本書『社会調査史のリテラシー』は,タイトル たとえば質的調査と量的調査の二項対立は, からだけでは内容がよくわからない。多くの人は, 1933 年の戸田貞三『社會調査』においてはみら よくわからないままにとりあえず,社会調査史の れず,鈴木栄太郎,内藤莞爾,喜多野清一などの 本と推測するだろう。社会調査の歴史について, 社会調査論を経て,1958 年の福武直『社会調査』 調査年を追って順に並べられて解説がされており, によって,その形式が完成する。とくに量的調査 そしてそこには,調査技法の発達史であるとか, の対立カテゴリーとして,さまざまな手法を 1 つ アンケート調査の盛衰や質的調査の歴史について の質的方法というカテゴリーとしたのは,敗戦の 記述されているのではないかと。しかし目次をみ 影響によるものであることがおもしろい。すなわ ただけで,本書はおよそそのような本ではないこ ち社会の実証的計量分析でもって,日本復興の基 とがわかる。 礎資料を提供することが当時の時代要請であった 600 ページあまりの大著は,1 章「日本近代に ことや,半封建的な社会構造を民主主義に革命す おける都市社会学の形成」で始まり,20 章「都 るためには,日本社会の全体的構造的関連を量的 市を解読する力の構築」で終わる。都市社会学の 調査で明らかにすることが必要だったことなどが, 本かと思いきや,5 章「ライフヒストリー研究の 質的調査という大きな残余カテゴリーの構築に影 位相」,8 章「内容分析とメディア形式の分析」 響しているのである。 など,いかにも具体的な調査方法について述べた 本書は,歴史社会学的おもしろさとともに,調 のではと思われる章がある。しかし,調査法の本 査を支えるリテラシーとして,リストを作ること ならば通例,最初か最後にくるような「量的方法 (3 章) や聞くことばの力(7 章) ,質問紙の現実 と質的方法が対立する地平」「調査のなかの権力 を歪めてしまう力(12 章)なども論じられる。さ を考える」などの調査論にみえる章が 6 章,10 らに 1 冊の本全体で,社会調査史を読み解いて, 章とまん中に据えられている。 社会調査論としたおもしろさがある。佐藤は, 本書は,著者の 1990 年代からのおよそ 15 年間 「社会調査とは認識を生産するプロセスである」 の,社会調査の「方法」に関する論文を集めたも (489 頁)という。社会調査とは,質問紙や観察な ので,日本の社会調査に関する著作を取り上げた どの方法でデータを収集し,あるいは二次データ 「歴史社会学的な分析」である。R. ドーア『都市 により社会をデータ化する。そしてデータによっ の日本人』(9 章),安田三郎『社会調査ハンドブ て,社会認識を作り出すものなのである。この定 ック』(16 章) などの有名な著作のほか,『東京 義は,安田三郎流の,「社会調査は直接観察し, 市社会局調査の研究』(3 章) や『日本国勢調査 記述・分析するもの」という多くの人が目にした 記念録』(12 章)などのあまり目にしない書物が, ことがある社会調査の定義からは,かけ離れてい 表紙や中に掲載された珍しい写真,図表なども示 る。そして,それは社会学とは何かという問いの すハイパーな構成で取り上げられる。古い雑誌を 答えに限りなく近い。理論と実証という対立もニ 紐解いて,ジェンダーを語る歴史社会学しかみた セとし,社会調査の力を最大限に評価している調 ことのない浅学な評者にとっては,素材を社会調 査論なのである。 査の著作に採る歴史社会学的分析は,きわめて刺 激的でおもしろかった。 112 社会と調査 (2012 年 9 月)
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