九十の手習 - 新潟県医師会

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寄稿・随想
九十の手習
結
城
瑛
「六十の手習」と言う言葉を多く聞くが、
「九十
硯に墨をすり「禅語の毛筆字」を書き続けている。
の手習」と言う言葉を今迄に聞いた事がない。
「今日無事」
、
「日日是好日」
、
「無事貴人」、
「好
四年前、愚妻が入院加療中に、八十八才になっ
雪片々不落別処」
、
「諸行無常是生滅法、生滅々巳
てしまった。自宅で独人で、年の暮を送り、正月
寂滅為楽」等の禅語録を毛筆字で練習紙に何枚も
を迎えた。
何枚も書く、なかなか満足の出来る字が書けない
『侘し 八十八 故郷の春』
と言う事をつくづく感じさせられた。
と色紙に毛筆で何遍も手習をして漸く書いた。翌
「六十の手習」とは、よく言うが、
「九十の手習」
年、 左 脚 大 腿 骨 骨 折 を 受 傷 し て 苦 労 し た が、
とは誰れも言わない。私だけの「独言」か、いや
八十八才の正月以来、書き続けて来た毛筆字の色
「勝手な造言」かも知れない。
紙が二十数枚になった。姪の強い勧めに乗って、
兎に角、自分に満足の出来る様な、毛筆字が書
「卒寿の色紙展」
を開いた事が忘れられず、
現在も、
ける様になりたいと、
「九十の手習」の努力を毎
午後になると習慣の様になって、
机の前に座って、
日々々続けている。
新潟県医師会報 H28.2 № 791