地域住民のニーズ受け止め 認知症対応の専門性生かす

ちょっと拝見老健 施 設
ちょっと拝見老健 施 設
196
で家庭的なケアを受けているうちに、症状が安
定するケースは少なくない。しかしながら、入
地域住民のニーズ受け止め
認知症対応の専門性生かす
所期間が長期化すると、やはりどうしても生活
は単調になり、入所初期のような顕著な改善は
みられなくなってしまう。
「当施設には、リハビリ専門職がST も含め
計7 名いますが、なにせ140 名という大所帯
ですので、どうしても 1 人に関わる時間は限
比嘉施設長
介護老人保健施設嬉野の園
(沖縄県南風原町)
精神科病院から始まった
地域の認知症治療・ケアを牽引
は え ばる ちょう
島尻郡南風原 町。首里城にもほど近い那覇
市との境にある小高い丘の上に、老健施設「嬉
野の園」
(比嘉傅施設長。入所定員:140 名、
うち認知症専門棟:40 名、通所定員:40 名)
は建っている。同施設からは、那覇市街と、遠
く慶良間諸島が一望できる。四半世紀をゆうに
越したその建物には蔦が絡まり、独特の南国情
緒のなか、なんとも趣のある雰囲気だ。創設は
平成元年。沖縄県で最初の老健施設としての貫
録も感じられる。
田崎理事長
約 2 万坪というその広大な敷地に
は、設置主体の医療法人輔仁会(田崎
琢二理事長)が運営する嬉野が丘サマ
リヤ人病院と保育園、グループの社会
福祉法人千尋会が運営する特養、特定
有料老人ホームが建ち並ぶ。また、通
りを挟んですぐ向かいには、こちらも
同法人が運営する障害者福祉サービス
事業所があり、精神障害者の生活訓練
と作業訓練を行っている。ここでつく
玄関前で集合写真。施設建物は、壁に蔦が絡まり趣ある雰囲気
48 ●老健 2015.5
052-055ちょっと拝見老健施設(再)0406.indd
られる無添加パンは法人内の各事業所
だけでなく店頭販売もしており、地域
外間事務長
の人も買いに来る。
かつてはススキの群生する原っぱだったとい
うこの地で最初に事業を始めたのは、前記のサ
マリヤ人病院。精神科の専門病院だった同病院
は、早くから認知症治療にも取り組み、平成
25 年には、沖縄県から認知症疾患医療セン
ターの認可を受けた。
その病院に併設する老健施設なので、当然嬉
野の園では、認知症ケアに力を入れている。県
内ではここを入れて 2 か所しかないという認
知症専門棟もあり、病院と連携し、多くの認知
症高齢者に対するサポートの取り組みを行って
いる。
「病院には重症認知症患者デイケアサービス
もあるため、そこからの入所相談が最近では多
くなりました。認知症専門棟があるということ
で、当老健施設への待機者もかなりおられま
あ げ な
す」と、支援相談員の安慶名緑さん。
急速な高齢化の進展により一気に顕在化した
認知症の問題。同法人が「地域に根差し、地域
に愛され信頼される医療・福祉を」というノー
マライゼーションの精神で、その治療・ケアに
率先し努めてきたことが、いま、地域からの確
固たる信頼というかたちで、実を結んでいるの
だろう。
アートセラピーで達成感
自分らしさを取り戻す
一般的に、老健施設は病院と異なり、より生
活に近い場で 1 人の人間をみることができる
メリットがある。認知症においても、老健施設
られてしまいます。一人ひとりと密度の濃い関
わりがしたくて急性期病院から老健施設へ転職
してきた自分にとって、それがずっとジレンマ
でした」
。
作業療法士の砂川厚さんは、 5 年前からOT
を中心に行ってきたある取り組みのきっかけを、
そう語る。彼が提案した取り組みとは、いわゆ
るアートセラピーだが、廊下に飾られた利用者
の作品をみると、その本気度に驚かされる。専
門家に指導を仰ぎ、きちんと額装されたその作
品は、どれも立派な、完成度の高い芸術作品ば
かりだ。
「認知症の方にハサミを使わせたりすること
には、最初は躊躇しました。でも、実際にやっ
てみると、逆に集中して作業に取り組んでくれ
ることがわかりました。バンバンと落ち着きな
く机を叩いていた方も、ペンを持たせると、同
じ動作が点描という手法の絵になります。作品
として形になると、やはり本人にも達成感が生
まれるようで、目が輝くんですね。思った以上
の効果に、スタッフも皆、驚きました」と、砂
川さん。
つくり溜めた作品は、法人内の病院の入院患
者や保育園の園児とコラボレーションし、昨年、
県立博物館で行った展覧会で一般公開もした。
反響は大きく、約2,000 名もの集客があり、
テレビ・新聞にも取り上げられた。利用者に
とっては、それが 1 つの社会参加の機会とな
り、日々の生活に生きがいが生まれた。
表現をすることで自分らしさを取り戻す。こ
れは、まさに“re(再び)+habilis(適し
た)
”というリハビリテーションの語源通りの
効果が発揮された好事例といえるだろう。飾ら
老健 2015.5 ● 49
48-49
2015/04/06
17:23:36
ちょっと拝見老健 施 設
ちょっと拝見老健 施 設
で懸念しています。特に沖縄は観光特区という
ことで、テーマパークにリゾートホテル、大型
ショッピングセンターなど新規事業が目白押し
で、県としては潤っても、医療・福祉業界に
ほか ま
とっては脅威です」と、外間政智事務長はため
息をつく。
安慶名支援相談員
作業療法士の砂川さん
れた作品をみて、何人かの家族からは「ぜひ自
宅で飾りたい」との申し出があり、譲ったもの
もある。家族にとっても、利用者とのかつての
関係性を思い出す、よいきっかけとなったよう
だ。
また、同施設では、 3 年前にST が入職して
以来、口腔・栄養管理に関する取り組みにも力
を入れている。口から摂る栄養の大切さ、誤嚥
の危険性をST が啓発し、以後、勉強会等を開
き、スタッフの意識改革から徹底的に行った。
老健施設の強みは、それらをチームケアで行
えることである。ST が嚥下の評価、OT が
シーティング、そして、PT がベッドサイドで
の適切な運動を行い、それに沿ったケアを看
護・介護スタッフがみていく。この取り組みの
おかげで、現場のスタッフ間の連携はより強
まったという。
「相談員の立場から見ても、ここは施設長以
下、スタッフのチームワークは本当によく、風
通しのよい関係ができています」と、安慶名さ
んも太鼓判を押す。
在宅に戻すだけが正解ではない
認知症ケアを生かし地域に貢献
一方、常に頭を悩ますのは、ここでもやはり
人材確保の問題である。
「正直、かなり厳しい状況です。若い介護職
にもっと入ってもらいたいと、近年は県内の福
祉系の科目のある高校にも働きかけているので
すが、なかなか…。景気が上向けば、さらにこ
の業界から人材が流出してしまうのではと本気
50 ●老健 2015.5
052-055ちょっと拝見老健施設(再)0406.indd
同施設の利用者の多くが住む那覇市の高齢化
率は、現在全国平均よりはやや低く、18%強。
とはいえ、これからさらに高齢化は進み、人材
不足はますます深刻になるだろう。
田崎理事長は、今後を見据えてこう語る。
「そんななか、これからさらに増えると予測さ
れている認知症高齢者のケアをどうするのか。
国はいま、しきりに在宅を推進していますが、
認知症高齢者を在宅でみるとなると、 1 人に
つき最低 1 人の介護者が必要です。 1 対 1 で
すね。沖縄でも、那覇市のような都市部では独
居や高齢者のみ世帯が増えていますし、生産人
口が減少していくところに、 1 対 1 で介護を
するというのは、あまりにも非効率であり、大
きな損失でしょう。時流に逆行するようですが、
私はやはり純粋な意味での在宅だけでのケアは
難しいのではないかと思っています。老健施設
があくまでも中間施設だというなら、サービス
付き高齢者向け住宅やグループホームのような、
何らかの別の在宅に代わる受け皿が必要です。
将来的には、そういうことも考えていかなけれ
ばなりませんが、それがいまか、と問われたら、
いまではないと思うのです」
。
それに加え、これからは多死時代に突入する。
在宅での看取り態勢も必要とされるが、病院・
施設で、というケースも増えていくことが予測
される。実際、同施設でもここ数年で、看取り
の件数は 1 桁から 2 桁に増加した。
「私がここの施設長に就任してからは、積極
的にターミナルケアも実施するようになりまし
た。やはり、ご家族のニーズに応えて、という
ことです。もちろん、看取りを行うとなると、
それまで以上にご家族とのコミュニケーション
を緊密にとらなければなりませんし、スタッフ
にもリスクをおそれない心構えが必要になりま
広々としたスペースの4人用の居室
展覧会でも展示した利用者の作品は、施設のあちこちに飾
られている
レクリエーションでカラオケに興じる
機能訓練のためのマシンコーナー
す。単純に業務量ということで考えれば大変に
なりますが、
“看取り”はどこかがやらなけれ
ばならない。在宅では無理となれば、やはり老
健施設がその役割を引き受けるべきなのでしょ
う」
(比嘉施設長)
。
―
結局のところ、長年地域に根を
ニーズ
おろし、地域住民の生活を支えることで信頼を
得てきた同法人としては、それが何よりも優先
ご家族のニーズを考えたら、在宅に戻すことが
必ずしも正解ではないと思うんです。地域包括
ケアシステムとひと口にいっても、地域によっ
て医療・介護の資源も人口構造も全く異なるわ
けで、全国すべて同じものはできません。我々
としては、認知症ケアという専門性を生かして
地域に貢献していくしかないのかな、と思って
います。幸い、併設の病院の精神科病床を、
3 年前に合併症にも対応できるような病棟構
されるべき事項である。そう考えると、在宅復
帰も本当に難しい問題だ。
そもそも、沖縄県には、現在在宅強化型老健
施設は 1 つもない。嬉野の園も例外ではなく、
在宅復帰率は直近でも10%以下と、在宅強化
型はおろか、在宅療養支援加算の算定にもほど
遠い。
「今回の介護報酬改定を受け、もちろん
当施設としてもいろいろと検討はしました。し
かし、即効性のある解決策がいまはみつかりま
せん」
(外間事務長)
。
田崎理事長も大きくうなずく。
「地域の状況、
造に一部建て替えました。以後、合併症をもっ
た認知症の方の対応が一気に増えています。将
来的には、その後方支援として、リハビリ職が
充実したこの老健施設の機能をうまく活用して
いければと考えます」
。
高齢者介護以外にもさまざまな問題を抱える
沖縄県。方法論は多種多様だ。ただ、絶対にぶ
れてはいけないのは、
“地域に愛され、頼りに
される”という立ち位置である。
(取材:社会保険研究所)
老健 2015.5 ● 51
51
2015/04/06
17:23:38