第 1 章 序 論

第1章
序
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第1章 序 論
一般に宇宙機は適切な方向に向けておく必要がある。多くの場合衛星は地球方向を向くように
計画されるが、太陽または関心のある特定の星に向ける場合もある。あるいは最初 1 つの目標に向
けその後他の目標に向けるようなことも行う。また宇宙機の 1 部分(おそらく通信用アンテナ)を
地球方向へ向け、他の部分(ソーラーパネル)を太陽方向に向けるようなことが要求される場合も
よくある。このようなことからミッションの目的を達成するためには、姿勢の安定化および制御の
システムが宇宙機の設計において重要な部分を占めるということが明らかである。
本書の主題は宇宙機の姿勢力学である ― すなわち宇宙機の方向がどのように変化するかを理
解し予測する応用科学である。本書では力学というより大きな科学の 1 部分として回転運動に特化
した問題を取り扱うが、それは回転運動を如何に記述するかという問題(第 2 章を参照されたい)
、
また回転運動を支配する微分方程式を如何に定式化するかという問題(第 3 章)
、そしてこれらの方
程式から物理的に意味のある結論を如何に導き出すかという問題(第 4 章~第 7)を含んでいる。
また宇宙機工学の 1 部分として、本書は特定の宇宙機に働く種々のトルクを予測し(第 8 章)
、そし
てこれらのトルクがどのような姿勢運動を引き起こすかを予測しようとする(第 9 章、第 10 章、お
よび第 11 章)
。その際設計上適切なストラテジーを用いることにより好ましくない運動を如何に最
小化するかという問題も取り扱う。
宇宙機の姿勢力学というのはもちろん他の分野から完全に隔離されて存在するものではなく、
多くの姉妹分野と相互に影響し合って存在しているものである。実際、宇宙機の姿勢力学の原則を
実際の宇宙機に適用しようとすればするほどこれらの相互関係は強く現れてくる。これらの相互関
係に関する最も重要ないくつかのインタフェースを図 1.1 に示す。
軌道とのインタフェース
実際、姿勢力学(回転を扱う力学)と軌道力学(並進運動を扱う力学)は相互に結びついてい
る。(もちろんこのことは本来惑星間をミッションとするような宇宙機の場合あまり当てはまらな
い。
)たとえ重力が考えられる唯一の力の場であるとしても(
「古典的」問題)
、軌道力学は姿勢力学
に影響を与えるしまたその逆も成り立つ。重力は保存力の場であるので系のエネルギー、運動量、
図 1.1 宇宙機の姿勢力学に関連のある分野
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および角運動量は保存される;しかしこの「系」は衛星と重力の主星(通常地球であるが)の両者
の並進運動と回転運動の両方を含んでいることに注意されたい。このような理論によると、太陽系
の他の天体はいうまでもなく、地球と衛星の両者の並進運動と回転運動はこれら両者間の重力の相
互作用によって互いに結びつけられている。
一般に小さな人工衛星が地球の運動に対して与える影響は無視し得ると仮定することは確か
に合理的である。しかしそれでも衛星の並進運動(軌道に関する変数)と宇宙機の回転運動(姿勢
に関する変数)の間のカップリングは残る。このカップリングについては 9.1 節で議論する。しか
し重力以外にも多くのカップリング源が同様に存在する。例えば軌道が姿勢に影響を及ぼす例とし
て衛星に作用する種々のトルクが挙げられるが、多くの場合これらのトルクは高度に依存している
(図 8.15)
。逆に姿勢が軌道に影響を及ぼす例としては惑星間のソーラーセーリング(太陽の輻射圧
を利用する)が挙げられる。この場合所望の軌道を得るために姿勢を調節するということが行われ
るからである。またよりありふれた例としてバーニアスラスタを挙げることができるが、この例で
は姿勢と軌道の両方に対して影響を及ぼすことが考えられる。すなわちスラスタ推力の作用線が質
量中心を通っている場合軌道だけに影響を及ぼすが、大きさの等しい逆向きのスラスタが 2 台ペア
として点火される場合は姿勢だけに影響を及ぼす。
これらの種々のカップリング効果(図 1.1 において中央の「宇宙機の姿勢力学」の部分と周辺
の「軌道」の楕円との交差部分によって示されている)が存在しているにもかかわらず、姿勢の力
学解析では多くの場合軌道の影響はほとんど無視される。このような考え方が正当化される理由が
2 つある。第 1 は、多くの宇宙機はスピンをしているかあるいはスピンをしているロータまたはホ
イールを持っているということである。この場合宇宙機は全ての外部の影響から隔離されたかのよ
うに取り扱うことができ、軌道の影響を無視しても十分な近似度で解析することができる。実際第
4 章~第 7 章はこのタイプの解析に基づいているが、その直接の目的は基本設計の結果が漸近的に
姿勢安定であるかどうかを確かめることにある;もし漸近的に安定ならば、宇宙機に働く外部トル
クは軌道とのカップリングに誘導されたものかどうかに関係なくすべて外乱と見做すことができる。
その結果軌道の影響を無視できる。つぎに軌道の影響を無視できる第 2 の理由は、姿勢の安定化を
環境トルクに頼る宇宙機に関する場合であるが、この場合この環境トルクが軌道変数に依存してい
る程度に応じて姿勢に対する軌道の影響が解析に取り入れられる。そしてそれ以外のトルクは前と
同じように外乱として取り扱われ、その結果軌道の影響は無視できる。
構造とのインタフェース
現実の物体は純粋な剛体ではないが宇宙機の姿勢力学は多く「剛体」力学に依存している。そ
して宇宙機の姿勢の動きに関して観測されたかなりの結果はこの基礎の上に立って説明できる。純
粋な「剛体」が解析にもたらす利点は、それが最大でも 6 つの自由度しか持っていないということ、
そしてまたこれらのうちのわずか 3 つだけが回転自由度であるということである。あいにく剛体は
本質的には幾何学的な抽象概念であり、現実の物理的な特性はほんのわずかしか表していない。つ
まり現実の物体は内部に余分の自由度を持っており、この内部の余分の自由度が重要なカップリン
グ効果を生むのである。そしてこれらのカップリング効果の中で最も重要なのものがエネルギー消
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散である。
剛体力学においては「運動の第 2 法則」を正確に適用するが、一方で「熱力学の第 2 法則」は
完全に無視する。おそらく驚くに当らないことであるが、永久運動をする機械を導き出すことがで
きる解析というものがあったとしても、それは現実の宇宙機の設計において必ずしも信頼のおける
指針とはなり得ない。このことは Explorer I 衛星から得られた教訓である。一方正確な構造解析をし
ようとすると数学モデルが非常に複雑になる;実際いくつかの宇宙機、特に最近のモデルやまもな
く宇宙で組み立てられる宇宙機においては、複雑な力学モデルが避けられない。しかしながら受動
的な安定化の基本原則を理解するためには構造力学上の一般的特性を 2 つだけ取り扱えば済む。す
なわちスピンをする(または部分的にスピンをする)宇宙機の姿勢安定性に対する構造的なエネル
ギー消散の影響と、それにスピナとデュアルスピナの「最大慣性主軸則」に対する内部自由度の有
害な効果の 2 つである。これらの問題に関する議論は、読者が得られた結果をより一般的なケース
に比較的簡単に外挿できるように配慮して取り扱う。詳細な構造解析は不本意ながら十分な取り扱
いをしようとすると非常に多くの紙面を必要とするという理由で行わない。
流体とのインタフェース
流体力学も重要な仕方で宇宙機の姿勢力学の問題と関係を持つ。例えばこの点に関して思い浮
かぶ例としてはスラスタ燃料のスロッシング(sloshing)や温度制御のための冷却液体の輸送の問題
がある。実際、燃料スラグ(slug)の動的な問題(燃料タンクの中で自由落下しながら自由表面(ま
たはさらに悪いことに別々のグロブレット(globlet)に分離した状態)を伴ってスロッシングする
ような問題)は、まだ姿勢力学のモデルとして組み入れるのに適した形では解かれていない。流体
力学は本書の範囲外であるが、そのおもな影響の 1 つであるエネルギー消散は第 5 章および第 7 章
においてエネルギーシンクの仮説を使ってヒューリスティック(heuristically)に取り扱う。
力学とのインタフェース
力学における定式化には多くの方法が存在するがそれぞれに利点と限界を持っている。これら
の中でどれが適切であるかについての結論は特に姿勢力学に関してはかなり明確にすることができ
るが([Likins, 4])
、線形解析に関しては多くの点で相互の違いがなくなってしまう。いずれにせよ能
力のある解析者はこれらの全ての方法とその特異性について精通しているものである。本書では一
連の基本的な力学モデルを解析し重要な原理を説明すため、ベクトル力学的なアプローチ(vectorial
mechanics approach)がとられる(第 3 章)
。この基本的なアプローチは本書を通して用いられるが、
力学的な手法を選択する際には個人的な好みという重要な要素が残る。したがって第 4 章~第 7 章
および第 9 章~第 11 章において用いられている運動方程式は、
本書で用いるベクトル力学的なアプ
ローチと同じように、筋の通った他の定式化の方法を使って導き出すことも可能である。
安定性とのインタフェース
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宇宙機の姿勢運動に関する厳密な微分方程式は非線形であり通常閉じた形で解くことができ
ない。
したがってこれを解決するための最初の論理的なステップは平衡状態を見付けることである。
つまりシステムが停止または一様な運動をする条件を特定することである。このような平衡状態が
あれば、方式的に姿勢安定化の可能性が示唆されたことになる。特に平衡が安定であるならばその
可能性が高い。本書の大部分はこのような平衡とその安定性の特性に関する議論で溢れている。
一般に安定性の問題は本来難解なものである。特に機械系に適用したときその傾向が強い。そ
れは特定のケースに分化した結果が多数得られるからである。本書には特に宇宙機の姿勢力学に関
連して安定理論に関する重要な原理を付録 A に纏めてある。これと同等の参考書がない場合は参照
されたい。ここにはいくつかオリジナルな結果も示してあるが、この付録はこのあと繰り返し参照
する。
制御とのインタフェース
宇宙機の姿勢力学と宇宙機の姿勢制御の間には実際には明確なインタフェースはない。ほとん
どの現代的な宇宙機は、「受動的」制御(力学だけを意味する)と「能動的」制御(少なくとも 1
つのセンサ、1 つのアクチュエータ、1 つのエネルギー源および 1 つの制御法を意味する)の組合せ
で安定化される。しかし本書では受動的な安定化技術だけを詳細に探究することにする。その際受
動的制御と能動的制御の間のインタフェースについては含めることにするが、厳密な「能動的」制
御は他の出典に委ねたい。
解析対シミュレーション
宇宙機の運動を支配する微分方程式は多くの場合「厳密な」形で解析的に解くことはできない
(図 1.2)
。第 2 章の一般的な運動学的(kinematical)方程式および第 3 章の一般的な運動(motion)
方程式は本質的に非線形である。厳密な解は、通常、計算機シミュレーションによって数値的に求
めることによってのみ得ることができる。このようなシミュレーションは、アナログ計算機を使い
運動方程式を適当なアナログ回路上へ「パッチを当て」て構成し実行するか、あるいはディジタル
計算機を使い確立された微分方程式の数値解法を使って実行するかである。いずれにせよアウトプ
ットは本質的に数字または波形の時間プロットが多数打ち出された数値的なシートになる。しかし
これらのシートやプロットからはこの問題に関する基本的な性質を学ぶことは難しい(これによっ
て非常に特定の形状と特定の状況に対応した正確な情報は得られるが)
。
したがってほとんどの教科
書/参考書と同じように、われわれはシミュレーション結果をごくたまに示す程度にとどめ、その
代わり特殊化した近似的なケースに対して解析的なアプローチをとる、というフレームワークを築
くようにしたい。全体として考えるとこのようなフレームワークからは計算機の膨大な数値的アウ
トプットからでは得られない深くて基本的な理解を得ることができる。
しかしながら閉じた形の非線形の結果が得られる幸運な場合もある。その例として剛体に関す
るオイラーの運動方程式の解析的な解(4.2 節)や、リアプノフの方法(A.5 節)の趣旨で単位球面
上に運動の境界を描くこと(例えば図 9.10)などが挙げられる。このように幸運な場合もあるが大
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図 1.2 解析対シミュレーション
部分の解析は線形化プロセスを使うことによって進める必要がある。
しかし運動方程式が時間依存の係数を持つ場合は線形化をしても解析的な解を得ることがで
きない。この場合は再び計算機シミュレーションに頼らなければならない。しかし線形 定常
(stationary)系に対しては多様な解析手法が利用でき、例えばパラメータ空間で安定境界(stability
boundary)の閉じた形の表現を得ることなどができる。本書においてはこの線形化の手法が解析的
な結果を導き出すための主要な方法論となる。