「不動産市場の透明化から見えるマルチハビテーションのある暮らし」

「不動産市場の透明化から見えるマルチハビテーションのある暮らし」
村田 良一 (三井物産戦略研究所ITフロント推進センター
センター長)
『住宅は金融商品である』(鵜澤泰功著、新建新聞社発行刊)特別寄稿より転載
1. 戻らない時計の針
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2006年(平成18年)6月に国土交通省から発表された不動産の証券化実態調査に
よりますと、2005年度のJ‐REIT不動産ファンドなどの証券化市場規模は約2兆
円まで拡大しました。
調査がはじまった平成9年からの8年間で100倍以上の成長を遂げたことになり
ます。つまり不動産が金融商品として小口化され、換金性を備えたことで着実
に国民経済へ浸透し、「戻らない時計の針」として不動産市場への資金循環の
一セクターが形成されたことになります。
しかし、その規模は米国REIT市場と比較すると10分の1にも至りません。我が国
の不動産証券化市場は、その本格的発展に向けていくつもの課題を抱えており、
我々は独自の方法でこれらを解決していく必要があります。
【J-REIT】不動産投資信託。2000年(平成12)11月施行の改正投資信託法により
誕生。米国で既にReal Estate Investment Trust(REIT)という類似した制度が
普及していることから、国内のものを日本版REIT、J-REITという通称で呼ぶ。
2. 不動産市場の透明性向上の切り札とは?
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導入期から発展期に移行しようとする市場に対し、本来の主務官庁である国土
交通省は、どのような将来ビジョンを描いているのでしょうか? 同省より
2006年5月に公表された土地政策では、不動産投資市場の本格的立ち上げのため
に以下の3つの基本戦略を打ち出しました。
① 本格的長期安定資金の持続的流入
② 我が国不動産投資市場の国際的地位の確立
③ 全国不動産投資市場の底上げ
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そして、実現に向けてのもっとも重要な環境整備として「不動産市場の透明性
(トランスペアレンシー)の向上」が挙げられています。この透明性の向上は、
今の不動産業界にとって必要である一方で、実現が極めて難しいことでしょう。
個人の虎の子資金や年金資金を流入させ、さらには海外からも広く投資資金を
呼び込むためには、厳しい説明責任に耐える必要があります。古くは原野商法、
最近では耐震強度偽装問題など消費者が情報弱者であることにつけこみ、知ら
ないところで何をするのかわからないダーティなイメージが不動産業界には付
きまとうからです。
国はこの透明性向上のためのインフラとして「不動産EDI」の整備を掲げていま
す。不動産EDIは、不動産に関わる売買、仲介、行政情報等あらゆる情報をシー
ムレスかつリアルタイムに収集・整理し、開示することを目的としています。
役所、業者、専門家の机の上、パソコン、サーバーのなかに散在するさまざま
な情報の一元管理が最終ゴールとなりますが、その実現には人間のモラルハザ
ード以上に情報システムの壁が立ちはだかります。この課題を解決するために
は「オープン系ITインフラ」の整備が急務です。
私が所属する三井物産戦略研究所ITフロント推進センターでは、主として電子
自治体の構築支援を行っていますが、そこでは自治体をベンダー(開発業者)
から解放し、少ない初期投資と運用費で、職員にとっては使いやすく、住民に
とってはよりきめの細かいサービスを提供できるITインフラの構築を目指して
います。その手法は、一言で言えば「見えないシステムを見える化」すること
です。ITの世界は建築・不動産とは異なり、ハードを除けば目に見えないプロ
グラム等のソフトウエアです。また、採用される技術もマウスイヤーといわれ
るほど目まぐるしく変わります。そのためユーザーは内容を理解できず、ベン
ダーに丸投げすることが多かったのです。ベンダーは自社独自の技術でシステ
ムを構築するため、他の主体とのシステム連携がスムーズにいかない弊害を生
みました。これは自治体だけでなく民間企業でも同様で、その象徴的事件がみ
ずほ証券や東京証券取引所などのシステム障害でした。
我々はオープンスタンダードという世界的標準技術や開発手法に基づき、シス
テムを「見える化」することで、福岡、宮城等の先進的自治体とオープン系IT
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インフラの整備を進めています。
自治体が定める行政法規と密接に結びつく不動産分野にとって、自治体システ
ムの「見える化」整備は、国内だけでなく、来るべき国際連携にも展開可能で
あり、国が目指す不動産EDIの早期実現につながるはずです。
【不動産EDI】E D I とはElectronic Data Interchange =電子データ交換の略。
不動産証券化市場の拡充・拡大を重要視する流れは、基盤整備の一環として不動
産EDIに期待するところが大きく、今ある不動産市場の透明性を高めるうえでも
必要不可欠なものとなっている。
3. BSIグループと取り組む「まるはび・ドットコム」が目指すもの
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ここでビルダーズシステム研究所(以下BSI)との取り組みをご紹介します。
BSIが中心となり立ち上げたMSJの会員企業は全国の工務店・有力ホームビルダ
ーですが、今回、彼らとともに国土審議会が目指す「低・未利用地対策」と「良
質ストックの整備」という基本的施策に沿った企画を推進中です。具体的には
2地域以上の居住を推奨する「マルチハビテーション」の推進であり、そのた
めのポータルサイトを「まるはび・ドットコム」として2007年6月からサービ
スインします。
このポータルは単なる物件広告サイトとは異なり、「不動産の透明性向上」に
充分留意し、利用者に対する説明責任を十分果たすものを目指します。特徴と
して以下の6項目が挙げられます。
①
建物性能評価に基づくノンリコースローン型融資サービス
②
③
④
⑤
⑥
周辺環境評価も含めた専門家によるデュー・デリジェンスサービス
自治体との連携による地域情報の発信(ご当地通)
個人ブログに関するコンサルティングサービス
住み替え、借り換えを支援する管理型信託機能の付加(2007年度以降)
オープンスタンダード技術の採用とデータセンター利用による拡張性と高
いセキュリティの確保
4. 新しい住まい方「マルチハビテーション」へ
(1) 団塊世代のマルチハビテーションの特徴
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国土交通省が三大都市圏に居住している団塊の世代の男女を対象にしたアンケ
ート調査によると、今後10年間に希望する暮らし方で「現在の住まいでなく、
別の1カ所の住まいに移り住む」都会として選ばれる割合は、東京圏が19・2%、
大阪圏が14・1%、中京圏が10・7%となっています。また、複数居住(マルチ
ハビテーション)希望者は東京圏21%、大阪圏20%、中京圏15%であり、予想
よりも多く団塊世代が複数居住を希望していることがうかがえます。
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ライフスタイルからみたふたつの住居への居住パターンとしては、
① 団塊の世代は、現在居住している住宅を子世帯に住まわせたり、賃貸住宅
として貸したりして、遠郊外に移住する。所有は2軒だが実際に住むのは1
軒というパターン
② 60歳定年では完全にリタイアしてしまう人は少ない。しかし現役時代ほど
毎日朝早くから夜遅くまで会社にいる必要がなくなるので、都心では賃貸
住宅や小さなマンションを購入して単身で使い、遠郊外の環境の良いとこ
ろに家族と一緒に住んで普段は遠距離通勤をするパターン
③ 都心はマンションで遠郊外は小さなログハウスで生活する。日常生活はア
ーバンライフを楽しみ、週末リゾートライフを楽しむ豊かなマルチハビテ
ーションパターン
彼らは、これまでの住宅市場の枠組みを超えたさまざまなパターンでふたつの
住宅を持ちながら、生活を楽しむことが考えられます。
(2) 団塊ジュニア世代のマルチハビテーションの特徴
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団塊ジュニアの場合には、人生の将来リスク(失業、昇給時代の終焉)やアメ
リカ型階級社会の到来が現実のものとなるなか、家のローンを負ってしまうこ
とで、人生のフレキシビリティをなくしてしまうことになります。これを回避
するには、家は借りるという選択をすることになります。しかし、週末に賃貸
の集合住宅で過ごすのはかなり苦痛であり、海や山に近い環境の良い週末住宅
の必要性は非常に大きくなります。
今後、一次取得者層の住宅購入パターンとしては、都心賃貸と遠郊外週末住宅
といった組み合わせでマルチハビテーションを希望するケースが予想以上に増
加するのではないでしょうか。いずれにしても、団塊世代やそのジュニアが大
都市や遠郊外、そして周辺リゾート地でのマルチハビテーション生活を求めて
動き出すことは間違いありません。この市場をこれまでの不動産業者やネット
ワークではとらえることが不可能であり、既述のポータルサイト「まるはび・
ドットコム」をモデルとする新たな不動産流通ネットワークの仕組みの創造が
求められていることは間違いありません。