結局、何万人参加したのか - 鈴田征紀のホームページ

結局、何万人参加したのか
8・30 国会前デモの参加人数推計
2015 年 9 月 14 日
鈴田征紀
1. 報道のまとめ
「国際平和支援法」の制定やその他法律の改正をセットにした安全保障関連法案の審議
が続く 2015 年に、法案に反対する学生・市民が集まった 8 月 30 日のデモは、多くのメデ
ィアに報道され、話題になった。
8 月 31 日付の多くの新聞は、主催者発表 12 万人・警察発表 3 万人という参加者数を伝
えた。『朝日新聞』は 3 万人には触れず、「国会周辺だけで約 3 万 3 千人」という警察関係
者の話を紹介した。ずっと後になって、『しんぶん赤旗』は、3 万人説の根拠となった警
察発表が、ある時点の限られた区域の人数を見積もったもので、全体の参加者数を意味す
るものではなかったという警察見解を引き出した。
3 万人と 3 万 3 千人が同じ情報源なのか別個に語られたものなのかはわからないが、発
表した警察当局者の真意を伝えるものとしては、『朝日新聞』の伝える表現が妥当なのだ
ろう。
これらと別に、9 月 1 日付の『産経新聞』は、上空からの写真を分析し、参加者は 3 万 2
千人以上ではありえないと論じた。
3 万人か、12 万人か。数の開きは大きい。
筆者は日本の政治を専門とするものではないが、11 年前に南米のベネズエラで反政府
デモと政府側デモが数十万人規模の動員をかけていた時期に、現地にあってあれこれ算定
を試みた経験がある。そちらは特に発表も何もせず終わったが、同じ方法を使って 8・30
のデモの規模を推定してみたい。
2 国会前道路
推計の基本は面積×密度である。どの程度、どの範囲まで人が混み合っているかを写真
と目視で把握し、面積は地図で計算する。
人間は、物体としては横 50 センチ、縦 20 センチ程度におさまるが、生きている人は見
知らぬ人と距離を置こうとするので、そのサイズにはおさまらない。不快を感じるような
レベルまで混み合うと、1 平方メートルあたり 6 人になる。そして知り合いとは、周りに
どれだけスペースがあろうと距離をつめようとするので、混み合っていない状態では平均
的に散らばるのではなく、小さな塊があちこちにできる。空いている場所の密度を見積も
るのは難しいが、幸いなことに空いている場所は人数が少ないので、多少の計算違いがあ
っても全体の人数への影響は大きくない。
国会前の道路については、上空から見た午後 2 時 8 分の様子が『毎日新聞』8 月 31 日
*1
付朝刊に掲載されていて、よい手がかりになる 。前方から 3 分の 2 までは人がぎっしり
*1 http://mainichi.jp/shimen/news/20150831ddm001010174000c.html
-1-
詰まっているが、遠方の入り口付近は空いていて、道路のアスファルトがよく見える。特
に、道路の入り口(国会から遠いほう)から、国会前ステージまでを一枚の写真におさめ
ているのが、筆者の推計の目的にかなっている。
ここで地図を取り出し、国会前の道路の面積を割り出そう。地図上で計測すると、長さ
長さ 210 メートル、幅 50 メートルだから、面積は 1 万 0500 平方メートル。ぎっしり詰ま
っているところを平方メートルあたり 6 人、面積 7000 平方メートルとすると、4 万 2 千
人。少ないところを平方メートルあたり 1 人とすると、3500 平方メートルの部分に 3 千 5
百人。この道路にはあわせて 4 万 5500 人いることになる。
さて、4 万 5500 千人は国会前のすべてではない。写真でも、手前で左右にはみ出るよ
うに広がっている人たちが見える。木の陰になる庭園には、密集を嫌った人々が入り込み、
散らばっていた。
左右にはみ出た部分を、幅 30 メートル、奥行き 20 メートルの長方形とするなら、600
平方メートルが 2 つで 1200 平方メートル。1 平方メートルあたり 6 人で、7200 人。庭園
にでていた人については不明だが、とりあえば 500 人としておこう。
これらを全部足すと、5 万 3200 人になる。これが、2 時過ぎの時点で国会正門前にいた
人の数である。
3. 産経新聞の推計
人数を数えるためには、目視でまず 10 人をかぞえ、10 人が 10 個まとまった範囲が 100
人、100 人が 10 個まとまった範囲が 1000 人と数えるやり方もある。少ない人数ならこれ
でいいが、大人数には適していない。遠くの人を数え間違い、どうかすると一桁くらい少
なく見てしまう。
原因は、斜めから見下ろすときに遠い景色が縦方向に強く圧縮され、奥行きを短く見誤
ってしまうことにある。縦方向の圧縮がどういうものかを知るためにも、『毎日新聞』の
写真を見直してほしい。おそらく高性能の望遠レンズで撮ったこの写真では、手前と奧で
道幅がほとんど違わない。道の奧行きは道幅の 1.5 倍に見えるのだが、地図で確認すると
縦横比は 4.2 倍になる。縦方向の圧縮率は、0.36 倍である。三角関数を使うと撮影の角度
が求められる。約 21 度。写真ではコンパクトにまとまっているように見えるが、実は細
長く伸びた人波を、特徴的な国会議事堂といっしょに写真におさめるため、遠方横から撮
っているのだ。横のほうからとった写真なので、背が低い人は簡単に隠れてしまうのだが、
ぱっと見ただけでは隠れていること自体わかりにくい。
写真からの推計は、『産経新聞』が 9 月 1 日付で「本当に 12 万人?」と疑問符を付けて
行なっている*1。産経新聞は、横方向に並ぶ 15 人を基準とし、それと同じ長さの正方形を
写真にあてはめ、その正方形の中の人数を 15 × 15 の 225 人とした。225 人の正方形が 4
つ並べてつくる 4 × 4 の正方形を 3600 人とし、この大きな正方形 9 個の中に密集範囲が
おさまってしまうことから、国会前の参加者を 3 万 2400 人以下とした
しかし、産経が推計根拠にした写真にも縦方向の圧縮がある。この写真では道路が途中
*1 http://www.sankei.com/politics/news/150831/plt1508310051-n1.html
-2-
で切れているので、国会正門の 2 つの建物の間の距離(横)と、そこから国会議事堂まで
の距離(縦)をてがかりに圧縮率を算出する。地図上で横は縦の 2.9 倍あるが、産経の写
真では 2.0 倍しかない。圧縮率は 0.69 倍で、43 度の斜め見下ろしである。
『産経新聞』は、
正方形でなく、横に対して縦が 0.69 倍の長さの長方形をあてはめるべきだったのだ。こ
の点を考慮すると、推計人数は 4 万 6980 人となる。
ただ、写真では遠い景色と近い景色で、地面に対する角度に違いがみられる。手前に近
づくにつれて角度は大きく、圧縮率は小さくなるから、手前に近づくにつれて長方形の短
い縦の辺は少しずつ長く(太く)しなければならない。その「少しずつ」がどのくらいな
のかは写真からはわからないので、やはり私のやり方のように推計は地図上で行なうべき
である。
それから、人間の肩の幅は胸板の厚さより長いので、混雑時には縦横で詰まり具合が違
ってくる。機動隊員が肩を並べて横に 2 人並ぶ空間なら、デモ参加者も横方向には 2 人し
か入らないだろう。しかし縦方向には 3 人くらい余裕で入る。人間は自分の前の空間が塞
がれるのを嫌うので、通常はそこまで詰まらないが、周りから圧迫されてくればしかたが
ない。横方向には詰まらず、もっぱら縦方向に密度を高めるのである。その密度が 1.5 倍
でよければ、7 万 0470 人になり、私の推計より多くなる。私は自分の数字のほうが正し
いと考えているが、ともかく 3 万 2400 人よりずっと多いことは間違いない。
3. 周辺道路
デモの現場はここだけではない。国会
周辺の道路に集まっていた人々を入れな
ければならない。
どこまで、どのくらいの密度で集まっ
ていたかを知るための材料は十分ではな
いが、インターネットに投稿された写真
・動画、発言や、私自身の記憶と記録に
よって推測してみよう。
デモの中心地である国会前道路の入り
国会周辺地図 (google map から作成)
口にあたる箇所から左右に広がる道。国
会図書館のあたり。そこから議員宿舎を通って首相官邸前。国会と内閣府の間から外務省
と財務省の間を経て日比谷公園まで。以上の歩道に人の列ができていたようである。この
うち 6 カ所に宣伝カーが止まり、国会議員らが演説する小集会の場になっていた。日比谷
公園にも人がいて、警察によって人の流れの誘導先にされたようだが、そちらの写真は少
ないので規模を推測できない。絶対の自信はないが、地図上の赤線をデモ参加者がいた歩
道として分析を進めたい。
参加者がいた歩道の総延長を、両側別々に数えて 4.8 キロメートルと推定する。範囲は、
主会場の国会前道路に接続する道(A)と、添図書館までの道路(B)の二つに大別できる。A
は 1.4 キロメートル、B は 3.4 キロメートルと推定する。A の範囲は間違いないが、B に
ついては端がどこまで伸びていたかについての情報が乏しいので、もう少し伸びる可能性
はある。とはいえ、誤差は長くともこの見積もりより 1 キロ長い程度でおさまるのではな
-3-
かろうか。
道路の混雑具合は、国会前に接続する道路は主会場とあまり変わらない高密度になって
いたのに対し、日比谷公園付近では人に余裕が見られた。平方メートルではなく、メート
ルあたりで、A にはメートルあたり 6 人、B には 3 人いたと仮定する。A に 8400 人、B
に 8700 人で、あわせて 1 万 7100 人になる。1 キロの誤差があっても 3 千人上乗せする程
度にとどまる。
それと別に、交差点の宣伝スペースに
集まっていた集団を上乗せする。数百人
規模の集会が 5 か所。私が見た 2 か所で
は、交差点の四つ角それぞれに 200 人が
固まっていたようである。1 か所に 800
人として、4000 人。
日比谷公園については手がかりがな
い。数百なのか、数千なのか。たぶん万
を越えてはいないだろうが、現時点で私
には不明である。あやふやだということ
2 時 11 分財務省脇
承知の上で、1000 人としておこう。
ここまで数字をあげたものを合算すると、周辺道路にいた人は 2 万 2100 人から 2 万
5100 人になる。
国会前道路にいた 5 万 3200 人とあわせると、7 万 5300 人から 7 万 8300 人になる。午
後 2 時から 2 時半までのある時点で、国会周辺にいたデモ参加者の人数がこれである。し
かしこれもまだ全参加者数ではなく、ある時点の参加者数である。
4. 途中の入退場
大規模デモの算定ででやっかいなのは、
一時点の参加人数と全参加人数に開きが
出るところである。日本の中小規模のデ
モでは、公園で集会があって、30 分か 1
時間の演説があり、そのあと行進に出発
する。行進出発時の人数が最大で、途中
参加、途中退場は全体の数を左右するほ
どではない。しかし今回のような何時間
も続く大規模デモではそうはいかない。
8 月 30 日のデモは午後 2 時から 4 時ま
でを区切りとしていた。4 時に帰った人も
3 時 40 分国会前
多いが、集会は深夜まで続いた。多くの
参加者は一部の時間帯に参加し、途中で帰っている。私も参加者の一人だったが、ヘリで
写真が撮られた時にはその場にいない。日比谷公園付近の道路上でカメラをあちこちに向
けていた。前の説明では、周辺道路の B の東の端付近である。
国会前道路入り口には 2 時半頃に着いたが、私は最後でも少数でもなく、続々と終わり
-4-
が見えない行列の中にいた。そしてそのときには既に、気が早くも「おつかれさま」と言
い交わして帰る人の流れができていた。
それと、2 時半時点の入り口は全景写真が示すものより混んでいた印象がある。3 時か
ら 4 時にかけて、密集部分は一歩間違えれば将棋倒しの事故がおこりかねないような過密
状態になっていた。それだけではなく、並んで車両で止まっている位置は人波に呑まれ、2
時過ぎの写真に見るような空いたスペースではなくなっていた。木陰で雨がしのげる左右
の歩道は、道路入り口まで人が密集していた。入り口付近の車道は、人の密度が低く、歩
くのに支障がなかったが、それも閑散としたものではなかった。こうした事実は、紙面に
掲載されなかった毎日新聞社の写真データベース「毎日フォトバンク」に展示されていた 2
時 20 分台の写真からも確認できる。
またやはり毎日新聞社が 2 時 25 分に撮影した別の写真を見ると、2 時頃にはデモ参加
者がまったく見えない国会正門前の道路に、南側だけ小さな人だかりができて、警察車両
でブロックされていた。
高密度域を 7000 ではなく 9000 平方メートルに広げ、低密度域の密度を平方メートルあ
たり 2 人にあげてやると、1 万 1500 人が増える。南側にできた人だかりを 500 人とする
と、1 万 2 千人が増えたことになる。
この増加分から途中退場者を引いた数が、途中参加者の純増加数になるはずだが、その
推計方法については良い知恵がない。ともかく先ほど出した総計に積み上げると、国会前
道路に 6 万 5200 人、全体で 8 万 7300 人となる。
計算の手がかりがない要素をいくつか残してしまったが、ここでは途中退場者も含めた
全参加者が 9 万人から 10 万人という数を結論として提示したい。
5. 推計の比較と考察
他の推計と比べると、主催者発表の 12 万人は、私には多い気がするが、途中参加者の
程度によってはありえなくもないと思う。後になって、途中参加者も含めれば 30 万人を
越えたという説がネット上に流れたが、それはさすがにないだろう。
警察発表の 3 万人は、30 万人と同様にありえない数である。だがおそらく午後 1 時半か
ら午後 2 時の間に 3 万 3 千人に達した時点があったことは間違いないので、、当日警備にあ
たった警察関係者がデモの最中にそのような見積もりを語ったのであれば、無理からぬ数
字ではある。大規模デモの人数推計は、すべてが終わった後に各種の情報を継ぎ合わせて
行なうのでも、完全は期しがたいものである。当日の現場からの発表に、正確さを期待す
るほうが無理であろう。
産経新聞が行なったような、事後の推計は歓迎すべきものである。ナマの情報がインタ
ーネット上にあふれる今日、情報を取捨選択し人々に正確な全体像を伝えるよう報道機関
が知恵を絞ることには意義がある。推計の手順を記したのはなお良かった。二重の誤りに
よって著しく過小に見積もることになってしまったが、手順を記してくれたおかげで、ど
こがどう誤っているかを見つけ、より正確な情報に近づく踏み台とすることができた。主
催者発表・警察発表に産経新聞社発表の数字だけを付け加えた場合には、本稿で行なった
ような訂正はできなかっただろう。しかし不満もある。国会周辺道路に広がっていた人々
-5-
を軽視し、国会前道路だけを計算して「本当の参加者数を本社が試算」と報じた点である。
周辺道路に人があふれていたことを知りながら、それを無視して 3 万 2 千人を押し出すの
は、たちのよい書き方ではない。
参加者が 10 万人であろうと 100 万人であろうと、国民の全部ではなく一部であること
に変わりはないが、東欧革命では 100 万人が首都でデモを起こしたことをきっかけに体制
がひっくり返ったのだから、大規模デモの計測には研究上も実践上も一定の意義はある。
推計の根拠を細かく書いておけば、多めに出しているのか、少なめに出しているのかは後
で読む人に伝わってくる。それを通じて他の時代や他の国の大規模デモの比較が可能にな
ってくる。
これについては、私が推計した 8・30 デモの 10 万が、60 年安保の国会前デモ 30 万人、
反原発の官邸前デモ 20 万人と単純に比較してよい数字ではないということを指摘したい。
ベネズエラでも私がした見積もりは主催者発表やマスコミの報道より低めに出ていた。他
のデモについても、ここと同じやり方で計算し直すことができれば、低めに出る可能性が
高いのではないかと思っている。
当面の政治的事実として重要なのは、国会前で歴史的な規模の法案反対デモが起き、そ
れに賛成するような国民の声が微弱なことであろう。
デモは主権者である国民の声である。声ではあるが、一つの意見のもとに集まった人た
ちであるから、反対の意見の声も別のところから上がっている可能性はある。そして我々
は、約 500 人の参加者を集めた法案賛成デモが 8 月 29 日にあったことを知っている。『読
売新聞』は、8 月 30 日のデモをこの賛成デモと並べて報じ、国民の声が桁違いのレベル
にあることを鮮やかに示した。
また、国民全体の意見の分布を知るためには、世論調査という方法がある。我々は、各
種世論調査で法案に対する反対が多数を占めていることを知っている。
デモには様々な人々が参加するが、その
全員がその問題に関する専門家というわけ
ではない。我々は、憲法学者を筆頭に、専
門家集団が圧倒的な多数で法案を非として
いることを知っている。
さらに我々は、自民党・公明党が安保・
外交を争点から外して多数議席を得たこと
も知っている。
デモが絶対と言うのではない。しかし、
あちらで世論調査を無視し、そちらで学者
をけなし、こちらでデモをくさし、選挙に
よる判断も避けるというのでは、国民の声
は断じて聞かないと言うに等しい。民主主
義とは、国民の声を無視するためのからく
りではない。(本稿の写真は筆者の撮影によ
る)
-6-