上野先生と歩こう 中国語遊歩道 『中国のことばと文化Ⅱ』 [393]「ありがたきもの」づくし 気になる日本語(6) (21)舅と姑――前言取り下げの弁 「わたくしの理解では妻にとってわたくしの両親はしゅうとでありしゅうとめであるが,わたくし にとっては妻の両親はしゅうとでもしゅうとめでもない」と書いたところ,読者のおひとりからやは り辞典にあるとおり,「舅」は夫または妻の父,「姑」は夫または妻の母でしょうという指摘をいう ただいた。ご自身がそう使っているとおっしゃるのである。 たぶんそういうふうに使う方もいらっしゃるのでしょうね。いや,そういう使い方のほうが一般的 なのかもしれません。だんだん弱気になってきました。「あくまでもわたくし個人の理解であるが」 とでも訂正しておきましょうか。 (22)「ありがたきもの」舅にほめらるる婿 自説,というほどのたいそうなものではないが,舅は夫の父を指すというわたくしの理解に不利な 材料であることを承知のうえで,元国語教師は『枕草子』にこんな一節があったのを思い出したので 引いておく。 しうと むこ しうとめ よめ ありがたきもの, 舅 にほめらるる婿。また, 姑 に思はるる嫁の君。毛のよく抜くるしろがねの け ぬ き しゆう ず さ 毛抜。 主 そしらぬ従者。 女の家に男が通ってくるのが通常の結婚形態であった平安の昔(昔でなくても?),女親はともか くとして,かわいい娘を横取りした婿をほめる男親など,確かに「ありがたきもの」,めったにない ものに違いない。 (23)「ありがたきもの」姑に思はるる嫁の君 しうとめ よめ 「また 姑 に思はるる嫁の君」。こちらの姑はまちがいなしに「夫の母」である。「嫁と姑」の仲 は今も昔も難しいもののようですね。 け ぬ き ついでに「毛のよく抜くるしろがねの毛抜」。「毛抜」は文字どおり毛を抜く道具。ひげではなく 眉毛でしょうね,王朝時代の女性の話ですから。「しろがね」すなわち銀製の毛抜は見た目のよいが, 毛抜としてのはたらきは鉄製のものには及ばないと言うのでしょう。 しゆう ず さ 「 主 そしらぬ従者」。解説不要でしょう。社長の悪口を言わぬ部長,部長の陰口をたたかぬ課長, 課長をそしらぬ部下……。いずれも確かに「ありがたきもの」に違いなさそうだ。おかげで居酒屋は 本日も大繁昌。 (24)末までなかよき人かたし 久々の(半世紀ぶりかな?)の『枕草子』,もう少し寄り道させていただこう。 「ありがたきもの」の続きである。「物語・集など書き写すに,本に墨つけぬ」。書き写させてく れと言うから貸した本を墨で汚さずに返してくる人はめったにいない。今ならコピーをとるために本 の形が変わるほど押さえつけておいて,平気で返してくる手合いか。 極め付きは結びの一節。 をとこ,女をばいはじ,女どちも,契りふかくて語らう人の,末までなかよき人かたし。 「をとこ,女をばいはじ」,男女の仲は言うまでもない。女どうしでも……,と言うのである。解 説するまでもないでしょう。 2015/3/13 Ⓒ2015 一般財団法人日本中国語検定協会 無断で複製・複写・転載することを禁じます。
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