数学的根拠を基にして判断を重視した授業研究

3 数学
数学的根拠を基にして判断を重視した授業研究
髙橋
利彰
本論の要旨㻌
㻌 数学を学習する上で大切なことは,数学的な考え方を身につけることである。数学的な考え方とは,
物事を数学的に捉え,考察できる力をいう。その数学的な考え方を身につけるためには,数学的な根
拠が明確であれば,それが自信となりより深く思考できるであろう。そこで,本研究では,数学的な
考え方を身につけさせるために,数学的な根拠に焦点をあて授業を組み立てることにした。そして,
数学的な根拠を基に生徒がどのように判断をしたのかを議論することで,より深く思考させることが
できるのではないかと考えた。
そこで,関数の学習において2つの授業を設定した。1つ目は,違う比例定数の放物線からグラフ
の特徴について考察させた。2つ目は,時間と水面の高さとの関係をグラフに表すという課題である。
容器の中に水を入れる時に,その水面の高さの変化の様子は,イメージしにくい。数学的な感覚を養
いながら,水面の高さの変化について考察することで,数学的な考え方の土台をつくると考えた。
キーワード 数学的考え方 ,数学的根拠,判断 㻌
2.問題の所在
1.はじめに
生徒たちを教えていて気になる点がある。それ
片桐重男氏は「『数学的な考え方』を身につけ
は,自分で導き出した答えの検討をつけることが
ることで『知識や技能を用いることの必要性が分
できない生徒がいることである。例えば,角度を
かり,自ら学習する仕方を身につけ,自主的に学
求める課題では,解答をある程度,予測を立てる
ぶ力を獲得することになる』のである」と述べて
ことができる。問題文には,図も描いてあり,だ
いる。このことから数学的な思考力や表現力を身
いたいの角度が分かる。答えが,°であるとし
に付けるためには,自主的に考える仕方を身に付
ても,答えに °と描く生徒もいた。自分で求め
け,自主的に学ぶ力を獲得することにある。生徒
たちは,数学の必要性を感じていない場面もある。
例えば,数学が苦手な生徒は,「将来,数学を使
わない。」と口にすることもあり,その必要性に
気がついてない場合,もしくは教師が教えていな
い場合もある。数学を学習することで,もっとも
大きな力となるのは,その考え方であろう。課題
解決に向けて数学の考え方は,日常生活の中で有
効に働く。数学を通して考え方を学んでいるので
ある。
教科の特性として,スパイラルな面が挙げられ
る。学年が上がるにつれて,段階をおいて高度な
ことを学習していく。それは,考え方の概念を新
しくしていくことである。思考の幅を広げていく
ことで,新しい概念を上手く理解できない生徒も
いる。数学的な思考を深め,新しい概念を上手く
理解するために,一人ひとりの数学的な感覚を高
た答えが正しいかどうかを検証すれば,自分の出
した答えが,間違っていることはすぐに気がつく
であろう。答えを求めた後で,少しでもよいから
検証をすることで,自分の間違いに気づくはずで
あるのに,答えの予想を活かして課題に取り組め
ていないのではないだろうか。
答えの予想ができない原因の1つは,思考の根
拠が曖昧で,しっかりと推論ができていないこと
である。数学に取り組むときに,頭の中で解答へ
の方略を組み立てている。課題に対してこれまで
の解き方をベースにしながら,課題解決にあたる。
解決までの道筋ができていなくても,自分なりに
道筋を立てながら解いているのである。しかしな
がら,実感を伴う経験が少ないこともあり,自分
の頭の中での作業となり,感覚の中で実際の数値
とは異なりを見せている。数学的な感覚を身に付
けていくことは,数学を学習する上で大きな助け
めていくことが必要であろう。
となるであろう。
— 38 —
また,数学的な感覚を身に付けていく過程で,
良いのかという場面設定である。数学的な表現の
数学的な根拠が明確であるなら,その思考がぶれ
中でよりよい方法を選んで,思考していくことで
ることはない。数学という教科の特性を考えると,
ある。
数学的な根拠を基に考えさせることで,しっかり
②
数学的根拠の判断
としたよりどころが得られるので,より自信とな
課題解決において,数学的根拠を基にしながら
り数学への取り組みも変わってくるだろう。
考察を進めていく。その中で数学的根拠が確かな
数学的な表現力や思考力は,よく研究されてい
ものでなければ,正しい解決には導くことができ
る。しかしながら,判断に注目した研究はほとん
ない。数学的根拠に論理性を持ち,既習事項を活
どない。課題解決に至る過程の中で判断を磨き合
用しながら,課題解決に向かうことは重要なこと
うことでより深い思考へと繋げていけるのであ
である。
ろう。
例えば,課題解決の一過程で,よく見られるの
は,課題把握の誤りである。課題把握における判
3.研究仮説
「判断」をする場面を設定し,その根拠について
断の誤りについて次の例を挙げる。
生徒たちが議論し合うことで,自身の考えが確か
なものとなり,数学的根拠が確立できれば,数学
的に考察する力を養っていけるであろう。
て行っている。判断とは,複数ある物事から選ん
でいく場面のことである。選ぶには,選ぶための
判断基準がある。日常での判断は,その判断基準
の中に嗜好や経験則によって,価値観が違うため
に異なりを見せる。数学での判断とは,先ほど述
べたように数学的な根拠が基になっており,その
は,課題解決に向けての考え方や手段を数学的な
根拠に基づき推論し,よりよい方向へと導いてい
けることである。この判断は,数学の場面以外で
も,自分の主張を相手に伝える際に,根拠を明確
なものにすることで,相手に納得を与え有効に働
くと考える。
数学的な判断を問う場面として,①手段の判断
②数学的根拠の判断の2つが重要である。
① 手段の判断
手段の判断とは,いくつかの選択肢の中からど
の方法が一番わかりやすいか,考えやすいかを判
断する場面である。例えば,グラフや式など表現
の手段において,どれを使って課題を解決すると
よいのかを判断するか,ということである。その
判断は,日常生活における選択肢を選ぶ場面に有
効である。具体的には,携帯電話の料金プランを
低コストにするためには,どのプランを選ぶのが
O
O’
三平方の定理と円の接線についての課題で,生
根拠を確立できれば,数学的に考察する力を養っ
ていけるであろう。数学を通して養いたい判断と
円 O ,O ’ の 半 径 は そ れ ぞ れ 5 FP,3 FP,
中 心 間 の 距 離 O O ’ は FP と す る 。
徒たちは,まず,90°の直角三角形を作り,A
Bの長さを三平方の定理を活用して計算した。こ
の課題において,∠AOO’が,90°とはどこ
にも書いていないが,何人かの生徒は,∠AOO’
=90°として計算をしていた。「本当にこれで
計算できる?」と聞くとしばらく考えていたが,
まだ分からなかったので,「∠AOO’=90°
はどうして分かったのか」と問うと,「なんとな
く」や「見た目。違うの?」という答えが返って
きた。そこで,既習の定義や性質を使えないかと,
仮定をはっきりさせることを伝えた。すると,納
得して台形AOO’Bから,長方形と直角三角形
を作り出した。
この課題から,多くの生徒は,課題解決までの
糸口が見いだせない時には,何とか解決したいと
いう思いから,図を都合よく解釈する様子が伺え
た。それは,定義や性質,仮定に関係なく,図か
ら直感的に判断した結果であり,課題に対して論
— 39 —
学
人は,日常生活の中において判断を場面に応じ
通 接 線 A B の 長 さ を 求 め な さ い 。た だ し ,
数
4.判断について
課題 下の図で,2つの円O,O’の共
理的に解釈できていないことが分かる。間違った
本授業において,生徒が判断する場面は,4つ
判断をした生徒がいたので,周囲の生徒と話し合
の式からグラフを選ぶ場面である。y=ax2の
いをさせると,間違いに気がついた生徒がいた。
グラフは,放物線の学習を既にしており,本時は
それでも解けなかった生徒には,円と接線の関係
さまざまな比例定数のグラフが,どのような放物
や直角三角形について注目させることで,課題解
線になるのかについて考察させ,4人班で交流す
決への糸口を見つけていた。
ることを通して,グラフの特徴を捉えることを目
課題解決に向けて,課題把握の場面で判断を誤
標にしている。そして,比例定数を基にグラフを
ると,致命的な誤りとなる。正確に課題を把握し,
自分勝手な解釈をせずに課題に取組む必要があ
判断し,その位置関係について考察できるとよい。
ま た ,,&7 の 活 用 に 取 組 み ,授 業 の 導 入 で ,
る。
プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン ソ フ ト を 使 用 し た 。日 常
の 放 物 線 に つ い て 紹 介 を し た 。噴 水 の 水 の 動
そこで,本研究では,判断の場面として,②数
き や テ ニ ス ボ ー ル の 軌 道 な ど で あ る 。放 物 線
学的な根拠としての判断を取り上げ,授業の中で
を 身 近 な も の と 感 じ ,そ の 特 徴 に つ い て 考 え
取り組んだ。数学的な根拠としては,図形の論証
や す い と 考 え た 。ま た ,グ ラ フ の 特 徴 を 確 認
が多く挙げられる。本研究では,関数の場面を取
す る た め に , ス ク リ ー ン に ソ フ ト 【 *5$3(6】
り上げることにした。数学的な感覚を養うことで,
を使って比例定数の値を大きくしていった
数学的なセンスを磨き,課題把握の混乱も少なく
ときのグラフについて残像を残して見せた
させたいと考えた。
(授業風景2)。
生 徒 た ち は ,同 時 に 複 数 の 放 物 線 を 見 る こ
5.実践授業(1)
と で 驚 き の 声 が 挙 が っ た 。放 物 線 を ,&7 の 活
① ねらい
用 を せ ず に ,一 度 に 複 数 の 放 物 線 を 比 較 す る
2
y=ax のグラフは,放物線を描くため,直
こ と は 難 し い 。そ こ で ,,&7 を 活 用 し て ,比
線の1次関数とは違う面白さがある。また,その
例 定 数 の 値 が 大 き い 放 物 線 を 示 し ,ま た ,比
変化についても,一定の変化ではなく,変化量は
例定数の値を変化させていくときのグラフ
その条件によって違いを見せる。値の変化とグラ
の変化のようすについて視覚的に確認をす
フとの関連を調べていくことで,グラフの概念を
ることができた。
深めていきたい。また,単元の中で,日常生活の
中にも放物線を目にしていることに触れたい。具
体的には,斜面をころがるものの運動や,噴水の
水が作る形,ライトの光,パラボラアンテナであ
る。それらを活用して実生活と結びつけていくこ
とも大切であろう。今回の実践授業では,放物線
の形の特徴を考えさせる場面を設定した。日常に
ある放物線を見せることで,そのイメージが膨ら
授業風景2
授業風景1
み,その形を捉えやすくなると考えた。
— 40 —
② 本時の学習過程
③ 授業を終えて
・aの値の絶対値が大きいほど,グラフの開
判 断 す る 場 面 に つ い て き具合が狭くなる。
生徒は,グラフの特徴を捉えるために,a
今回の授業では,グラフの特徴を挙げる場
面 を 設 定 し た 。最 初 に い つ か の 放 物 線 を 見 せ ,
の値を基に考察した。教師は,比例定数とグ
式を選択させた。生徒が選んだ理由として,
ラフとを比較させることで,グラフの特徴を
次のことを挙げていた。
個人で考えさせた。そして, 人班になって
・aの符号が正だと上に開く。負だと下に開
交流させ,発表させた。交流させた意見とし
く。
て,次の意見が出てきた。
4
— 41 —
学
数
学習内容・活動
指導・支援事項・評価(◆)
導 1. 本時の学習目標を知る。
・y=x2のグラフについて復習する。
入 ・プレゼンテーションソフトを使ってスライドを
2. 身の回りの放物線について考察する。
見せる。
・放物線という名前やその軌道から放物線のイメ
ージを作らせる。
・身近な場面に放物線があることに気づかせる。
3. 4つのグラフから式を予想する。
・4つのグラフがあるプリントを配布する。
①y=-2x2 ②y=2x2
1
1
・格子点をかかずにaの値で式を判断させる。
③y= -x2 ④y=--x2
2
3
展 4. y=ax2のグラフの特徴について考える。 ・個人で特徴を考えさせ,ノートに書かせる。
y=ax2のグラフの特徴を説明しよう。
・正確に説明することより,身振りや擬態語など
5. 4人グループで交流する。
感覚的な表現でも良いことにする。
・各班の意見から10個の特徴を出させる。
2
6. y=ax のグラフの特徴についてまとめる。 ・出てきた言葉を教科書の表現と照らし合わせ,
・グラフは原点を通り,y軸について対称な曲線 まとめさせる。
・それぞれの特徴が持つイメージを持たせる。
である。
2
・a>0のとき,上に開き,a<0のとき,下に ◆y=ax のグラフの特徴を理解することがで
きる(生徒観察)【知識・理解】
開く。
・aの絶対値が大きいほど曲線はy軸に近づく。 ・aの絶対値が等しく符号が異なる2つのグラフ は,x軸について対称である。
・グラフを放物線といわれる曲線で,放物線の 対 称 軸 を そ の 放 物 線 の 軸 と い い ,軸 と の 交 点 を 開 放 物 線 の 頂 点 と い う 。 7. a<0のグラフを特徴から描く。
・方眼紙を配布し,グラフを描かせる。
1
2
2
・グラフの特徴からy=x2のグラフを元に描かせ
1y=-x 2y=――x る。
2
・表を使わずに,整数値となる3点を元に描かせ
る。
・グラフに使う点が,求められない生徒について
は,表を書かせる。
◆関数y=ax2について,グラフに表現するこ
とができる。(ノート)【技能】
ま 8. 本時の学習内容を確認する。
・y=ax2のグラフの特徴を振りかえさせ
と る。
め ・y軸に対して線対称。
② 実践授業
・xの値が増加すると,yの値も増加する。
学習活動
・傾きは場所によって変わる。
1.上から3種類の直方体に一定の水を入
・永遠に続く。
れる時,時間と水面の高さとの関係をグラ
・原点を通る。
フに表す。
・絶対値が大きいほど,グラフの開き具合が
①直方体
狭くなる。
・比例定数が同じ時,x軸で線対称。
②直方体に半分の高さのしきりをいれる。
③スロープをいれる
授業風景3
各班から出てきた意見を黒板に書かせ確認
さ せ た 。放 物 線 の 特 徴 に つ い て 交 流 を 通 し て ,
議論をすることでその理解は深まったであろ
2.グラフの変化の仕方を言葉で表す。
う。
3.いろいろな容器で時間と水面の高さと
の関係をグラフに大まかに表す。
①
6.実践授業(2)
① ねらい
実践授業(2)では,コップなどの容器を関
数的に捉え,その水面の高さの変化の仕方をグ
ラフに表現させることを目的としている。容器
の形から時間の経過とともに,変化する水面の
高さ関係を変化の割合をもとに判断させたい。
特に,直線の関係になっているものは,変数が
1つであるために考えやすい。変化の割合が一
定でない関数については,その変化の仕方を簡
単に捉えさせることができないため,その変化
のようすをつかませたい。
また,既習事項を活用させるような課題を設
定することで,生徒たちの思考はぐっと深まる。
段階で言えば,ステップアップの課題である。
今回の授業であれば,このような課題に取り組
んでみることで,放物線の理解を深めさせるこ
とをねらいとしている。
②
③
5
— 42 —
③ 考察
判断基準が自己中心的な面が見られる。問題把握が
直方体に水を入れる様子見せてから,時間
不十分で間違った解釈をすることがある。課題把握
と水面の高さとの関係を示すグラフを描かせ
における判断ミスが見られると,課題解決まではた
た(図1)。
どり着けない。課題把握のミスの例で挙げた課題で
は,与えられた図の判断の誤りにより計算している
姿があった。課題をしっかりと把握することが大切
である。把握するための土台になるのは,数学的根
拠に基づいた判断である。仮定は何か,図の中で数
学的根拠に基づき言えることは何か,ということを
説明できる力が必要である。
そこで,その力を養うために,実践授業(1)や
(2)を行った。どちらも関数の場面を取り上げた。
どちらの課題も,考えさせる課題としては,よい課
題と考える。しかし,そこから,判断の場面におい
て磨き合いということには至っていない。判断を磨
くということはどういうことなのか,検証していく
必要あった。今後は,判断の場面をもっと焦点化し
て取り組んでいきたいと考えている。判断する力を
図1
鍛えていくには,判断の磨き合いが必要であろう。
① の 直 方 体 で は , FP の 高 さ と 分 の 時
数
判断を磨き合える場面とは,どのような場面なのか,
間から比例のグラフとなる。「なぜ,そのよ
また,磨き合う場面を設定することで生徒にどのよ
うな変容があるのかを今後も検証していきたい。
が一定だから。」と答えた生徒がいた。
次に,真ん中にしきりを入れる直方体に取
り組んだ。生徒たちは,高さが変化しない点
8.参考文献
に注目をしてグラフを描いた。グラフについ
て,「なぜそうなるのか」と問うと,「しき
片桐重男 数学的な考え方の具体化と指導
り の 片 方 が 全 体 の FP に 達 す る 半 分 の 時 間
明治図書
で FP と な り , そ の 反 対 が FP た ま る と ,
全 体 が FP 上 が る の に 必 要 な 時 間 と 同 じ に
な る 。 そ の 後 , FP に 達 す る 。 」 と 答 え た 。
生徒たちのノートを見ると,水を入れ始めて
からの様子を記述している。
③のスロープの直方体では,直方体の活用
の側面からグラフから容器について考察させ
た。生徒のノートには,イメージをもとに容
器を描いていた。
この授業を通して,変化のようすを言葉で
表現させることで,感覚として捉えている部
分をグラフの表現の幅を広げることができた。
そして,このような授業を通して学習するこ
とで数量における変化のようすについて,数
学的な感覚を高めながら,数理的に考察する
力を養えたと考える。
7.研究のまとめ
中学生の時期において,精神的に未発達な点から,
5
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学
うに判断したのか」と問うと,「変化の割合