パラメータ誤差を有する IPMSM の非干渉化制御の

パラメータ誤差を有する IPMSM の非干渉化制御の安定性解析
加藤
学生員
尚和
正 員
伊東
淳一
(長岡技術科学大学)
Stability Analysis of Decoupling control with Parameter Error for IPMSM
Masakazu Kato, Student Member, Jun-ichi Itoh, Member (Nagaoka University of Technology)
This paper discusses a stability of a decoupling control with parameter error for high-speed permanent magnet synchronous
motors. A basic decoupling control method becomes unstable under high-speed drives due to low natural angular frequency of
current regulator, and motor parameter mismatch. This paper proposed d-q axis coupling components compensation method with
a disturbance observer for vector control in order to overcome this instability. As a result, the stability is confirmed under the
instability region of the basic decoupling control method with parameter mismatch.
キーワード:埋込磁石同期電動機,ベクトル制御,非干渉化制御,外乱オブザーバ
Keywords:permanent magnet synchronous motor, vector control, decoupling control, disturbance observer
1.
にあたえる影響を明らかにし,制御系の不安定化の要因が
はじめに
位置検出誤差や速度誤差のみではなく,インダクタンス誤
近年,埋込磁石同期電動機(IPMSM)は家電製品や産業,車
差にもあることを明らかにする。さらに,干渉項に対する
載用電装品などへの適用が拡大されている。モータを高速
外乱オブザーバを用いた電流制御を提案し,パラメータ誤
駆動する用途では,高速に駆動させるにもかかわらず,ス
差を有する非干渉化制御において不安定となる条件でも安
イッチング素子の制約や,効率の観点から,数 kHz のキャ
定に動作することを確認したので報告する。
(1)
リア周波数でインバータを動作させることがある 。また,
コストを重視する用途では低分解能の位置センサを用いた
制御にてモータを駆動することが多い(2)。このようなアプリ
IPMSM の非干渉化制御
2.
図 1 に非干渉化制御のブロック図を示す。IPMSM には d,
ケーションでは,キャリア周波数が出力周波数に対して十
q 軸間で干渉し合う速度起電力がある。それらは d 軸電流 id
分高くできないことや,電流検出遅れや位置誤差が発生す
や q 軸電流 iq に影響するが直接制御できるものではない。
ることによって非干渉化制御による完全な非干渉化が困難
そこで,その速度起電力を求めておいてそれを打ち消す制
となり不安定化が起こる
(2)(3)
。電流検出遅れや位置誤差の原
因は,モータの数学モデルとその逆モデルとの間の誤差に
よるものであり,離散化誤差や電流検出時の位相遅れによ
る誤差の補償法が提案されている(4)。このように,従来では,
不安定化の要因は位置誤差や離散化誤差,電流検出時の位
相遅れによる誤差にあると考えられてきた。
御が考えられる。これが非干渉化制御である。このとき,d,
q 軸電圧 vd,vq はそれぞれ(1),(2)式となる。
vd  vd  re Lq iq ............................................................ (1)
vq  vq  re Ld id  re m .............................................. (2)
一方,モータの数学モデルに使用されるモータパラメー
タは,温度変化や磁気飽和などの影響により変動する。こ
のパラメータ変動によって制御器内のモータパラメータに
Controller
d-axis ACR
id*+
k pd
-
-
vd +
re Ld
したパラメータには数%の同定誤差が含まれる (5) 。そのた
iq
*
+
-
k pq
1  sTiq
v q++
sTiq
+
1
R  sLd
+
vq + -
1
R  sLq
q-axis ACR
により,電流制御系が不安定化すると考えられる。
re  m
本論文では,高速領域におけるパラメータ誤差が安定性
Fig. 1.
id
 re L q
dq axis coupling
component
 re Ld
decoupling
control
ータパラメータを同定する方式が提案されているが,同定
る誤差を補償したとしても,制御器内部のパラメータ誤差
v d +
re Lq
は誤差が含まれる。これに対して,インバータを用いてモ
め,従来法により離散化誤差や電流検出時の位相遅れによ
1  sTid
sTid
Motor
re m
Block diagram of decoupling control.
iq
ただし,Ld:d 軸インダクタンス,Lq:q 軸インダクタン
ただし,
ス,re:モータの電気角速度,m:永久磁石の磁束鎖交数
a1_ Kd q 
である。
また,制御器とモータのパラメータに誤差がない場合の
a2 _ K d q 
電流応答は(3),(4)式となる。
1
id 
vd ..............................................................
(3)
R  sLd
iq 
1
vq ..............................................................
(4)
R  sLq
ただし,R:電機子抵抗,s:ラプラス演算子である。
このように,パラメータ誤差がない場合の電流応答は,
RL 負荷の電流応答と等しくなり,モータ速度によらない。
また,d,q 軸電流制御器の比例ゲイン kpd,kpq,積分時間
Tid,Tiq をそれぞれ(5)式のように設定すると,目標電流から
電流までのオープンループ伝達関数は(6)式となる。
R
Ld 

 ............................................ (5)
R 
 c _ ACR Lq , Tiq 
Lq 

k pd  c _ ACR Ld , Tid 
k pq
GidO s   GiqO s  
 c _ ACR
............................................. (6)
s
以上のように,パラメータに誤差がない場合の目標電流
から電流までのオープンループ伝達関数は,単なる積分要
素となる(6)。
b2 _ Kd q 
C _ ACR R 2

,

R Ld  K q Lq  C _ ACR K d Ld K q Lq
C _ ACR R 2


, a3 _ K d q 


K q Ld Lq
C _ ACR R 2
R 2  C _ ACR R Lq  K d Ld  1  K d  1  K q re Ld Lq

C _ ACR R

R Ld  Lq  C _ ACR K d Ld Lq
C _ ACR R 2
2
2
, b3 _ K d q 
,
Ld Lq
C _ ACR R 2
このように,パラメータ誤差を有する場合は,単なる積
分要素とはならず,パラメータ誤差によって特性が変化す
る。
(8)式より,電流制御系の目標電流から電流までの伝達関
数は(9)式となり,特性方程式は(10)式となる。
GiqC _ K dq s  
GiqO _ K dq s 
1  GiqO _ K dq s 
............................................ (9)
c4 _ K dq s 4  c3 _ K dq s 3  c2 _ K dq s 2  c1 _ K dq s  C _ ACR  0 (10)
ただし,
c4 _ K dq  b3 _ K dq , c3 _ K dq  a3 _ K dq C _ ACR  b2 _ K dq ,
c2 _ K dq  a 2 _ K dq C _ ACR  b1 _ K dq , c1 _ K dq  a1 _ K dq C _ ACR  1
〈3・2〉 電流制御系が不安定となる条件
特性方程式
の係数 c2_Kdq に着目し,式を整理すると(11)式となる。


c 2 _ K dq   re 1  K d  1  K q   C _ ACR K d K q
2
パラメータ変動時の安定性の解析
3.
b1_ Kd q 

R 2  C _ ACR R K q Lq  K d Ld
〈3・1〉 パラメータ誤差を有する非干渉制御の伝達関数
モータパラメータは,温度変化や磁気飽和により変動す

2

R 2   C _ ACR R L d 1  K d   Lq 1  K q

Ld Lq
 ............ (11)
る。このため,電流制御器や非干渉制御に用いる制御器内
(11)式は以下の条件で値が負となり,特性方程式の係数が負
部のモータパラメータは実際のモータパラメータに対して
となることで,極の実部が正となる。
誤差が含まれる。そこで,制御器内部のモータパラメータ
を誤差係数 K と実際のモータパラメータの積として(7)式で
表す。
R  K R R 

Ld  K d Ld 
 .................................................................. (7)
Lq  K q Lq 
 re  K re re 
条件 1: K d  1 , K q  1
条件 2: re  c _ ACR
条件 1 は d 軸インダクタンスがオフラインチューニング
の誤差により設定誤差を含み, q 軸インダクタンスが運転
中の磁気飽和により誤差を含む場合に相当する。q 軸インダ
本論文では,離散化によるモータの磁極位置や速度の誤
クタンスは磁気飽和により値が減少し,誤差係数 Kq は 1 よ
差は,離散化誤差の補償やモータ電流検出時の位相遅れ補
りも大きな値となる。一方,d 軸インダクタンスは磁気飽和
(4)
償 を用いることで無視できるとする。また,パラメータ誤
の影響が小さいため,値はほとんど変化しない。このため,
差はインダクタンスの変動のみを考慮する。図 1 のブロッ
同定誤差などにより d 軸インダクタンスを実際の値よりも
ク図と(5)式,(7)式より,d,q 軸インダクタンスがそれぞれ
小さく設定すると,誤差係数 Kd は 1 よりも小さくなる。
*
変動した場合の目標電流 iq から電流 iq までのオープンルー
プ伝達関数は(8)式となる。
GiqO _ K dq s  
C _ ACR a3 _ K s  a 2 _ K s  a1 _ K s  1
3
dq
s
2
dq
dq
.
b3 _ K dq s 3  b2 _ K dq s 2  b1 _ K dq s  1 (8)
Table 1.
Motor and PI control parameters.
Rationg speed
d-axis inductance
q-axis inductance
Winding resistance
Back-emf coefficient
Armature pairs of poles
Nrn
Ldn
Lqn
Ran
mn
p
12000 rpm
389 mH
556 mH
0.0635 W
0.189 Vs/rad
6
できない場合に相当する。この場合,電流応答を十分に高
くすることができないため,c_ACR は小さくなる。
このように,キャリア周波数が出力周波数に対して十分
高くない制御器を用いてパラメータ誤差を有する非干渉化
Gain [dB]
条件 2 はキャリア周波数が出力周波数に対して十分高く
動など定出力運転特性を必要とする用途の場合,リアクタ
Phase [deg]
め,制御系が不安定となる。また,(11)式右辺第三項から,
になりやすいことがわかる。電気自動車やコンプレッサ駆
c_ACR=4000
c_ACR=3000
c_ACR=2000
c_ACR=1000
0
-20
270
制御を行うと,特性方程式の極が右半平面に配置されるた
抵抗値が小さくインダクタンスが大きい場合,より不安定
re = 12000 rpm L = Ln
100
80
60
40
20
ンスを比較的大きく設計した IPMSM が適用される(7)。その
180
90
0
-90
-180 -1
10
ため,これらのアプリケーションでは非干渉化制御の誤差
100
101
により,電流制御系が不安定となりやすいと考えられる。
〈3・3〉 安定性解析
表 1 に安定性の解析に用いるモ
ータパラメータを示す。ここで,添え字の n はノミナル値
Imaginary part
の開ループ伝達関数のボード線図を示し,図 3 に閉ループ
伝達関数の特性方程式の根軌跡を示す。ここで,磁気飽和
を考慮し Kq は 2.0,設定誤差を考慮し Kd は 0.9 とする。表 2
500
500
Fig. 3.
-200
-200
図 4 にインダクタンス値を変化させた時の目標電流から
電流までの開ループ伝達関数のボード線図を示し,図 5 に
閉ループ伝達関数の特性方程式の根軌跡を示す。図 4 より,
Gain [dB]
なる。これは,表 2 の結果と一致している。
しゲインの傾きが大きいことから,ゲイン特性が悪化して
いることがわかる。また,図 5 より,インダクタンス値が
180
加させることで極が右へ移動し,インダクタンス値をノミ
ナル値 Ln の 5 倍以上とすると,不安定となることがわかる。
以上の解析結果より,不安定条件の妥当性を確認した。
4.
外乱オブザーバによる干渉項の補償
〈4・1〉 原理
Phase [deg]
ノミナル値であれば安定であるが,インダクタンス値を増
-90
-180 -1
10
100
Fig. 4.
c_ACR
c2_Kdq
Stability region
2000
1900 1800 1700 1600
2.9×106 2.2×106 1.4×106 7.2×105 5.5×104
Instability
region
1500
Imaginary part
the coefficient of the squared term c2_Kdq.
c_ACR=1750 rad/s
0
101
102
104
103
Frequency [Hz]
Root locus the variations in Ld,Lq.
re = 12000 rpm c_ACR=1750
1000
1000
Pole
placement
200
200
90
図 6 に提案する外乱オブザーバを用い
Relationship of natural angular frequency c_ACR and
100
100
L = Ln
L = 5Ln
L = 10Ln
L = 50Ln
た干渉項の補償システムのブロック図を示す。外乱オブザ
Table 2.
00
Real part
re = 12000 rpm
100
80
60
40
20
0
-20
270
インダクタンスを増加させた場合でも,位相が大きく変化
-100
-100
Root locus variations in c_ACR of GCiq_Kdq.
していることがわかる。また,図 3 では,c_ACR が小さくな
ると極が右へ移動し,c_ACR が 1500 rad/s のとき,不安定と
=1500
-500
-500
定となる条件であることがわかる。図 2 からc_ACR を減少さ
せることによりゲインが大きく低下し,ゲイン特性が悪化
c_ACR
c_ACR=2000
c_ACR=1750
00
-1000
-1000
-300
-300
より,c_ACR が 1500 rad/s 以下のとき,係数が負になり不安
104
re = 12000 rpm L = Ln
1000
1000
す。図 2 に電流制御系の遮断角周波数c_ACR を変化させた時
103
Bode diagram the variations in c_ACR of GOiq_Kdq.
Fig. 2.
を表す。
表 2 に遮断角周波数と特性方程式の係数 c2_Kdq の関係を示
102
Frequency [Hz]
L = Ln
L = 10Ln
L = 5Ln
500
500
00
-500
-500
-1000
-1000
-100
-100
-50
-50
0
0
50
50
Real part
-5.7×105
Fig. 5.
Root locus variations in Ld,Lq of GCiq_Kdq.
ーバでは,電圧指令値と実際のモータの端子電圧の差を求
め,外乱を推定する。推定した外乱は外乱補償電圧 vcomp と
して電圧指令値に加算する。補償電圧は(12)式により算出す
id*+
1
v d**  R   Ld i d
1  sT f
v qcomp 
1
v q**  R   Lq i q   re  m
1  sT f

1  sTid
sTid

〈4・2〉 電流制御系のステップ応答
vd*
+
Motor
re Lq iq
+
1
vd**
id
R  sL
+
Disturbance observer
- +
R  sL
1
d
-
vdcomp

v dcomp 

k pd
-
る。

d-axis
ACR
d
1  sT f
1  sT f

................. (12)
(a) d-axis
図 7 に電流制御
Motor
re Ld id  re m
q-axis
ACR
系の遮断角周波数c_ACR を変化させた時,図 8 にインダクタ
iq*+
ンス値を変化させた時のオブザーバを付加した場合の電流
k pq
-
のステップ応答波形を示す。指令値は 0.01 s のときに 1.p.u.
1  sTiq
sTiq
vq*
vq**
+
1
R  sL
+
Disturbance observer
- +
R   sL 
1
+
vqcomp
のステップを入れている。ここで,キャリア周波数が 5 kHz
iq
d
q
1  sT f
の制御器を想定し,オブザーバのフィルタ時定数 Tf は,キ
1  sT f
+
+
ャリア周期の 5 倍の 1 ms とした。提案法を用いることで,
Correction
terms
パラメータ誤差を有する非干渉化制御において不安定とな
1
1  sT f
re m
る条件(c_ACR = 1500 rad/s や L = 5Ln)においても,電流値が指
(b) q-axis
令値に収束することが確認できる。
5.
Fig. 6.
まとめ
Block diagram of a IPMSM drive system
using disturbance observers.
本論文では,位置誤差や速度誤差を補償した状態でも,
パラメータ誤差によって打消しきれなかったモータ干渉項
re = 12000 rpm
2
の影響により,電流制御系が不安定化することを明らかに
c_ACR=1500
した。この不安定化は,スイッチング周波数が相対的に低
合に起こる。また,提案した外乱オブザーバを用いた干渉
項の補償法は,従来の非干渉化制御において不安定となる
c_ACR=1750
iq [p.u.]
いことなどに起因して電流制御系の応答を上げられない場
L = Ln
条件でも,電流値が指令値へ収束することを確認した。
1
c_ACR=2000
0
今回は,サンプリング遅れの影響を考慮していないため,
0
今後はサンプリング遅れの影響や離散系におけるオブザー
0.5
Time [s]
バの設計について検討する。また,外乱オブザーバの安定
Fig. 7.
解析や応答の改善,実機実験による提案法の有用性の確認
1.0
Step response the variations in c_ACR
of proposed method.
を行う。
献
(1) Y. Kawase, T. Yamaguchi, T. Umemura, Y. Shibayama, K. Hanaoka, S.
Makishima, and K. Kishida, “Effects of carrier frequency of multilevel
PWM inverter on electrical loss of interior permanent magnet motor”,
ICEMS 2009, LS5A-2 (2009)
(2) 戸張・遠藤・岩路:
「高速用永久磁石同期モータの新ベクトル制御方
式の検討」,電学論 D,Vol.129,No.1,pp.36-45 (2009)
(3) 水野・長谷川・大橋・松井:
「高速運転 IPMSM のセンサレス制御時
に お け る 軸 誤 差 に 対 す る ロ バ ス ト 安 定 性 と そ の 実 験 的 評 価 」,
SPC-07-35,pp.25-30 (2007)
(4) 工藤・野口・川上・佐野:
「IPM モータ制御システムの数学モデル誤
差とその補償法」
,SPC-08-25 (2008)
(5) D. Tadokoro, S. Morimoto, Y. Inoue and M. Sanada.,” Method for
Auto-Tuning of Current and Speed Controller in IPMSM Drive System
Based on Parameter Identification” IPEC2014, pp. 390-394 (2014)
(6) 杉本英彦・小山正人・玉井伸三:「AC サーボシステムの理論と設計
の実際」,総合電子出版社
(7) 武田・森本・大山・山際:「PM モータの制御法と回転子構造による
特性比較」
,電学論 D,Vol.114,No.6,pp.662-667 (1994)
re = 12000 rpm
2
c_ACR=1750 rad/s
L = Ln
L = 5Ln
iq [p.u.]
文
L = 10Ln
1
0
0
Fig. 8.
0.5
Time [s]
Step response the variations in Ld,Lq
of proposed method.
1.0