海外研修報 告 土木・環境工学科 3年 佐々木 樂 1,はじめに 自分は二年生の後期に履修した空間デザイン演習の授業で学んだ人の動線 や心理、錯覚などを考慮した公共空間に非常に心惹かれた。そして日本以外の 公共空間のありかたを自分の目で見てみたいという思いから、今回ニューヨー クでの海外体験研修を行った。 では、なぜ数ある都市の中からニューヨークを選んだのかというと、ニュー ヨークは世界的にみても、非常に計画的に公共空間を整備してきた都市である からである。ニューヨークにはセントラルパークをはじめ数多くの計画的に整備された公共空間 が存在し、多くの利用者が訪れている。また近年では高架貨物線跡を空中緑道として再利用した ハイラインなど非常に興味深い事例も存在しており、様々な公共空間のあり方を見ることができ る。 また世界的大都市であるニューヨークの公共空間のあり方は東京のような都会での公共空間整 備に通じる部分も多く存在するはずと考えたからだ。 2. ニューヨークの公共空間 今回の研修では、公園を中心に数多くの公共空間を訪れることができた。その中でも印象に残 ったものについて、以下にまとめる。 2-1. セントラルパーク セントラルパークはおそらくニューヨークで最も有名な公園 であろう。自分は週末と平日の二度この場所を訪れたが、広大 な敷地内にはどちらの日も地元の人や観光客が多く訪れていた。 公園内では高層ビルが立ち並ぶマンハッタンの中にあるとは思 えないほど自然を感じ、開放感を享受することができた。景観 を配慮して、遊歩道を窪地に作るなどの細部まで綿密に行われ た設計は、まるで元からそこに自然があったかのように錯覚す 図1セントラルパーク る空間を作り上げており、デザインの重要性を再確認した。 2-2. ハイライン ハイラインは廃線となった貨物線の線路が作り出す景観の美 しさに魅せられた人々の力により作られた線路跡を利用した緑 道である。ハイラインにはニューヨークの街を高い視点から見 渡せるという設計地の魅力を活かした視点場が存在し、そこで は多くの人が足を止めニューヨークの街並みを観察していた。 また線路をそのまま残し、かなりのエリアに植物を植えること 1 図2 ハイラインの線路を 残した設計 で、廃線跡という独特の雰囲気を醸し出すことに成功してい た。だが一方で、植物を広いエリアに植えたことで遊歩道が 狭くなっている。そのため遊歩道は訪れる多くの観光客で溢 れ、リラックスできる空間は限られてしまい、地元の人はあ まり利用していない様子であった。だが、遊歩道を広げるこ とはこの廃線跡にできた緑道という最大の魅力を半減させて しまうため、空間の利用のされ方を考えることの難しさを痛 図3 観光客で溢れるハイライン 感した。 2-3. ブルックリンブリッジパーク ブルックリンブリッジパークは近年エリアの再開発のため に整備しなおされたブルックリン北端にあるイースト•リバ ーを望む公園である。公園からは、ブルクッリン•ブリッジ、 マンハッタン•ブリッジ、自由の女神、そしてマンハッタンの ビル群を眺めることが可能であり、そこからの景色はまさに 絶景である。公園内のイーストリバーに向かって設置されベ ンチには多くの人々が腰かけ、それらの絶景を眺めながらゆ っくりとした時間を過ごしている。公園南部には無料のバス ケットコートやサッカーコートなどのスポーツ施設が存在し 図 4 ブルックリン ブリッジパークの芝生 地元の若者が訪れスポーツを楽しんでいた。また現在公園北 部には、ショッピングモールや住宅が建設されており、それ らにより公園の再整備にかかった資金や管理費を賄う予定で ある。整備資金の回収が成功するかどうかは現段階では判断 できないが、このように小さなエリアでは資金の面では赤字 になる整備でも、資金調達を大きなエリア全体で見ることに より、効率的に快適な空間を整備することが可能になってい る。またこの手法はニューヨークの同様に高密度で高いポテ ンシャルを持つ東京の空間整備にも利用可能なのではないの 図 5 ブルックリン ブリッジパークからの眺め かと感じた。 2-4. ティアドロップパーク ティアドロップパークはローアーマンハッタンにある小さ な公園である。この公園の敷地は非常に小さなものであるに もかかわらず、日本の箱庭のような小さな空間をいくつも作 りこむことにより空間の変化を生み出すことに成功している。 またその小さな空間をいくつも通り抜けた後にたどり着く、 公園の開けたエリア(ここも実際は非常に小さいのだが)は 大きさからは想像もできないような開放感を享受することが できる。デザインにより小さな空間をこんなにも開放的にす 2 図 6 小さな空間が続く ティアドロップパーク ることが可能なのだということを実際に経験できたことは非 常に有意義であった。 またこの公園の大きな特徴は空間の利用方法の他にもう一 つ存在する。それは公園の各所で見られる石積みである。こ れらの石積みは非常に緻密に積まれ、公園の顔となっている。 それら石積みが醸し出す雰囲気はもちろん魅力的なのだが、 最も驚くべき点はその制作過程にある。アメリカでは労働者 の権利保護のためランドスケープアーキテクトの現場では、 図 7 ティアドロップパークの 緻密に積まれた石積み 建設者に対し設計者が直接指示を出すことができない。その ため、この石積みは石切場で縮小した模型を作り、無数に存在するすべての石に番号をふり、ど の石をどこに使うかまであらかじめ図面で指示して作られているのである。日本では制度が厳し いため、作りたいものが作れないという話をよく耳にする。確かにそれはある意味、事実なのだ ろうが、この公園では制度による障害が存在しても、設計者の情熱によってそれを乗り越え、イ メージしたものを作り上げることができるのだと感じることができた。 2-5. 9.11 メモリアルパーク 9.11 メモリアルパークは上記の公園とは根本的に建設され た目的が異なり、地域の人々のための空間ではなく、9.11 テ ロ事件を忘れないための慰霊碑的な意味合いが強い。パーク 内にはワールドトレードセンター・ツインタワー跡地にツイ ンタワーと同じ大きさの滝のモニュメントが存在している。 そしてその周りには 2983 人の犠牲者の名前が刻まれており、 多くの人が祈りや献花をしていた。この犠牲者の名前はアル ファベット順ではなく、同僚や上司など関係が強い人たちが 近くに並ぶよう、配列を2年近く考えた上で決定されている。 図8 メモリパーク内の 滝のモニュメント(サウスプール) このようにメモリアルパークは遺族の気持ちを第一に考えた 設計がなされている。 また自分の滞在期間が丁度9月中旬であったのだが、9月 11日にはメモリアルパーク内は被害者遺族以外の入場が禁 止され、普段多くの人で溢れているメモリアルパーク内で遺 族はゆっくりと過去と向き合う時間を過ごすことが可能とな っていた。日本では、過剰な大きさで普段は人があまりおら ず、記念式典の時のみ観光客を含めた多くの人が訪れるメモ リアルパークが存在している。メモリアルパークは本来誰の ためのものなのか、ニューヨークではしっかりとした理解が なされていると感じた。 図9 9月11日の遺族以外の立 ち入りが禁止された メモリアルパーク 2-6. タイムズスクエア タイムズスクエア交差点では“The Green Light for Midtown Project”という歩行者の憩いの場所 3 を作る政策の一部として、2009 年より車道のかなりの部分 が歩行者天国として利用されている。ただあまりにも多くの 人が訪れており、その場所に長時間滞在する気にはなれなか った。また最近ではトップレレスの女性パフォーマーが出没 し風紀の乱れが問題視されている。多くの巨大電子看板に囲 まれ大都市ニューヨークを感じることができる場所であり 観光地としては申し分ないが、当初の目的であった歩行者の 憩いの空間となっているかは大いに疑問が残った。 図9 人で溢れるタイムズスクエア 3. 研修を終えて 今回の研修で数多くの公共空間を見て、最も感じたことは、我々土木技術者はどのような公共 空間を整備するべきなのかということである。そこで公共空間のもたらす利益にはどのようなも のがあるのか考えてみた。 ハイラインは非常にデザイン性に優れた公共空間であると自分は考える。だが現在そのデザイ ン性ゆえに、観光地化してしまい、地域の人々が本来利用できたはずの快適な空間を享受するこ とができなくなっている。これはおそらく空間の設計者の望むところではないはずである。しか し、ハイラインの建設により、周辺地域の地下は上昇し、さびれた倉庫街がアートの街に生まれ 変わったのも事実であり、ハイラインによって建設周辺地域が得た経済効果は計り知れない。 一方で、ブルックリンブリッジパークやティアドロップパークのように一見素朴ではあるが、 地元の利用者が快適に利用することのできる公共空間ももちろんニューヨークでは見学すること ができた。これらの空間からは地域の人々は快適性や癒しを受け取ることができる。 これらを単純にどちらの公共空間のあり方が正しいという比較をすることはできないし、今回 自分が強調したい部分もそこではない。ここで自分が考えたこととは、一見全く違うようなあり 方を見せる二種類の空間もプランナーや設計者が目指したものは同じなのではないかということ である。これら二種類の空間は対立関係にあるものではなく、むしろ同じ起源から生まれたもの だと思う。その起源とは、空間を細部まで計画し快適な空間を作り出すということである。 ハイラインのような観光地化してしまった公共空間も当初は地域の人々がくつろげる空間であ ったはずである。そのような空間の建設地が世界経済の中心の地であるニューヨークであったこ となどの外部的な要因により、多くの観光客が集まるようになったと考えることができる。つま りハイラインのような地域に経済効果を与える空間はブルックリンブリッジパークのような地域 に快適性を与える空間の派生系であり、どちらにも共通するのは訪れた人々が快適性を享受する ことができるということである そのため我々土木技術者にはその土地が持つポテンシャルなどを考えることはもちろん大事で あるが、訪れた人々がいかに快適性を享受できるのかを考えることが求められるのだと自分は思 う。なぜなら快適な空間の整備に成功したならば、その空間は必ず何らかの形で地域に利益をも たらすだからである。 最後にこのような貴重な経験をすることのできた研修の補助をしていただいた土木工学科同窓 会「丘友」に感謝を述べ、報告書の結びとする。 4
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