憲法 - 弘文堂

はしがき
本書は、いわゆる憲法の概説書である。憲法概説書といえる書は、他の法分野
の概説書と比べ、おそらくもっとも多く存在するといえる。私も、単独ではなく
共同執筆者の一人として、その執筆に携わったことがあるし、弘文堂の法律学講
座双書の一冊である伊藤正己著『憲法』(1982 年)については、そのかなりの部
分の執筆をお手伝いさせていただいた。しかし、その体験を経て、自分独自のも
のを作成しようという意欲は湧くことがなく過ぎてきた。私がエネルギーを投じ
たのは、憲法価値の具体的実現を司法過程でなす分野、すなわち憲法訴訟の研究
においてであり、それに加え、なるべく詳しい憲法判例集を編むことであった。
これらの作業に私が力を注いだのは、日本国憲法の実情を観察し、それをありの
ままに描き、憲法秩序が形成されている様相を考察することである。この作業は、
法実務において何か役立つことがあるとの期待のもとに、私の研究生活の中軸を
なしていたといえる。
2012(平成 24)年 3 月に定年退職し、大学での研究・教育の生活から離れる頃、
上記の作業に加えて、憲法概説書の執筆をしてみようとの意欲が湧いてきた。そ
の理由は、複雑、微妙な事情も絡んでいて簡単に語ることができないが、次のこ
とは、本書の特徴となるように執筆に努めたところであり、ここで示しておかな
ければならない。
本書は、本文の各所で述べているように、60 年余にわたって形成された日本
国憲法のもとでの法秩序の現状を描くことを基調としており、それは、私が力を
投入してきた憲法訴訟の研究や憲法判例集の編集と共通の性格をもっている。た
だし、形成されている憲法秩序の現状について徹底した論述をしようとすると、
それは、膨大な内容となり、一冊の書にまとめるのは至難の業となる。そこで、
全体としてその基調を維持するよう努めながらも、憲法秩序の形成の様相がもっ
とも憲法らしく展開しているところを選んで、詳しく論述することとした。それ
は、憲法 14 条の平等原則と 31 条の法定手続の原則の二つの領域についてであ
る。それらにおいて、憲法価値の具体的実現のために制定されている法令と、そ
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は
し
が
き
の法令の適用について争う判例との様相をなるべくありのままに示して、興味や
関心の赴くままに憲法内容を論ずることを避けるように努めた。幸い、2013 年
(第
に刊行された日本国憲法の判例を集大成した書、
『論点体系 判例憲法 1 ∼ 3』
一法規)の編集に今井功元最高裁裁判官と共に携わることができ、その二つの領
域については主導的に執筆する機会を得た。様式を変えてはいるが、本書にその
部分を使用することを第一法規編集部から了解いただき、大変感謝している。な
お、その二つの憲法原則以外についても、判例の動向と関連法令の実例について、
現状を示して憲法の具体的実現の様相を示すように論述している。
このように、本書は、類書にはない個性をもたせたものとなったと思っており、
特に、本書が法実務家による利用に役立つことを願っている。概説書であるから、
憲法教科書としても使用していただきたく、学生にとっては、何が現在の憲法秩
は
し
が
き
序であるかの把握には役立つ書であると思っている。自らの学説を強調したい教
師にとっても、その根拠事実を示すのに有効な書となるはずである。欲をいえば、
政治家をはじめ日本国憲法の現状を把握したい者が目をとおしていただけたらと
期待している。もっとも、全体としてみると、論述に繁閑の差があるかもしれな
いが、読者の海容を乞い、また、ご叱正を受けて、今後、よりよいものに作り上
げていこうと考えている。
上述のように、本書の執筆の動機は、簡単には語れないが、私の尊敬する憲法
研究者や法実務家からの激励、支援、助言などがそこにかかわっていることは間
違いない。厚く御礼申し上げる次第である。
また、本書の刊行を引き受けていただいた弘文堂には特に謝意を表したい。古
稀を過ぎての無謀な挑戦だと反省して撤退しようとする私を、同社の会長の鯉渕
年祐氏は、しきりに励まして下さったし、すでに定年で退職された丸山邦正氏か
らは、執筆完了を待ちわびる声を届けていただいた。さらに、編集部長の北川陽
子氏には、本書の担当者となっていただいた。
執筆を終えた現在、頭が正常に働く限り、本書の改良を重ねていく意欲を抱い
ている。
2015 年 3 月末日
戸松秀典
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