,サポーターの育成,
⑵学校への出前授業,地元の作家やアートカードの利用,⑶教員のための学習,研修など多岐にわ
たり,参加する市民との対人面での技能を考慮した人選が行われている。活動の意識の中には,ま
ずは子どもたちに美術館に親しんでもらい,来てもらうための働きかけとしての理解が上位にあり,
対話型の教育普及活動を通じて,美術館を知ってもらうための試みが行われている。このような活
動には,博物館教育や専門性に関するこれまでの議論から導き出された向上策が反映されている一
方で,美術館側からは,
「見て面白かったということが,美術に対する力を養っているのだろうか」,
「感性を磨くことは重要だが,芸術作品のシリアスな部分をどう扱うのか」といった実践上の困難に
関する声もきかれた。この,本来の作品の美的体験を活動にどう関連させていくかという美術館側
から聞かれた問題関心は,
美術館が本来,
文化・芸術などの極めて専門的な領域をあつかう場であり,
その施設から生み出される専門的な成果や地域との文化創造の営みが,施設存立や活動の意義にお
いて必要不可欠な要素であることを指摘するものに他ならない。ゆえに,ここには,美術館固有の
専門性を価値として認識し,地域の公益的活動に反映させようとする意識があるといえる。
青森県立美術館と同様に,美術館の設置検討段階から地域住民の参加を前提として教育普及活動
の中核化が図られてきた事例として,2001 年 10 月に開館した岩手県立美術館や,1967 年に開館し
2013 年 6 月に閉館した平野政吉美術館を前身とし,2013 年 9 月に開館を迎えた秋田県立美術館など
もあげられる。それぞれは,運営形態が異なるものの,美術館への参加を前提とした活動が開館前
から構想されている点で共通しており,文化的拠点や地域における賑わいの場としての美術館の位
置づけを強く求められながら開館を向かえた同様の経緯を持つ。
このように,後発的な発進をみせる北東北地区の多くの美術館は,展示を通じて美術史を可視化
したり,来館者に国粋的な文化的アイデンティティを吸収させたりすることを目的とするものでは
なく,独自の活動のコンセプトを構想段階から練りながら運営をすすめるためのしくみを,後発性
の利益として享受していることが指摘される。一方で,美術館の教育や学芸における専門性をどの
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ように活動に反映させ,それらの調和をはかっていくのかに関してあいまいな点があることを多く
の館が認識しており,今後の課題となっていることが明らかとなった。
⑵ 社会的空間としての美術館
このような,後発的に発進する美術館にみられる課題は,教育普及を中心とした活動や活動にお
ける専門性といったソフト面だけではなく,「開放的な空間」としての美術館建築に代表されるハー
ド面にもみられる。今回調査対象となった北東北地区の美術館の中には,より開放的な空間設計に
よる地域社会との関係性の構築が前提とされた美術館建築が複数含まれる。これらの美術館建築は,
美術館の社会的な存在意義を建物そのもので体現するような美術館の設計上の解放―開放的な建築
設計だけでなく,世界に比肩する建築―文化資産としての建築としての価値が求められている。と
くに,後者に関していえば,対外的な「誘致」や「一主要都市一美術館」意識が,従来とは異なる特徴
的な「開放的な空間」
としての美術館の設置の動機となっていることがうかがえる。このように,建
物が包含する「社会性」や「地域性」は,建物そのものが単なる行政の専有物ではないまちの財産と
して,理解されていることがわかる。しかしながら,建築物としての美術館建築と作品との関係性
の希薄化や,美術館としての使いやすさへの考慮がなおざりにされているなどの問題も散見し,美
術館が志向する「社会的な空間」が,集客面からみた「まちの文化財」や,人びとが集まる「にぎわい
の場」
を意味するだけではなく,美術館空間が内包する作品との親和的な関係性や,鑑賞活動におけ
る適性から「社会的空間」
を考慮することの重要性が指摘される。
社会的空間としての美術館概念において,地元と連動したソフトウェア―企画と運営や,ハード
ウェア―建築物やアートの提供を通じた,美術館と地域の文化資産との連携の可能性が思索される
一方で,空間のもつ公益性が経済効果という実利的なものとして解釈されることで,文化・芸術分
野によって生来の活動によって蓄積されてきた専門性がうすれる傾向があることは否定できないだ
ろう。また,美術館の政策や活動が地域と連動したものとなることで,美術館の活動やコンセプト
に迎合しながら恩恵に授からなければならない人びとや,参加者やボランティアとして関与する住
民間での序列形成などの問題も想定され,美術館活動の拡大にともない,美術館が考慮すべき問題
も多面化してくることがわかる。従来とは異なる「参加」という観点から,美術館の「地域性」や「社
会性」を重視した活動は,いわゆる「類型的な公立美術館」のイメージを払拭するものであるが,美
術館における生涯学習としてのサーヴィスとは一体何であるのかといった問題に今一つこたえきれ
ていない印象もある。ひとつ明らかなのは,今までとは異なる文脈で公益性や活動の方向性を見据
えることで,これまで求められてきた文化や芸術に関する美術館の専門性とは全く異なる新たな専
門性が,美術館に求められるようになっているということである。
2-2 美術館の地域性にみられる課題
これまで以上に地域性を意識した美術館では,来館者同士や来館者と美術館による社会的コミュ
ニケーションとしての対話を促進するための活動が実践されていた。そこでの活動における主なね
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らいは,来館者の活動への参加を通じた文化の発展,美術館文化の浸透,地域の活性化であり,活動
も親しみやすさを意識した「参加型」や「対話型」の教育普及活動として実施されている。しかしな
がら,こうした取り組みは,美術館経験の美的でシリアスな面をどのように活動に反映するのかや,
地域社会への広がり方において難しさが見うけられ,公的な場で美術に親しむ意味があいまいな印
象もうける。
このことから,北東北地区の事例を通じて見られた,美術館の地域的な活動にみられる第一の問
題は,専門的で総合的な技能によって培ってきたこれまでの美術館の基本機能と,それを来館者の
観点から問い直す変革的な動きとの間で,どのようにメッセージ性ある活動を展開していくのかが
定まっていない点にある。今日の美術館が,来館者や地域社会といったより明確な対象を発見した
のに対して,活動はむしろ総合的なものへと統合されていることを考えれば,美術館はこれまで以
上に広い領域横断的な知見から,活動を構成し,評価するしくみを実現することが課題となる。こ
のことからすれば,
「参加型」や「対話型」といった特徴ある活動が,
「方法」として理解されている
現状の問題は大きい。
「参加型」
や「対話型」の活動のねらいは,伝達と受容によって説明されるそれ
までの美術館と来館者の直線的な関わりを見直し,固定的な見方から来館者を開放しながら,再び
意味を構成する「過程」
を提供することにある。「参加型」や「対話型」は,
「方法」である以上に「過程」
であり,その過程に知的な側面や美的な側面がかけたり,それが単なる経済活性化のための公共的
な事業としてみなされたりしたとき,
活動の目的が不明瞭なものとなりかねない。よって美術館は,
経験を価値づける過程と美的経験を具現化するための活動として,活動がどのような方向にむかい,
なにを目的としているのかを認識しながら,その専門性と公共性によって活動を展開することが求
められるといえる。
地域性にみられる第二の問題としては,美術館の地域社会との関係性があげられる。美術館が地
域性を獲得することによって生じる難しさは,美術館という公共施設が,もともと地域の人びとの
生活圏の中にない場合,人びとが日常的にその価値を共有しえないことを想定して活動の目的を設
定しなければならない点にある。それは,そもそも公的な文化政策としての美術館に関心が薄い人
びとをふくめたあらゆる人びとに対し,どのように美術館に「参加」し「対話」していくことの意味
を示し,理解をえていくのかという課題である。後発的な発展をみせる北東北地区の美術館では,
このような問題が,現代的なパブリック・アートとしての美術館建築や,地域ゆかりの作家だけで
なく,世界的な現代アーティストの作品を積極的に取り込むという方法によって克服されていた。
それは,美術の異なる時代性や様式,展示の仕方,過去の作品の手繰り寄せ方,新たな空間や対象の
とらえ方を見るものに示す現代アートの性質を生かしながら,参加型や対話型の活動を展開するこ
とで,美術館の現代的なアイデンティティを示す戦略的な取り組みであった。しかしながら,パプ
リック・アートとしての現代美術館や現代美術が,効率的な文化形成の方法として安易に用いられ
たとき,それは,もともと地域に存在していた社会的な価値や意味との不調和を生み出し,地域社
会との関係性に多様な問題を発生させる危険性があることを,90 年代初めに多くの自治体によって
設置されたパブリック・アートとしての彫刻設置事業の前例から学ばなければならないⅵ)。美術館
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東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 63 集・第 1 号(2014 年)
における地域性ある活動の難しさは,地域社会における美術館の浸透が,もともとある人々の日常
生活や文化,価値を侵すことなく,その「あいだ」で展開していくことの難しさだといえる。
おわりに
独自の美術館の活動やコンセプトが活かされた活動を構想の段階から想定して活動を行ってきた
美術館から,地域に還元される教育活動における美術館の「地域性」や「専門性」はいかなるもので
あるのかという問題が浮上している。こうした問題は,美術館が美術館たりうる条件は何であるの
かといった原初的な問いを明らかにするための回帰的作業が,後発的な発進を遂げる美術館にも求
められていることを明らかにするものである。
また,本稿から明らかになった地域性ある美術館の教育活動の問題は,専門的で総合的な技能に
よって培ってきた美術館のこれまでの基本機能と,それを来館者の観点から問い直す教育活動の相
互の取りくみの連携の難しさであった。これらは,美術館教育における「地域性」が,美術館の専門
的な見地だけでなく,来館者のもとある生活から規定されること,そして,活動の質を追求するこ
とによって縮まる市民との心理的な距離感において検討されることの重要性を示している。このよ
うな点で,美術館教育実践を,地域性や時代性といった新たな知見から見直しながら,再び理論を
検討し,あらためて実践を検討していくことの重要性が指摘される。
【註】
ⅰ)新美隆「ミュゼオロジーとは何か?」
『ミュゼオロジー入門』武蔵野美術大学出版局,2002,p.20.
ⅱ)博物館を教育に奉仕する機関であると定義したヘンリー・コール(1857)は,博物館教育の対象者を一般公衆
(general public)ということばで表現しており,この概念が当初から定着してきたものであることがうかがえる。
ⅲ)Hooper-Greenhill,Eilean,1999, The Educational Role of the Museum, Routledge, p.346.
ⅳ)Hooper-Greenhill,Eilean,1999, Museums and interpretive communities.Department of Museum Studies,University
of Leicester.
ⅴ)西澤立衛『美術館をめぐる対話』集英社,2010 年,p.131.
ⅵ)90 年代初めに多くの自治体によって設置されたパブリック・アートとしての彫刻設置事業は,地域住民の理解を
えずに建てられた彫刻として,美術の消極的な消費を促す結果となった。
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来館者を考慮した美術館教育実践の地域的展開に関する考察
A Study of Local Expansion of Visitor-related Practices
in Art Museums
Yuko WATANABE
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
Most of art museums today are prospected to become bastions where they cultivate culture
in the area through its comprehensive use. In recent years, this comprehension shows that art
museums are not only social institutions where professionals collect objects and preserve them
due to exhibit from historic point of view, but use them for educational activities to reconstruct
relationships between museums and visitors. In this interactive education, the idea of community
and locality are key concepts to inactive those activities to understand visitors. This study was
aimed at investigating how the actual activities adopt locality in the area, and what seems to be
problematic in order to perform them.
Key wards:Art museum education, locality, visitor related, constructivism
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