救急のIVR - 日本IVR学会

IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:谷掛雅人
連載 2
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IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会総会「技術教育セミナー」より・・・・・・・・・・・・・
救急の IVR
大阪医科大学 放射線医学教室
谷掛雅人
はじめに 急性上腸間膜動脈閉塞について
本症の病態は, 広範な小腸と右側結腸の支配血管であ
る上腸間膜動脈(SMA)が閉塞することにより, 腸管虚
血を起こすものである。放置すれば虚血に陥った腸管
は急速に壊死に陥り, 敗血症,多臓器不全から遅くとも
数日以内に死に至る。従って治療は, 腸管が壊死に陥る
前に血流を再開させ壊死を防止するか, 壊死した腸管を
切除し全身状態の改善をはかるか, の 2 点に限られる。
IVR の目的は, 閉塞した SMA を再開通させ腸管虚血を
改善することにあり, 適応は限定されるものの, その低
侵襲性から本症の救命に大きな期待をよせられる治療
法である。
閉塞の機序は, 心房細動などの心疾患により形成され
た血栓が浮遊し SMA を閉塞するもの(塞栓症)と, 動脈
硬化による SMA の狭窄部に血栓が形成されて起こるも
の(血栓症)の大きく 2 種類ある。本邦では前者の方が
多い。
IVR についての一般論
1. 目的
SMA の血流を再開通させ, 虚血腸管の壊死を防止す
ること。全ての虚血腸管の救出が理想であるが, 一部の
みの救出にも意義がある。というのも手術が行われた
場合, 広範囲の腸管切除が必要なことが多く, 救命に成
1)
功しえたとしても短腸症候群にて予後は良くない 。し
かし IVR の先行により少しでも切除範囲を減らすこと
が出来れば, 短腸症候群を防止する意味で大きな意義が
あると考えられる。
2. 適応と禁忌
適応:虚血腸管が壊死に陥っていない場合。
禁忌:虚血腸管が壊死に陥っていると考えられる場合。
3. 術中の心得
虚血腸管の評価には,“腸管の viability を確実に評価
する方法が無い”という大きな問題点がある。評価は
臨床所見, 血液検査, CT 所見などを総合して行うが, 明
らかな壊死は表 1 の様な所見から診断することが出来
る。しかしこれらの所見に乏しい場合でも必ずしも虚
血腸管が reversible とは限らない。また, 手技の開始時
には壊死に陥っていなくても経時的に状況が悪化し, 術
中に壊死に陥るということもありうる。手技中は常に
72(72)
表 1 腸管壊死を示唆する所見
・臨床所見 腹膜刺激症状, ショック状態
・血液検査 アシドーシス, CPK, LDH などの異常高値
・画像所見 腸管気腫症, 門脈内ガス, 遊離ガス
患者の状態や腸管壊死の兆候に気を配り, もし壊死の兆
候が出現すればすぐに開腹手術が出来るような態勢を
2)
整えておくことが重要である 。
なお当然のことではあるが, 診断のつき次第手技に取
りかかる必要がある。
4. 準備, 前処置
通常の血管造影に準ずるが, 心電図や血圧, パルスオ
キシメーターなど, vital のモニタリングは必須。また,
外科に声をかけて, 手術のスタンバイをしてもらう。
5. インフォームドコンセント
一般的な手技に伴う合併症に加え, 血栓溶解剤使用に
伴う出血などの合併症, 術中の急変や開腹手術へ移行す
る可能性などを十分に説明しておく。
血管造影
1. 造影する血管
①大動脈 ②上腸間膜動脈 ③腹腔動脈
SMA は根部からの造影後, 閉塞内部へカテーテルを
慎重に進めて造影する。閉塞部遠位側の本幹や, 分枝の
閉塞の範囲を確認するためである。下腸間膜動脈(IMA)
の造影は必ずしも必要ではない。万が一起始部を損傷
すると重要な側副血行路を失うこととなる。時間を費
やしてまで造影する価値はない。
2. 読影のチェックポイント
閉塞の部位, 原因(塞栓, 血栓, 狭窄, 解離など), 側
副血行路の程度などがポイントとなる。また, 末梢塞栓
を見落とさないためには本幹や太い分枝のみならず,
vasa recta など辺縁の血管の描出, 腸管の濃染, 静脈へ
の還流の有無も必ず確認する。
IVR 手技の実際
IVR の治療指針を表 2 に示す。
1. 血栓溶解術
SMA 内にカテーテルを介して高濃度の血栓溶解剤を
注入する方法。通常は第一選択となる手技。
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技術教育セミナー/救急の IVR
表 2 治療方針のフローチャート
1)血栓と血栓溶解術の目標
塞栓症の場合の血管閉塞は, 心源性の血栓(塞栓子)
と, 血流低下が原因で形成された二次血栓から形成され
ていることがある(図 1)。血栓溶解術を行う上ではこ
れらを別のものと捉える必要がある。すなわち心源性
塞栓子は必ずしも新しい血栓とは限らず, 血栓溶解剤に
反応の悪い可能性があるが, 二次血栓は新鮮であり溶解
剤の効果が期待できる。勿論, 血栓溶解術のみでの全て
の血栓の溶解が理想ではあるが, まずは他の IVR では対
応できない分枝や末梢の二次血栓の溶解を目標とし, 反
応の悪い塞栓子は後で記す他の手技で, という姿勢で対
応すればよい(図 2)。
2)手技
SMA に留置した親カテーテル, もしくはマイクロカ
テーテル, パルススプレーカテーテルを coaxial 法にて
使用し注入する。閉塞内にカテーテルを埋め込んで注
入するのがコツ(図 3)。
Urokinase(UK)6 万単位(1V)を生食 10 ∼ 20 p に溶
解, 毎分 1 ∼ 2 万単位の速度で注入。
3)
24 ∼ 36 万単位注入時点で一旦治療効果を判定する 。
塞栓子, 二次血栓とも反応がみられるようなら引き続き
UK 投与を, 二次血栓の溶解はみられるが塞栓子の反応
が悪いものには後述する他の IVR 手技を, 全く反応がな
いようなら早々に開腹手術を検討する。尚, UK の最大
4)
使用量は 96 ∼ 120 万単位までとされる 。
3)溶解術終了の基準
以下の大きく 2 つの場合に分けて考える。
①SMA 本幹が再開通し, 造影にて全領域が描出され
る。分枝や本幹遠位部に閉塞が残存していても, 他
の分枝から血流が廻り, 閉塞部の末梢側が造影され
るようならば問題はない。この場合血管造影室で
の手技は終了し, 状況に応じて病室での持続動注を
検討する。
②塞栓子は残存しているが, その遠位部や, 末梢の二
次血栓は溶解した状態。SMA 起始部, 塞栓子遠位
部より造影し, 塞栓子が造影欠損として描出され,
その遠位部は十分に描出される(図 2-②)。この場
合は引き続き下記の IVR 手技へ移行する。尚, 欧米
の報告では引き続き病室での持続動注を行ってい
るものが多いが, UK の使用量が本邦とは極端に異
なるため, 参考にはならない。
4)合併症
出血, 心臓内残存血栓による Shower embolism などの
可能性がある。
2. 残存血栓に対する IVR
1)血栓吸引術
陰圧をかけることでカテーテル内に血栓を吸引し, 体
5, 6)
外へ除去する方法 。手技が比較的容易であり, 安全
に行うことが出来るため, 緊急時に適した方法である。
造影にて標的となる塞栓子の全体像が描出されていれ
開存部
心源性の
塞栓子
二次血栓
血栓症では心源性塞栓子と二次血栓の 2 種類の
血栓で閉塞していることがある。
図1
①
②
治療前
③
目標
理想
②:まずは本幹遠位部や分枝の二次血栓を溶解し, 末梢の血流
を改善させることに目標を置く。
③:勿論すべての血栓の溶解が理想。
図2
①
②
③
マイクロカテーテル使用
①②:血栓内にカテーテル先端を埋め込んで注入するのがコツ。
①は親カテーテルで②マイクロカテーテル使用。
③:良くない例。薬剤は下膵十二指腸動脈や中結腸動脈に流れて
しまう。
図3
(73)73
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ば施行しやすい。
・手技の実際
先端を斜めにカットした市販の吸引用カテーテルや,
8 Fr.程度の太いカテーテルなどを用いる。前者を用い
る場合はガイディングカテーテルを SMA に留置(腎動
脈 IVR 用が便利), 図 4 の様にセッティングする。適合
する細いガイドワイヤーで閉塞部を通した後, 塞栓子内
にカテーテルを進め, 陰圧をかけながら閉塞部を数回前
後させる。適宜造影を行って評価しながらこの操作を
繰り返す(図 5)。
後者を用いる場合は三方活栓を介してロッキングシ
リンジを接続する。カテーテルを塞栓子の辺縁に接す
るまで進め, 吸引する。
前者の方がより遠位部の塞栓子に対応出来るが, 吸引
効果は後者の方が高い。
・器械的血栓除去術
同様の手技で水流による陰圧にて血栓を破砕吸引す
るカテーテル(OASIS, Hydrolyser など)を用いるとい
7)
う方法もある 。
・問題点
径の大きなデバイスが必要となるため, 穿刺部の仮性
動脈瘤形成などには十分注意を払う。
2)血管形成術
バルーンカテーテル, 金属ステントを用いて狭窄部を
拡張させる方法。血栓溶解療法後の残存狭窄に対して
選択される手技だが, 最近では塞栓症にも行われた報告
8, 9)
がある 。また, 動脈解離が原因の場合は, 金属ステン
トの留置が必要となる。本法はデバイスの選択や合併
症の対応など知識や経験が要求されるため, 熟知した術
者が行うべきである。
・問題点
手技に関しては通常の PTA に準ずる。本法は血管に
負担をかける手技であり, 血栓が血管内に残存すること
を忘れてはならない。また, 緊急時では適切なバルーン
カテーテルやステントが準備出来ない可能性がある。
解離や血管攣縮といった合併症は, かえって状況を悪く
する可能性があり, 十分に留意する必要がある。
3)開腹下の血栓除去術 開腹下にバルーンカテーテルを用いて SMA 内の血栓
10)
を除去する方法もある 。IVR だけが治療法ではない。
手技の容易な吸引術を推奨するが, 最終的にどの手技
を選択するかは, 術者の技量や施設の方針, デバイスの
有無などで臨機応変に決定されるべきである。
手技の終了
以下の 3 項目を満たせばとりあえず成功とし, 血管造
影室での手技は終了とする。
1. 造影所見の改善
本幹の血流が十分に保たれ, 辺縁動脈や腸管濃染像が
全域で認められる。本幹遠位部や一次分枝に閉塞が残
存していても側副路から十分血流が供給されていれば
74(74)
図 4 血栓摘出術・セッテング
①
②
ガイディング
カテーテル
血栓吸引
カテーテル
ガイド
ワイヤー
塞栓子
①:血栓吸引カテーテル使用時
②:ガイディングカテーテルによる吸引
術者がカテーテルを操作し, 助手が三方活栓を操作する。
図 5 血栓吸引術・吸引の実際
問題ない。腸管の造影効果の評価に, SMA 起始部に留
置したカテーテルより angio-CT を行って, 腸管壁の造
影効果を確認する方法がある。
2. 腹痛の改善
血流が再開し, 腸管壊死がなければ腹痛は改善する。
ただし, 腸管が壊死に陥った時点で一時的に症状が消失
することがあるため, 必ず他の所見とあわせて評価する。
3. 血液検査にてデータの悪化が認められない
アシドーシス, LDH や CPK の値を確認。腸管壊死が
否定できなければ, 開腹や腹腔鏡により直視下の確認を
検討する。
持続動注
病室にて SMA に留置したカテーテルより血栓溶解剤
などを 24 時間持続的に注入する方法。
SMA の本幹遠位部(少なくとも回結腸動脈以遠)や
一次分枝などに閉塞があり, 側副路となる血管が十分に
開通している場合に適応となる。
1. 手技
注入部は SMA 起始部でよいが, 置換型右肝動脈など
があればマイクロカテーテルを用いてその遠位部より
注入する。
使用する薬剤は, UK(12 ∼ 24 万単位/日), ヘパリン
(1 ∼ 1.5 万単位/日), 血管拡張剤(塩酸パパベリン 30 ∼
60 m/時, プロスタグランジン E =パルクス 10 μg/日)
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などを, シリンジポンプを用いて注入する。尚, 薬剤量,
施行期間については定まったものは無い。適宜造影し,
患者の状態と併せて終了を決定する。
2. 注意点
患者が安静を保てない場合は施行できない。カテー
テルの逸脱や接続ミスに十分注意する。
おわりに
本症の救命の第一歩は早期診断である。現在その診
断の中心は, CT をはじめとした画像診断である。そし
て IVR は, その低侵襲さから理想的な治療法である。従
って“画像診断”と“IVR”の両者を併せ持つ放射線科
医こそ, 本症の患者の命運を握っているとも言えよう。
ただ残念なことに, IVR という治療は現状では十分浸透
しているとはいえない。近い将来救急の IVR に携わる
ものが増加し普及することで, 救命率が向上されること
を期待する。
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間膜動脈閉塞症の診断と治療. JCR ミッドサマーセ
ミナー抄録集, 早川克己監修, 日本放射線科専門医
会・医会 191 - 198, 2004.
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