住宅ストックの再生による持続型のまちづくり 川北 健雄 1 はじめに 3. 地域特性を生かしたまちづくり しても、最初から建替を前提とするので 人口減少は、いまや日本全国で対策が この場所の地域特性を把握するため、 はなく、むしろ人々の記憶を継承する貴 求められる最重要課題となっている。日 まずは過去の航空写真等を用いて土地造 重な地域資源であると捉えて、可能な場 が 2014 年 5 月に発表し 成の履歴や緑地と河川の配置を調べ、統 合にはリノベーションによる再生活用と た人口推計では、現状の人口移動が収 計資料により人口分布の状況なども確認 いう選択肢についても、積極的に検討し 束しない場合、2040 年までに若年(20 した。次に学生たちと一緒に現地を歩き ていくことにした。 ∼ 39 歳)女性人口が 50% 以上減少す 回って、実際に街路空間の様子を観察し さらに、建替やリノベーション時の具 る市区町村が 896(全体の 49.8%)に た。その結果、この辺りの住宅地には、 体的なデザインにおいては、現地調査に のぼり、そのうち人口が 1 万人を切る 住み手が関与することによって生まれた よって明らかになった地域特性をふまえ 本創成会議 1) 543 の自治体については、「このままで 街の景観要素が豊富に分布していること て、その存在が地域の魅力を高める要素 は消滅可能性が高い」と指摘されて、各 がわかった。中でも重要だと思われたの となることをめざして、特に以下のよう 種メディアで大きく報道された。 が、以下の 3 種類の要素である。 な点に留意することとした。 二つめのリノベーションプロジェクト 5. まとめ たな魅力を創出する、次の時代へと引き 人口の急減が予測される地域では、今 第 1 には、住民が街路に面して並べ ①建物と周辺の間に適度な連続性を確保 である「禅昌寺キオスク」6) では、1 階 高度成長期に開発された住宅地にも、 継ぎ可能な持続的要素として活用するこ 後、多くの空き家が発生することになる。 ているプランターなどの植栽である。第 すること。個々の暮らしとまちの間に、 の店舗部分が長く閉ざされていた 3 軒 住み手が半世紀にわたってつくり出した とができる。 特に、高度成長期に開発が進んだ住宅地 2 には、路上あるいは私有地の道路境界 魅力的な関係が生まれるようにすること。 長屋の西側 2 軒を、2 階に 3 つの個室、 生活の風景が有る。大規模な建替は行わ このような社会的課題を前にして、解 では、同時期に建てられた家屋の老朽化 近くに置かれた家具や道具類である。第 ②場所の特性を生かすこと。周辺環境と 1 階に共用スペースを持つ若者向けの ずに各場所のコンテクストを丁寧に読み 決策の有効性を左右するのがデザインの が一気に進み、それらをどのように取り 3 には、建物に後付けされたベランダや 既存の文脈を丁寧に読み解き、まちの記 シェアハウスに改修した。 取って、それを生かした個別更新を行え 力である。そんな局面において、芸術工 扱っていくべきかについて、しっかりと 物干等である。 憶を継承しつつ発展させること。 閉鎖的になっていた街角部分に開放的 ば、老朽化した建物群も貴重な社会ス 学的な思考が、今、まさに必要とされて した方針を立てて対処していく必要がある。 そして、これらの分布を地図上にプ ③自然を尊重しつつ快適性を高めること。 な休憩所を設け、外に置かれていた自動 トックとして活用できる。リノベーショ いる。 このような状況の中で、神戸芸術工科 ロットした結果、本プロジェクトの対象 通風採光性能、断熱性能、耐震性能を高 販売機も取り込んで、近所の人々が気軽 ンによって居住性能や耐震性能を高め、 大学では 2010 年より、そのような問題 地には、これら 3 要素が集中的に分布 めて、持続可能な快適性を追求すること。 に立ち寄ることのできるまちの「キオス 若い世代を惹き付ける新たな要素も付加 註 を抱える典型的な場所のひとつである する区域と、やや少なく分布する区域と ④若者を呼び込める個性的な魅力を創り ク」とした。メッセージを書ける黒板壁 することで、積み重ねによる多様な魅力 1) 2011 年 5 月に発足した、学識経験者 神戸市須磨区 2) の住宅地を対象として、 が、地形や街区形状とも関係しながらモ 出すこと。無難で画一的なデザインでは の前のベンチはシェアハウスの居間の縁 にあふれた地域の持続的な創造が可能に や経済界、労働界の有識者を集めた政策 老朽化住宅の再生利用を含む地域の魅力 ザイク状に混在し、全体として、自然と なく、この場所にしか存在しないような 側へと続き、奥の路地空間へと連続して なる。 発信組織。 づくりのプロジェクトに取り組んでい 開発の歴史が生み出した環境構造と、そ ユニークな不動産物件を提供すること。 いる。上部壁面に設置した電波時計は、 解体すればゴミにしかならない過剰な 2) 日本創成会議が 2014 年 5 月に発表 る。この地域内に多くの土地建物を保有 こに暮らす人々がつくりだした景観要素 行き交う人々に実用情報を発信し、「キ 住宅ストックも、うまく手を加えること した資料では、神戸市の 9 区のうちで オスク」の公共性を象徴する。 によって、地域の個性を生かしながら新 減少率が最も大きな須磨区では、2010 3) 写真 2 「鈴木文化シェアハウス」外観 5) 写真 3「鈴木文化シェアハウス」共用スタジオ 5) の総合による、多様な魅力が創り出され 4. 二つのリノベーション事例 ていることがわかった。 以上のような方針に沿って、神戸芸術 年から 2040 年にかけて、若年女性人口 針としての、長期ビジョンの策定依頼を 工科大学では、それらの考え方を具現化 が 51.4% 減少し、総人口も 25% 程度減 受けたことが始まりである。 するためのデザインチームをつくり、老 少すると推計されている。 朽化した建物のリノベーションによる 2 3) 神戸市中央区に本社をおく、大和船 2. プロジェクトの対象地 軒のシェアハウスの実現に携わった。 舶土地株式会社。 対象地域は、神戸市須磨区の神撫町か 「鈴木文化シェアハウス」4) は築後 38 4) 設 計: 神 戸 芸 術 工 科 大 学 神 撫 町・ ら禅昌寺町にまたがる区域に広がる住宅 年を経て老朽化が進んだ木造共同住宅の 禅昌寺町プロジェクトチーム(川北健 地である。六甲山系西端部を横切る妙法 部分的な改修を行ったプロジェクトであ 寺川沿いの坂道の多い場所で、地下鉄板 る。2 階建て全 8 戸のうち、空室となっ する神戸の不動産事業者 から、老朽 化した多くの物件を更新していく際の指 宿駅から北へ徒歩 15 分程度のところに 雄、花田佳明、金子晋也、金野千恵)+ 写真 4 「禅昌寺キオスク」外観 KONNO。 写真 6 「禅昌寺キオスク」黒板壁への描画 た 1 階の連続する 3 戸を改修した。改 5) 写真 2 と写真 3 の撮影:多田ユウコ。 位置する。大正時代まで茶畑などがあっ 写真 1 妙法寺川沿いの景観 修に際しては界壁の一部をなくし、集 6) 設計:神戸芸術工科大学 神撫町・禅 た地域が、良好な郊外住宅の供給地とし 以上の調査結果をふまえて、前述の不 約した水廻りを設けた共用スペースと 3 昌寺町プロジェクトチーム(川北健雄、 て開発された。妙法寺川を挟む斜面の緑 動産事業者と一緒に検討した結果、この つの個室からなるシェアハウスへと組み 花田佳明、小菅瑠香、中村卓)+有限会 に囲まれ、街の各所からは海への眺望も 地域では、今後も比較的小規模な更新事 替えた。 社ランドサット(安田利宏)。 開けている。地形的な特色が豊かで、魅 業の積み重ねによって、このような多様 また、共用スタジオをできる限り地域 7) 写真 5 と写真 7 の撮影:西澤智和。 力ある住宅地としての大きな潜在力を有 性に基づいた地域の魅力を、いっそう高 に開いて、個室→共用スタジオ→前庭→ しているが、現在ある戸建て住宅や集合 めていくことがのぞましいという考えで 道路へと、生活が段階的にまちへとつな 住宅の中には老朽化しているものも多い。 一致した。そして、老朽化した建物に関 がる工夫をした。 芸術工学会誌 No.68, May 2015 24 写真 5 「禅昌寺キオスク」縁側のある共用居間 7) 写真 7 「禅昌寺キオスク」玄関土間吹抜け 25 芸術工学会誌 No.68, May 2015 7) *本資料は、芸術工学会誌に掲載された原 稿の写真部分のみをカラー版に入れ替えて Web掲載用としたものです。
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