産経新聞 27.6.28 【中高生のための国民の憲法講座 第100講】憲法

産経新聞 27.6.28
【中高生のための国民の憲法講座
第100講】憲法改正に向けての課題は?
百地章
先生
国民の憲法講座もとうとう最終回を迎えました。
「中高生のため」を「中高年のため」と勘違いした方
もいらっしゃったようですが、熱心にご愛読くださった皆さんに心からお礼を申し上げます。
◆ドイツの改憲に倣う
月刊『明日への選択』6 月号で、小坂実氏が戦後西ドイツにおける憲法改正の歩みについて論じてい
ます。その中で、ドイツが初代首相アデナウアーのリーダーシップのもとに、占領の早期終結と主権の回
復のため憲法を改正し、憲法制定後わずか 7 年の 1956 年に本格的な「軍隊」を保持したこと、さらに 1968
年には「緊急権(緊急事態条項)」を導入することに成功したことが紹介されています(「ドイツ改憲史が
示す『護憲』と『改憲』をめぐる逆説」
)
。
実は、筆者の大学院時代の研究テーマが西ドイツの緊急権でしたので、非常に興味深く読みました。
日本国憲法と同様、戦後作られたドイツ憲法はこれまでに 59 回改正されています。
もちろん、同じ敗戦国といっても、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺が行われたドイツと、
日本とでは、戦後補償問題を例にしても事情が大きく異なります。日本は戦後、講和条約を結び、戦勝国
に対して賠償責任を果たしてきましたが、ドイツは講和条約を結んでいません。
しかし、戦後の西ドイツの歩みは、大変参考になります。
◆緊急権と 9 条 2 項
「緊急事態条項」は、当時、ドイツに駐留していた米英仏 3 国から「緊急権」を取り戻し、
「主権」を
回復するためでした。そして「軍隊の保持」と「緊急権」の導入によって、西ドイツは名実ともに「独立
国家」となったわけです。
この点、わが国でも昭和 27 年の講和独立後、真っ先に唱えられたのが軍隊保持のための憲法 9 条改正
でした。そして国会であと数議席というところまで行きながら、厳しすぎる憲法改正手続きの壁に阻まれ、
実現できませんでした。
他方、現在、
「緊急事態条項」は憲法改正の焦点の 1 つとなっています。ドイツの例から考えても、憲
法第 9 条 2 項の改正と並んで、緊急事態条項の重要性がよく分かるのではないでしょうか。
戦後 70 年もたつのに、いまだに憲法改正ができない日本とドイツが異なるのは、真の「主権と独立」
を回復するためのスピードだけではありません。ドイツでは、軍隊の保持や緊急権といった重要な憲法改
正に際しては、保守党のキリスト教民主・社会同盟と社会民主党という二大政党が協力したり、大連立内
閣を組むことによって、国家的大事業を成し遂げてきたことです。
それと引き換え、わが国はどうでしょうか。野党第一党の民主党は党内世論が分裂するのを恐れ、憲
法改正に正面から向き合おうとさえしません。なぜドイツのように大同団結できないのでしょうか。
5 月 4 日付の本紙「正論」でも書きましたが、首都直下型地震などの大規模自然災害に備えるため、
また新たに浮上してきた大規模テロ対策のためには、速やかに憲法を改正し、緊急事態条項を導入する必
要があります。
さらに現在、中国の軍事的脅威はますます高まってきています。中国は南シナ海に侵出し、次々と岩
礁を埋め立てて、軍事基地を建設しています。もしこれを放置すれば、次は東シナ海であり、尖閣諸島さ
らに沖縄さえ危険にさらされるでしょう。中国は浙江省の沿岸に、尖閣諸島をにらんだ基地を建設しよう
としている程ですから。
これに対して、アメリカのオバマ政権は内向き志向を強め、一昨年秋には「アメリカはもはや世界の
警察官ではない」と宣言しました。これでは、いざというときに本当に日米安保条約が機能し、米軍が駆
けつけてくれるか分かりません。したがって、今こそ日米同盟をより強固なものとして抑止力を高め、中
国の領土的野望を抑えるために、
「集団的自衛権の限定的容認」と安保法制の速やかな整備が必要とされる
わけです。
もちろん、防衛・安全保障問題の抜本的解決のためには憲法 9 条 2 項改正が必要です。
このようなことをきちんと説明すれば、多数国民の憲法改正への支持は必ず得られるものと確信して
います。
また、お会いしましょう。=おわり
◇
【プロフィル】百地章
ももち・あきら
京都大学大学院法学研究科修士課程修了。愛媛大学教授を経て現在、日本大学法学
部教授。国士舘大学大学院客員教授。専門は憲法学。法学博士。比較憲法学会理事長。産経新聞「国民の
憲法」起草委員。著書に『憲法の常識
常識の憲法』『憲法と日本の再生』『外国人の参政権問題 Q&A』
など。68 歳。
◇
日本国憲法は 9 条 1 項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動
たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄す
る」
。2 項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これ
を認めない」としている。
産経新聞の「国民の憲法」要綱では、3 章「国防」を設け、15 条(国際平和の希求)
、16 条(軍の保
持、最高指揮権)を置き、
「国の独立を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保
持する」と、自衛隊を軍として明確に憲法に位置づけた。
また現行憲法の不備である緊急事態について 11 章を設け、114 条(緊急事態の宣言)
、115 条(緊急
命令および緊急財政処分)などを置いた。