暖温帯山地河畔林における落葉広葉樹の分布規定要因

暖温帯山地河畔林における落葉広葉樹の分布規定要因
宮崎大学農学部 森林緑地環境科学科 伊藤 哲
1.目的
我が国の河畔林・渓畔林の多くは人為活動により消失または著しく改変されており,その保全・
修復が望まれている。渓畔林の保全・修復は、林野政策においても持続的な森林管理の重要な方策
の一つとして位置付けられており、国有林では伐期を迎えつつある渓畔の針葉樹人工林を広葉樹林
化する動きも始まっている。河畔林・渓畔林の保全・修復技術を確立するためには,その構成要素
と成立要因を明らかにする必要がある。これまでの研究で,暖温帯山地河畔林ではハルニレやエノ
キ等の落葉樹が重要な構成要素と位置づけられており、これらの落葉樹は河川攪乱や林縁の光環境
の違いに対応して常緑樹と分布を異にしていると考えられる。しかし,河川攪乱および光環境のど
ちらが落葉樹の分布規定要因として相対的に重要なのかは十分に明らかにされていない。そこで本
研究では,落葉樹と常緑樹の河川攪乱に対する反応の違いおよび林縁における好適な光環境に着目
して,落葉樹の分布規定要因の相対的な重要性を明らかにすることを目的とした。
2.方法
本調査は大淀川水系境川の暖温帯山地河畔林(流下区間約 200m)で行った。調査地では河道と
スギ造林地の間に帯状の広葉樹自然林が成立している。調査区域内の胸高直径 3cm 以上の立木に
ついて樹種,胸高直径,樹高および個体位置を記録した。調査地全体の地形測量を行い,微地形を
氾濫原,低位段丘,高位段丘崖,高位段丘の 4 区分に分類した。また,樹木の根元の土壌の攪乱状
態を,地表堆積物の観察により「河岸侵食(強)」,「河岸侵食(弱)」,「表面流侵食」,「堆積」
,および
「攪乱無し」の 5 類型に分類した。さらに,インターバル式自動撮影カメラを設置して水位の変動
を記録し,冠水頻度を求めた。また 光環境の指標として,樹冠位置を「林冠-林縁」,「林冠-林
内」,「林冠下-林縁」,および「林冠下-林内」の 4 類型に区分し,林冠下の個体については被圧
要因となっている上層林冠の種類を常緑樹冠もしくは落葉樹冠に分けて記載した。これらの樹木の
分布属性データを基にブートストラップ法を用いて,生育場所の微地形、攪乱状況および光環境(樹
冠位置)に関する選好性を検定した。
3.結果
調査地には、ハルニレ、エノキ、ヤマグワ等の落葉樹 19 種 97 個体、およびアラカシ、シロダモ、
イチイガシ等の常緑樹 13 種 164 個体が成立していた。落葉樹は比高 2m 以下の低位段丘に偏って
分布する傾向が認められ、とくに典型的な河畔種であるハルニレでその傾向が顕著であった。これ
に対して常緑樹は高位段丘に分布が偏り、低位段丘を避けて成立する傾向が認められた(表 1)。
個体の根元の攪乱状況別にみると、落葉樹は流路沿いの「河岸侵食(強)」に分類される立地に有意
に偏って分布しているのに対して、常緑樹は同立地を有意に避ける傾向が認められた(表 2)
。また、
樹冠位置の分析の結果、落葉樹は光環境の良好な「林冠-林縁」に対する偏りが極めて強く、「林
冠下-林内」を避けて生育していた(表 3)。林冠下に成立する落葉樹も、ほとんどが落葉樹冠の下
で生育しており、常緑樹冠の被圧下で生存している個体は極めて少数であった。これに対して常緑
樹は、落葉樹と逆の分布傾向を示し、多くの個体が林冠下-林内で確認された(表 3)。
表1 落葉樹および常緑樹の各微地形における成立個体数
樹種群
落葉樹
常緑樹
1)
個体数(本)
個体数(本) (%)
(%)
偏り
97
164
樹木総個体数
偏り 1)
56
(58)
--132
(80)
++
高位段丘
27
(28)
NS
31
(29)
NS
高位段丘崖
14
(14)
+++
0
(0)
--低位段丘
0
(0)
--1
(1)
NS
氾濫原
1)
“ + ”および“ -”はそれぞれ全プロットにおける構成割合に基づく期待値より実測値が有意に
大きい,もしくは小さいことを表す。“ +++” および“ ---”はp<0.001,“++” および“ --”はp<0.01,“ +
”および“ -”はp<0.05,NSが有意な差がないことを示す。
表2 落葉樹および常緑樹の各土壌攪乱における成立個体数
樹種群
落葉樹
常緑樹
1)
個体数(本)
(%)
個体数(本) (%)
偏り
97
164
樹木総個体数
攪乱無し
堆積
表面流侵食
河岸侵食(弱)
河岸侵食(強)
41
4
2
37
13
(42)
(4)
(2)
(38)
(13)
NS
NS
NS
NS
+
86
2
2
66
8
(52)
(1)
(1)
(40)
(5)
偏り 1)
NS
NS
NS
NS
-
1)
“+++”および“---”はp<0.001,“++” および“--”はp<0.01,“ + ”および“ -”はp<0.05,NSが
有意な差がないことを示す。 “ + ”および“ -”はそれぞれ全プロットにおける構成割合に
基づく期待値より実測値が有意に大きい ,もしくは小さいことを表す。
表3 落葉樹および常緑樹の各光環境における成立個体数
樹種群
樹木総個体数
林冠ー林縁
林冠ー林内
林冠下ー林縁
林冠下ー林内
1)
落葉樹
個体数(本) (%)
97
23
20
24
30
(24)
(20)
(25)
(31)
偏り
1)
+++
NS
NS
---
常緑樹
個体数(本) (%)
164
8
30
24
102
(5)
(18)
(15)
(62)
偏り 1)
--NS
NS
+++
“ + ”および“ -”はそれぞれ全プロットにおける構成割合に基づく期待値より実
測値が有意に大きい ,もしくは小さいことを表す。 “ +++” および“ ---”は p<0.001,
“++” および“ --”は p<0.01,“ + ”および“ -”は p<0.05,NSが有意な差がないこと
を示す。
常緑樹と落葉樹の分布を、水面からの比高(河川撹乱の強度・頻度の指標)および林縁からの水
平距離(河道からの光の侵入度合の指標)との関係で解析したところ、落葉樹は比高 2m 以下の地
点に偏って分布し、常緑樹は比高 2m 以上に集中して分布していた(図 1)
。一方、両樹種共に、林
縁からの水平距離に対する一定の分布傾向はみられず、常緑樹と落葉樹の分布傾向の違いも不明瞭
であった(図 1)。
5
流路からの比高(m)
4
3
2
落葉
1
常緑
0
0
2
-1
図-1.
4
6
8
10
12
14
林縁からの水平距離(m)
林縁からの水平距離および低水時水面からの比高からみた常緑樹と落葉樹の分布
4.考察
本研究では、暖温帯の山地河畔林という幅の狭い森林植生の中で、常緑樹と落葉樹の分布に違い
があることが明らかとなった。樹種群の分布にこのような違いが認められた要因として, それぞれ
林縁からの光環境や地表攪乱に対して異なる反応を示すことが考えられる。たとえば、強度に河岸
侵食を受ける低位段丘に落葉樹が偏って成立すること(表 1、表 2)は、落葉樹が常緑樹よりも一
般に表土攪乱に対する高い耐性を有すること示唆している。また、落葉樹の樹冠は、林冠-林縁と
いう最も光環境が良い場所に偏って存在していた(表 3)。これは、落葉樹が一般的に常緑樹よりも
耐陰性が低いことによると思われる。
光環境と地表攪乱の相対的重要性を分析した結果、落葉樹は比高 2m 以下に偏って分布し、林縁
からの水平距離に対して偏りが検出されなかった。この結果は、落葉樹の分布が林縁に由来する良
好な光環境よりも地表攪乱に強く影響を受けていることを示している。
以上の結果をまとめると、暖温帯の山地河畔域の落葉樹にとっては光環境が重要な成立条件であ
り、常緑樹林冠木の被圧下で林縁から光を受けるよりも,常緑樹の被圧を免れ林冠に光を受けるこ
とがより重要であると考えられる。また、落葉樹が常緑樹の被圧を免れる上では,冠水頻度が高く
常緑樹の定着が困難となるような強度の侵食型土壌攪乱の発生が重要な役割を果たしていると推
察される。すなわち,落葉樹が低位段丘に偏って出現する要因は,河川由来の侵食型土壌攪乱が,
被圧要因である常緑樹の成立を制限し、落葉樹が林冠に到達しやすい環境を提供していることであ
ると結論づけられる。したがって、暖温帯で落葉樹を含む多様な山地河畔林を保全・修復するため
には、河岸侵食で常緑樹種の定着が制限される低位段丘を確保することが重要であると考えられる。