「日本海洋工学会 JAMSTEC 中西賞制定趣意書」 中西俊之博士(1934

「日本海洋工学会 JAMSTEC 中西賞制定趣意書」
故中西俊之博士は、防衛庁時代に培った技術力を基に我が国に水中音響機
器の民生品がほとんど存在しない頃から、外国製の各種ソーナーの改良や国産
技術の育成、船舶の水中放射雑音の低減などを行い、潜水調査船「しんかい 2000」
/母船「なつしま」や「しんかい 6500」/「よこすか」の開発・建造の主要メン
バーとして大きな役割を果たした。その開発課程において水中音響や海洋観測
技術全般に関する豊富な知見を JAMSTEC 内外の多くの研究者・技術者に伝えて
きた。
博士は、
「我が国海洋開発の発展のためには海洋工学技術の進歩が不可欠で
ある。」ということを信条にしていた。晩年は、我が国の海洋工学技術力の凋落
を憂い、
「技術力の向上のためには、研究者や技術者の育成が最も重要である。」
という強い信念を持っていた。
この賞をきっかけとして、一人でも多くの研究者・技術者が海洋工学分野
に志し貢献してもらうことが博士の希望である。
博士の死後、生前の思いを具現化するためにご遺族のご厚意を基に、日本
海洋工学会を通じて、多くの研究者・技術者を育成するためとして「JAMSTEC
中西賞」の制定に至ったものである。
中西俊之博士(1934 年~2007 年)プロフィール
昭和 33 年防衛大学卒業、同年防衛庁に入庁し、昭和 51 年海洋科学技術セン
ター深海開発技術部研究副主幹。以後、同センターにて海洋研究部長、技術相
談役(非常勤)、理事(非常勤)を歴任。平成 2 年に東京工業大学にて学位(工
学博士)を取得。平成 19 年 1 月没、享年 72 歳。