日本大学英文学会 1 月例会 発表梗概 がこの時期の作品となります。1628 年以降、 【研究発表 1】 “On the Morning of Christ Nativity”(1629)に John Milton, The Poems (1645) における 代表される青年期の英語詩群の創作が続きま ラテン詩にみられる叙事詩性 すが、大学修了後の Ad Patrem(1634)、大陸旅 ―"Phoebus" との関係性を中心として― 行中の Mansus(1639)と帰国後の Epitaphium Damonis(1639)がラテン語による作品となっ 金子 千香(博士後期課程 1 年) ています。ラテン語詩は牧歌時代におけるミル トンのおよそ半数を占める作品群となってい 本発表では 17 世紀の叙事詩人 John Milton るのです。 (1664-74)の 1645 年版『詩集』 (The Poems of Mr 青年期のミルトンの詩作活動の半分はラテ John Milton, both English and Latin composed at ン語詩に属しており、John Hale は次のように Several Times)を題材と致します。 『詩集』はミ 述べ、ラテン語詩研究への重要性を指摘してい ルトンが 36 歳の時に出版され、英語詩だけで ます。“[Milton’s] Latin writing comprises fully はなく、16 歳から 30 歳の間に書かれた 28 編 half of Milton’s total output. It’s a very, very のラテン語詩が収められています。William significant part of his work and life”(“Milton’s Parker による伝記 A Biography において、彼 Latin” 220).さらに、米山弘は「ラテン詩には英 はミルトンの寡婦の言葉として “at the age of 語詩に見られないと特徴があり重要である」 ten John Milton was already a poet”(ミルトンは ( 「Milton's Latin Poems―Elegia Sexta―」 )と指摘し 10 歳にしてすでに詩人であった) と引用していま ています。牧歌時代とひとくくりにされる創作 す。その言葉が表す通り、ミルトンは幼年期か 時期において、ミルトンはラテン語詩と英語詩 ら詩作を始め、生涯に渡り、英語、イタリア語、 をその折々の意図を表現するによりふさわし ラテン語、ギリシア語で歌い、牧歌、ソネット、 い形を選び使い分けていたのではないでしょ 創作詩編翻訳、仮面劇そして叙事詩といった うか。 様々なスタイルの詩を創作し、常に詩人として 生き続けました。 当時、ラテン語はヨーロッッパを中心とする 国際社会における国際共通語である一方で、教 新井明は彼の創作年代を三段階に区分し、そ 養あるエリートのみに与えられた特権的言語 れぞれを牧歌時代、散文時代、そして叙事詩時 であったと言えます。ラテン語詩には、親友 代としています。1638-39 年にかけての大陸旅 Charles Diodati に宛てた手紙の形式をとって 行から帰国後、イギリス革命期に政治論文を執 いる作品が二つ、恩師 Thomas Young に、そし 筆し始め、その後叙事詩創作に本格的に着手し て父に宛てた手紙の形式をとっている作品が たとされる 1659 年までの約 20 年を散文時代 一つずつあります。英国民や多くの読者を想定 と呼び、Paradise Lost(1667)に代表される晩 せず、ごく親しい個人への手紙という形をとり 年を叙事詩時代と呼んでいます。一方で、ラテ 限られた読者への詩人の感情が表されたもの ン語詩はケンブリッジ大学入学当初の 1626 年 であると言えます。ラテン語は国際社会へ訴え に集中的に創作されています。将来の職業を詩 る手段である一方で、ミルトンにとって身近な、 人と定めたであろうと指摘される 1628 年まで 同じ社会に属する仲間との交流の手段として ラテン語詩創作が続いており、『詩集』に収め 「私的な」感情のやり取りに使われていたと考 られたラテン語詩 28 編の内、11 編つまり 1/3 えられます。先の引用で米山が指摘していた通 り、ラテン語詩に「私的な感情の吐露」がある 日本大学英文学会 1 月例会 発表梗概 とするならば、それはどのようなものとなるの 【研究発表 2】 でしょうか。 多くの読者にとって、私的な感情を描いたミ 「当為を表す should と had better ルトンの詩として、思い浮かぶのは、23 歳の ―訳語「すべき」と「したほうがいい」の ときに詩人として未だ開花しない自身の才能 意味考察と共に―」 について歌った“Sonnet VII”(1632)、あるいは、 失明の苦悩をそれに立ち向かう雄々しい筆致 小澤 賢司(日本大学通信教育部助教) で綴った“Sonnet XIX”(1652?)であるかもしれ ません。それら英語詩と同様、あるいはそれ以 しばしば、当為を表す should には、 (日本) 上に、ラテン語詩ではギリシア・ローマ神話に 語訳 として「 すべき」が、 had better には 由来する詩歌の神“Phoebus”という一貫した 「したほうがいい」が対応するとされる。 モチーフに一貫した自身の感情、つまり「叙事 しかし、「すべき」と「したほうがいい」を 詩人への決意」を反映させていると考えられる 交換しても、知的意味に大きな違いが感じられ のです。 ないことがある。 本発表の目的は、『詩集』に収められた詩作 品からミルトンの決意の象徴である“Phoebus” に焦点を当て、詩人が自身と“Phoebus”との関 係性をどのように置いているか。すなわち、 詩 人自身を“Elegy 1”における“Phoebus”の信奉 者から、Ad Patrem、Mansus における“Phoebus” の継承者へと詩歌の神との関係を深める描写 から、ミルトンの叙事詩人への決意を明らかに することにあります。さらに、詩歌の才能を授 ける父としての“Phoebus”と共に、“Phoebus” (1)a. If you have stepped on her foot, you should apologize. (彼女の足を踏んだのなら、謝{るべきだ/ ったほうがいい} ) b. You had better make hotel reservation before you leave Japan. (日本を出る前にホテルの予約を取っておく {ほうがいい/べきだ} ) (以上、江川 1991: 303, 338 一部修正) が主宰する芸術の九柱女神“Muses”への祈り が幼子を見守る母としての加護をもたらし、詩 本発表の目的は、当為を表す should と had 歌の神性として父性と母性の両者が合わさる better が使用される状況 (条件および環境) と ことにより、詩歌の完成を求めるミルトンの姿 その訳語「すべき」と「したほうがいい」に 勢を明らかにすることにあります。 どの程度並行性が見られるのかを考察する そのために、まず、英語詩における“Phoebus” の 4 回の出現を考察した後、ギリシア・ローマ 神話の世界を受け継ぐラテン語詩、とくに “Elegy1”、Ad Patrem、そして Mansus におい て、その世界を統べる詩歌の神“Phoebus”がい かにして英語詩とは異なる扱いで出現してい るかを指摘し、その意図が叙事詩人への決意に あることを明示致します。 ことである。
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