鍼治療と肝炎の文献レビュー - 鍼灸の安全対策

ワークショップ
全日本鍼灸学会 研究部 安全性委員会
【目的と方法】 肝炎と鍼治療との関連についての文献
をまとめ分析・検討を行った。
1.文献検索
医中誌Web・PubMedを利用し、肝炎と鍼治療との関連に
ついての文献を検索した(2015年3月検索)。検索キー
ワードは「鍼、針治療、肝炎」などを用いた。
2.文献除外基準
日本における安全性に関するB型・C型肝炎と鍼治療
の関連ついての記載のある文献を採用し、それ以外(
肝疾患に対する鍼灸の治療効果など)は除外した。内
容が重複する文献は、より詳細な記載のある文献もしく
は掲載が新しい文献を採用しそれ以外を除外した。
安全性関連文献(B型・C型肝炎)
43文献収集された。内訳は、有害事象症例報告論
文が6文献21症例、調査研究32文献、感染制御に関
する文献が5文献であった。
感染制御 5文献
全体 43文献
有害事象
症例報告
6文献
調査研究
32文献
Ⅰ.有害事象症例報告
B型肝炎が6文献21症例(C型肝炎は報告されていない)
年
年齢・性
記載
1985
なし
1986
48男
53男
1988 30女
備考
治癒 「8例は鍼治療が原因」と記載(うち、6例
(全症例)は同一の鍼治療所で感染したと推測)。
治癒 「同一鍼治療院に時を前後して通院し、発
症した」「他の感染経路を否定」から、鍼
治癒 治療により感染したと推定。
症状改善
他の感染経路を否定し鍼治療を疑う。「可能性は
あるが断定できる根拠はない」とも考察。
治癒 全例が同一鍼灸院にて治療を受けていた。
(全症例)男2人、女6人。
症状改善
発症1年前の検診ではHBs抗原陰性。発病2ヵ月・
2002 37男
キャリア化4ヵ月前に鍼治療の既往があることより疑う。
感染持続発症9ヵ月前の検査でHBs抗原陰性。発
2011 63男
治療中 症の前月と当月に鍼治療を受ける。
1992
30~70
歳
転帰
肝炎と鍼治療の因果関係
論文の記述では、因果関係は証明されていない。
・同一治療院における肝炎の多発(3文献)
蓋然性があるかも
・発症前に鍼治療を受けている事実から疑う(3文献) 濡れ衣かも ①B型肝炎では30~150日、C型肝炎では30~50日の潜伏
期を経て発症するため原因を突き止めるのが困難
②既に感染していた可能性を否定できない
著者のほとんどは医師であり、鍼施術の状況などについ
て詳細な記載がなく、文献の記載だけでは判断が難しい。
Ⅱ.調査研究
疫学調査(24文献)
鍼灸師の肝炎感染
率調査(5文献)
鍼灸初診患者の
HBV・HCV検査(3
文献)
Ⅱ-­‐1.疫学調査(24文献)
病気の原因と思われる因子を設定し,その因子が病気
を引起こす可能性を調べる統計的調査。
感染原因として鍼治療を疑う文献 21文献
鍼治療の関与は少ないとする文献 7文献※重複4文献あり
(対象)地域住民や肝炎など肝疾患患者など
非肝炎患者群に比べて、HCV・HBV患者群で鍼治療歴
があるものが有意に多い。
感染経路として鍼治療を疑う。
感染原因として鍼治療を疑う文献① 10文献/21文献
対象
(千人以上)
①40歳以上住民 1627名(1996)
②佐賀住民 3580名(1998)
③新潟住民 2231名(1998)
④G県住民9 919名(2001)
⑤HCV多発地区住民 3580名(2001)
(千人以下)
①伊予市民 136名(1991)
②非A非B型肝炎患者151名
③HCVクリニック受診者 501名(1992)
④HCV抗体陽性でHCV-RNA陰
性を示した 12名(1996)
⑤船員と家族 252名(1998)
HCV患者でない群に比べて、HCV患者は鍼治療歴が
ある者が有意に多かった。
感染原因として鍼治療を疑う文献② 11文献/21文献
~因果関係の解釈に疑問が残る文献~
1.統計学的考察をするには数が少ない(2文献)
対象
1992 大学入学生2198名
鍼治療歴と肝炎感染との関連
抗体陽性5名中、3名鍼治療歴有
※1993個室付浴場女性従業員191名有意差あり(鍼治療歴有は4名)
発表年
比較
鍼治療歴有4名の
C型肝炎感染率
鍼治療歴なし187名
のC型肝炎感染率
2.統計処理なし(問診のみで判断?) 5文献
鍼治療歴と肝炎感染との関連
対象
1992C型肝炎患者73名 1例に頻回の鍼治療歴があり
献血でHCVキャリア 「鍼治療が感染経路のものが20%もしくは
1993
と判明した149名 それ以下」と記載
1994外来HCV患者41名10年以上前の鍼治療を疑う、長期治療歴3名。
2002急性HCV患者12名鍼治療を感染経路とする1例の記載(40女)
HCV感染者の感染経路不詳者の26.9%が
2004医院受診者18856名
鍼治療歴有
発表年
統計処理の記載がなく、問診で鍼治療歴があったら、
他の要因を特に考慮せず、即鍼治療が感染経路だと断
定していると思われる文献も散見される。
3.民間療法と鍼治療を区別せずに混同(2文献)
鍼治療歴と肝炎感染との関連
対象
HCV多発地区住民
1994435名
民間療法歴有に有意差あり。
木曽保健所管内小
HBV・HCV有意差あり。古くから住民同士
1996学生以上の地区住 で出血を伴う吸い玉療法が行われていた。
民1000名
発表年
※出血を伴う吸い玉療法が問題。有資格者か無資格者
か不明。国家資格をもったものが行う鍼治療とは分け
て論じる必要がある。
鍼治療の関与は少ないとする疫学調査:7文献
対象
①肝炎多発地区住人749名(1992)
②農協婦人部女性146名(1993)
③女子受刑者504名(1997)
④40歳以上の住民1764名(1998)
HCV 4文献 非HCV患者とHCV患者
において鍼治療歴に有
意な差はなかった。
HBV 2文献
①非A非B型肝炎患者151名(1992)
②個室付浴場従業員191名(1993)
非HBV患者とHBV患者
において鍼治療歴に有
意な差はなかった。
①C型肝炎多発地域40歳以上の
住民795名(1996)
有意な差があったが、
多発地区になった理由
は別にあると考察。
感染原因を対象とする疫学調査の年別文献数
1990年以前および2005年以降は検索されなかった。
1999年の感染症法施行により、4類感染症として、さらに
2003年の感染症法の改正に伴い5類感染症に分類され、そ
の発生動向が監視されている(届出対象は急性肝炎のみ)。
ウイルス性肝炎の発生届(感染経路の記載書式)
疫学調査まとめ
1.疫学調査では因果関係ありとするもの、なしとするもの
の両方があり、因果関係に関する確証は示されていない。 2.解釈に疑問が残る文献が散見される。 ・統計学的考察をするには数が少ない
・統計処理の記載がない(問診のみで感染経路と判断?)
・民間療法(出血を伴う吸い玉療法)と鍼治療を区別せず混同
疑 B型・C型肝炎が血液媒介感染症である以上、鍼を
念 介して感染するのではないか?
・ 不 ・不適切な衛生操作(不十分な滅菌・消毒、鍼の使
安 い回し)、不衛生な院内環境
Ⅱ-­‐2.鍼灸師を対象とした肝炎感染率調査(5文献)
・HBV感染率は国民と同率(n=812、89) 2文献
・HCV感染率は国民と比べ高くない(n=183) 1文献
鍼灸師のB型肝炎・C型肝炎感染リスクは高くない。
・鍼灸師のHBV感染率が有意に高い(n=103) 1文献
鍼灸師のB型肝炎感染リスクは高い。
・一般化するには対象数が少ない。
・引き続き調査が必要。
※他に、鍼灸師養成機関学生を対象としたB型肝炎感染調査が1文献があった。
Ⅱ-3.受診患者へのHBs抗原・HCV抗体検査(3文献)
対象
①医科大学の鍼灸科初診
患者98名(2006)
②大学医療センター鍼灸初
診患者856名(2007)
③医科大学受診者17806名
(2008)
結果
HBs抗原陽性1.1~2.0%
HCV抗体陽性4.3~6.1%
鍼灸初診患者に、B・C型肝炎に罹患している者が一定数存在する。
・患者から施術者への感染の予防対策が必要。
・鍼治療前から肝炎に感染している人が一定数いる点を踏
まえた上で、症例報告・疫学調査を考察することが重要。
Ⅲ.感染制御(5文献)
鍼治療を感染経路としてB型・C型肝炎に感染するの?
感染するかは実証されていない(わからない)。
①B型肝炎患者に刺鍼した鍼にHBV付着(2002 楳田高士)
②HBV(+)血清を鍼に塗布。その鍼体、それをエタノール綿
花や乾綿で拭ったものにHBV付着。(2004 大市三鈴)
③C型肝炎患者の治療に用いた円皮鍼(7回、107本)から
はHCVのRNAは検出されなかった。(2004 奥田学)
④HCV患者に使用した鍼にHCV付着。HCV(+)血清を塗布
した鍼体を綿花で拭っても、HCV残存。(2004 笠原由紀)
⑤HCV患者に使用した鍼から、感染を起こす可能性のあ
るウイルス量が定量された。(2013 楳田高士)
不衛生な鍼治療により感染する可能性があるものとし
て感染予防対策を組み立てる必要がある。
まとめ
鍼治療と肝炎感染との因果関係は実証されていない。
①鍼治療後に発症したB型肝炎が報告されている。(6文献
21症例) ※C型肝炎は報告されていない。
②疫学調査では因果関係のある文献とない文献の両方が
あり、因果関係の確証は示されていない(24文献)。
③鍼灸師の肝炎感染率は、国民と同率(2文献)とするもの
と、有意に高い(B型肝炎、1文献)ものがある。
④鍼灸初診患者にB・C型肝炎に罹患している者が一定数
(1.1~6.1%)存在する(3文献)。
⑤感染制御(5文献)
・肝炎患者に刺鍼した鍼に肝炎ウイルスが付着する場合がある
・乾綿やアルコール綿花で拭っても排除できない場合がある
・感染可能性のあるレベルのHCVウイルスが定量されている
文献解釈の注意点
1987年に厚生省から「鍼灸におけるAIDS感染等の防
止について」等の通達が出されて以降、鍼灸師および
鍼灸学校はより一層の感染防止対策を行っており、そ
れ以前と以後で鍼灸の感染対策も大きく異なると思わ
れる。
(B型肝炎集団訴訟)
予防注射の注射筒の使い回しが1988年まで行われ
ていた。
疫学調査の結果においては、通達前の施術による
肝炎発症の要素が大きいと思われるが、分析は困難。
現在の標準的な鍼施術による感染リスクとは分けて
考察する必要がある。
ご静聴ありがとうございました。