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Ⅱ. 日本経済の将来展望
Focus5. 地方経済について
【要約】

地方経済の改善が遅れがちな中で、安倍政権は地方創生の諸施策を展開している。東
京五輪の開催効果とも併せ、2020 年にかけては地方経済を支える効果が期待される。

しかし、地方経済の苦境の背景を成している人口減少は、今後加速していく見通しであ
る。団塊の世代が 75 歳以上となる 2025 年以降は、さらに厳しい状況が予想される。

こうした中、人口減少の継続を踏まえた人口や都市機能の集積を生かす取り組みも重
要。コンパクトシティ化とともに地方ブロックごとの拠点都市の集積力向上が選択肢に。
1.地方経済の現状
アベノミクス下で
も地 方経 済の回
復に遅れ
2012 年 12 月の安倍政権の発足以降、わが国の経済は総じて改善傾向にあ
る。しかし、回復のテンポはまだら模様で、大企業と中小企業、高所得者層と
低所得者層で差異があることが指摘される。大都市圏と地方圏の間において
も、やはりギャップが確認できる。例えば鉱工業生産について、2008 年のリー
マンショックに伴う景気の急激な悪化からの回復状況をみると、三大都市圏と
比べて地方圏で遅れがみられることが確認できる(【図表 1】)。アベノミクスの
下でも、いぜんとして地方経済が厳しい状況に置かれていることが認識され
る。
大都市圏と地方
圏の間の生産性
格差
地方経済の苦境は以前より指摘されており、近年になって注目されるようにな
ったことではない。三大都市圏と地方圏の間には、製造業など各業種で大き
な生産性格差が存在することなど、構造的な問題がある(【図表 2】)。足元の
動きは、アベノミクスによりデフレ脱却に向けた機運が高まるなかで、地方経
済が遅れを取らないようにとの意識の広がりを示すものだ。こうした現状を踏ま
えつつ、以下では今後の中期的な地方経済の行方について展望する。
【図表 1】 三大都市圏と地方圏の鉱工業生産
(2009年=100)
140
130
120
三大都市圏
110
地方圏
100
90
80
2008
09
10
11
12
13
14
15 (年/四半期)
(出所)経済産業省「鉱工業指数」、「工業統計調査」、各都道府県 HP よりみずほ総合研究所作成
(注 1)三大都市圏は、埼玉、千葉、東京、神奈川、岐阜、愛知、三重、京都、大阪、兵庫、奈良。
地方圏は三大都市圏以外の道県。
(注 2)それぞれ生産指数を基準年である 2010 年の工業統計の付加価値額ウェイトで合成したもの。
(注 3)季節調整値。
449
Ⅱ. 日本経済の将来展望
【図表 2】 三大都市圏と地方圏の就業者構成比と 1 人当たり生産性(2012 年)
(万円)
2,000
1,750
1,500
1,250
1,000
750
500
250
0
【 三大都市圏 】
電気・ガス・水道
鉱業
学術研究
農林漁業
0
生活関連
サービス 教育
製造
685万円 (20%)
建設
(万円)
2,000
1,750
1,500
1,250
1,000
750
500
250
0
平均生産性
706万円
金融・保険 不動産
情報通信
10
20
運輸・
郵便
30
宿泊・飲食
卸売・小売
547万円 (19%)
40
50
60
70
複合サービス
その他
サービス
医療・福祉
521万円
(9%)
80
90
【地方圏】
平均生産性
433万円
電気・ガス・水道
農林漁業
学術研究
運輸・郵便
製造
475万円(18%)
建設
0
10
宿泊・飲食
卸売・小売
370万円(21%)
20
30
生活関連
サービス
金融・保険 不動産
情報通信
鉱業
40
100 (%)
50
60
70
複合サービス
教育
その他
サービス
医療・福祉
399万円(13%)
80
100 (%)
90
(出所)総務省「経済センサス活動調査」(2012 年)よりみずほ総合研究所作成
(注)三大都市圏は、埼玉、千葉、東京、神奈川、岐阜、愛知、三重、京都、大阪、兵庫、奈良。
地方圏は三大都市圏以外の道県。
2.安倍政権が進める地方創生
まち・ひと・しごと
創生の取り組み
に着手
地方経済の底上げについては、安倍政権も重点政策課題の 1 つとして対応し
ていくスタンスを示しており、そのための司令塔として「まち・ひと・しごと創生本
部」を 2014 年 9 月に設置した。同本部は 2014 年 12 月に地方創生のための
「長期ビジョン」と「総合戦略」を決定しており、2015 年度はそれをベースに全
国の自治体が地方版総合戦略の策定を進めてきた。
総合戦略に沿っ
て地方創生の施
策を具体化へ
今後当面は、日本経済全体の活力を高めるアベノミクスの施策の下で、各自
治体が作り上げた地方版総合戦略に沿って、地域活性化が具体的に進めら
れていくことになる(【図表 3】)。2020 年に東京オリンピック・パラリンピック(東
京五輪)が開催されることもあり、その経済波及効果も含め、地方創生の成果
に大きな注目が集まることが予想される。
【図表 3】 アベノミクスと地方創生に関する主要スケジュール
2012
13
第二次
安倍政権発足
(12年12月)
<成長戦略>
14
15
16
17
18
19
アベノミクス 「三本の矢」
国家戦略
特区法成立
(13年12月)
国家戦略特区
第1弾指定
(14年4月)
地方創生特区
第1弾指定
(15年3月)
まち・ひと・しごと創生本部
地方分権改革
推進本部を設置
(13年3月)
日本創成会議が
北陸新幹線開通
「消滅可能性都市」に
[~金沢]
関わる提言を発表
(15年3月)
(14年5月)
日本再興戦略に
おける、多くの
成果目標の設定年
地方創生の新型
交付金を導入
(16年度)
地 方 創 生
本部設置(14年9月) 地方創生の 地方創生の
地方版総合
長期ビジョン決定 基本方針決定
(15年6月) 戦略を策定
総合戦略決定
(15年度内)
(14年12月)
統一地方選挙
(15年4月)
20
中部国際空港
2本目の滑走路
完成(17年)
G7伊勢志摩サミットを
開催(16年5月)
北海道新幹線開通 レゴランドジャパン
[~新函館北斗] 名古屋オープン
(16年3月)
(17年)
(出所)みずほ総合研究所作成
450
ラグビーワールド
カップ日本開催
(19年)
東京オリンピック
パラリンピック
開催(20年)
新国立競技場
完成(19年)
統一地方選挙
(19年4月)
リニア中央
新幹線開通
[ ~名古屋]
(2027年)
Ⅱ. 日本経済の将来展望
3.地域経済活性化の取り組み
十分な成果に結
び付かなかった
従来の活性化策
地域経済の活性化については、これまでにも様々な対応が講じられ、各地で
も多くの地域おこしの活動が実施されてきた。地場の企業への支援、企業の
製造拠点等の誘致、産学や企業間の連携、中心市街地や商店街の振興、地
域イベントの企画、そして公共事業の重点投下など幅広い取り組みが行われ
てきた。これらの中には幾つかの成功事例が見られるものの、十分な成果に
は至っていないケースの方が多い。また、地方経済の全般的な、広がりをもっ
た浮揚につながっていないことは、先に見たとおりである。こうした中で、大都
市圏、とりわけ東京への集中傾向は一層強まっているように見える。
地方創生で重視
される一極集中
の是正
安倍政権が進める地方創生では、このような一極集中を是正するための東京
から地方へのヒト・モノ・カネの流れづくりが、1 つの軸となっている。そのため
に地域における雇用づくりが重視され、地方移住の促進や、事業拠点と政府
機関の地方への移転が打ち出されてもいる。
観光・農業など地
域資源の有効活
用が鍵に
また近年、地方における資源を有効活用することにより外部の需要を取り込む
ものとして大きな期待をかけられているのが、観光と農業である。観光につい
ては、外国人訪日客が 2015 年に 2,000 万人近くにまで増加するなど大きな変
化が生じているが、日本人も含めて観光客をいかに地方に還流させて交流人
口を増やしていくか、各地の受入基盤の整備などが課題となる。これまで比較
劣位とみられていたわが国の農業も、海外における日本食ブームの高まりな
どもあって、輸出拡大に向けた視界が開けてきた。これらを含む、地域資源の
掘り起しと巧みな活用が、今後ますます重要なものとなろう。
国家戦略特区へ
の期待
そして、2000 年代に入り新たな地域活性化策として展開されるようになった特
区制度についても、安倍政権の下でより重点化された国家戦略特区の枠組
みが用意され、現在 10 の特区が認定されて実行段階に入りつつある(【図表
4】)。地域の創意工夫が生かされやすい特区の効果に期待がかかる。
【図表 4】 10 か所の国家戦略特区のテーマと事業例
対象区域
テーマ
事業例
東京圏
世界で一番ビジネスのしやすい
環境の整備
・グローバルな企業・人材・資金等の受け入れ促進 ・近未来技術の実証
関西圏
健康・医療分野における
国際的イノベーション拠点の形成
・先端的な医薬品、医療機器等の研究開発に関する阻害要因の撤廃
新潟市
革新的農業実践特区
・農地の集積・集約、企業参入の拡大等による経営基盤強化
養父市
中山間農業改革特区
・耕作放棄地等の生産農地への再生
福岡市・北九州市 グローバル創業・雇用創出特区
・スタートアップに対する支援による開業率の向上 ・高齢者の就業支援
沖縄県
国際観光イノベーション特区
・地域の強みを活かした観光ビジネスモデルの振興
仙北市
農林・医療ツーリズム
・国有林野の民間開放 ・無人自動飛行(ドローン)の活用
仙台市
女性活躍・社会起業
・NPO法人の設立認証手続き期間の短縮 ・都市公園内への保育所設置
愛知県
産業の担い手育成
・公設民営学校設立 ・自動走行実験等の先端技術の中枢拠点形成
国際交流・ビッグデータ活用特区
・創業人材を含めた高度外国人材の集積の推進
広島県・今治市
(出所)国家戦略特別区域諮問会議「国家戦略特別区域及び区域方針(案)」(2015 年 12 月 15 日)、
各区域公表資料よりみずほ総合研究所作成
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Ⅱ. 日本経済の将来展望
4.加速する人口の減少
今後加速が見込
まれる人口の減
少
わが国の今後の地方経済の先行きを展望する上で最も大きな制約要因と考
えられるのが、人口の趨勢である。日本は現在世界で 10 番目の人口大国で
あるが、既に 2008 年をピークとして人口減少社会に突入しており、今後減少
傾向が加速すると予想されている。国立社会保障・人口問題研究所からは、
2100 年の総人口が 5,000 万人を割り込み、現在の半分以下に落ち込むとの
推計結果が示されている。
地域経済不振の
背景には地域の
住民減も
地域における人口の減少は、総人口のピークアウトに先だって進行しており、
地方圏においては、集落やコミュニティの維持に深刻な影響を与える事態も
生じている。地域経済の不振や、様々な活性化策が容易に実を結ばない背
景に人口減少があることは間違いない。
人口減少は経済
や自治体運営に
影響
今後の都道府県別人口の予測をプロットしたのが、【図表 5】である。残念なが
ら、2040 年にかけて東京都を含むすべての都道府県が人口を減らす見通し
である。とりわけ地方圏に所在する道県の減少率が大きいが、減少数でみると
首都圏や関西圏の減りぐあいが目に付く。今後は、日本のほとんどの地域が
住民人口規模の縮小に直面することになる。そして、このことは需要面からも
供給面からも経済成長を下押しする要因となり、また自治体の運営にも影響
を与えることになろう。
安倍政権は一億
総活躍社会を標
榜
人口の減少に対しては安倍政権も危機感を持っているようで、アベノミクスの
第 2 ステージにおいては「一億総活躍社会」を掲げて人口一億人規模を維持
しようという姿勢を示すとともに、子育て支援を 3 つの新たな重点施策(新 3 本
の矢)の 1 つに据えた。その上で、出生率引き上げのための保育サービスの
受け皿整備や児童扶養手当の拡充といった対策の強化に着手している。こう
した手当てにとどまらず、日本経済そして地方経済の中長期的な安定や発展
には、人口減少とどう向き合っていくかが極めて重要なテーマとなっている。
【図表 5】 都道府県別の人口増加数・増加率(2010 年~2040 年)
神
和
鹿
北青岩宮秋山福茨栃群埼千東奈新富石福山長岐静愛三滋京大兵奈歌鳥島岡広山徳香愛高福佐長熊大宮児沖
海森手城田形島城木馬玉葉京川潟山川井梨野阜岡知重賀都阪庫良山取根山島口島川媛知岡賀崎本分崎島縄
道県県県県県県県県県県県都県県県県県県県県県県県県府府県県県県県県県県県県県県県県県県県県県県
0
0
▲5
▲20
▲10
▲40
▲15
▲60
▲20
▲80
▲25
▲100
▲30
増加率:右目盛
▲120
▲35
増加数:左目盛
▲140
(万人)
▲40
(%)
(出所)国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成 25 年 3 月推計)」より
みずほ総合研究所作成
452
Ⅱ. 日本経済の将来展望
5.地方経済の展望
人口減少を前提
とした地域経営も
視野に
安倍政権が取り組み始めた「一億総活躍社会」に向けた出生率引き上げのた
めの努力は、もちろん必要である。しかし、現状 1.4 程度にとどまる出生率を目
標としている 2020 年代半ばに 1.8 に引き上げることは簡単ではないであろうし、
仮に達成できたとしても、人口の減少は続いていくこととなる。人口減少ペー
スを抑える働き掛けとともに、人口減少を前提として今後の地域経営を進めて
いくことは、もはや避けて通れないであろう。
厳しい状況が予
想される 2025 年
以降
とりわけ覚悟しなければならないのは、東京五輪を終える 2020 年以降、そして
団塊の世代が 75 歳以上となる 2025 年以降である。先述のように、当面は五輪
の効果や地方創生の事業などでローカル経済を支え、地域の衰勢に相応の
歯止めが掛けられる期待もあるが、その後も人口減少下での活性化という難
題と対峙していかざるを得ない。
都市の集積力を
活かす取り組み
が今後は重要に
こうした状況下で考えられる選択肢は、都市の集積の力の維持であろう。一定
の人口規模を保つことができないと、商業やサービス業の基盤が失われ、経
済活動をますます冷え込ませてしまうからである。このため、個々の地域の中
においては、まず「コンパクトシティ化」により都市機能の集約化を進めていく
ことが求められよう。一方、全国的な視野においては、幾つかの有力都市がリ
ードする形でブロックごとの集積を進め、その拠点都市が核となって経済活力
を維持し、周辺地域にその効果を還流させていく方途を探らざるを得ないの
ではないか(【図表 6】)。いずれにしても、人口構造に基づく 2025 年以降の厳
しい先行きを見通した上で、それまでの期間に、地方創生を進める傍ら、それ
に続く地方改革への見取り図をしっかりと準備していくことが大切になろう。
【図表 6】 長期を展望した地方経済の見取り図
2020年代以降は人口減少が加速
「規模の経済」の力を
維持するためには
分散より集積が
重要な局面に
2050年には人口が
ピーク時(2008年)対比
約4分の3に縮小
いずれの地域も
人口減少を抑える取り組み、
成長力を高める取り組みが
一段と重要に
1人当たりGDP水準を
維持しても経済規模が
同様に縮小
厳しい状況に直面する
地域経済・社会
縮む日本
加えて大都市でも
人口減少へ
ブロックごとの有力都市の
集積力を生かした
経済活力向上とその効果の波及・循環
(出所)みずほ総合研究所作成
みずほ総合研究所
政策調査部長 内藤 啓介/主任研究員 岡田 豊/主任研究員 上村 未緒
[email protected]
453
/54
2016 No. 1 平成28年 3 月 1 日発行
© 2016 株式会社みずほ銀行・みずほ情報総研株式会社・みずほ総合研究所株式会社
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編集/発行 みずほ銀行産業調査部
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