7 月 10 日衆議院厚生労働委員会 参考人意見陳述 きょうされん常務

7 月 10 日衆議院厚生労働委員会 参考人意見陳述
きょうされん常務理事 赤松英知
きょうされんの赤松と申します。本日はこのような場を与えていただき、大変感謝申し上
げます。きょうされんは旧称を共同作業所全国連絡会と申しまして、青年・成人期を中心と
する障害のある人の働く場、日中活動の場、暮らしの場、相談支援の場等の事業所による連
絡会で、全国に 1800 を超える会員がおります。
わたしたちは今般の社会福祉法等の一部を改正する法律案については重大な懸念があると
考えております。以下、5 点にわたってその問題点を指摘させていただきます。
資料といたしまして、きょうされんが昨年 10 月にとりまとめました「社会福祉事業とそ
の担い手のあり方に関する見解」の概要と本文を配布させていただきました。
まず第一に、今回の議論では「他の経営主体との公平性」いわゆるイコールフッティング
の観点が強調されました。その主な内容は、
「多様な経営主体が参入してきたのだから、社会
福祉法人への特別な措置は取り払って、同じ条件にするべきだ」というものです。わたした
ちは、この議論が社会福祉事業の原則である非営利性、公益性をなし崩しにしていると考え
ています。
国民の命と健康にかかわる社会福祉事業は、
「利益を生む・生まないに関わらず必要だとい
う非営利性」と、
「自らの利益ではなく公共の利益のためにおこなわれるという公益性」を大
原則とする事業です。この非営利性と公益性は、その事業に誰が取組もうとも貫かれるべき
であります。社会福祉事業の主な担い手である社会福祉法人が強い公的規制と税制上の特別
な措置等を受けているのは、この非営利性と公益性を担保するためであります。
だとすれば、他の経営主体がこの分野に参入した場合にも同様の規制や措置を講じるのが
筋ではないでしょうか。たとえば、公金によって社会福祉事業にとりくむ以上、事業からの
収益を配当などには使えない等、その使途が厳しく制限されるのは当然です。これは社会福
祉事業の非営利性と公益性を担保するために必要な要件であって、決して緩和されるべき不
要な規制などではありません。
ところが逆に、イコールフッティングの観点は、他の経営主体と同じ条件にするために、
この必要な要件等を社会福祉法人から取り払うというわけですから、この分野の経営主体が
事業の非営利性と公益性を担保する前提が崩れてしまいます。
今求められるのは、この法案を拙速に成立させてイコールフッティングをすすめることで
はなく、憲法 25 条をふまえ、非営利性と公益性の観点から、社会福祉事業の担い手のあり
方に関しての国民的議論を尽くすことであります。
第 2 に、今般の議論は「社会福祉法人が黒字をためこんでいる」というバッシングに端を
発しているわけですが、この内部留保の正確な実態は把握できておらず、議論の前提が崩れ
ている点であります。
2011 年ごろから新聞報道等で「社会福祉法人が多額の内部留保をためている」との批判
が相次ぎました。そして、ここでもイコールフッティングの観点がでてくるわけですが、
「他
の経営主体との公平性からして税制面での特別な措置等があって黒字になったのだから、社
会貢献をして地域に還元しなければ、その存在意義が問われる」という意見が聞かれるよう
になったのです。
まず、前提として一部の社会福祉法人が利益を追求して過大な内部留保をためこんでいる
という事実については、わたしたちはこれを対岸の火事とせず、社会福祉事業の適正な運営
を図るべく、襟を正したいと思います。しかし、この一部の社会福祉法人の不適切な振る舞
いをもって、あたかもすべての法人が過大な内部留保をためこんでいるかのように喧伝する
風潮と、それを理由に今般の法改正を行なうことには釘を刺したい。
大多数の社会福祉法人は地域で真面目にニーズと向き合い、これに応えるために適正な運
営に努めています。事業を継続、発展させるためには一定の資金が必要であることから事業
の剰余金を積み上げているところもありますが、それは、社会福祉事業の原資である報酬が
決して十分な水準ではない中、様々な工夫による節約でなんとかやりくりした結果であって、
決して余裕のある経営が生み出した財産等ではありません。
今回の法案では、内部留保の定義が不明確だからこれを明確化するために法改正を行なう
と説明されていますが、これは本末転倒です。内部留保についての正確な実態の把握があっ
て、そこに何らかの問題点が科学的に見出されて初めて、法改正の必要性が生じるのであり、
現状では立法事実がないともいえるのではないでしょうか。内部留保についての正確な実態
調査をおこなわず、このまま強引にこの法案を成立させるようなことになれば、後に禍根を
残すことになるのではないかと大いに懸念いたします。
第 3 に、今回の法案では、社会福祉法人が地域における公益的な活動として、無料または
低額な料金で福祉サービスを提供する責務が規定されていますが、これはあらたな社会福祉、
社会保障の制度を確立する道を閉ざすことになるという点です。
この規定は、第 2 で述べた「黒字をためこんでいる」という不正確な認識にもとづいて、
これを使って社会貢献しなければ存在意義が問われるという議論の延長線上に位置づいてい
ますから、まず議論の出発点に問題があります。
さらに、地域の福祉ニーズに対しては、最終的にはやはり公的制度で対応するべきです。
地域では、雇用制度の改悪により派遣労働や非正規雇用が増大し膨大な生活困窮者が生まれ
ていること、また孤立や引きこもり、虐待も後を絶たない等、福祉ニーズは確実に増えてい
ます。こうした現実を直視し、先駆的に応えてきた社会福祉法人もあります。しかしこうし
たニーズを恒久的に支えるには民間による対応でよしとするのではなく、民間の先駆的な実
践を踏まえてあらたな公的制度を確立する必要があります。
きょうされんに加盟する多くの社会福祉法人は無認可の共同作業所から出発しました。多
くの障害のある人が家に閉じこもるしかなかった時代に、
「わたしも働きたい」というあたり
前の願いを実現するために障害のある人と関係者が柱一本持ち寄って立ち上げたのが共同作
業所です。制度的な支援がない中で障害のある人に働くことと地域での生活を保障してきた
共同作業所の多くは、その後社会福祉法人格を取得し、地域の拠点として活動を続けていま
す。
これはきょうされんの例ですが、同じ障害分野の他の社会福祉法人でも、さらには高齢、
保育の分野でも、制度がない中で先駆的な実践を重ね、それを新たな制度として確立してき
た社会福祉法人のとりくみの歴史があると思うのです。この歴史こそが日本の社会福祉の形
をつくりあげてきたといっていいでしょう。
今回の社会貢献活動に関する責務規定は、地域の福祉ニーズへの対応を社会福祉法人に肩
代わりさせることでよしとし、新たな社会福祉制度の確立の道を閉ざすことにつながる懸念
があります。これは、とりもなおさず社会福祉事業に対する公的責任のさらなる後退につな
がるのではないでしょうか。
第 4 に、今回の検討の中で、経営の高度化という観点から社会福祉法人の規模拡大の推進
を求める議論がありました。これを受けて、法案の中にも法人の規模拡大につながる内容が
見受けられますが、一律の大規模化を政策的に誘導することは、地域の福祉ニーズへの機動
的な対応を困難にし、これを置き去りにする懸念があります。
社会福祉法人の中には一法人一施設の小規模な法人が少なくありません。そして、それぞ
れが身近な地域を舞台にして、そこにおける福祉ニーズと向き合っているのです。中には法
人の発展段階の必然としてその規模を主体的に拡大したり、あるいは他法人との連携の結果
お互いの意思として合併するところもあります。このように、社会福祉法人が支援を受ける
人の視点に立った共同や連携を主体的に模索することは必要であり、これを支援する制度的
な枠組みも必要でしょう。しかし、今般の法人の規模拡大の推進に関する議論はこうした主
体的な拡大ではなく、主として公費削減のための経営の効率化を求める文脈から出てきてい
るのではないでしょうか。
大規模な法人を否定するわけでは決してありませんが、それだけになると一般論としては
支援の画一化や規格化の傾向が強まると考えられます。大小の多様な社会福祉法人が、それ
ぞれの持ち味を生かし活動を広げることこそが、複雑に入り組んだ現代の地域の福祉ニーズ
に対応するためには必要です。経営効率やスケールメリットのみを強調するあまり小規模な
法人の活動を困難にすることは、地域のニーズを支える仕組みの多様性を奪い、オーダーメ
イドの支援を必要とする人々をより困難な状況に置くことにもつながりかねません。
最後になりますが第 5 に、社会福祉施設職員等退職手当共済制度の見直しにかかわって、
障害者支援施設等にかかる公費助成を廃止することは、福祉人材の確保とは正反対の措置で
あるという点です。
障害分野の人手不足の深刻さは、今や社会問題といっても過言ではありません。現場では、
「支援職員を募集しても応募がない」、
「新規事業を予定していたが支援職員が集まらず事業
を開始できない」等、各地で本当に厳しい状況が広がっているのです。その大きな原因は、
社会福祉事業の原資である報酬が不十分であるために、支援職員の給与が低い水準にあるこ
とです。今年度の報酬改定では予算総枠は昨年度と同じ水準を維持したとされますが、実質
的にはマイナス改定となっています。そこにさらに重ねて、退職共済手当制度への公費助成
を廃止することが、この分野の人手不足を一層深刻にすることは、火を見るより明らかです。
公費助成の廃止によって事業所が負担する退職金の掛け金は 3 倍に跳ね上がることから、
厳しい経営を強いられている多くの社会福祉法人の中には共済契約を解除するところも増え
るでしょう。そうすれば、福祉人材確保の観点からも重要であるこの退職共済制度の維持、
存続にも影響することが懸念されます。仮にこの制度が縮小、場合によっては廃止というこ
とになれば、障害分野に限らず社会福祉分野全体の人手不足に拍車がかかるという負のスパ
イラルに陥ることにつながります。こうした現場の厳しい状況を見ずに、その時期が来たか
ら、あるいは他の経営主体とのイコールフッティングの観点から公費助成を廃止するという
のはあまりに機械的で、この制度の意義を踏まえない対応だといわざるを得ません。
以上、5 点にわたって今回の社会福祉法等の一部を改正する法律案の問題点を指摘させて
いただきました。こうした懸念を払拭することが、非営利性と公益性という大原則の下で社
会福祉事業を健全に発展させる道ではないでしょうか。そうすることで、社会の中で困難を
抱えている人に必要な支援を届けることができるのであり、誰もが憲法 25 条の下で排除さ
れることなく、等しく安心して暮らすことのできる社会をつくることにつながるのだと考え
ます。
障害分野では昨年 1 月に障害者権利条約が批准され、これを国内で実施するための取組み
が官民をあげてはじまっています。この条約を社会のすみずみに届け、障害のある人が他の
国民との平等を基礎として、あたりまえに働き、えらべるくらしを実現するという観点から
も、今回の社会福祉法等の一部を改正する法律案を拙速に成立させることなく、障害のある
人をはじめ困難を抱える人のニーズから出発して、社会福祉事業の担い手のあり方について
の国民的な議論を尽くすべきであることを申し上げて、当会の意見とさせていただきます。
本日はありがとうございました。