平成27年12月 発注者のエンジニアリング 〜 零戦とターゲット(指名手配犯) 発見システムを例として 〜 澤田雅之技術士事務所(電気電子部門) 所長 澤田 雅之 発注者のエンジニアリングが大事です !! ◎ 費用対効果に優れたシステムの導入には、 一般競争入札時に、価格と技術の両面で競争原理 を働かせることが必要です。 この鍵を握るのが、『要求仕様書』です。 ◎ 理想的な要求仕様書の作成には、 ベンダー企業が有する(設計と製造のための)技術力 とは次元が異なる、(要求する機能と性能を規定するた めの)、発注者ならではの技術力の発揮が必要です。 これが、『発注者エンジニアリング』です。 発注者のエンジニアリングが大事です !! そこで、 ◎ 発注者エンジニアリングの過去最大の成功 事例である 『零戦』 をモデルとして、 ◎ これまで成功事例が皆無である 『ターゲット (指名手配犯)発見システム』 をモデルとして、 発注者のエンジニアリングの必要性 や意義、方法を具体的にお話します。 ターゲット発見システムとは? ◎ 顔画像識別エンジンを用いて、 監視カメラの ライブ映像の中から、 ターゲット(テロリストや 指名手配犯)の顔画像に合致する人物を、瞬 時に発見するシステム ターゲット発見システムとは? ◎ 2001年に、フロリダ州タンパ警察が世 界で初めて導入したが、 全く発見できな いため2年後に撤去 ◎ その後、 ロンドンやバーミンガムなどで も導入したが、これまで発見事例は無い。 → 効果的なターゲット発見システム の実現事例は皆無 ターゲット発見システム失敗の原因 ◎ 顔画像識別エンジンと監視カメラ双方の性能 が低かった。 → 高い本人発見率と極めて低い他人誤認率 を、両立できなかった。 ◎ 近年、顔画像識別エンジンと監視カメラの性 能が飛躍的に向上 特に、我が国の顔画像識別技術及び監視カ メラ技術は世界一 → 効果的なターゲット発見システムを、世界 で初めて実現できる環境 我が国が世界一を誇る 顔画像識別技術の紹介 「機械の目」の優れた識別能力 「機械の目」は、ほぼ正面から緻密かつ 鮮明に撮影した顔画像であれば、「人の 目」には全く別人の印象を与える場合で あっても、例えば、20年〜30年の経年変 化や整形手術を受けた場合であっても、 数十万枚の顔画像の中から本人の顔画 像を類似度一位に瞬時検索できる。 「機械の目」は超高速 ◎ コンピュータの中では、数十万の 顔画像を、類似度順に瞬時に配列 → 監視カメラで顔を捉えた時点 から、 ターゲット発見の警報出 力までの所要時間は、 数秒が 実現可能 識別精度の劣化要因 1 顔画像の鮮明度 ブレ、ボケ、ノイズ、低コントラストが識別精度を劣化 2 顔画像の緻密度 目間画素数が50画素程度であれば十分 → 数百画 素を確保しても識別精度の向上には繫がらない。 3 顔の撮影角度 上下方向は約20度まで、左右方向は約30度までOK → 角度が大きい程、他の劣化要因への余裕度が減少 4 顔の経年変化・表情の有無・眼鏡等の有無 カメラ側の工夫では対処不可能 → 顔画像識別エン ジン側で対処 → 識別精度劣化の主要因ではなくなっ ている。 効果的なターゲット発見システムの実現には ◎ 顔画像識別エンジンの照合精度と照合速度 は、十分に実用水準 ◎ 監視カメラ側の工夫により、効果的なシステ ムを実現できる。 → 高感度で高精細なデジタル監視カメラを用いて、 緻密さを改善 → 補助照明の設置、又はワイドダイナミックレンジ 機能付デジタル監視カメラを用いて、鮮明さを改善 → 同一の人物を捉えた一連のライブ映像の中から、 サンプリングの手法により、照合に最も適した顔画 像を抽出 発注者のエンジニアリング の具体例 ターゲット発見システムの発注 ◎ ターゲット発見システムの発注者は、主に法 執行機関 → 現場の課題(ニーズ)は掴んで いるが、今日の技術動向(シーズ)は掴んでい ない。 → 現場の課題が、今日の技術で解決 できるか分からない。 ◎ 発注者が最も求めることは、 高い本人発見 率と極めて低い他人誤認率の両立 → しか し、100%の本人発見率と0%の他人誤認率 を求めても、実現は不可能 発注者のエンジニアリングの必要性 ◎ 発注者が、 ターゲット発見システムに100% の本人発見率と0%の他人誤認率を求めても、 実現は不可能 → しかし、要求仕様として、実 現可能な具体的性能数値を示す必要 ◎ どのような性能数値であれば実現可能か、ま た、 その性能数値で現場のニーズに応えられ るのか、技術的に見極められる力量が必要 → 要求仕様を決定する上での技術的な力量 の発揮が、『発注者のエンジニアリング』 発注者に欠かせない技術的な力量 ◎ シーズの把握力 → 最先端の技術動向を 把握する力 ◎ ニーズの把握力 → 今日の技術を用いれ ば解決できる発注者側の課題を把握する力 ◎ シーズとニーズのマッチング力 → 課題解 決に適する技術を選択し、 その活用で期待 される効果を的確に予見する力 ⇨ これが、『発注者のエンジニアリング力』 ☆ 従来に無い高性能なシステムを オーダーメイドで実現するには、 適切な『発注者エンジニアリング』 が欠かせない! ⇨ 過去最大の成功事例は、「零戦」 発注者エンジニアリングが 大成功を収めた「零戦」 ◎ 「零戦」は、世界を一変させた純国産の工業 製品 → 昭和15年から約2年間、 零戦は 欧米の戦闘機を圧倒 → 東南アジアから欧 米の軍事力を駆逐 → 第二次大戦後、アジ アの諸国が欧米の植民地から独立 ◎ 「零戦」の勝利は、旧日本海軍の『発注者エ ンジニアリング』の勝利 → 発注者の旧日 本海軍は、実現が容易ではないが不可能で はない高性能を、航空機メーカーに求めた。 旧日本海軍の発注者エンジニアリング Ⅰ 1 海軍で詳細設計して発注 → 海軍航空技術廠の技術将校(大学の航空 工学科出身)が作成した詳細設計図(構成、 構造の設計図)に基づき、航空機メーカーが 製造 → 艦上爆撃機「彗星」、 陸上爆撃機「銀河」 2 海軍で計画要求書を作成して発注 → 海軍が求める性能を詳細に記した計画要求書に基づき、 航 空機メーカーが詳細設計して製造 → 「零戦」、 一式陸上攻撃機、 局地戦闘機「紫電改」 詳細設計図 出典 :Wikipedia 旧日本海軍の発注者エンジニアリング Ⅰ 1 海軍で詳細設計して発注 → 海軍航空技術 廠の技術将校(大学の航空工学科出身)が作 成した詳細設計図(構成、構造の設計図)に 基づき、航空機メーカーが製造 → 艦上爆 撃機「彗星」、 陸上爆撃機「銀河」 ⇨ 海軍が求める性能を実現する責任は、詳 細設計を行った海軍自らに在る。 2 海軍で計画要求書を作成して発注 → 海軍が求める性能を詳細に記した計画要求書に基づき、 航 空機メーカーが詳細設計して製造 → 「零戦」、 一式陸上攻撃機、 局地戦闘機「紫電改」 旧日本海軍の発注者エンジニアリング Ⅱ 1 海軍で詳細設計して発注 → 海軍航空技術廠の技術将校(大学の航空工学科出身)が作成した 詳細設計図(構成、構造の設計図)に基づき、航空機メーカーが製造 → 艦上爆撃機「彗星」、 陸上爆撃機「銀河」 2 海軍が計画要求書を作成して発注 → 海軍が求める性能を漏れ無く記した計画 要求書に基づき、航空機メーカーが詳細設 計図(構成、構造の設計図)を作成して製造 → 「零戦」、 一式陸上攻撃機、 局地戦闘機 「紫電改」 零戦の計画要求書(=要求仕様書) 1.用途:掩護戦闘機として敵軽戦闘機より優秀な空戦性能を備え、要撃戦 闘機として敵の攻撃機を捕捉撃滅しうるもの 2.最大速力:高度4000mで270ノット以上 3.上昇力:高度3000mまで3分30秒以内 4.航続力:正規状態、公称馬力で1.2乃至1.5時間(高度3000m)/過荷重状 態、落下増槽をつけて高度3000mを公称馬力で1.5時間乃至2.0時間、巡航 速力で6時間以上 5.離陸滑走距離:風速12m/秒で70m以下 6.着陸速度:58ノット以下 7.滑走降下率:3.5m/秒乃至4m/秒 8.空戦性能:九六式二号艦戦一型に劣らぬこと 9.銃装:20mm機銃2挺、7.7㎜機銃2挺、九八式射爆照準器 10.爆装:60㎏爆弾又は30㎏2発 11.無線機:九六式空一号無線電話機、ク式三号無線帰投装置 12.その他の装置:酸素吸入装置、消化装置など 13.引き起こし強度:荷重倍数7、安全率1.8 出典 :Wikipedia 旧日本海軍の発注者エンジニアリング Ⅱ 2 海軍で計画要求書を作成して発注 → 海軍 が求める性能を詳細に記した計画要求書に 基づき、航空機メーカーが詳細設計図(構成、 構造の設計図)を作成して製造 → 「零戦」 ⇨ 海軍は、 最先端の技術動向と現場が抱え ⇨ る課題を踏まえて、 実現不可能ではない 海軍が求める性能を実現する責任は、詳 細設計を行った航空機メーカーに在る。 性能要件を計画要求書にリストアップ (シーズとニーズのマッチングを取った。) 計画要求書(シーズとニーズのマッチング) 1.用途:掩護戦闘機として敵軽戦闘機より優秀な空戦性能を備え、要撃戦 闘機として敵の攻撃機を捕捉撃滅しうるもの 2.最大速力:高度4000mで270ノット以上 3.上昇力:高度3000mまで3分30秒以内 4.航続力:正規状態、公称馬力で1.2乃至1.5時間(高度3000m)/過荷重状 態、落下増槽をつけて高度3000mを公称馬力で1.5時間乃至2.0時間、巡航 速力で6時間以上 5.離陸滑走距離:風速12m/秒で70m以下 6.着陸速度:58ノット以下 7.滑走降下率:3.5m/秒乃至4m/秒 8.空戦性能:九六式二号艦戦一型に劣らぬこと 9.銃装:20mm機銃2挺、7.7㎜機銃2挺、九八式射爆照準器 10.爆装:60㎏爆弾又は30㎏2発 11.無線機:九六式空一号無線電話機、ク式三号無線帰投装置 12.その他の装置:酸素吸入装置、消化装置など 13.引き起こし強度:荷重倍数7、安全率1.8 出典 :Wikipedia 理想的な要求仕様書を作成するポイント ◎ 詳細設計に欠かせない性能要件を、漏れ無くリスト アップ → 性能要件間のトレードオフ関係を深慮し、 実現が不可能ではないこと ◎ 詳細設計レベルに踏み込まない。 → 踏み込んだ 場合には、受注者側の詳細設計の自由度を奪う虞 れ → 性能要件の達成責任の所在が不明確化 ◎ 事前に概要設計書を作成して、 発注者側の意志を 統一 → 概要設計書には、①解決しようとする課 題、②技術的な解決方策の概要、③課題解決によ り期待される効果、 等を分かり易く記載する。 ☆従来に無い高性能なターゲット発見 システムを、オーダーメイドで実現す るための、 「発注者エンジニアリング」の具体例 ⇨ ⇨ ターゲット発見システムの概要設計書 → 発注者側の意志統一に使用 ターゲット発見システムの要求仕様書 →価格と技術の両面での競争入札に使用 ターゲット発見システムの概要設計書例 (1/3) 1 現状の課題 人の流れの中からテロリストや指名手配犯を発見する捜査手 法として、見当たり捜査が用いられているが、 熟練の捜査員で あっても対応できるのは数百人分の顔に限られている。 また、経年変化や整形手術などにより顔が変貌した場合には 別人の印象となるため、見当たり捜査による発見は困難となる。 さらに、白人や黒人の顔は日本人の顔ほどには見分けが付け 難いため、眼鏡や髭などによる簡易な変装であっても、見当たり 捜査による発見は困難となる。 このため、2020年に開催される次期東京オリンピックに向けて、 人の流れの中からテロリストや指名手配犯を高精度に発見でき るシステムの構築は、喫緊の課題である。 2 システムの概要 要所に設置した監視カメラで人物の顔画像を捉え、顔画像識 別エンジンを用いて、ウオッチリストに登録したターゲット(テロリ ターゲット発見システムの概要設計書例 (2/3) ストや指名手配犯)の顔画像と即時に自動照合し、合致した場 合には発見の警報を直ちに発するシステムである。 効果的なシステムの実現には、監視カメラ映像の入力から警 報表示端末への出力までのシステム全体にわたる照合性能が、 高精度かつ高速であることが欠かせない。 照合の精度としては、0.01%以下の極めて低い他人誤認率に おいて、90%以上の高い本人発見率の達成が必要である。また、 照合の速度としては、監視カメラで顔画像を捉えた時点から、警 報表示端末に警報が出力される時点までの所要時間が、数十 秒の単位ではなく、秒の単位であることが必要である。 このような照合性能を実現するには、 高性能な顔画像識別エ ンジン及び監視カメラを用いるとともに、監視カメラが同一の人 物を捉えた一連のライブ映像の中から、照合に適する顔画像を サンプリングの手法で抽出して、ターゲットの顔画像との照合に 供する仕組みが必要である。 ターゲット発見システムの概要設計書例 (3/3) 3 期待される効果 我が国が世界一を誇る顔画像識別技術及び監視カメラ技術を 基盤として、ライブ映像の中から照合に適する顔画像をサンプリ ングの手法で抽出する仕組みを講ずることにより、人の流れの 中からターゲット(テロリストや指名手配犯)を高精度かつ迅速に 発見するシステムが実現できる。 また、このシステムでは、ウオッチリストに登録できるターゲット の顔画像数に特段の制約が無い。 さらに、このシステムでは、監視カメラで捉えた顔画像が経年 変化や整形手術、変装などにより、ターゲット顔画像とは別人の 印象を与える場合でも、印象の違いに左右されずに看破するこ とができる。 このため、2020年に開催される次期東京オリンピックに向けて、 テロの未然防止や治安確保を図るための電子的なバリアーを構 築することができる。 ターゲット発見システムの要求仕様書例 (1/3) 1.用途 : 監視カメラで捉えた顔画像とウオッチリストに登録した 顔画像(ターゲット顔画像)をリアルタイムかつ自動的に照合し、 合致した場合に警報を発するもの 2.構成 : 監視カメラ、カメラ顔画像生成サーバ、顔画像照合サー バ、ウオッチリスト及び警報表示端末を、光ファイバー等で接続 して構成 3.監視カメラ : ターゲット顔画像との照合に適した、緻密かつ鮮 明な顔画像を撮影できること 4.カメラ顔画像生成サーバ : 監視カメラで撮影したライブ映像の 中から、 ターゲット顔画像との照合に適した顔画像をサンプリン グの手法で取り出して、カメラ顔画像として生成できること 5.顔画像照合サーバ : 高性能な顔画像識別エンジンを用いて、 カメラ顔画像とターゲット顔画像を照合して、 カメラ顔画像に合 致するターゲット顔画像を検索できること 6.警報表示端末 : カメラ顔画像とターゲット顔画像が合致した場 ターゲット発見システムの要求仕様書例 (2/3) 合に、視聴覚に訴える警報を表示できること 7.システムの規模 : 監視カメラは◯◯台、警報表示端末は◯ ◯台とし、ウオッチリストには◯◯枚までのターゲット顔画像を 登録できること 8.システムの拡張性 : 監視カメラは◯◯台まで、警報表示端 末は◯◯台まで、容易に増設できるシステム構成とすること 9.監視カメラの設置場所 : 現場の見取り図(図面番号◯◯か ら◯◯)及び現場の写真(写真番号◯◯から◯◯)に示す場 所を通過する人物に対して、3.監視カメラで規定する品質の 顔画像を撮影できること 10.システムの照合精度 : 運転免許証写真に相当する品質の 顔写真◯◯枚を登録したウオッチリストを、3.監視カメラで規 定する品質の顔画像で検索した場合の照合精度は、0.01%以 下の他人誤認率において90%以上の本人発見率とすること 11.システムの照合速度 : カメラ顔画像とターゲット顔画像が合 ターゲット発見システムの要求仕様書例 (3/3) 致した場合に、警報表示端末に警報が表示されるまでの所要 時間は、監視カメラが当該顔画像を捉えた時点から計測して 5秒以内とすること 12.設置工事の事前承認 : システムの設置工事に先立ち、シス テムの各構成要素の詳細、各構成要素の設置の工法及び工 程を明記した承認図書を作成して、発注者の承認を得ること。 各構成要素の設置場所は、現場の見取り図(図面番号◯◯か ら◯◯)及び現場の写真(写真番号◯◯から◯◯)に示す。 13.設置工事の実施 : システムの設置工事は、既設物等に損害 を与えないように、また、第三者に危害を及ぼさないように、十 分に安全を確保して実施すること 14.竣工検査 : 設置工事の終了後、発注者は、本仕様書及び承 認図書に基づき検査を行う。検査に必要な準備は全て受注者 が行うこと。検査において不備が明らかとなった場合には、受 注者は速やかに改善し、再度検査を受けること (まとめ) 発注者のエンジニアリングが大事です !! ◎ 費用対効果に優れたシステムの導入には、 一般競争入札時に、価格と技術の両面で競争原理 を働かせることが必要です。 この鍵を握るのが、『要求仕様書』です。 ◎ 理想的な要求仕様書の作成には、 ベンダー企業が有する(設計と製造のための)技術力 とは次元が異なる、(要求する機能と性能を規定するた めの)、発注者ならではの技術力の発揮が必要です。 これが、『発注者エンジニアリング』です。 平成27年12月 発注者のエンジニアリング 終 〜 零戦とターゲット(指名手配犯) 発見システムを例として 〜 澤田雅之技術士事務所(電気電子部門) 所長 澤田 雅之
© Copyright 2024 ExpyDoc