行動学入門 岡ノ谷 一夫 もくじ I.動物行動を分析するための4つのなぜ II.動物行動を研究する4つの方略 III.古典行動学のあゆみ IV.行動心理学のあゆみ V.神経行動学のあゆみ VI.行動生態学のあゆみ V.これからの行動学 現代の行動学 • 動物の行動を、その仕組み・発達・機能・進化 の視点から理解することをめざす。 • ティンバーゲンらによる古典的行動学にねざ し、血縁淘汰理論にもとづく進化論総合説と、 分子・細胞生物学にもとづく神経科学を取り 入れ動物行動を分析する。さらに、シミュレー ションやモデル構築など、構成的な方法も使 う。 ティンバーゲンの4つの質問 4つの質問 A.直接要因 どのような仕組みでおこるのか B.発達 どのような順番で個体において発現するのか C.機能 何の役に立つのか D.進化 どのように進化してきたのか 4つの質問 • 至近要因(いかに How, Proximate causes) – メカニズム(仕組み) – 発達 • 究極要因(なぜ Why, Ultimate causes) – 機能 – 進化 4つの質問:実習 • 以下の課題について、4つの質問にもとづき 研究する場合の質問の立て方を考える。でき れば予想される答えも考える。 • • • • 陸上脊椎動物の指の本数が5本である理由 集団的自衛権が論争になっている理由 泣くと涙がでる理由 相撲取りが太っている理由 行動学の系譜 4つの方略 古典的方略 A.古典的行動学 自然な状態での動物行動研究(本能中心) B.行動主義心理学 実験室での統制された行動研究(学習中心) 近代的方略 A.神経行動学 行動を神経のはたらきに還元する B.行動生態学 行動の意味を適応の観点から説明する 行動学のはじまり 何を問題にしたか 古典的行動学 = 本能 行動主義心理学 = 学習 行動主義心理学と古典行動学 行動主義心理学 古典的行動学 13 行動学の系譜 古典的行動学の基礎概念 古典行動学のあゆみ A.ダーウィン 1.動物と人間の連続性 2.行動の系統発生 B.スポルディング 1.氏と育ちの問題 2.ひよこの「刷り込み」の発見 C.ティンバーゲン 1.行動研究の4つのなぜ 2.行動の階層モデル D.ローレンツ 1.固定的行動パターン 2.鍵刺激 3.生得的解発機構 E.マーラー 1.本能・学習2原論の解消 2.関連諸科学と動物行動学の連携 3.神経行動学の育成 刻印づけとローレンツ 鍵刺激 IRM1 生得的解発 機構 固定的行動パターン IRM2 階層モデル 行動主義心理学の基礎概念 行動主義心理学のあゆみ A.ソーンダイク 1.問題箱と学習曲線 2.知能の比較研究 B.パブロフ 1.レスポンデント条件づけ 2.高次神経系と条件づけ過程 C.スキナー 1.オペラント条件づけの技法 2.強化のスケジュール 3.三項随伴性 D.シーリングマン 1.行動の生物学的制約 2.心理学の行動主義からの解放 ¼世紀も前のことですが 23 行動学の系譜 何を問題にしたか 古典的行動学 = 本能 行動主義心理学 = 学習 25 行動主義心理学と古典行動学 行動主義心理学 古典的行動学 26 行動主義心理学のあゆみ A.ソーンダイク 1.問題箱と学習曲線 2.知能の比較研究 B.パブロフ 1.レスポンデント条件づけ 2.高次神経系と条件づけ過程 C.スキナー 1.オペラント条件づけの技法 2.強化のスケジュール 3.三項随伴性 D.シーリングマン 1.行動の生物学的制約 2.心理学の行動主義からの解放 27 レスポンデント条件づけ Respondent 28 レスポンデント条件づけ • • • • UCS CS UCR CR • • • • UCS→UCR (肉が出れば唾液がでる) UCS+CS → UCR(そのとき音を鳴らす) CS → CR(音だけで唾液が出る) ある刺激から他の刺激への置き換わり。刺激同志の 連合(結びつき) 無条件刺激 肉のこと 条件刺激 ベルのこと 無条件反応 肉で出る唾液のこと 条件反応 ベルで出る唾液のこと • http://www.youtube.com/watch?v=CpoLxEN54ho 29 オペラント条件づけ Operant 動物の行動を環境への 働きかけ(オペレーショ ン)と考える。ある刺激 のもと(SD)動物がある行 動を自発すると(R)、あ る環境変化が起こる (SR)。これにより行動の 自発頻度が変わること をオペラント条件づけと いう。 主人が手を出すこと (SD)で犬が「お手」をす る(R)と主人にほめても らえる(SR)。このことで、 もっとお手をするように なる(オペラント頻度の 増加、条件付けの成立)。 30 3項随伴性 環境中の手がかり (弁別刺激)SD 行動の自発 (オペラント)R 環境の変化 (強化)SR 自発頻 度の増 大また は減少 31 オペラント装置 行動と環境との関係をできるだけ単純化し、オペラント条 件づけの過程を実験的に分析するための仕組み。最低限、 手がかりとなる刺激(SD)を提示する装置、環境への働き かけ(R)を測定する装置(レバー、キーなど)と環境変化 (SR) (餌や電気ショックなど)をもたらす装置からなる。 オペラント条件づけ – http://www.youtube.com/watch?v=SUwCgFSb6Nk – http://www.youtube.com/watch?v=I_ctJqjlrHA 精神物理学 34 強化スケジュール:行動と強化の対応 • FR 固定比率 – N回に1回の強化 – バースト応答 • FI 固定時間 – N秒経過後の最初の反応 に1回 – FIスキャッロップ • VR 変動比率 – 平均してN回に1回 – バーストと挫折 • VI 変動時間 – 平均してN秒経過後の最 初の反応に1回 – もっとも安定した反応 20歳の私が感動したこと • 動物に質問をすることが出来る。 • 動物の内部状態を弁別刺激とすることができ る。 • 動物の「こころ」がわかるかも知れない。 • 岡ノ谷の卒論「カナリアにおける同名異調メロ ディの弁別」(オペラント条件づけで、カナリア に短調と長調を聞き分けさせた) 36 オペラント条件づけ • 前提 – どのような行動でも、その頻度をあげる(また は下げる)強化子がある。 – 行動と強化刺激の対応は恣意的である。ある 行動について強化となる刺激は、他の行動に ついても強化となる。 • 特徴 – 強化は行動のあとすぐ起こる必要がある。 – 行動と強化の対が何度も生起しなければなら ない。 37 鷹の聴覚測定 • 国土交通省(百瀬さん)からの依頼。ダムを造る とき、鷹にどのくらい迷惑か知りたいので、聴覚 データをとってほしいとのこと。 • • • • • じゃ、やりましょう。 えさライトがつく その後2秒以内に音が出る・出ない 音が出たらえさのそばに飛んでいく 音が出なかったら2秒まって次の試行 38 鷹(岩見、山崎らによる) 39 デグーの道具使用 • (入来さん)道具使用の脳内機構を調べたいが、サルでは たいへんだからもっと小さな動物でできないか。 • じゃ、デグーでやりましょう。 • 強化子を手動で与える – – – – – 台に乗ったら強化 熊手に触れたら強化 熊手を動かしたら強化 熊手をつかんだら強化 熊手をひっぱったら強化 • 熊手の内側に強化子 • 熊手の横に強化子 • 熊手の外側に強化子 40 デグーの道具使用(時本らによる) 41 古典的行動学 = 本能 行動心理学 = 学習 しかし、それだけでは割り切れない 現象がみつかった 42 食物嫌悪 43 食物嫌悪学習 44 オペラント条件づけ • 前提 – どのような行動でも、その頻度をあげる(また は下げる)強化子がある。 – 行動と強化刺激の対応は恣意的である。ある 行動について強化となる刺激は、他の行動に ついても強化となる。 • 特徴 – 強化は行動のあとすぐ起こる必要がある。 – 行動と強化の対が何度も生起しなければなら ない。 45 行動の生物学的制約 46 学習には外的な強化が不要な場合も • 学ぶこと自体が楽しい – 刻印付け – 歌学習 – まね – ヒト幼児のことばの学習 • 内発的動機づけ – 目標設定と達成 – 自己評価 47 行動主義心理学と古典行動学 行動主義心理学 古典行動学 48 行動心理学の限界と有用性 • 行動と強化の対応は恣意的でないのは明ら か。だから、生物学的妥当性が少ない研究に なりがち。 • しかしそれを逆手にとって、感覚機能や意志 決定過程など、生物学的に妥当な方法では 測定しにくいものを測定できる。 • そのような例をいくつか紹介する。すべてジュ ウシマツの歌行動に関する研究である。 49 ジュウシマツ用オペラント装置と キーつつきをするジュウシマツ 50 例1:小鳥の歌の聞き分けと 脳の左右差 (うまくいった例) 右の脳と左の脳 51 歌を司る神経回路 歌を司る神経回路の機能には左右差がある。左HVC損傷で歌がうたえ なくなるが、右HVC損傷ではしばらくして歌がもとにもどる。歌を聞き分 ける機能にも左右差があるだろうか。 仮説:複雑な神経処理は、左右連絡のコストが高くなるので片側に寄る。 52 使った刺激と成績 ジュウシマツの歌とキンカチョウの歌をジュウシマツにオペラ ント弁別させた。左HVCを損傷した群は、右HVCを損傷した 群および統制群に比べ、学習基準に達するまで有意に長い 時間が必要であった。 53 例2:行動と報酬の非恣意性 (難しかった例) 54 つつくオペラントと歌学習 歌の強化力をキーつつき反応で定量化したいからこういうことをやる。 55 学習可能性の準備性 56 鳴くオペラントと発声の発達 鳴き行動の神経機構を調べる実験系を作るのが目的 57 鳴くオペラントに関連する生得的制約 58 教訓 発達過程や生態学的特性から そもそもの準備性に気がついておく必 要がある。 59 例3:歌のチャンク構造の 生成と知覚(うまくいった例) 60 歌はチャンク単位で学ばれる 第一世代オスA k 第一世代オスB H z 1 k H z 0 1 0 0 . 5 s 0 . 5 1 . 0 s 第二世代 k H z 1 0 0 . 5 1 . 0 1 . 5 2 . 0 2 . 5 第一世代オスC k H z 1 0 0 . 5 1 . 0 1 . 5 2 . 0 s Takahasi Dissertation 2006 s では、歌はチャンク単位で知覚されるか? ある言語構造の中に挿入 されたクリック音は、その 言語構造の前か後ろに移 動して知覚される。この場 合、may と sayの間のク リックはthat節の始めまで 移動して知覚される。 同様に、あるチャンク構造 に挿入されたクリックは、 そのチャンクの前後に知 覚されるのではないか。 62 クリックが鳴ったらすぐつつくように鳥をオペラ ント訓練し、背景で歌を再生する。 63 歌はチャンク単位で処理される クリックがチャンク内 のとき、検出時間が 有意に延びる(黒と 白)が、歌を逆再生 するとこの効果は出 ない。 64 というわけで 行動心理学の技法は、 65 工夫次第でいろいろ使えますよ 66 行動学の展開 行動学の系譜 神経行動学と行動生態学 神経行動学とは V.神経行動学のあゆみ A.小西正一 1.小鳥の歌 感覚運動学習の鋳型モデルを形成 2.フクロウの音源定位 外界認知の計算モデルを形成 B.菅及武夫 コウモリのソナー研究 情報の脳内表現 階層・並列処理 C.ハイリゲンベルグ 電気魚の混信回避行動 行動発現のアルゴリズム D.ノッテボーム 小鳥の歌学習の神経機構 ホルモンと学習 記憶の局在 神経細胞の再生 運動と知覚 コウモリのこだま定位 フクロウの音源定位 小鳥の歌制御 行動生態学とは VI.行動生態学のあゆみ A.ダーウィン 1.自然淘汰の概念 2.性淘汰の概念 B.ウィン・エドワーズ 1.群淘汰の概念 2.攻撃行動、子殺し、真社会性の説明に窮す。 C.ハミルトン 1.血縁淘汰説 2.包括適応度 D.ドーキンス 1.利己的遺伝子 2.ハミルトンの考えの啓蒙 E.クレブスとデイビス 1.生物の適応戦略 2.婚姻形態の研究 3.行動生態学の確立 血縁淘汰と包括適応度 • 血縁淘汰 – 個体は、自分との遺伝的関連の深さに応じて、他者 に有利になるような行動(利他行動)をおこす。2匹以 上の子供のために自己犠牲的な行動を取る親は適 応的である。なぜなら、子供はそれぞれ親と0.5の 血縁度を持つから。また、兄弟の繁殖を手伝い自分 は繁殖しないという行動は、兄弟が十分繁殖に成功 すれば適応的である。 • 包括適応度 – ある個体がどれだけ子孫を残すかではなく、その個 体を構成する遺伝子がどれだけ広がるかを問題に、 動物の行動を理解すべきである。 めずらしい真社会性哺乳類:ハダカデバネズミ 自然淘汰と性淘汰 • 自然淘汰 (形質の進化) – 生物には遺伝子の変異にもとづく表現型の変異 があり、環境への適応の度合いに差がある。より 適応したものが生殖に成功し、その変異が拡散 してゆくことで、生物が変化してゆく。 • 性淘汰 (信号の進化) – 有性生殖する生物においては、異性に選択され より多くの子孫を残すものの形質が拡散する。異 性を選ぶ手がかりとしての形質(信号)は、それ 自体の適応度に関わらず、異性に選ばれるがゆ えに進化する。 性淘汰で進化した信号:小鳥の歌 性淘汰のしくみ • ランナウェイ仮説(セクシーな息子仮説) • 優良遺伝子仮説 – 寄生虫仮説 – 免疫力仮説 • ハンディキャップ原理 ハンディキャップ原理 (Zahavi) コウホウジャクの尾羽 • 長い羽のオスのほうが 繁殖成功が高い • 羽を切るともてない • 羽を切ってまたつなぐと もどる • 羽を切って、他人の羽 を長く切った部分をつ なぐといっそうもてる VII.これからの行動学 A.コンピュータ科学の隆盛 1.実験方法の洗練 2.データ解析法の洗練 3.方法としてのシミュレーション 4.認知科学と行動学 B.人工生命 1.可能な生命のありかた 2.進化の実験的研究 C.応用行動学 1.動物福祉 2.コンパニオンアニマル 3.環境と動物 4.生命・環境教育 ティンバーゲンの4つの質問
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