「未来への懸け橋」 内 場 賢 聖

「未来への懸け橋」
JA糸島青年部
内
場
賢
聖
私たちが活動している糸島市は福岡県の最西部に位置し、山と海のレジャースポットとし
て、また、多種多様な工房や遺跡、文化財などをめぐるドライブコースとしてメディアで広
く紹介されており多くの人が訪れています。さらに、平成 19 年 4 月に九州最大級の売場面
糸伊都菜彩がオープンしました。伊都菜彩は、糸島ブランドの農
積を誇る JA 糸島産直市場○
林水産物の直売施設として多くの人達に支持されています。
活動拠点
このような環境の中で JA 糸島青年部は盟友 85 名が在籍しています。おもな活動としては
レクレーション大会、農業体験婚活ツアー、
「ちかっぱ糸島」です。そのなかでも「ちかっぱ
糸島」は JA 糸島青年部の盟友が作った農畜産物を自分たちで販売して消費者と直接話をし
たり様々なイベントをステージで行う事で、糸島青年部のファンになってもらうと共に盟友
の結束力を深めるイベントです。
全体の活動の他に果樹、普通作、花卉、蔬菜の4つの専門部に分かれて活動しています。
そんな糸島青年部の中で、私たち果樹専門部は柑橘栽
培を中心としたメンバーで、最少の 6 名で活動していま
す。他の地域と同様に糸島でも高齢化によって生産者も
減少して栽培面積は平成 8 年に約 200ha でしたが、平成
19 年には半分まで減少し、耕作放棄地の増加にも繋がっ
ています。さらに専門部に新しく入るような後継者の見込みもありませんでした。このよう
な状況を少しでも改善したいという気持ちはありましたが、何をしていいのかわからない…
そんな時に JA の果樹担当者から
「高齢になって剪定作業が十分にできん生産者がおるけん、その剪定を専門部で請け負っ
てみらん?」と言われました。
みかんの樹は毎年収穫が終わった2月~3月に剪定を行い、生産効率の良い樹形にします。
毎年必ず剪定している樹がこちらです。
剪定されなかった樹は上部に葉が集中していて光が中まで届かないため、樹の内部や下部
の枝がなくなります。さらに作業効率の悪化、収量・秀品率の低下、病害虫の増加などが問
題になってきます。
剪定は脚立に上る必要があるなど危険を伴う作
業です。そのため高齢者には負荷になり、毎年剪
定するのが困難になっています。
請け負う時期は、自分の園地の剪定時期でもあ
るため
「よその園地の剪定する暇やらなかろーもん」
という部員の声も上がりました。しかし、
「部会の為にもなるし自分たちのスキルアップにも、ついでに作業賃も出るし一石三鳥や
ろ!!」
この一言が決め手となりこうして果樹専門部の新たな活動は始まりました。
何の実績もない自分達へ剪定を依頼する生産者を見つけるために果樹担当者が園主の説得
に駆け回ってくれ、初年度は 3 戸から 80a、約 150 本の依頼がありました。
その話を聞いていたので活動の朝は自分の持っている技術を最大限に発揮しようと気持ち
が高まっていました。しかし、実際依頼園に集合して作業する樹を見た瞬間に
「どうしたらよかっちゃろうかー?」
「これじゃ~収量とれんめーもん」
など、不安と戸惑いの声が上がり、今まで切ったことのない樹の形に愕然としました。ま
ずは果樹担当者に剪定するにあたって指導をしてもらいました。
はじめに樹の内部に光が届くように内向枝を切り、樹高を下げるために枯れない程度に上
部を切ります。最初の頃は自分の身長以上の長さ
の枝を切ることもありました。次に樹の下部に光
が当たるように上部の横に出っ張った枝を切り縮
めます。1本1本樹形が違うのでどのように切る
かかなり頭を使います。わからなくなると担当者
に聞いたり、お互いに相談しながら何とか 1 年目
の剪定を終わらせました。
皆くたくたになりながらこの結果がどうなるか
楽しみで、
「これを続けたら絶対よかみかんのできるばい!」
と期待の声が上がりました。
その年の 6 月、剪定園の圃場回りを行いました。剪定を終えた時はうまく切ったつもりで
したがこの時期に改めて見てみるとまだまだ枝の切り残しがあり、それぞれが剪定した樹を
指摘し合って、来年はもっとうまく剪定しようと決意を新たにしました。
そうやって試行錯誤を繰り返しながら 2 年目、3 年目とこの活動を続け、剪定の考え方や
技術などがわかってきて自分たちの活動に自信を持ち始めました。
しかし、自信をもって臨んだ 4 年目、請け負い剪定後の打ち上げのことでした。
「実は…以前請け負った畑の人とたまたま会って、思っとったより変わらんやったねって
言われたっちゃんね…」
重い空気が漂う中、別の一人が
「でも毎年頼んでくれるおばちゃんは会うといつもありがとうって言ってくれるし、活動
自体は間違ってないっちゃない。」
自分たちの活動に自信を持ち始めていましたが、依頼を受けて作業賃を貰っているからに
は満足してもらわないとこの活動には意味がありません。
それからどうやったら依頼者全員に満足してもらえるか飲むのも忘れて話し合い、私たち
が出した解決策は、まずは剪定する前に依頼者の希望をしっかり聞く事。そして、剪定した
後にどういう考えで剪定したのかを説明する事でした。樹は一度にあまりに大きく切りすぎ
ると、そこから枯れるというリスクもあって、依頼通りに剪定できない事もあるので、その
様な事情をきちんと説明して納得してもらうように決めました。
気持ちを引き締めて活動を続け、自分たちの技術も上がって活動当初より剪定時間も短縮
されています。時給制で作業賃を貰っているので依頼者の負担も減ってきました。
そんな私たちのもとに本当に嬉しい知らせが届きました。
毎年依頼してくれるおばちゃんが柑橘部会の総会で糸島一の反収をとり表彰されたのです。
私たちの活動が間違ってないと自信になりました。
依頼者の負担金は園地の状態にもよりますが、
おおよそ 1 万 5 千円/10aの経費になります。成果
の一例として請け負い前は収量が 2400kg/10aだ
った園地が 6 年後には 4000kg に収量が上がりま
した。1kg100 円で計算した場合、16 万円/10aの
売り上げが増加したことになります。これは一年
の請け負い剪定の経費 1 万 5 千円以上の十分な成
果を上げていると思います。
この作業賃で全国柑橘研究大会や柑橘青年部視察研修等に参加し、全国の若手柑橘生産者
との交流や日本一の単価を誇る園地視察など柑橘の技術を学ぶことに活用しています。
今では部会共販出荷量の向上に欠かせない作業となり専門部の中心活動となっています。
剪定にも慣れてきた中、
「請け負い高接ぎもしてみらん?」との意見がでてきました。最近
福岡県では北原早生や県育成の早味かんといった新しい品種も出てきて、これらの品種への
更新が福岡の柑橘をブランド化するために必要です。しかし柑橘類は苗を植えて育てると採
算がとれるようになるためには8年以上かかるうえに、植え替えとなると重機での抜根や整
地などでかなりの労力と費用がかかります。しかし、今ある樹に高接ぎを行うことで半分の
年数で採算が取れるようになります。糸島でも高齢化が進んでいて苗からの更新に踏み切れ
ない人のためにも高接ぎ更新は今まで以上に必要不可欠な技術だと考えたのです。
高接ぎの方法は台木と穂木をきれいに接着さ
せます。うまく形成層を接着しないと芽が出る
ことはありません。その後 2 種類の特殊なテー
プを巻き、1 ヶ月後にはテープを突き破り芽が
出てきます。
高接ぎ当日私たちの半数は初心者だったので、
1年目は経験者が台木と穂木の接着を担当し、
初心者がテープ巻きを担当する事にしました。テープ巻きも、巻く時に穂木がずれたり、テ
ープに穴を開けてしまうと芽が出ないので重要な仕事です。
何度も失敗しながらも最後までやりきり、1ヶ月後見に行くと芽が出ている確率は7割で
した。初めてにしては上々の結果でしたが早くこの技術を習得し、もっと芽が出るようにし
ようと決意しました。
そして 3 年目となる昨年の春に
「高接ぎ続けていくなら教えちゃろーか?」
と櫁柑青クラブの人に声をかけてもらいました。櫁柑青クラブとは約 30 年前から糸島の
高接ぎの依頼を引き受けてきた組織です。私たちはもちろん講習のお願いをしました。
高接ぎの園地でいろいろ教えてもらうと、経験というのはすごいと実感しました。2 年間
私たちが行ってきた教科書通りの高接ぎと違い、理想の樹の形に最短でするためにどう接ぐ
べきなのかという考え方も教わって、頭を悩ませる時間
は増えましたが、その考え方を知っただけでかなりのレ
ベルアップができたと思います。
それから1ヶ月後園地に行くと、なんと9割以上が芽
を出していました。今後、高接ぎを行う自信も沸いてき
ました。そして、初年度に行った園地で12月に初めて
の収穫を行い十分な収量を得ることができました。少し
でも早くこの技術を習得し、未来ある糸島のため頑張っていきます。
このような活動をする時に、一人の少年に声をかけています。その子との繋がりは、10 年
前に部員の家にファームステイに来たことから始まりました。
私たちは女性部と連携して毎年キッズスクールを開
催しています。この活動は一年をかけて農作業体験や
野菜収穫体験などを行い、その一環でファームステイ
も行っています。田舎の生活を体験し、農業の大切さ
や厳しさを子供たちに伝えると同時に、若い親御さん
にも伝えるイベントです。
その子は当時小学 3 年生で生まれも育ちも都会で、
田舎には全くと言っていいほど関わりの少ない子でした。いざファームステイすると何もか
もが初体験、すべてにおいて興味津々の生活でした。ファームステイして以来その子は、農
業に魅力を感じてたびたびその家を訪れ、農作業の手伝いに来ていました。それから私たち
の活動にも参加してもらうようになり、一緒に作業をし、話をする中でいろいろな刺激を受
けたようで、高校の進路を決める際に『将来農業がしたいです!』と相談に来てくれました。
その話を聞いて、農業の大変さや辛さも話したうえで、農業高校や農業大学校という選択肢
や、実際就農する時に相談できる JA と普及指導センターの事など話をしてあげました。そ
の子の決意は変わらずその後、糸島農業高校へ進学して基礎を学び、さらに高みを目指すた
め今は農業大学校で果樹生産者になるため一生懸命頑張っています。
糸島と同じようにどの地域でも高齢化、後継者不足、耕作放棄地などの問題が起こってい
ると思います。
私たちは少しでも問題を改善しようと剪定や高接ぎの活動を始めました。そのような活動
の中で、将来農業をやりたいという一人の少年と出会い、話していると逆に私たちが農業に
対するやる気を高めさせられます。
この活動はすごく小さな一歩なのかもしれません。しかし高齢になった人も、将来農業を
したいと思う少年も、日本の農業を守っていきたいという思いは同じです。
私たちは果樹生産の現場から、農業のすばらしさを伝えると共に、地域農業の担い手とし
て、未来ある日本農業の懸け橋となります。
ご清聴ありがとうございました。