卒業式式辞 和らぐ日差しに、草木も芽吹くこの佳き日に、愛知県立名古屋西高等学校 67 回生の卒業 式を迎えることとなりました。ご多用の中を、ご臨席を賜りました天神山中学校長沼部達也 様、PTA会長大原雅彦様に、卒業生の前途を祝福いただきますことを、心より御礼申し上 げます。また、保護者の皆様、お子様の栄えあるご卒業を心よりお喜び申し上げます。 平成26年度名古屋西高校67回生の皆さん、卒業おめでとう。 皆さんが本校の制服を着て、本校の門をくぐって入学した日が昨日のことのように思い 出されます。皆さんの三年間は、耐震工事の連続で落ち着かなかったかもしれません。それ でも三年間を振り返ると、感慨も一入(ひとしお)ではないでしょうか。 今年の西高祭のスローガンを覚えていますか。 「輝け!名西魂」でした。名西魂ーそれを、 ある人は打たれても叩かれても、めげない、へこたれない、勝負を最後まで捨てない敢闘精 神であると言いました。別の人が、たとえ敗れても下を向かず、他人の所為(せい)にせず、 前向きにすすむという潔さだと言いました。今年は、タイの高校生との交流やプレ100の 行事とありましたが、どの行事もよく盛り上げ、とりわけ西高祭の最後に歌った校歌は、心 に残るものでした。学習や部活動だけでなく、学校祭や球技大会といった学校行事において、 名西魂を体現した学年でした。それを、名西の伝統というなら、皆さんは間違いなく、その 真正の継承者でした。かつて明治の歌人、与謝野晶子は、よき伝統に関わり、それを伝える 喜びを「黄金の釘一つ(くぎひとつ)打つ」と表現しました。67回生の皆さんが、三年間 かかって打ち据えた黄金の釘を、在校生の諸君が誇らしく眺め、名西魂を継承してくれるこ とを、願っています。 さて、皆さんへの最後のメッセージに、「待つこと、寛容さの大切さ」をお話ししたいと 思います。今からちょうど二百年前のことです。オーストリアのウィーンでナポレオン戦争 後の処理をめぐって国際会議が開かれました。ヨーロッパのほとんどの国が招かれた、この 会議は、なかなか妥協点を見いだせないまま、時間がかかり手間取りました。折からのワル ツの大流行も手伝い、この会議を評してある老公爵が『会議は踊る。されど進まず』と言い ました。無駄の多さ、効率の悪さを表現した言葉として、長く巷間(こうかん)に広がりま したが、実は、そう評した老公爵の真意は別のところにありました。それは、多くの国々と の折衝を通じて、ヨーロッパ全体をまとめることは至難で不可能とさえ見えたのに、会議を 主宰するメッテルニヒが、実に辛抱強く丁寧に、時には不真面目とも見える、時間つぶしの ワルツを舞い、合意する機が熟するのを待ち続けたことを、賞賛したものでした。「メッテ ルニヒ、やるじゃないか」という意味だったのです。こうしてまとめられた会議の成果は、 ウィーン体制と呼ばれ、時代に逆行するものとして、後世の評価はよいものではありません。 確かに、彼らの考え方には欠点もあったし、少なくとも時代遅れであったことも事実でした。 けれども、彼らの問題解決の姿勢には、それぞれに妥協を求めるよう努力し、それによって、 主張する利害を具体的に限定しながら事態を処理し、硬直した理念や情熱、感情によって押 し流されてしまってはならない、という考えがありました。待ちながら仕事をする、その深 い意味がここにあります。 それから二百年の間、世界は驚異的とも言うべき経済発展をとげました。世界の人口は十 億から七十億に急増し、政治の領域では、飛躍的に多くの人々が参政権を獲得しました。イ ギリスのリヴァプールとマンチェスター間を最高時速40キロで走った鉄道も、今や新幹 線では時速300キロを超え、開発中のリニアモーターカーでは時速580キロを超えま した。どの分野においても、目標の達成が優先され、そのスピードがもっと早くもっと早く と、求められるようになりました。悠長に、機を熟すのを待ちながら仕事をする、というこ とが、怠け者の言い訳に過ぎないという時代になった気がします。けれども、待てない、と いうことは、時に、力ずくで乱暴な振る舞いに転じます。その最大の悲劇が戦争でした。歴 史を振り返るとき、戦争はいつも「待てない」という言葉から起きます。それは、あらゆる 戦争を始めるときに共通した当事者の心理といってよいものです。待つことのできる心の 余裕、 「寛容さ」が人々の心から失われた時に戦争が起きた、と言い換えてもいいかもしれ ません。 今、世界を眺めると、経済格差の拡大から生まれる貧困や不満が、あちこちで渦巻き、地 域によっては宗教上の差別や民族的な偏見を加えて、一国内だけでなく国境を越えて、痛ま しい紛争や悲劇的な事件として噴出しています。そこでは、不機嫌でせっかちで、不寛容な 空気が満ちています。私たちの国は、戦後七十年にわたり平和を維持してきました。この平 和を大切にするとともに、戦争に対して、一人一人がブレーキをかけるように、これからも 努めなければいけません。そのために、現実から目をそらさず本質を知るとともに、 「寛容」 の大切さを、皆さんに噛みしめてほしいと願っています。ただ「寛容さ」は難しさをともな います。それは、怠け者の言い訳にならぬよう、まず無関心や際限のない妥協を斥けなけれ ばなりません。次に異質なものを受け入れるよう、暴力的にならず、他人の声に耳を傾けな くてはいけません。そして何よりも、粘り強く問題と取り組む追求力を求められるのです。 寛容であることは、このように、しなやかで強靱な精神のもとで育っていきます。どうか、 この「寛容さ」を卒業してからも、忘れないでください。 古代ローマの格言に「ゆっくり急げ festina lente」という言葉があります。この格言は、 何事かなそうとするときに、あわてず、あせらず、目先のことだけに目を奪われずに、十分 に吟味して、物事を迅速に実行していくことを意味しています。「ゆっくり急げ festina lente」この言葉の中に、 「待つことや寛容であることの大切さ」を込めて、皆さんへの餞(は なむけ)の言葉としたいと思います。皆さんが、本校で培った経験を活かし、名西魂を胸に、 失敗を恐れず、未来に向けて新しい地平を切り拓き、活躍することを期待しています。 最後に、保護者の皆様に一言御礼を申し上げます。お子様が、本日晴れて高校卒業の日を 迎えられ、さぞかしご安堵のことと心からお喜び申し上げます。また、これまで本校の教育 活動に並々ならぬご理解とご協力を賜りましたことに深く感謝申し上げます。ありがとう ございます。 それでは67回生卒業生諸君の今後の健康と発展を念ずるとともに、皆さんの前途に幸 多からんことをお祈りして、式辞とします。 平成二十七年三月一日 愛知県立名古屋西高等学校長 奥村俊三
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