5月の校長講話 「秋山郷と子どもたち」 H27.5.20(水) 熊谷 このお話は

5月の校長講話
「秋山郷と子どもたち」
H27.5.20(水) 熊谷
このお話は、長野県で一番小さな小学校のお話です。秋山郷のある「栄村」は、長野県の一番北
の端、新潟県境にある村です。先生は7年前まで、栄村の秋山小学校にいました。秋山小学校は今、
児童数がたった1人という、長野県で一番小さな小学校です。先生がいたときは最後の年には6人
いました。今日は、少ない人数で仲良く助け合って生活していた秋山小学校の子どもたちの様子に
ついて紹介します。
一昨年6月の新聞に、秋山小の運動会の記事が載っていました。あいにく
雨だったので体育館で行ったそうですが、児童4人の運動会に、秋山地区の
人たち80人ほどが参加し、中には、89歳のおじいちゃんも出ていたそう
です。
長野県の地図で見ると、栄村は長野県の北の端に
あります。夏場は奥志賀林道を通って山ノ内町や野沢
温泉村からも行けますが、冬は国道117号線で新潟県の津南町に出て、もう
一度長野県に入り直すというルートしかありません。しかも、一本しかない
国道が雪崩で通行止めになってしまい、10日ほど孤立した年もありました。
秋山小の児童数の移り変わりのグラフです。入学式
や卒業式のない年もありました。また、違う学年が1
つの教室でいっしょに勉強していたり、体育や音楽などは全校で行っていま
した。児童会も全校で取り組み、1年生から放送委員でアナウンスをしてい
ました。
秋山郷は自然が豊かなので、春にはいろんな植物が
芽を出します。これは、2人ずつペアになって、学校周辺の草花を集めて作
った作品です。また、1・2年生は生活科の時間に学校のまわりの山菜を採
って料理をし、給食の時間に全校で食べました。メニューは、ふきのとうや
つくしの天ぷら・こごみやぎょうじゃにんにくのおしたし・ふきやワラビの
煮物などです。この写真は、秋山郷や北志賀名物の「はやそば」です。そば
粉を溶いて、大根を刻んだ醤油汁に入れて暖めます。すぐに食べられるので「はやそば」という名
前がつきました。右側は「あんぼ」または「あっぽ」といって、米の粉で作った「おやき」です。
中にはいろいろな野菜が入っていて、昔の保存食です。秋山小の子どもたちは、
「秋山っ子タイム」
(総合的な学習の時間)に、「はやそば」や「あんぼ」を作る勉強をしました。また、秋山郷には
ブナが自然に生えている林がたくさんあり、春の若葉の頃行くと、とてもきれいです。根本が曲が
っているのは、雪で押されて曲がってしまったからです。また、新潟県側の秋山郷には、カタクリ
の群生地もあります。「片栗粉」は根っこから作ったものですが、今はカタクリではなく、ジャガ
イモやサツマイモから作っています。
夏、6月には「校区合同運動会」がありました。子どもだけでは人数が
足りないので、秋山地区中の、子どもがいないお家の人たちも大勢参加し
ていました。子どもだけの種目もありますが、大人が参加する地区対抗の
種目もあります。たとえば、丸太切りリレーなどです。栄村の駅伝にも「秋
山オールスターズ」というチーム名で参加していました。参加資格は4年
生以上なので子どもだけでは足りないので、先生方も走りました。毎年最
下位でしたが、この年は最後から2番目に入りました。
8月のはじめ頃には、
「秋山郷常民大学」という催しがあり、秋山郷の生活や歴史の勉強をしに、
全国各地から大勢集まります。催しのプログラムの中に「焼き畑体験」というのがあります。秋山
地区は土地が痩せていた上、昔は肥料などなかったので、草や雑木を燃やした灰を肥料にしました。
そこへソバを蒔いて収穫しています。
この写真は秋山小の子どもたちが2年に1回登っている「苗場山」から
の眺めです。向こうに見えるのが鳥甲山です。鳥甲山は、尾根伝いに歩い
ている間、ずっと秋山郷の集落が見えています。
「蟻ノと渡り」といって、
幅が1mもないような切り立った尾根を歩くこともあります。トリカブト
と言っても、毒草のトリカブトは生えていなくて、苗場山の方には生えて
います。これは全校苗場登山の写真です。1年生も登ります。朝6時に登
り始め、降りてくるのは午後5時頃です。苗場山は大昔火山だったので、上の方が平らになってい
ます。へこみに水たまりができ、池塘(ちとう)と呼ばれています。
「塘」は「つつみ」の意味です。
その中に「ミヤマホタルイ」という、い草の仲間が生えている様子が、稲の苗のように見えるので、
「苗場山」という名前がつけられたと言われています。
七夕とクリスマスの頃には、全校でデイサービスを訪問し、お年寄りの
皆さんと楽しく交流しました。マーチングバンドに全員入っていますが、
人数が足りないので、庁務の先生や給食のおばさんまで、全部の先生方が
楽器を担当しました。
秋は秋山郷の観光シーズンです。全国各地から、観光バスを連ねて大勢
の観光客が秋山郷の紅葉を見に来ます。道が狭いので、大型バスがよけ合
いをするときには、片方が100m近くもバックしなければすれ違えない
場所もあります。雪をかぶっているのは苗場山で、紅葉の終わりかけた11月のはじめ頃の写真で
す。「苗場山に3度雪がくると、里に雪が降る。」といわれており、早い年には11月3日に50c
m積もった年があり、東京からノーマルタイヤで来ていた乗用車が谷底に墜ちる事故もありました。
栄村の文化祭と秋山地区の文化祭両方に、秋山小の子どもたちが出演しま
す。だいたい毎年、秋山民謡と合唱奏の2曲を演奏します。この写真は、秋
山民謡「下甚句」を歌っているところです。一人が順番に上の句を歌い、全
員で下の句をつけるという歌い方です。秋山民謡は7~8種類あるので、毎
年違った曲を選んで歌っていました。
秋山郷の冬は長く、11月から4月までのおよそ半年間、深い雪に閉ざさ
れます。この写真は校庭に作られたクロスカントリースキーのコースと、そ
り遊びをしている秋山小の子どもたちです。校庭のすぐ横が、南小より長い
スキー山になっていて、ここでアルペンスキーもしていました。この写真は、
秋山郷に行く途中の、新潟県津南町の道路です。道の両側は田んぼですが、
雪が3メートル近く積もっています。吹雪のときに通ると、
「ホワイトアウト」
といって、全てが真っ白になり、何も見えなくなってしまいます。車で走っ
ていると、時々カモシカに出会います。秋山郷のカモシカはおとなしく、近寄っても襲ってきませ
ん。一番近くまで近づいたときは、5mくらいでした。この写真は3月のはじめ頃だったと思いま
す。子どもたちは、雪の壁の間を集団で登校します。右の写真は秋山ではなく森宮野原駅に立って
いる標柱で、昭和20年に7m85cm積もったのが、日本で最高記録です。
これは秋山小の校舎です。2階に体育館があります。右の写真は校庭に積
もった雪の上から撮った写真です。丘の上から見下ろしたように見えます。
毎年2月には、「雪上運動会」があります。春の運動
会と同じように、地区の人が大勢集まります。子ども
たちのクロスやアルペンの記録会のほか、決まった時
間内に雪を高く積み上げる「雪積み」や、クマの絵を
描いた看板に雪玉を投げつける「熊撃ちリレー」、雪の中に賞品を埋めてお
いて子どもたちが探し出す「宝さがし」等の種目がありました。
この写真は3月はじめの頃の校庭です。熊谷の車よ
り高く雪が残っています。
これは、卒業式前に村の除雪舞台が校庭の除雪をし
てくれているところです。吹雪の中で卒業生を見送っ
た年もありました。
秋山小は来年、栄小学校の分校になるか、または休校になるかも知れませ
んが、秋山小がなくなっても、仲良く過ごした思い出はずっと残ることでし
ょう。
これでお話を終わります。静かに聴いてくれて、ありがとう。