【特別講演Ⅱ】 症状に基づく漢方処方 気道感染 (風邪 - k

第20回日本脳神経外科漢方医学会(2012) 講演記録集
【特別講演Ⅱ】
症状に基づく漢方処方
清水弘之
清水クリニック院長
漢方の診断としては、まず患者の体質を全体的につかんで、さらにその体質から臨床症状を生理機能
の歪みとしてとらえる。その際に「気、血、水」という 3 つの概念のうち、どの歪みであるのかをとらえることが、
薬方を決定するのに便利になるのではないかと思います。
患者さんを見た場合、まず実証と虚証ということを考えないといけません。実証ですが、がっちりして筋骨
たくましい、声に力がある、皮膚につやがある、血色がよい、汗が出ない無汗、便秘傾向、力のある脈、腹
診で弾力性がある、これらが実証の特徴です。
典型的な人はあまり来ませんが、虚証の典型としては、非常に痩せて声も小さい、皮膚が乾いている、疲
れやすい、自然に汗が出る自汗という傾向、下痢、軟便、力のない弱々しい脈、腹診で弱々しく力がない
等です。
患者さんを見た場合、虚実を明確に分けられるわけではなくて、その中間の証の人もいます。感覚的に
-2 から+2 の 5 段階位で把握してとらえていいのではないかと思います。結構がっしりしているようで非常に
虚証的な人もいますし、体はがっちりしているけれども下痢をするとか、弱々しいけれども便秘がちだとか、
虚実混じった患者さんがいくらでもいます。私も自分で漢方を愛用していますが、虚証的の漢方薬が合うな
という日もあれば、少し実証的な漢方薬がいいなという日もあります。
基本的に実証の患者さんは、瀉剤によって余分なものを体から奪います。例えば、大黄で瀉下したり、
石膏で熱を奪ったり等です。それに対して、虚証は補う補気薬、例えば人参とか、血を養うようなもの、四物
湯に代表される当帰、川芎、地黄等を用います。
まず、風邪等の気道感染を例に、虚実の処方の例を示してみたいと思います。条件反射で風邪に葛根
湯といいますが、実際には、実証には麻黄湯、中間から実証にかけては葛根湯、虚証には桂枝湯が、基本
的な処方になります。麻黄は中枢性の興奮作用があり、気道感染、いろいろな体の痛み、喘息等に用いる
製剤に入っています。
3 つ挙げた風邪の漢方薬に加え、もう一つよく使うのが、麻黄と附子の入った麻黄附子細辛湯です。お
年寄りで体が冷え冷えして寒い際に、非常によく使われます。これは麻黄が含まれているにもかかわらず、
比較的虚証の患者さんに使われる薬です。
麻黄を含む方剤
気道感染 (風邪など)の例
証
実
中間
虚
• 麻黄湯
• 葛根湯、葛根湯加川芎辛夷
• 麻黄附子細辛湯
方剤
麻黄湯
葛根湯
桂枝湯
• 小青竜湯
• 麻杏甘石湯、五虎湯
• 神秘湯
• 越婢加朮湯、薏苡仁湯
風邪にはいろいろな随伴症状が出ますが、例えば鼻水には、小青竜湯、葛根湯加川芎辛夷、麻黄附子
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脳神経外科と漢方
細辛湯、苓甘姜味辛夏仁湯等が使われます。初めの 3 つの処方には麻黄が入っています。
漢方の中で、飲むと胃を傷める生薬があり、その一つが麻黄、もう一つが地黄です。地黄は体が比較的
弱い人や高齢者に使いますが、私のように胃の弱い人が飲むと胃がやられてしまうので、麻黄と地黄の入
った処方を出す場合は、胃が丈夫かどうか確認すべきですし、食前服用の際は胃薬を一緒に出すのが親
切かなと思います。
咳、痰
随伴症状に対する処方-鼻水
• 麦門冬湯
• 小青竜湯
• 麻杏甘石湯
• 葛根湯加川芎辛夷
• 小青竜湯
• 麻黄附子細辛湯
• 半夏厚朴湯
• 苓甘姜味辛夏仁湯
• 竹筎温胆湯
• 清肺湯
小青竜湯はご存じのように、ぽとぽと垂れるような鼻水に用いますが、咳や痰に使うこともあります。
麦門冬湯は非常に有名ですが、比較的体力のない人で、激しい咳、痰が粘稠の場合によく使われま
す。
中間証でゼーゼーと激しくて咳が止まらない場合は、麻杏甘石湯を飲むと驚くようによく止まります。小
児の喘息にも用います。麻杏甘石湯に鎮咳作用のある桑白皮を加えたものが五虎湯ですが、麻杏甘石湯
と五虎湯は同じような形で使うことができます。
一般の風邪の人でなかなか咳や痰が取れない場合は、竹筎温胆湯が比較的中間証的な薬ですから誰
にでも使えます。なかなか痰が切れない場合は、清肺湯等に切り替えるとよいと思います。
桔梗湯という甘草と桔梗だけの漢方薬があります。甘草ともう 1 種類だけを加えた漢方薬は、喉の痛みを
取る桔梗湯と筋肉のこむら返りを取る
薬甘草湯、便秘に使う大黄甘草湯の 3 つがあります。桔梗湯も急
性期の喉の痛みに非常に有効です。慢性化したら小柴胡湯加桔梗石膏等を使います。
喉の痛み
風邪などの慢性化に使用する柴胡剤
桔梗湯
• 大柴胡湯
桔梗
甘草
実証
• 四逆散
• 桔梗湯
→慢性化したら
小柴胡湯加桔梗石膏
• 小柴胡湯
• 柴胡桂枝湯
• 柴胡桂枝乾姜湯
• 補中益気湯
虚証
柴胡剤は漢方のステロイドと呼ばれるぐらいに、慢性的な状況においては非常に有効な薬で、多くの柴
胡剤があります。ただし、柴胡というと小柴胡湯があまりにも有名で、すぐに小柴胡湯を追加することになり
がちですが、柴胡剤にも実証のものから一番虚証的な補中益気湯まであります。従いまして、柴胡剤と症
状に対応する薬とを併用する形がよいと思います。
例えば、咳が取れないで慢性化していたら、実証や中間証には、麻杏甘石湯や五虎湯と、小柴胡湯や
大柴胡湯を組み合わせる。もう少し中間証的になってくると、竹筎温胆湯と小柴胡湯、あるいはちょっと強
い麻杏甘石湯とちょっと弱めの柴胡桂枝湯を加えて中和する。
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中間証 咳・痰がとれず慢性化
実〜中間 咳きがとれず慢性化
• 竹茹温胆湯 + 小柴胡湯
• 麻杏甘石湯 + 柴胡桂枝湯
• 麻杏甘石湯 + 小柴胡湯
• 五虎湯 + 大柴胡湯
虚証の場合、麦門冬湯と柴胡桂枝乾姜湯にする。この組み合わせは非常に有名な組み合わせで、虚し
た人のなかなか取れない咳や喘息には極めて有効です。
老人虚証 咳がとれず慢性化
食欲もない
虚証 咳がとれず慢性化
• 麦門冬湯 + 柴胡桂枝乾姜湯
• 滋陰至宝湯 + 人参養栄湯
• 滋陰降火湯 + 補中益気湯
• 麦門冬湯 + 人参養栄湯
漢方を学び始めたときに、滋陰至宝湯とか滋陰降火湯とか、何が何だかよく分からなくなりますが、滋陰
至宝湯は比較的虚証の人に使うもので、これに人参養栄湯を組み合わせる。これも長引いた痰・咳に効果
があります。虚証の場合は滋陰至宝湯を使いますが、年を取っている老人の虚証には、滋陰降火湯と補中
益気湯、あるいは麦門冬湯と人参養栄湯の組み合わせが可能となります。
小柴胡湯は肝炎にもよく使いますが、中間証的な小柴胡湯は思っている以上に強い薬です。ですから、
状況に応じて柴胡桂枝湯、非常に虚していれば補中益気湯を使う等の配慮が必要になってきます。
気道感染を例に虚証と実証の薬を挙げてきましたが、後半では「気、血、水」の異常に対する処方を考え
てみたいと思います。
まず、気ですが、気は上に上ることが多く上衝している状態、次に気のめぐりが悪くなっている状態、それ
から完全に気が虚している状態に分けて考えます。大塚敬節先生の一文に、「気が上衝すれば桂枝を用
いる」と書かれています。気が上ると、足が冷えて、のぼせ、頭痛、めまい、動悸等が起こるので、このような
場合には桂枝の配合されている桂枝湯、苓桂朮甘湯、五苓散、桂枝加竜骨牡蛎湯等が用いられます。桂
枝は、抗炎症、抗アレルギー、発汗、解熱、鎮静、鎮痙作用があり、これらの作用が上衝の気を抑える役目
を持っていると思います。
私自身、てんかんを長いこと専門にしてきましたが、てんかんも上衝の気と合致するのかもしれません。
慶應大学外科出身で偉大な漢方医の相見三郎先生が、『漢方の知恵』という本の中で、「私は柴胡桂枝湯
によるてんかん治療をすでに 1000 例以上実施していますが、この漢方薬でてんかんのほとんど全部を治
癒、または軽くすることができました」と、うらやましいような内容が書いてあります。「柴胡桂枝湯を続けてい
ると発作が起きなくなるばかりでなく、性格の変化が目立ちます」という一文があります。
その後、相見先生は、「柴胡桂枝湯は小柴胡湯と桂枝湯の合方で、私は本方に
薬を増量したものを
用いて効果を上げています」とあります。要するに、柴胡桂枝湯の
薬をさらに増やすために、小柴胡湯合
桂枝加
薬の量を増やすことができる、これが相
薬湯、つまり桂枝湯ではなくて桂枝加
薬湯を足すと、
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脳神経外科と漢方
見先生の有名な処方です。
相見処方と芍薬
芍薬の用途
柴胡桂枝湯
日局サイコ……… 5.0g
日局ハンゲ……… 4.0g
日局オウゴン……..2.0g
日局カンゾウ…… 2.0g
日局ケイヒ………. 2.0g
日局シャクヤク….
日局タイソウ…….
日局ニンジン……
日局ショウキョウ……
小柴胡湯
日局サイコ……… 7.0g
日局ハンゲ……… 5.0g
日局オウゴン………
日局タイソウ………
日局ニンジン………
日局カンゾウ………
日局ショウキョウ……
2.0g
2.0g
2.0g
1.0g
• 感冒 --- 桂枝湯、葛根湯
• 鎮痛・鎮痙 --- 芍薬甘草湯、桂枝加芍薬湯
桂枝加芍薬湯
日局シャクヤク……
日局ケイヒ …………
日局タイソウ ………
日局カンゾウ ………
日局ショウキョウ……
3.0g
3.0g
3.0g
2.0g
1.0g
• 婦人病 --- 当帰芍薬散、四物湯
6.0g
4.0g
4.0g
2.0g
1.0g
• 細菌感染症 --- 荊芥連翹湯、大柴胡湯
(株式会社ツムラ )
薬がなぜそんなに効果があるかですが、ペンチレンテトラゾールで誘発した痙攣に対して効果がある
ことが、薬理学的にも示されています。
肉のこむら返り等に用いる
薬は非常に多くの婦人病にも使われていますが、鎮痛、鎮痙、筋
薬甘草湯、 ぐずり腹、 便が一定していなかったりする場合に用いる桂枝加
薬湯等、多くの漢方薬で使われています。
私が実際にてんかんに使った例を示します。普段はもちろん西洋薬のてんかん薬を使っているのですが、
中にはどうしても西洋薬でアレルギーが出る人がいます。
28 歳の女性は 15 歳の時にデジャヴュで発症して、24 歳で就職した途端に発作が悪化して、実際に複
雑部分発作が起きるようになり、脳波では、左の側頭部の後半から両側の後頭部で、左の側頭葉の後半部
にα波が反復して見られています。西洋薬のどれも結局合わなくて、26 歳から相見処方である小柴胡湯合
桂枝加
薬湯を投与して、それに抑肝散を加えました。1 日 2 回で開始したところ、服薬後 1~2 ヶ月で
徐々に効果を感じ、その後、しょっちゅうあったデジャヴュの前兆も含め、てんかん発作の症状が消失して、
現在は 1 年 8 ヶ月経ちますが、まったく発作がない状態が続いています。これは相見処方を使って劇的に
効いた 1 例です。
その他のてんかんに用いられる漢方
症例報告
28歳、女性
• (柴胡桂枝湯)
15歳で déjà vu で発症
24歳で就職したら発作が悪化、意識減損が出現.
テグレトール、エクセグラン、ダイアモックスなどですべて薬疹
が出現.
脳波では、左側頭部後半から両側後頭部に波及する鋭波が
反復してみられた.
26歳から、小柴胡湯合桂枝加芍薬湯(相見処方) と抑肝散を
一日2包、分2で開始.
本人の感じでは、服薬後1-2ヶ月で徐々に効果を感じ始めた.
その後、déjà vu の前兆も含めててんかん症状が消失.
現在まで1年は8ヶ月、全く発作がない状態で経過している.
仕事も、フルタイムの事務職を継続している.
• 柴胡加竜骨牡蛎湯
• 抑肝散
• 抑肝散加陳皮半夏
• 甘麦大棗湯
• 大柴胡湯
• 小柴胡湯
てんかんに用いられる漢方薬は、柴胡桂枝湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏、甘麦
大棗湯、大柴胡湯、小柴胡湯等です。
このうち抑肝散が非常に近年注目されている漢方薬で、大塚敬節先生の漢方医学の中に、小児麻痺に
限らず小児の痙攣発作、発育不良、くる病、チック病、神経質等にも、この抑肝散という薬方は不思議とよく
効くと記載があります。この抑肝散の中の釣藤鈎が重要な役割を果たしているのではないかと述べていま
す。
抑肝散は、確かに患者さんに投与してみると中枢神経の抑制作用が見られます。釣藤鈎以外にも、柴
胡、当帰、川芎等、中枢神経に関係すると思われる生薬が入っています。体力中等度の人の神経過敏、
興奮、イライラ、不安等の精神神経症状に効果があります。
抑肝散に陳皮と半夏を加えたものが抑肝散加陳皮半夏です。抑肝散よりちょっと胃が弱いとか体力が低
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第20回日本脳神経外科漢方医学会(2012) 講演記録集
下した人に使えますので、基本的には抑肝散と抑肝散加陳皮半夏はほぼ同等に使ってもよいと思います。
抑肝散が世間で注目されるようになったのが認知症の周辺症状、BPSD(Behavioral and Psychological
Symptoms of Dementia)です。昔は抑肝散というと小児の疳の虫を抑える薬と考えられていたのが、認知症
の周辺症状に対し、非常に効果があるということで一躍世間の注目を浴びたわけです。
これは私が時々試みているのですが、いわゆる ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)、最近
は大人にでもあるといわれていますが、これにもかなりの効果が見られます。私は抑肝散だけではなく、こ
れに甘麦大棗湯を加えて使うことが多いのですが、非常に有効です。
何よりもてんかんの治療をして困るのは、側頭葉てんかんの場合に発作が起きる直前になってきますと、
どういうわけかイライラ・攻撃性が非常に高まってくるのです。発作が起きて放電してしまうと嘘のように元の
本来の性格に戻る。なかなかこのイライラ・攻撃性は止めるのが難しいのです。
ところが抑肝散を使ってみると驚くほど効果があるのです。私は抑肝散を加える場合と抑肝散に甘麦大
棗湯を足して治療する場合と両方やっています。側頭葉てんかんで困ってしまった患者がたくさん来られる
ので、統計を取ってみました。実に自分が診ている患者の 4 分の 1 が抑肝散を飲んでいるのでちょっと驚き
ました。
どうしても効果がなかったら、リスペリドンやハロペリドール等、西洋薬に移っていくわけですが、そうなる
とどうしても眠気が出て、抑肝散のように眠気なしに精神症状を抑えることはできません。
気うつ
側頭葉てんかんの精神
症状に対する処方
• 半夏厚朴湯
咽頭部の異常感が使用目標となる
香蘇散
体力の弱い人、感冒の初期の抑うつ
柴朴湯 ---- 小柴胡湯 + 半夏厚朴湯
• 抑肝散 (抑肝散加陳皮半夏)
• 抑肝散+甘麦大棗湯
次に、気うつに対しては、半夏厚朴湯、香蘇散、柴朴湯等を用います。漢方薬の向精神薬は半夏厚朴
湯というイメージがありますが、そういうつもりで半夏厚朴湯を使うとそんなには効かないのです。やはり患
者さんの症状をよく見て、なんとなく気うつで、喉のあたりの違和感とか、咽頭部の異常感とかがある場合に、
半夏厚朴湯の決め手になるようで、ただ精神症状だから半夏厚朴湯が効くかというと、なかなかそうではな
いのです。
気虚
• 易疲労感、慢性的倦怠感、意
欲障害、食欲低下など
–補中益気湯
–十全大補湯
気が虚している場合ですが、現在、気分障害でうつの人が非常に多く、うつの中でも何もやる気がしない
という、強いうつ病の人に思い切って十全大補湯等を出してみると、意外と効果があるのです。漢方薬はい
ろいろな意味で気と関係していますので、予想外の利用の仕方がすごい効果を示すことがあります。私は
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脳神経外科と漢方
補中益気湯をやる気のない人に盛んに使用しています。
それから「気、血、水」の「血」ですが、血には「瘀血」という静脈還流の異常の概念、「血虚」という血が虚
する状態、低栄養の状態の概念があります。
瘀血は簡単にいうと静脈の還流が悪いわけです。女性の下肢静脈瘤に、駆瘀血剤の桂枝茯苓丸を使っ
たら治った症例報告等がありますし、門脈系の静脈の戻りが悪くなっていることが多いので、小柴胡湯に桂
枝茯苓丸を加えることも慢性肝炎の治療法の一つとして用いられています。
瘀血の腹症で有名なのは骨盤のすぐ上の腹部不快感や圧痛です。おそらくこれは骨盤内の静脈還流
の異常を示していると考えられています。瘀血症状は、舌の裏側の静脈うっ血、皮膚粘膜の暗赤色等、
様々な形で診断できます。
また月経異常や無月経と関連していることが多く、代表的治療薬は婦人の代表三剤であるツムラの 23、
24、25 番です。虚証には 23 当帰
薬散、中間証からやや実証には 25 桂枝茯苓丸、ヒステリックでうるさか
ったら 24 加味逍遥散というように使い分けますが、外れても大きくは外れないという意味で、非常に使いや
すい便利な漢方薬です。しかし漢方薬が女性に優しいといわれるように、婦人に使う、血の道症の漢方薬
は他にもたくさんあります。
月経異常・更年期障害
婦人の代表三薬
“血の道症”の漢方
• 大黄牡丹皮湯
実証
• 桃核承気湯
• 当帰芍薬散 ----- 虚証
• 桂枝茯苓丸
• 女神散
• 加味逍遙散----- 虚証、
• 加味逍遙散
多愁訴,ヒステリック
• 温経湯
• 当帰芍薬散
• 桂枝茯苓丸 ----- 中間ー実証
• 四物湯
• 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
虚証
それから血虚ですが、栄養状態が悪くなってきて疲労感が強い、倦怠感が強い、貧血や低栄養の状態
です。血虚の代表的な処方に四物湯があり、当帰、
薬、川芎、地黄が構成生薬です。血虚には、四物湯、
十全大補湯、さらに出血等が止まらない時によく使われる芎帰膠
湯等、当帰、
薬、川芎、地黄を含む
処方を使います。
さらに補気作用が強く、しかも、血虚にも有効である薬として、人参と黄耆を含む参耆剤があります。
黄耆は補血剤か補気剤かと議論のあるところですが、基本的には気剤のほうに属するのかもしれませ
ん。
参耆剤
三薬の構成生薬
• 強い補気作用とともに血虚に
も有効
補中益気湯
十全大補湯
人参養栄湯:
黄耆
黄耆
黄耆
当帰
当帰
人参
人参
• 体力が著しく低下した状態
蒼朮
桂皮
柴胡
芍薬
• 外科手術後
大棗
川芎
陳皮
蒼朮
• 慢性疾患による衰弱 (癌)
甘草
地黄
芍薬
升麻
茯苓
陳皮
生姜
甘草
甘草
• うつ病
当帰
人参
地黄
白朮
茯苓
桂皮
遠志
五味子
体力が著しく低下した場合、外科手術後に体が弱っている場合、がんがあるけれども高齢のため手術を
しないで漢方薬で治療してみたい場合等には非常に適しています。
参耆剤の代表が、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯です。この三剤のどれかを選択して使うと、低
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第20回日本脳神経外科漢方医学会(2012) 講演記録集
栄養で疲労し切った状態の時には極めて有効です。
それから最後に水の異常です。水の異常はいろいろなものがあります。例えば、尿量の異常で五苓散、
鼻水で小青竜湯、めまいで苓桂朮甘湯、さらに水毒による頭痛では今日の講演で何回も出てきました五苓
散等が有効です。
サルノコシカケ科に属する茯苓や猪苓が、水毒に用いる代表的な生薬です。茯苓は、強い利水作用を
持ち、桂枝茯苓丸、五苓散、猪苓湯、柴朴湯、茯苓飲、苓甘姜味辛夏仁湯等に使われます。
茯苓を含む方剤
猪苓を含む方剤
• 桂枝茯苓丸
• 猪苓湯
• 五苓散
• 五苓散
• 柴苓湯
• 柴苓湯
• 柴朴湯
• 胃苓湯
• 茯苓飲
• 茵陳五苓散
• 苓甘姜味辛夏仁湯
• 猪苓湯合四物湯
• 猪苓湯
水毒治療薬の代表が五苓散です。利水作用を持つ代表的な四生薬の茯苓、猪苓、沢瀉、蒼朮が入り、
さらに桂皮が加わり、五苓散を構成しています。
面白いのは、低気圧の通過前、雨が降る前に頭痛が起こりやすい人は、五苓散を使ってみると非常によ
い効果があります。
さらに、これから非常に役に立つのが、二日酔いです。以前、私はお酒を飲みすぎて、夜中の午前 2 時
か 3 時くらいにすごい二日酔いで目が覚めました。引き出しの中をかき回していたら五苓散が出てきたので
飲んだのですが、本当にびっくりするほど短い時間で痛みが取れたので、こんなによく効くものかと改めて
五苓散の効果を見直しました。また、江戸時代から、漢方医は、浮腫が出たら五苓散をとにかく使うことが、
慣習的に行われています。
それから下痢にもいろいろな種類の下痢がありますが、水様性下痢にはまず五苓散を使うのが普通です。
あるいは柴苓湯等も使われます。
その他の水毒に使用される漢方
五苓散の効能
• 柴苓湯 --- 水様性下痢、むくみ
• 浮腫
• 猪苓湯 --- 尿道、腎臓
• 水様性下痢
• 小青竜湯 --- 鼻水
• 頭痛(低気圧で悪化する)
• 小半夏加茯苓湯 ---つわり
• 二日酔い
• 半夏白朮天麻湯 --- めまい、頭痛
• ネフローゼ
• 防已黄耆湯 ---- 水太り
• めまい
• 真武湯 ---- 下痢、めまい
その他、尿道疾患に関しては猪苓湯、鼻水の小青竜湯、つわりの小半夏加茯苓湯、これはつわりに限ら
ず、気持ちが悪い、吐き気がするという人に投与してみると非常に効果があります。それから水太りの場合
の防己黄耆湯等です。
次に日頃ちょっと使うと便利がよい漢方薬をいくつか示してみます。
花粉症のシーズンの時によく使われる小青竜湯は、麻黄により胃をこわすことがあります。対策として胃
薬と一緒に出す方法もありますが、119 番の苓甘姜味辛夏仁湯という、茯苓、甘草、生姜、五味子、細辛、
半夏からなる漢方薬を使います。これも結構よく効きます。
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脳神経外科と漢方
また小青竜湯が去年までは効いたが、今年は効かないという人は、麻黄附子細辛湯や葛根湯加川芎辛
夷等を、証にこだわらず出しても結構効果があります。
冷え
花粉症
• まず、小青竜湯を試みる
• 強い冷え --- 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
• 下半身の冷え --- 苓姜朮甘湯
• 女性の三剤
–当帰芍薬散
–加味逍遥散
–桂枝茯苓丸
風邪の冷え --- 麻黄附子細辛湯
• 麻黄剤で胃をこわす人は苓甘姜味辛夏仁湯
• 小青竜湯に反応しなくなったら
–麻黄附子細辛湯
–葛根湯加川芎辛夷
背景にH1受容体拮抗薬を服用し、屯用時に
PL顆粒を追加する方法も有効
それから、冷えは漢方のかなり得意分野の一つですが、当帰四逆加呉茱萸生姜湯が非常に冷えによく
効きます。下半身だけが強く冷える場合には苓姜朮甘湯、苓桂朮甘湯もありますが、苓姜によって下半身
の冷えがよく取れます。冷えは必ずしも虚証だけではなく、中間証の人でも冷えを訴えることも多く、女性の
代表的な三剤、23 当帰
薬散、24 加味逍遙散、25 桂枝茯苓丸もよく効きます。さらに風邪でぞくぞくする
時には麻黄附子細辛湯を用います。
次は便秘についてです。開業すると、女性というのはこんなに便秘なのかと思うくらい便秘ばかり来るの
ですが、とにかく大黄甘草湯が一番使いやすい処方です。甘草により効果がマイルドになり、大黄だけより
はずっと使いやすくなります。量を調整することでほとんどの人の便秘に対応できます。寝る前に 1 包飲ん
でおくだけで快便が得られる場合が多く、それでもどうしても効かない場合は大承気湯を用います。また体
力があまりない人の便秘には潤腸湯や麻子仁丸を用います。
漢方の便秘治療で、便利がよいのは、カマと一緒に飲むと効果が倍増することです。漢方薬の効きが不
十分の時には、錠剤のマグラックスと混ぜてみるとよいと思います。
便秘
腰痛・下肢痛
• 証に関わらず大黄甘草湯をまず試みる
• さらに強い便秘 --- 大承気湯
• 老人・虚弱者の便秘
–潤腸湯、麻子仁丸
• 疎経活血湯
–しばしば著効する
牛車腎気丸
---- 下肢にむくみがあるときなど
冷えに伴う痛み
桂枝加朮附湯
当帰四逆加呉茱萸生姜湯
*漢方の便秘薬にはカマ (酸化マグネ
シウム)との併用が有効
それからペインクリニックではよく使っている疎経活血湯ですが、腰痛の時に処方すると、ほとんどの人が
良くなったと喜びます。疎経活血湯を補うものとして牛車腎気丸、冷えに伴って痛みが出てくる場合は桂枝
加朮附湯や当帰四逆加呉茱萸生姜湯を用います。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、冷えてくると腹部や腰
の周りが痛くなる等の腰痛によく効きます。
過敏性大腸症候群(IBS)ですが、相見処方で使った桂枝加
敏性大腸症候群で、便秘が顕著の時には桂枝加
薬湯が実に一番の基本薬になります。過
薬大黄湯、または桂枝加
薬湯を基本に大黄甘草湯
を加減する方法もあります。腹痛の時には小建中湯、腹がゴロゴロする時には外科手術後の漢方薬として
最近注目されている大建中湯等も有効です。
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頭痛
過敏性腸症 (IBS)
五苓散
–低気圧で悪化
川芎茶調散
生理中の痛み
当帰四逆加呉茱萸生姜湯
呉茱萸湯
冷えを伴う頭痛
葛根湯
神経痛、筋緊張性頭痛
• 桂枝加芍薬湯が基本
• 便秘が顕著
桂枝加芍薬大黄湯
腹痛が顕著
小建中湯
鼓腸、腸管の蠕動亢進
大建中湯
頭痛には呉茱萸湯ということに漢方ではなっているのですが、呉茱萸湯を使ってもなかなか簡単に頭痛
は取れません。頭痛一つに対しても、いろいろと工夫してみないといけないと思います。
低気圧で悪化するような場合は五苓散のほうが非常によく効きますし、生理中に頭痛が強くなる場合は
川芎茶調散がかなりの効果を示します。特に呉茱萸湯が効くのは、冷えを伴った人の頭痛で、さらに冷え
の強い人には当帰四逆加呉茱萸生姜湯を使うとよいと思います。また葛根湯も神経痛、筋緊張性頭痛等、
急性期的な痛みには非常によく効果を示します。
筋肉痛は、生薬 2 つから成る
薬甘草湯を用います。朝起きた時に筋肉がこむら返りをして痛くてしよう
がないという高齢者がよくいますが、寝る前に一包だけ
痛みがないといいますので、非常に便利です。
薬甘草湯を服用すると、起きた時に全然筋肉の
薬甘草湯を頓用でなくて継続して出すことも可能なので
すが、甘草の量が非常に多く、高齢者は偽アルドステロン症にすぐになってしまいますから、気をつける必
要があります。筋肉痛には、疎経活血湯や薏苡仁湯も使われます。
筋肉痛
老化現象
八味地黄丸
夜間頻尿
腰が痛い
足が弱って冷える
疲労倦怠感
→ 地黄で胃腸障害のある場合
六君子湯と合方
泌尿器症状には清心蓮子飲を代用
• 芍薬甘草湯
–筋肉痛、内臓痛ともに有効
–屯用でも継続投与でも可
–起床時の筋肉痛には,眠前に一包
疎経活血湯
薏苡仁湯
老化現象一般に対して、八味地黄丸を長期的に服用していくと効果がよいと思います。自分の感じです
が、八味地黄丸を服用している人は長生きする気がします。八味地黄丸も地黄が入っているため、胃が弱
いと服用しにくい場合があり、その場合、六君子湯との合方がよいと成書に書かれていますが、四君子湯
や人参湯でもよいのではないかと思います。
それから、大塚恭男先生が好まれて使われていた印象がありますが、八味地黄丸で胃をやられる人の
代用薬として、泌尿器症状には清心蓮子飲が使われます。おしっこが出にくい場合や、頻尿に有効です。
以上、漢方は症状に基づく投与でも虚実の判断ということはやはり抜くことはできない。それで体質・病
態の全体像と局所所見の両方から把握する。その時に「気、血、水」という観点で見ると、意外とその処方
薬が見つけやすい。従って、生薬や基本方剤をよく理解して、これらから体系的に広げていくと、意外と漢
方は縦横につながりがありますので興味が出てくるかと思います。
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脳神経外科と漢方
〔質疑応答〕 特別講演Ⅱ
座長:大野 喜久郎
質問 てんかんの子ども1例だけを漢方で治療していますが、小学校1年生の時に初めて発作を起こし、そ
の後、半年に1回ぐらい発作が起きて、脳波は異常脳波が出ていました。先生が先ほどおっしゃったように、
発作が起きる前に非常に興奮して騒ぎまくります。しかし、小児神経の先生は、子どもだからというので何も
薬を出さずにずっと様子を見ているのです。
母親から漢方でと相談を受けたので、異常に興奮する状態を少し抑えれば、けいれんも起こらなくなるか
もねといって、最初に抑肝散を出しました。1年ほどしたら、脳波異常も取れ、発作も起きなくなって、抑肝
散から柴胡加竜骨牡蛎湯に切り替えました。それでずっと順調で、小児神経の先生はもう来なくてよいとい
うのです。
そこで漢方をいつやめるかということを、先生にアドバイスしていただきたいのです。私も初めての症例で
よく分からないので、何を指標に、いつやめたらよいか今悩んでいます。
清水 非常に重要な問題に触れられていると思います。相見三郎先生の本を読むと、漢方薬と西洋薬によ
るてんかん治療の違いは、西洋医学では止めるだけの効果しかないが、漢方治療ではてんかんそのものを
根治的に治すことができると書いているんですね。僕はそれを読んで、本当かなと思いました。というのは、
てんかんをやる人間にとって、てんかん原性、epileptogenicityを取り除くことは、本当に大きな問題であっ
て、それをもし漢方で取れるのであれば、これは本当に画期的なことになるわけです。てんかん原性が取れ
るのかどうかに関しては、正直言って、私にはほとんど経験がありません。そこで先生が何か1つの道筋を
見つけていただければと思います。
質問 子どもの場合は異常脳波を、発達脳波だからというので、神経内科の先生も実際にけいれんは起き
ているのですが、西洋薬を一切出さずに経過観察だけでした。私は母親に相談を受けて、症状から非常に
過興奮の状態になってから、発作を起こすので、それを抑えれば何とか起きなくなるのではないかという東
洋医学的な観点から出して、うまくいったのか、自然に治ったのかはよく分かりません。だから、今度、漢方
をいつやめたらいいかと母親にこの間も相談を受けて、うーんという感じなんです。やめてみて、少し様子
を見るというのは、どうなんでしょうか。
清水 やめてみて、様子を見るというのもあるし、少し量を減らして経過を見るとかいかがでしょうか。
質問 いま柴胡加竜骨牡蛎湯を1日5g、朝晩2.5gを1包ずつです。
清水 それだけで止まっているのですか。
質問 はい。
清水 すごいですね。
質問 自分自身経験がないですし、西洋医学の先生に聞いても、これは分からないので、漢方医学、てん
かんに、特に造詣の深い先生に、今日はぜひ聞いて帰らなければと思っています。
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第20回日本脳神経外科漢方医学会(2012) 講演記録集
清水 西洋医学のてんかん薬でも、いつ切るかというのは非常に難しい問題ですよね。だから、単に機械
的なものでなくて、てんかんが起きる前の発作の程度がどの程度かとか、発作が再発した場合に、本人に
対してどの程度の身体的な危険性があるかとか、結局、いろいろな要素を考えながら、少しずつ減らしてい
くのが、漢方でも西洋医学でも共通したものではないかなとは思います。万が一、発作が再発した時に、本
人に危害が加わるとか、あるいは社会的に非常に大きなマイナスがある時は、私は原則的に切らないように
しています。
質問 ほとんどは起こす時間帯が明け方なんです。ですから、もしかしたら減量して夜1回だけ飲ませても
いいかなと思っています。
清水 そうですね。それはいい方法かもしれないですね。覚醒時大発作みたいなものであれば、昼間に起
きる可能性が非常に少ないですから、夜間だけにしてみるというのは、1つのよい方法かもしれないです
ね。
質問 ありがとうございました。
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