「しっぱね 考」

新潟方言・郷土史研究家
大 田 朋 子
プロフィール
新潟市出身(出生地は柏崎市)
東京で大学・研究室生活を経てUターン
雑誌記者、コピーライター、ライター、インタビュアーの仕事をす
るうちに、方言や習俗、歴史に魅せられ、研究、普及につとめる
心理学・新潟学等講師、経営学修士(MBA)、新潟郷土史研究会会員
著書「独断大田流にいがた弁講座」(新潟日報事業社)
「おもしろ えちご塾」(恒文社)
「郷土とことわざ」(人間の科学新社・共著)等
「しっぱね 考」
この冬は特別寒く、出歩くたび「しっぱね」を気
運転のせいで、歩行者は傾けた傘で「しっぱねガー
にしておりましたが、実は、前々から気になってい
ド」したり、「しっぱね車」を睨んだりの大忙し。
たことばがこの「しっぱね」でした。
ビシャ道行軍「雪国はつらいよ」(2012年2月号参
これは新潟特有の方言か?方言なら共通語(標準
照)です。
語)訳は何か?寒い季節のうちに「はっきりさせね
というように「しっぱね」ひとつ説明するにも、
ば!」と息巻いていた矢先、湯沢町で「シッパネ条
これだけ長々と興奮して書いてしまうくらい共通語
例」(正式名は「シッパネ被害根絶に関する条例
で表しにくいことばです。だから当然、新潟特有の
案」)が、2014年12月定例会で議員発議され可決と
雪道用語か?と思いきや、山形、福島、秋田、宮
いう報が飛びこんできました。施行は2015年12月。
城、岩手、青森と東北一円にこの表現は存在しま
早速「しっぱね」解明をと思っても当誌12月号はお
す。さらに「しっぱね調査」の手を伸ばせば、遠く
休み、新年早々「しっぱね」話もどうかと思い、今
は島根、群馬、茨城、静岡、三宅島にも同様の表現
回2月号でようやくお届けしますことをご了承くだ
があります。
さい。
語源は、新潟・関東圏では「尻はね」(しりは
長く厳しく寒く辛い四重苦の冬場の新潟、その灰
ね、後ろにはねる意)が転じて「しっぱね」説かと
色の季節をいっそう陰鬱な気分にさせるのが、雪道
思われますが、東北では「すっぱね」と発音するこ
歩きの「しっぱね」。降りたての新雪、人の足跡一
とから「裾はね」(すそはね、着物の裾にはねる
つないまっさらな雪道なら、キュッキュッと靴音高
意)が「すっぱね」に変化したと思われます。新潟
く歩くのはしかもかいいあんばいです。しかしこれ
人が不得意とするイとエの発音のように、東北では
が、人は通る、犬も車も通る、バイクも通るし除雪
シとスの発音の混同がみられますが、語源や語感・
車も通る、となると雪道はビッシャビシャ。とくに
発音から「しっぱね」も「すっぱね」もその土地ら
雨気を含んだ雪やミゾレやアラレ・センベイ(ウ
しい響きがあります。
ソ)やら消雪水やらで、道路はさらにビシャ度を増
それにつけても、よくやった湯沢町!「シッパネ条
し、ベト(土)混じりのぬかるみを転ばぬように腰
例」の思いやり精神
を落として歩けば、必ず服やコートにその泥水混じ
が雪国から県内へ、
りの雪水が飛び散り、「あきゃ~、みばわーりどう
そして全国へと広ま
しょば」となる染みの正体が「しっぱね」です。
りますように…。
これが車の場合、べト入り水しぶきをビシャバ
シャはね上げて走るさまを「あんげしっぱね上げて
※「しっぱね」「すっ
ぱね」の語源と使
用地域等はあくま
でも筆者の調査に
よるものです。
どごの車ら?!」と憎々しげに表現します。ドライ
バーが歩行者に少し気をつけて運転すればしっぱね
上げることなどないのですが、乱暴運転や速度違反
ホクギンMonthly 2015.2