2015 年 4 月 25 日 「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する意見書 (3) 京都大学工学研究科 教授 河合 潤 ㊞ 2.平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書が間違いであること(続き) 「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する 2015 年 3 月 28 日付の私(河合)の意 見書(2)の続きとして,中井意見書の誤り・事実に反する記述・虚偽・公判での偽証等 を指摘する.なお,末尾には,意見書(2)に対する補足と訂正も付記した. 2.17.たとえば、1g の亜ヒ酸と 1g のデンプンをまぜれば、ICP-AES で分析すれば、As の濃 度はデンプンを入れる前の半分になるが、高エネルギー放射光蛍光 X 線分析では、As のピ ーク強度はほとんどかわらない。デンプンは X 線をほとんど吸収しないので、デンプンの 有無でピーク強度がかわらないからである。河合氏の間違った論理では、デンプンを 1 g まぜると、ピーク強度が半分になると考えていることとなり、この点が根本的間違いであ る。(中井意見書,p.3) 「河合氏の間違った論理では、デンプンを 1 g」混ぜて亜ヒ酸濃度が半分になればヒ素の 「ピーク強度が半分になると考えている」が, 「高エネルギー放射光蛍光 X 線分析では、As のピーク強度はほとんどかわらない。」と中井鑑定人は意見書で主張している.一方,第 34 回公判中井証人尋問調書(平成 12 年 7 月)pp.62-63 には,以下の中井証言が記録されている. 検察官:続きまして,発生した蛍光 X 線の強度と,そして資料内に含まれているそれぞれ の元素の量なんですが,これは関係があるということでいいわけでしょうか。 中 井:そうですね,一つの元素に着目すれば,例えば強度が倍あれば,ほぼ存在する元 素量も倍であると,そういうことは言えると思います。基本原理ですね,蛍光 X 線 の。 検察官:例えば図 3-(1B)などを見ますと,ピークがありますよね。 中 井:はい。 検察官:そのピークの高さと含有量というのは関係があるというふうに理解していいわけ でしょうか。 中 井:はい,そのとおりです。 検察官:ピークが高ければ高いほど含有量が多くなるということでいいんでしょうか。 中 井:はい。一つの元素に着目してれば,そういうことが成り立ちます。 ここで,第 34 回公判中井証人尋問調書で検察官が例示した「図 3-(1B)」は「M 緑色ドラム 缶」在中の亜ヒ酸の蛍光 X 線スペクトルである.Fig.7 に中井鑑定人が SPring-8 で測定し 24 たこのスペクトルを示す.この図は確定審判決 p.967 掲載の図であるが,中井鑑定書甲 1170 の「図 3-(1B)」のスペクトルと同一である. Fig.7.SPring-8 で測定した緑色ドラム缶在中亜ヒ酸の蛍光 X 線スペクトル.地裁判決 p.967. 甲 1170 の図 3-(1B)と同じスペクトル.甲 1170 の図 3-(1B)と比べると,各ピークの帰属が より詳しく記入されている. 平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書では,ヒ素濃度が半分になっても「高エネルギー放 射光蛍光 X 線分析」の「ピーク強度はほとんどかわらない」という.しかし,第 34 回公判 中井証人尋問調書(平成 12 年 7 月)においては,検察官が言う「ピークが高ければ高いほど 含有量が多くなる」ことを肯定し「例えば強度が倍あれば,ほぼ存在する元素量も倍であ る」と証言している.同一の実験結果の解釈に対して相反する供述をしていることは明白 である.中井意見書の記述(本節引用部)も証言(34 回公判)も虚偽である.いずれもそうなっ た方が林真須美有罪に都合が良い場面・場面で虚偽の主張をしているに過ぎない. デンプンの密度は約 1.5g/cm3,亜ヒ酸の密度は 3.74g/cm3 なので,1g のデンプンは一辺 8.7mm の立方体,1g の亜ヒ酸は一辺 6.4mm の立方体である.これを混ぜると,紛体の混 合体積は厳密にはそれぞれの紛体の体積和にはならないが,概略一辺 9.8mm の立方体(約 2g/cm3)になる.SPring-8 鑑定で用いたフィルムに挟むと(本意見書(1)p.6,Fig.1 に示 したフィルムに挟む),試料厚さが 1mm とすれば,31mm 四方になる.一方,1g の亜ヒ酸 25 を同じ厚みに挟むと,16mm 四方になる.中井鑑定の SPring-8 ビームサイズは 2mm×2mm であるから,このビームに照射されるデンプン・亜ヒ酸混合紛体の面積内に「存在する元 素量」(ヒ素量)は,混合前の 1/4 になり(一辺 31mm の正方形と一辺 16mm の正方形を比べ れば,面積比は 4:1 であるから 2mm×2mm のビームに照射される部分に存在するヒ素量 は 1/4 となる.より正確には 3.5:1 である),蛍光 X 線強度も概略 1/4 になる. 試料中では X 線は指数関数的に減衰するので,入射光も,励起された蛍光 X 線も紛体中 ではランバート・ベールの法則に従って減衰するが,正確な蛍光 X 線強度は元素ごとに(元 素の特性 X 線のエネルギーに依存した吸収係数の指数関数で減衰するため) 試料厚さにわ たって積分計算が必要となる.照射角度(入射光の照射断面積)や検出角度,検出器の有効面 積,紛体の粒度分布などでも強度は変化するので,元素によっては(すなわちその元素の特 性 X 線の X 線吸収係数によって),試料のちょっとした置き方の誤差も強度に大きく反映さ れる場合もある.こうした基礎物理的事実は 1950 年代に定量分析のために定式化され,蛍 光 X 線分析の専門家なら熟知している.中井鑑定の場合,入射光は平行ビームかつ高エネ ルギーなので減衰は無視できるが,固体内で発生した蛍光 X 線は全立体角にわたって放射 されるので,1/r2 で減衰する効果,試料中で他の元素に吸収・励起される効果(共存元素の 効果)なども考慮する必要がある(r は蛍光 X 線発生位置からの距離). シンクロトロン放射光による蛍光 X 線分析では,試料に入射する X 線強度が時間の経過 につれても指数関数的に減衰する.蓄積リング内を周回する電子数が時間と共に減少する からである.したがって測定している間に「As のピーク強度は」ゆっくりと減衰する.ま た,蓄積リングへ電子を入射するとその直後には,X 線強度は数倍強くなる.鑑定が行われ た 1998 年・1999 年当時は,SPring-8 が供用開始されたばかりの時期だったので,蓄積リ ング電流の半減期は現在(2015 年)よりも短かった.また,供用開始直後の数年間は,X 線 光学系への熱負荷によって X 線光学素子が熱膨張してビーム位置が突然変化し,強度が突 発的に強くなることも弱くなることもあった.ビーム位置(光軸)が変化することも当たり前 で,中井鑑定に用いた 2mm×2mm の大きさのビームは,その面積内で均一な強度であっ たわけではなく,ビーム強度の最大の位置が,2mm×2mm の面積内で突然移動したはずで ある.当然 X 線のコリメータとして用いた鉛に当たる X 線量も変化するので,鉛のピーク 強度も大きく変化したはずである.イタイイタイ病で死亡した被害者の腎臓検体のカドミ ウム分析などをそのころ SPring-8 で行った私(河合)自身の経験から,このような SPring-8 の当時の問題点は熟知している.同じビームラインではないが,数分間の測定中に入射ビ ームの位置が,数センチメートル移動したことも経験した.2000 年代に入ってしばらく後 に,X 線光学系の冷却方式の改善等により,ビーム強度やビーム位置の不安定性の問題は解 決した.同一の試料を繰り返し測定したとしても,鑑定当時,SPring-8 の入射光強度の変 動は極めて激しかった. したがって中井意見書の記述も第 34 回公判中井証言も虚偽である. 「高エネルギー放射光蛍光 X 線分析では、As のピーク強度はほとんどかわらない。」とい う中井意見書の記述が真実であるならば,例えば,上記の Fig.7 など関連証拠亜ヒ酸(M 緑 色ドラム缶,M ミルク缶,M 茶色プラスチック,M 白色缶(重),T ミルク缶,林台所プラ スチック容器,青色紙コップ)の同一試料を繰り返し測定した蛍光 X 線スペクトルの生デー 26 タを開示すべきである.蛍光 X 線の強度は,濃度以外に,上述の通り様々な要因によって も変化する.試料を入れ替えずに繰り返し測定したデータなどについても開示すべきであ る.Fig.7 に示したような重要な証拠亜ヒ酸のほとんどは,1 回限りの測定しかされておら ず,再現性の確認さえされていないが,このことだけでも SPring-8 中井鑑定が極めて信頼 性の低い鑑定であったことは明白である.それでも,中井鑑定の測定強度に基づいて敢え て定量するならば,2014 年 1 月 26 日付の私(河合)の「和歌山カレーヒ素事件鑑定書」(弁 32)記載の通り,林台所プラスチック容器のヒ素濃度は,紙コップの 1/7~1/3 の低い濃度で あると結論できた.谷口・早川鑑定は中井鑑定の再現性をチェックしたもので,M 緑色ド ラム缶,M ミルク缶,M 茶色プラスチック,M 白色缶(重),T ミルク缶,紙コップは「同 種」,林台所プラスチック容器付着亜ヒ酸は「異同識別の判断をすることができない」とい う鑑定結果(補充)であって,決して「同一物」という結論ではない.信頼性が特別に低い中 井鑑定の「同一物」という結論だけを選択的に使ったのが地裁判決である. 2013 年出版の中井泉,寺田靖子共著「和歌山毒カレー事件の法科学鑑定における放射光 X 線分析の役割」(X 線分析の進歩,44 集,pp.73-80)と題する論文では, 「濃度や数値で比較すべきとの指摘であるが,放射光蛍光 X 線分析では,たとえば PF BL-4A では 1983 年の放射光の共同利用開始より,放射光蛍光 X 線分析の数多くの先駆的 研究がなされてきたが,現在でも定量分析はルーチン化されていない.BL08W では最近著 者らのグループが定量分析を報告しているが,装置から組み立てが必要であった世界初の 実験で,短時間に結果を出さねばならなかった緊迫した状況下で,とても定量分析を行え る状況ではなかった.」(p.78 左) と言い訳を述べている.BL08W は SPring-8 のビームラインである.学生実験に用いる卓 上型蛍光 X 線装置でさえも,極めて高精度の定量値が得られるが,放射光蛍光 X 線法の定 量精度は全く劣っており,原理は同じでも,似て非なる方法である.手作りのハンググラ イダー(「装置から組み立て」る放射光蛍光 X 線)と旅客機(高精度な定量分析ができる卓上 型蛍光 X 線装置)ほどの違いがある.これは私が指摘した上述の中井鑑定の欠陥そのもので ある.しかし中井鑑定人は「とても定量分析を行える状況ではなかった」というが,第 34 回公判中井証人尋問調書(平成 12 年 7 月)pp.62-63 のとおり,ピークの高さと含有量が関係 するという証言は,粗い精度でなら成立し,高い精度では成立しない.したがって,粗い 定量(紙コップの 1/7~1/3 という濃度の低さ,いわゆる半定量)は十分に可能である. ところで, 「河合氏の間違った論理では」としてあたかも私が間違った論理を展開してい るかのように中井鑑定人は言う.私はそのような論理は展開していない.私(河合)は,放射 光蛍光 X 線分析ではデンプンなど軽元素が分析できないので,そもそも「高エネルギー放 射光蛍光 X 線分析」を用いたことが不適切な鑑定であり,別の分析法(SPring-8 鑑定に試料 を回すために行われなかった赤外分光,卓上型蛍光 X 線分析装置による軽元素分析,走査 電顕・X 線発光分析 SEM-EDX など,当時林台所プラスチック容器以外の鑑定には使われ た方法.これらの分析法の中で SPring-8 の信頼性が最も低い)を併用すべきであったと指摘 27 した.中井鑑定人は放射光にこだわっているが,それは中井鑑定人が和歌山ヒ素事件鑑定 のしばらく後まで蛍光 X 線分析を定量分析にさえ使った経験もなく,放射光を使って考古 遺物,美術品,鉱物など,定量値を出す必要もない一回限りの分析,再現性のチェックを 必要としない鑑定だけを行ってきた研究者だからである.蛍光 X 線分析法による定量に関 しては,中井鑑定人は,専門家レベルの知識さえ持っていない.これは,中井鑑定人が著 者として出版した学術論文のリストを見れば明らかである. 中井鑑定人が,専門家レベルの知識さえ無いことを端的に示す事実が 2014 年に暴露され た.こうした事実に気付いた人は多いが,和歌山ヒ素事件における中井鑑定のほころびが 分析化学界で広く知られるようになり,指摘しようとする人が出始めたものである.私へ の連絡は実名であったが,外部には名前を知られたくないと言う事なので,本意見書では 匿名とする.匿名であっても,中井鑑定人が専門知識を持たないと言う事実は何ら変更が ない.中井鑑定人も含めた誰もが間違いであると認める事実の指摘だからである. 中井泉編著「蛍光 X 線分析の実際」(朝倉書店,2005)の中井鑑定人執筆部に重大な間違 いのあることが 2014 年 8 月に上述のとおり匿名の読者から私(河合)宛に連絡された.その 間違いは,明白な間違いだけでも,①同書の表紙(本意見書(3)に Fig.8 として示す),② 中井泉著 5 ページ図 1.5(Fig.9),③中井泉著 6 ページ図 1.6(Fig.10)の Lβ線を帰属した 3 か所にのぼる.この 3 か所は同じ傾向の誤りである.出版社の過誤ではなく,著者の専門 性の低さを暴露した事実である.中井鑑定人自身が編集責任者であると同時にまえがきと 第 1 章 1~17 ページを執筆しているが,たかだか 18 ページに 3 か所もの重大な誤りをして いる. Fig.8.「蛍光 X 線分析の実際」表紙.Lβを示す N→L は間違い.M→L が正しい. 28 Fig. 9. 「蛍光 X 線分析の実際」中井泉著第 1 章 5 ページ図 1.5.Lβを示す N→L は間違い. M→L が正しい. Fig. 10.「蛍光 X 線分析の実際」中井泉著第 1 章 6 ページ図 1.6.Lβを示す N→L は間違 い.M→L が正しい. 29 中井鑑定人が帰属を間違えた Lβ線は,原子を太陽系モデルで表すと,正しくは M 殻→ L 殻という電子遷移によって発生する.中井鑑定人は,Lβ線が,N 殻→L 殻であることを 示す 3 つの異なる図を描いた.2005 年以来隔年で,中井鑑定人が主に東京理科大学で開催 した X 線分析講習会(参加者は毎回約百名,2010 年の講習会参加費は 1 名当たり 44,000 円) でも同じ図を用いて受講生に教えてきた.蛍光 X 線分析でビスマスや鉛などの重元素を分 析する際に,Lβ線は数十本の蛍光 X 線ピークのうちで最強の分析線(その元素の定性・定 量に用いる最も重要な X 線ピーク)である. 原子核に一番近い電子軌道は K 殻であり,太陽系なら水星の軌道である.L 殻は金星, M 殻は地球,N 殻は火星軌道に相当する.もし天文学者が火星と地球の軌道を 10 年間にわ たって間違い続けたとしたら,天文学の専門家と呼ぶであろうか? このような間違いは蛍光 X 線分析の専門家として有りえないことであり,多くの X 線分 析研究者を失笑させた.初心者に良くある間違いだとコメントした研究者もある.中井鑑 定人は,蛍光 X 線分析の専門的知見が初心者なみに浅いことを示す事実である. Lα線・Lβ線や M 殻・N 殻などの X 線分光学の用語が高度に専門的であるからと言っ て些末なことであると考えるべきではない.特に,和歌山カレーヒ素事件鑑定においては, この間違いは致命的である.上述の通り,Fig.7 は確定審判決掲載のスペクトルであり,第 34 回公判中井証人尋問で検察官が「例えば図 3-(1B)などを見ますと,ピークがありますよ ね。」という甲 1170 中井鑑定書の図 3-(1B)と同一のスペクトルである.甲 1170 ではほとん どの X 線ピークの帰属が表示されていなかったが,Fig.7(確定審判決の図)ではすべてのピ ークが帰属され,元素記号と K 線,L 線などの分光学記号が表示されている.Fig.7 の「Pb L 線」という矢印が,中井鑑定人が 10 年以上間違えてきた鉛 Lβ線である. 第 34 回公判中井証人尋問調書(平成 12 年 7 月)p.58 には,以下の記載がある. 検察官:モリブデンの左横にある谷間の所にあるピーク。 中 井:これは鉛によるものです。で,この鉛のピークというのは,これはいわゆる L 線 と言われている,いろんなエネルギーの X 線を一つの元素が出すんですけれど, その L 線に当たるピークです。 検察官:モリブデンの今言った左横にあるピークというのは,鉛の L 線というピークとい うことですね。 中 井:はい。で,同じく鉛の K 線のピークが,ビスマスの左横と右横にありますね,こ の四本,これは鉛に起因するピークです。 「これはいわゆる L 線と言われている」というのが鉛 Lβ線である.βが抜けている.Lα 線は Lβ線とほぼ同じ強度,測定によっては Lβ線の 2 倍の強度でヒ素(As)Kα線に重なる ため,「AsKα線+PbLα線」と表示すべきであるが,この確定審の判決の図では「AsKα 線」とだけ書かれている.誤りである.鉛の Lβピークが出現する場合にはヒ素の定量には 十分な配慮をしなければならないことは蛍光 X 線分析技術者には常識である.ヒ素 Kαピ ーク強度から鉛 Lαピーク強度を引算した強度が真のヒ素蛍光 X 線強度である.この重要 30 な事実に触れずに「高エネルギー放射光蛍光 X 線分析では、As のピーク強度はほとんどか わらない」と言ったり,逆にヒ素量に比例すると言うのが中井意見書であり中井証言であ る. Fig.11.「X 線分析の進歩」誌第 46 集(2015 年 3 月 31 日出版)の中井訂正記事. 31 Fig.11 は 2015 年 3 月末に出版された「X 線分析の進歩」誌第 46 集に掲載された中井鑑 定人執筆による「訂正願い」を示す.蛍光 X 線分析法に関して初心者並みの専門的知見し か持ち合わせない中井鑑定人が確定審死刑判決の決定的な鑑定をおこなったことを示す証 拠である. 本意見書(3)では,①第 34 回公判中井証人尋問調書(平成 12 年 7 月) pp.62-63 の中井 証言と,平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書 p.3 の記述とは明らかに矛盾し,いずれも非 合理なものであることを示した.また②中井鑑定人がヒ素事件鑑定にかかわる専門的知見 を有していないという文献的証拠も示した.和歌山地裁浅見健次郎裁判長裁判官,溝田泰 之裁判官,森優介裁判官は,平成 26 年 6 月 30 日付の「鑑定及び証拠開示命令の申出につ いて」なる文書において「中井亜砒酸鑑定が専門的知見に基づく合理的なものであるとい う点はいささかも揺らぐものではないのであって,その信用性は十分に肯定できる」と記 述したが,今や中井鑑定は専門的知見に基づくものでもないし,合理的なものでもないこ とが明らかとなった.大きく揺らいでいる. ――――――――――――――――――――――――― 2015 年 3 月 28 日付の河合の意見書(2)に対して以下の補足と訂正をする. 補足 Table 3-3 の解析において,計算式 の値を計算し,M 白色缶(重)は,M 緑色ド ラム缶以外のルーツであることを意見書(2)で私(河合)は以下のように結論した. 「科警研の丸茂鑑定結果(甲 1168)を整理し直すと,①「紙コップ」の 1 点,②「M 緑色ド ラム缶」, 「M ミルク缶」 , 「M 茶色プラスチック」 , 「T ミルク缶」の 4 点,③「M 白色缶(重)」 の 1 点,という似た亜ヒ酸であっても,3 つルーツがあったと結論せざるを得ない.」 地裁判決 pp.107-108 には次のような記載があり,その意味するところは重大である. 「重記載缶分取第 1 回(鑑定資料 4)は,当初の 5 回の測定の中でビスマスの濃度に一度だけ 異常値が出たことから,もう 1 回分析を追加している.このため,重記載缶のデータは,6 32 回計測され,異常値を除いた 5 回分の数値が基礎になっているが,甲 1168 鑑定の鑑定書で は,異常値を含む当初の 5 回分の数値が記載されてしまった。」*1 私の「意見書(2)」で示した Table 3 の解析方法は,科警研の丸茂鑑定甲 1168 で修正 を忘れた異常値の検出ができたことを,この確定審判決の記述は示している.しかも 5 回 中でたった 1 回の異常値が混ざっていても検出できたわけである. すなわち,Table 3 における私(河合)の解析において,③「M 白色缶(重)」は②「M 緑色 ドラム缶」, 「M ミルク缶」,「M 茶色プラスチック」,「T ミルク缶」の亜ヒ酸 4 点とは異な るルーツであると意見書(2)で結論したことは, 「異常値を含む当初の 5 回分の数値が記 載されてしまった」科警研のミスを検出できていたことが明らかとなった.これは Table 3 のデータ解析法が高い信頼性を持ち,ルーツが同一か異なるかの判定において極めて有効 な解析方法であることが裏付けられたことを意味する. 一方,このように高い信頼性を持つ Table 3 の私(河合)のルーツ解析法に従えば, 「紙コ ップ」のルーツが,関係証拠亜ヒ酸 4 点(M 緑色ドラム缶,M ミルク缶,M 茶色プラスチッ ク,T ミルク缶)とは明確に異なるものである点は,何の修正も必要ないどころか,M 白色 缶(重)の異常値が発見できたことによって,むしろ補強されたと言うべきである*2. 確定審判決は,M 緑色ドラム缶,M ミルク缶,M 白色缶(重),M 茶色プラスチック,T ミルク缶,林台所プラスチック容器の「いずれかの亜砒酸を,本件青色紙コップに入れて ガレージに持ち込んだ上,東カレー鍋に混入したという事実が,合理的な疑いを入れる余 地がないほど高度の蓋然性を持って認められるのである」と結論したが,「青色紙コップ」 付着亜ヒ酸のルーツは M 緑色ドラム缶ではない.したがって,この地裁判決は最も重要な 事実認定を間違ったものと言わざるを得ない. *1 科警研は,再測定を行い,異常値を除いた後に異同識別鑑定したと言う事であるが,その分析値を異常 値と判定した根拠の説明はなく,棄却した異常値が本当に異常値であったという統計学的検定を示すべき である.「異常値を除いた 5 回分の数値」もわからないし,元データもわからないため(ビスマスだけを再 分析したのか,ヒ素,セレン,アンチモン,スズ,鉛も再分析したのかも不明である), 「M 白色缶(重)」が 「M 緑色ドラム缶」をルーツとするものであったのか否かは科警研鑑定書甲 1168 からは判定できない. 再鑑定が必要である. *2 青色紙コップは,M 緑色ドラム缶がルーツではなく,おそらく別の緑色ドラム缶がルーツであったと考 えられるが,シッピングマーク(荷印)から,T 産業が中国から輸入した 60 缶の他の緑色ドラム缶の再鑑定 が必要であることは言うまでもない.T 産業が 60 缶を輸入したうちの 1 缶が M 緑色ドラム缶(「実兄から 押収したドラム缶」 )であることは,「和歌山県警察本部,取扱注意,部内資料,和歌山市園部におけるカ レー毒物混入事件捜査概要」第 9 (次ページ Fig.12)に記載されている. 33 Fig.12.「和歌山県警察本部,取扱注意,部内資料,和歌山市園部におけるカレー毒物混入事件捜査概要」 の表紙と該当ページ.谷口・早川鑑定費用の余剰金で印刷・製本・出版し,警察関係者に記念として配布 されたと聞いている.T,N,M.O 等は和歌山県警察本部の冊子に記載の通りであって,本意見書における 修正ではない. 訂正 Table 3-2 の「0.55±3.2」の脚注において 3.2 は「ミスプリと思われる.」と記載したが, 地裁判決 p.108 記載の事実により, 「3.2」は科警研鑑定書における「0.032 のミスプリであ る.」と訂正する. 意見書 (4)へつづく.2015 年 5 月 30 日(土)に提出予定. 34
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