75 膠芽腫を既往にもつ脳梗塞片麻痺例の自宅復帰に向けた理学療法経験

第 12 セッション
神経(症例報告)
症例報告ポスター
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膠芽腫を既往にもつ脳梗塞片麻痺例の自宅復帰に向けた理学療法経験
村上 千夏(むらかみ ちなつ),田村 哲也
千里リハビリテーション病院 セラピー部
キーワード
膠芽腫,片麻痺,装具療法
【目的】
膠芽腫を既往にもつ脳梗塞片麻痺例の理学療法を経験した.膠芽腫は脳腫瘍の中でも悪性度が高く,生命予後
は悪いとされている.しかし本人・家族には
「できる限りリハビリをして自宅退院したい,トイレまで歩きたい」
という強い希望があり,より積極的なアプローチが求められた.結果として,自宅退院間際での脳腫瘍拡大によ
り転院となったが,従来の片麻痺例と類するような回復が得られたのでその経過を報告する.
【症例紹介】
50 代女性.左脳梗塞を発症し,1 ヶ月後に当院入院.6 ヶ月前より膠芽腫の既往があり軽度右片麻痺と失語症を
呈していたが,自宅内伝え歩き・排泄動作は自立していた.当院入院後も膠芽腫に対する定期検診・化学療法を
前院で実施していた.
初期評価では Burunnstrom Stage(Br Stage)上肢下肢 I,表在・深部感覚軽度鈍麻,両股関節伸展制限(右:
10̊,左: 5̊)
を認めた.また非麻痺側下肢筋力は徒手筋力検査 3 であり,全身持久力低下・体重減少より膠芽腫
発症以降の廃用症候群が疑われた.起居を含む基本動作は全て中等介助であった.CT 所見では膠芽腫による左側
頭葉の広範な病変と左放線冠の梗塞を認めた.
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【経過】
主治医・他職種とのカンファレンスを通じ,トイレまでの杖歩行を含めた排泄動作の獲得を目標とした.当初
の立位では麻痺側股関節・体幹の固定性低下や膝折れがあり,随意的・自動的な筋収縮による姿勢保持は困難で
あった.そこで開始 3 週目に長下肢装具(KAFO)を作製し,後方介助歩行を中心とした装具療法を負荷量に配
慮しながら積極的に実施した.8 週目には膝折れ減少と重心移動・骨盤介助による麻痺側ステップが可能となっ
た為,段階的に Semi KAFO・短下肢装具(AFO)での杖歩行へ移行した.併行して排泄時の下衣操作を想定し
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た立位課題を追加した.16 週目には見守り下での杖歩行・排泄動作を病棟 ADL に導入し定着を図った.
能力改善に伴い家屋評価や夫の院内宿泊など退院準備を進めていたが, 20 週目に嘔気等の体調不良が発生し,
前院において脳腫瘍拡大の診断に至り転院となった.状態変化前の最終評価では Br Stage 上肢下肢 II,両股関節
伸展 15̊,非麻痺側下肢筋力 4 であった.基本動作・排泄動作は見守りまで改善し,歩行動作は AFO とサイドケ
インを使用し,自宅トイレ使用に必要な 10m 以上が見守りで可能となった.
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【考察】
がんのリハビリの目的は「治療過程において受けた身体的・心理的な制約に対し,患者が属する家庭や社会へ
可能なかぎり早い復帰を導くこと」
とされている.しかし本症例に対しては QOL 充足の観点から,回復期満了に
近い期間を費やし希望や目標の達成に努めた.結果として転院となったが,負荷量に配慮しながらも積極的な装
具療法の展開により想定以上の回復が得られた.この回復は,顕在化する膠芽腫と脳梗塞の問題を区別して治療
した結果と捉えられ,脳腫瘍を併存する脳梗塞片麻痺例に対しても装具療法は効果的であったと考える.
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被殻出血患者に対する semi KAFO の病棟生活での活用方法の検討―シング
ルケースでの報告―
上野 龍一(うえの りゅういち),山口 祐太郎
脳神経リハビリ北大路病院 リハビリテーション科
キーワード
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被殻出血,semi KAFO,膝関節過伸展変形
【目的】
病棟生活の中で短下肢装具(以下:AFO)を使用し,膝関節過伸展変形が生じた被殻出血の症例を経験した.
治療場面で装具を使用した報告は多くみられるが,病棟生活での使用例を含めた報告は少ない.大腿上位半月を
カットすることができる長下肢装具(以下:semi KAFO)を入院早期から使用すれば麻痺側膝関節過伸展変形を
予防できたと感じた症例を経験したため,semi KAFO の使用方法の検討を踏まえ報告する.
【症例紹介】
50 歳代,女性,左被殻出血を発症し定位的血腫ドレナージ術を施行.術後意識障害,失語症,重度の運動麻痺,
感覚障害は残存.発症後 21 日で当院回復期リハビリテーション病棟へ転院.当院入院時の CT 画像上で内包後脚
や視床外側核,さらに被殻背側部や前頭橋路など上方への病変が観察された.入院時 Functional Independence
Measure 運動項目(以下:FIM M):19 点,認知項目(以下:FIM C)
:8 点,Fugl Meyer Assessment(以下:
FMA)下肢:2 点,FMA 感覚:2 点であった.NIHSS は 18 点,座位保持可能だが起居動作や移乗動作は介助を
要し,麻痺側下肢は低緊張で荷重支持は困難な状態であった.
【経過】
入院早期から備品の長下肢装具を用いて立位保持や移乗動作練習,介助歩行など装具療法を中心に実施.転院
後 1 ヶ月で起居動作,移乗動作は監視レベルへ変化がみられた.同時期に本人用長下肢装具が納品.直後から足
部の変形予防を目的に病棟で AFO を使用.意識障害が改善し離床機会が増え,転院後 2 ヶ月頃には膝関節過伸展
位での荷重場面が多く見られたため,過伸展変形予防のために semi KAFO を使用した.NIHSS は 9 点と改善し,
4 ヶ月目には移乗動作,トイレ動作が自立.退院時 FIM M:74 点,FIM C:25 点,FMA 下肢:18 点,FMA
感覚:10 点,歩行能力は AFO を装着し杖歩行自立レベルであり歩行速度は 33m min.立位,歩行場面では膝関
節過伸展変形による膝伸展スラストが残存した.
【考察】
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被殻出血により大脳基底核における運動ループが障害されると筋緊張の異常が生じるとされている.抗重力位
では下腿後面の足関節底屈筋群が優位に働く.立位時の麻痺側下肢底屈筋群の過剰収縮が筋緊張を亢進させ足部
内反変形を生じる可能性がある.そのため病棟生活で AFO を使用したが,筋緊張亢進はみられなかった.これは
前頭橋路や内包後脚に病変が及んでおり運動前発射や随意運動が重度に障害され麻痺側上下肢が低緊張であった
ためと考える.運動麻痺と感覚障害が重度で荷重時の膝関節のコントロールが困難な状態であった.AFO で病棟
生活を過ごしたことで,
膝関節に繰り返し伸展方向へのストレスが加わり膝関節過伸展変形を生じたと振り返る.
上記の臨床症状を認める症例においては入院早期から semi KAFO を生活場面で使用することで過伸展変形を
予防できるのではないかと考える.対応としては病棟生活から semi KAFO を伸展位でロックし正しいアライメ
ントで使用していくことが挙げられる.変形が予防できていれば,より歩行能力が改善できた可能性がある.
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脳梗塞急性期より著明な筋緊張亢進を認めボツリヌス療法と免荷式リフトを
併用して進行した症例
姉川 恵佑(あねがわ けいすけ)1),徳田 和宏1),橋本 亮太1),山下 靖代1),行光 未希1),
海瀬 一也1),小山 隆2),貴島 晴彦3),西野 鏡雄4),藤田 敏晃4),種子田 護4)
阪和記念病院 リハビリテーション部1),阪和記念病院 リハビリテーション科2),
大阪大学大学院 医学研究科 脳神経外科学3),阪和記念病院 脳神経外科4)
キーワード
脳卒中急性期,ボツリヌス療法,免荷式リフト
【目的】
脳卒中発症早期における運動麻痺は弛緩性麻痺を呈することが多い.今回,発症早期から筋緊張亢進を認めそ
の後理学療法(以下 PT)進行に難渋しボツリヌス療法(以下 BTX)と免荷式リフトを併用した症例を経験した
ため報告する.
【症例紹介】
72 歳女性.左下肢痙攣を主訴に来院.MRI にて右中大脳動脈分水嶺領域,右基底核,左前頭葉に急性期の梗塞
を呈していた.既往歴として陳旧性脳梗塞があったが ADL は自立していた.
【経過】
第 3 病日 PT 開始.NIHSS 8 点,Brunnstrom Recovery Stage(以下 B.R.S)上下肢 II,SIAS 34 76 点.関節可
動域制限はなかったが modified Ashworth Scale
(以下 mAS)では大腿四頭筋 3, 大殿筋 3, ハムストリングス 2,
下腿三頭筋 3 であり膝蓋腱反射,アキレス腱反射に著明な亢進を認めていた.FIM は 40 126 点であった.開始日
より端坐位,翌日より介助立位実施.立位は非麻痺側への荷重が優位となり麻痺側足関節は底屈内反を呈してい
たため第 7 病日免荷式リフトを用いた立位を開始し荷重を調節しながら早期立位を進めた.第 10 病日免荷式リフ
トでの歩行を開始.初期歩行では全歩行周期で左足関節底屈内反を呈し足クローヌスと膝折れが出現し左下肢振
り出しにも介助が必要であった.また歩行を進めていく中で足クローヌスの増強がみられ夜間時痛も訴えるよう
になった.そのため BTX を併用することとなり第 20 病日内側広筋,外側広筋に各 70 単位,腓腹筋内側頭,腓腹
筋外側頭に各 30 単位施注.翌日には mAS 大殿筋 2,大腿四頭筋 2,ハムストリングス 2,下腿三頭筋 2,膝蓋腱
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反射軽度亢進,アキレス腱反射消失となりさらに疼痛の軽減も加わり歩行を積極的に進めることができた.特に
歩容では左 IC での左足関節底屈内反が軽減し膝折れも消失し第 42 病日免荷式リフトから離脱した介助歩行が
継続できた.最終評価として NIHSS 2 点,SIAS 50 76 点まで改善.左下肢の随意性は B.R.S 下肢 IV と改善し筋
緊張は mAS にて大腿四頭筋 2,大殿筋 2,ハムストリングス 3,下腿三頭筋 1+,膝蓋腱反射軽度亢進,アキレス
腱反射消失となった.基本動作は寝返りから坐位まで自立,立ち上がりや移乗は物的介助にて監視レベル,歩行
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は腋窩介助にて可能となり FIM は 65 126 点まで改善し第 52 病日回復期リハビリ病院へ転院となった.
【考察】
発症早期より著明な筋緊張亢進を認めた症例を経験した.離床に伴い筋緊張がさらに亢進し疼痛も出現したた
め進行に難渋したが免荷式リフトを用いる事で非麻痺側の過剰な活動や恐怖心が軽減でき連合反応を最小限にし
ながら進行することが可能であった.しかし歩行では免荷式リフトを用いてもさらに筋緊張亢進を認めたため
BTX を併用し歩容の改善と随意収縮の向上へ進めた.脳卒中急性期において早期回復の妨げになる因子を可能な
限り除去しながら積極的に立位や歩行へ進めることが重要と考える.
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注意の転導が著しい脳卒中片麻痺患者に対して,歩行形態の変更が能動的な
歩行訓練を可能にした一症例
水田 直道(みずた なおみち),田口 潤智,笹岡 保典,堤 万佐子,中谷 知生
宝塚リハビリテーション病院
キーワード
転導性亢進,能動的,歩行訓練
【目的】
下肢の支持性は良好であり立位で麻痺側下肢での全荷重支持が可能であるにも関わらず,歩行時に著しい膝折
れを認める症例を担当した.早期より長下肢装具を作製し,3 ヶ月に及ぶ継続的な介助歩行訓練を行ったが訓練に
は受動的で,著明な機能改善は得られなかった.そこで敢えて訓練場面における介助量を軽減させ,短下肢装具
(AFO)
を使用した杖歩行に課題を変更して能動性を促した. 結果, 能動的に訓練へ取り組むことが可能となり,
膝折れや介助量が著しく軽減した.本症例に対するアプローチの有効性について,考察を交え報告する.
【症例紹介】
80 歳代の男性で,H27 年 1 月に右視床出血を発症し左片麻痺を呈した.発症 4 週後に当院へ転院した.入院時
の下肢 Brunnstrom Recovery stage は IV であり,感覚は中等度鈍麻していた.非麻痺側下肢筋力は Manual Muscle Test で IV レベルであった.注意の転導が著しく訓練には受動的であった.
【経過】
入院時より約 3 ヶ月間に渡り長下肢装具を使用した介助歩行訓練を行ったが,膝継ぎ手固定解除下での杖歩行
では著しい膝折れを認め,また安全面の配慮のため常時介助が必要であった.歩行形態を AFO を使用した杖歩行
中心に訓練を行った場合,約 2 ヶ月経過した時点で膝折れは極軽度となり,最小介助で歩行が可能となった.
【考察】
当院では,特に立脚期に膝折れを認める症例に対して早期より長下肢装具を作製し,介助歩行訓練を行い歩行
能力の向上を図っている.本症例でも約 3 ヶ月に渡り長下肢装具を使用した介助歩行訓練を行ったが,膝折れや
介助量の軽減は得られなかった.そこで AFO を使用した杖歩行へ歩行形態を変更することで膝折れが著しく軽
減した.約 2 ヶ月経過した時点で膝折れは極軽度となり,最小介助レベルとなった.介助歩行訓練において機能
改善が得られなかった要因の 1 つは注意の転導性亢進を内含していたことである.身体を密着させた介助により,
自ら身体を支えるという意識が軽薄化したものと考える.注意の転導性亢進を認める本症例においてはそれが受
動的となり,長期間実施したにも関わらず意図した効果が得られなかったと考える.次に,能動性に欠けていた
ことである.そこで AFO を使用した杖歩行に課題を変更し介助を転倒予防程度とすることにより,能動的に取り
組むことが可能となり,さらに膝折れが著しく軽減した.敢えて膝折れが生じやすい歩行形態にすることで,転
倒を回避するために身体を支える意識が強固となったのではないかと考える.その結果,より短期間で歩行能力
を向上させることが可能であった.即ち,注意の転導性亢進を認める症例に対し,歩行形態の変更を含めたサポー
トを最小限にすることで,能動的な歩行訓練が可能になったと考える.
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神経(症例報告)
症例報告ポスター
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独居在宅復帰に難渋した高次脳機能障害を伴う重度片麻痺患者の一症例∼退
院後訪問により得たもの∼
安尾 和也(やすお かずや),上垣 典隆
順心リハビリテーション病院 リハビリテーション部
キーワード
脳卒中,独居,退院後訪問
【目的】
今回,担当した症例は高次脳機能障害を伴う重度片麻痺患者で,さらに独居であったため在宅復帰に難渋した.
また退院先が家具未搬入の新たな環境であり,退院後も生活を行う上で支援が必要であったため退院後訪問を
行った.その中で,在宅生活で必要なことなど新たな発見があり,若干の知見を得たので報告する.
【症例紹介】
60 歳代男性.心原性脳塞栓により左半側空間無視,注意障害,病識低下を伴う重度左片麻痺を呈していた.独
身独居であり,兄と姉はいるが家族の介護力は期待できない.性格は頑固で,本人の考えを押し通すタイプであっ
た.入院当初は重度麻痺,高次脳機能障害により全ての動作に介助を要し,転倒も度々あった.
【経過】
当院に入院して約 5 ヶ月后に退院.退院先は発症直前に購入した家具未搬入の中古マンションに独居在宅復帰
となった.退院時の Brunnstrom Recovery Stage は上肢 II,手指 I,下肢 III.粗大筋力(左)は上肢 1,下肢 3.
感覚障害は左半身表在・深部とも脱失∼重度鈍麻.病棟内基本動作は車いすを使用して全て自立となった.しか
し家具未搬入の新居で生活するには不安要素として,
「不慣れな環境で生活することやそれによる転倒」
が予測さ
れた.実際に退院後訪問を行った結果,知人の協力もあり日常生活を送ることはできていた.転倒は 1 度あり,
腹臥位に倒れたことで自力では起き上がれず,知人に協力してもらう必要があった.また新たな課題として「装
具不使用でのトイレ・歩行」
,
「車いすでの作業」
,「切迫性便失禁とそれに伴う汚物処理」
,「パソコン操作」が見
つかった.さらに訪問中に本人から「トイレが一番困る.何度も向きを変えて座り直すのが大変」という訴えが
確認された.
【考察】
実際に退院後 2 週間経過したのち訪問した中で,予測していた課題に対する評価と新たな課題を発見すること
ができた.特に理学療法で重要なこととして「腹臥位を含めた床上動作の獲得」,「車いすが主の移動手段でも装
具なしでの立位・トイレ・歩行獲得」が必要と感じた.理学療法以外の分野でも「車いすでの作業能力の獲得」,
「排尿・排便コントロール」
,
「汚物処理」
,「パソコン操作」といった多職種で解決しなければならない点も多かっ
た.排便コントロールのように入院中は問題とならないことも在宅生活では問題となることもあると気付けた.
さらに訪問中に本人より「トイレを何度も行うことが大変」という訴えがあった.
以上から在宅生活を行う上で,トイレの重要性を再認識した.本症例でも入院中にトイレに向け「装具不使用
での応用的な立位バランス練習と実際のトイレ練習」,「自宅訪問にて手すりの位置を検討」といった退院後の行
動を予測した準備は十分に行っていたが,
「ベッドとトイレの動線を短くする」,「方向転換の角度を少なくする」
といったように,さらにトイレをできるだけ楽に行えるように工夫することが必要であると感じた.
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第 12 セッション
神経(症例報告)
症例報告ポスター
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胸髄腫瘍により不全対麻痺症状を呈した症例に対する理学療法の経験
小林 瑞季(こばやし みずき)1),加藤 直樹1),杉山 恭二1),高木 啓至1),橋田 剛一1),小仲 邦1,2)
大阪大学医学部附属病院 リハビリテーション部1),大阪大学大学院 医学系研究科 神経内科学2)
キーワード
胸髄腫瘍,上衣腫,予後予測
【はじめに】
今回,機能予後を考慮した上で理学療法(以下 PT)を行い,良好な機能・動作を獲得することができた胸髄腫
瘍(上衣腫)症例を経験したため報告する.
【症例紹介】
30 歳男性.X 1 年 10 月 腰背部痛を自覚し近医受診も異常は指摘されなかった.X 年 1 月に歩行困難が増悪
し,当院入院,脊髄腫瘍(Th9 10)と診断された.入院後 14 日目 Th8 11 胸髄髄内腫瘍摘出術(全摘出)を施行
された.
【理学療法経過】
術前の状態としては,ASIA 上肢運動スコア(以下 UEMS)左右 25,下肢運動スコア(以下 LEMS)右 7 左 8,
MAS は下肢で 2,表在感覚は Th11 以遠で中等度鈍麻,深部感覚は下肢重度鈍麻であった.基本動作は上肢支持
にて自立し,歩行は平行棒内両上肢支持下で可能であった.
術後開始時には,ASIA LEMS9 11,MAS は下肢で 2,表在感覚は Th11 以遠で重度鈍麻,深部感覚は消失し,
感覚障害が増悪していた.基本動作は全介助レベル,歩行は不可となっていた.
初期 PT アプローチ方針としては,腫瘍のサイズから術侵襲も大きく,後索障害が残存する可能性を医師より説
明されていたことを踏まえ,感覚障害の回復経過は長期的に捉えることとし,まずは筋力や動作能力から改善を
図ることとした.PT プログラムでは体幹・下肢筋力トレーニング,視覚代償を併用した動作練習を実施した.術
後 4 週目には,4 点歩行器歩行が自立し,LEMS が 15 16 まで改善したため,痙性に対して体重免荷式トレッドミ
ルトレーニングを追加した.
術後 7 週目に,回復期リハ病院に転院となった.転院時には,ASIA LEMS17 16 下肢で MAS1+,表在感覚は
Th11 以遠右中等度鈍麻,深部感覚は膝関節で重度鈍麻まで改善した.基本動作は上肢支持にて自立し,歩行は監
視下で両ロフストランド杖レベルまで向上した.
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【考察】
頸髄上衣腫患者の術後退院時歩行レベルは術前より悪化し,予後良好因子として「腫瘍の境界が明瞭」
「術前の
神経症状が正常」と報告されている.本症例は,術前は平行棒内両上肢支持下歩行であったが,転院時には両ロ
フストランド杖歩行まで向上した.その理由として,腫瘍が全摘出されたことと,また,歩行障害を自覚してか
ら手術までの期間が短く,廃用性筋力低下の影響が少なかったことが可能性として考えられた.
また,頸髄上衣腫患者の術後は感覚と比して筋力の方が早期に改善することも報告されている.本症例も術後
早期の段階から後索障害が十分に残存したため,まずは筋力改善による歩行獲得を目標とし,機能経過を踏まえ
た上で,適宜視覚代償や痙性筋へのアプローチを積極的に実施することで良好な歩行予後獲得に繋がったと考え
た.
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