複雑系化学物理とツリガネ虫談義

複雑系化学物理とツリガネ虫談義
東京農工大学大学院共生科学技術研究部
牛木秀治
【緒言】
約 2 5 年 前 よ り 、 我 々 は 、「 自 然 の 階 層 構 造 」 と い う 視 点
を提起してきたが、近年、粘度のサイズ効果という問題に興
味を持っている。即ち、①オストワルド粘度計、②微少振動
粘度計、③顕微鏡下でのブラウン粒子の運動、③動的光散乱
法、④蛍光プローブ法による分子の並進・回転拡散運動、な
ど、これらで測定した「とりあえず」の溶液粘度が、どの程
度一致するのか?という指摘である。特に、細胞レベルであ
るメゾスコピック領域において、単細胞生物が、バケツ一杯
の溶液物性を感知しているか否か?の興味を持った。本報告
で は 、 μ m オ ー ダ ー の ツ リ ガ ネ ム シ ( Vorticella ) の 収 縮 運 動
を 高 速 ビ デ オ カ メ ラ で 測 定 し 、そ の 収 縮 速 度 の 粘 度 依 存 性 を 、
形態の異なる3種類(メチルセルロース、フィコール、PE
O)のポリマーを添加して比較した。
【実験】
ツ リ ガ ネ ム シ の 概 観 を Fig 1 に 示 す 。 こ れ を 所 定 の 培 養 液 で
培 養 し 、 Fig 2 に 示 す 観 測 装 置 で 、 ツ リ ガ ネ ム シ の 収 縮 運 動 を Fig 1. Structure of Vorticella
モニターした。ここでは、倒立型
顕微鏡に、高速度ビデオカメラを
設 置 し 、 約 4000 フ レ ー ム / 秒 で 、
観測した。ちなにみ、一般のビデ
オ は 、 30 フ レ ー ム / 秒 で あ る 。
この測定は、かなり根気のいる測
定であることは、間違いない。言
い換えれば、この高速ビデオの測
定 で は 、 記 憶 容 量 が 1000 フ レ ー
ムであり、1回のシャッター・チ
ャ ン ス は 、 1/4 = 0.25 秒 で あ る 。
この測定チャンスに同調させなけ
れば、ツリガネムシの収縮運動を
モニターすることはできない。そ
のモニターしたツリガネムシの収
縮 運 動 の 分 解 写 真 を Fig 3 に 示 す 。
こ の 図 に よ れ ば 、 180 μ m の 収 縮
Fig 2. Apparatus for Rapid Motion of Vorticella
に 1.67ms を 要 し て い る の で 、約 0.11m/s = 388m/h の 速 度 で あ り 、原 生 動 物 の 運 動 と し て は 、
かなりの高速運動である。
【結果・考察】
Fig 3 で 示 す よ う な ツ シ ガ ネ ム シ の 柄 の 部 分 の 収 縮 過 程 の 画 像 を P C へ 取 り 込 み 、 そ の
収縮速度を算出した。
<収縮運動に関する議論>
収縮過程における議論では、千尋ゲルの体積
相 転 移 現 象 を 想 起 す る 。 Fig 4 に 示 す よ う な ス ピ
Fig 3. Shrinking Process of the Stalk of Vorticella
Fig 4. Two Shrinking Models
ノーダル分解型と核生成成長型の機構である。我々のこれまでの知見だと、スピノーダル
x
y = A(1 − exp(− ) β )
C
(1)
(2)
分 解 型 だ と ( 1 ) 式 が 、 核 生 成 成 長 型 だ と ( 2 ) 式 が 成 立 す る 。 も し 、( 1 ) 式 が 成 立 す
るならば、我々が提起している積分変換法を用いれば、この収縮過程における微小部分の
階段関数の緩和時間の分布関数を求めることが出来る。
(3)
今 回 は 、( 1 ) 式 の 拡 張 指 数 型 関 数 で fitting を 行 っ た 。 こ こ で の 収 縮 速 度 を V = A / C
( cm/s ) と し た 。
水 溶 液 の 粘 度 を あ げ る 為 に 、 Fig 5 で 示 す
3 種 類 の 高 分 子( Methylcellulose 、Ficoll 、PEO )
を添加した。これ等の高分子溶液の粘度を微
少振動粘度計で測定し、その高分子溶液の粘
度におけるツリカネムシの柄部分の収縮速度
を測
定した。
ツリガネムシの柄部分の収縮速度と各高分
子 溶 液 の 粘 度 と の 対 応 グ ラ フ を Fig 6 に 示 す 。
このグラフにおいて、①高分子溶液の粘度の
増加に伴って、ツリガネムシの柄部分の収縮
速 度 は 低 下 す る 、 ② Ficoll 及 び PEO 水 溶 液 に
お い て は 、 そ の 速 度 の 低 下 は ほ ぼ 同 じ 傾 向 を Fig 5 Experimental Condition of Polymer Solution
示 す 、 ③
Methylcellulose 水 溶
液 で は 、 Ficoll 及 び
PEO 水 溶 液 に 比 べ
て、相対的に、その
速度は低下しない、
という知見が得られ
た。
ここで用いた高分
子 は 、 Methylcellulose
が半屈曲性高分子
鎖 、 Ficoll は 球 状 高
分 子 、 PEO は 屈 曲 性
高 分 子 鎖 で あ る 。 ち Fig 6 Polymer Solution Visicosity vs. Shrinking Speed of the Stalk of Vorticella
な み に 、 Methylcellulose
の 濃 度 は 0.3%wt/v 、
F i c o l l は 1 0 % w t / v、
PEO20000 は 5%wt/v 、
PEO500000 は 0.5%wt/v
で あ る 。Fig 6 の 知 見 は 、
原生動物程度のスケー
ルにおいて、バルクの
粘度だけではなく、高
分子鎖の形状が利いて
いる可能性を示唆して
い る 。 例 え ば 、 PEO 水
溶液は、乱流抑制効果
( drag reduction ) を 示 す
ことが知られているが、
原生動物レベルでの高
速収縮過程において、
高分子鎖の形状が関わ
Fig 7 Model of Energy Dispersion Process for Shringing of Vorticella
る 可 能 性 に つ い て の 議 論 を 発 表 で 行 う 。 我 々 は 、 こ の 機 構 を Coil-Stretch Transition と 呼 び
たい。