「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブラ ンドの優位性」

卒業論文
「 ブ ラ ンド ・ ポ ー ト フ ォ リオ に お け る コ ー ポ レー ト ブ ラ
ンド の 優位 性 」
枚数
:20枚
指導教員名:水越康介准教授
学修番号
:06159275
氏名
:鈴木梨花
「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
首都大学東京 都市教養学部 都市教養学科 経営学系 4 年
水越ゼミ 学籍番号 06159275 鈴木 梨花
目次
序章
執筆動機-----------------------------------------------------------------------------p.2
第一章
商品とブランド--------------------------------------------------------------------p.2
第二章
強いブランドとは-----------------------------------------------------------------p.4
第三章
ブランド・ポートフォリオ戦略-----------------------------------------------p.6
第一節
ブランド・ポートフォリオ戦略とは
第二節
ブランド・ポートフォリオ戦略の重要性
第三節
ブランド・ポートフォリオモデル
第四章
日本におけるブランド・ポートフォリオ戦略-----------------------------p.10
第五章
コーポレートブランド(CB)とプロダクトブランド(PB)----------p.11
第六章
コーポレートブランド優位のブランド・ポートフォリオ--------------p.16
終章
まとめ-----------------------------------------------------------------------------------p.17
謝辞-----------------------------------------------------------------------------------------------p.18
参考文献-----------------------------------------------------------------------------------------p.18
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「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
首都大学東京 都市教養学部 都市教養学科 経営学系 4 年
水越ゼミ 学籍番号 06159275 鈴木 梨花
序章 執筆動機
世の中はモノであふれている。もっとも、経済の発展している日本に住んでいるからそ
のようなことが言えるわけだが、現在先進国といわれる日本では、不必要なほどコンビニ
にはお弁当が並び、デパートには洋服が飾られている。新製品が次から次へと生まれるが、
世間に認知され生き残るものはわずかであり、ほとんどは消えていく。
「せんみつ(1000 個
商品開発をして生き残るのはせいぜい 3 つだ。)」という言葉さえある。このような現状は、
企業が最終目標とする「利潤の最大化」に果たして結びつくのだろうか。そして、これは
現在地球全体が抱えている環境問題、経済のグローバル化、等の諸問題もあわせて考察す
べき課題であると考える。
そこで、見えざる資産であるブランディングの重要性を考察する。そしてより「強いブ
ランド」を形成するために必要なのは何かを探る。その際に忘れてはならないことは、複
雑で多様性に富む現代経済に適応することだ。したがって、単一のブランディングに言及
するだけでなく、ブランド・ポートフォリオ戦略に着目する。更に、その中で鍵を握るの
がプロダクトブランド(製品ブランド)ではなくて、コーポレートブランド(企業ブラン
ド)なのではないか、という着眼点から論じる。
第一章 商品とブランド
企業はモノ・サービスを提供することで利益を得ている。しかし、そういった商品を売る
場合に、短期的視野や狭い視野で活動してはならない。なぜならば、変化の激しい現代に
おいて、消費者はますます賢くなっており、その消費者に「単なる」商品を提供すること
は危険な行為であると考える。
まず、事業を「製品」で考えると、いま手元にあるこの製品を売りさばこうと考え
てしまう。売りさばくこと、つまり在庫をつくらないことは経営上大事だが、ときに
は「この製品を提供することで、わが社はお客さんのどのような問題を解決しようと
しているのか」と、お客さんの立場に立って考えてみることも必要なのだ。マーケテ
ィングの世界では古くから、
「マーケティング近視眼を避けよう」と言われてきた。
「四
分の一インチのドリルがいくら売れたにしろ、お客さんがほしいのはドリルではない。
お客さんが本当に欲しいのは、そのドリルで開けた四分の一インチの穴なのだ」とい
うのが、その骨子だ。
「自身の事業を、製品や手段で定義するな。その製品の果たす機
能や、その製品に期待するお客さんの目的に沿って、定義しろ」したがって、自分達
の提供する価値を製品で考えるばかりではなく、その製品が提供する価値という視点
で考える必要があるのだ(出所
ディング格闘記
石井淳蔵、横田浩一、2007、『コーポレートブラン
BtoBブランディングの実践ストーリー』日本経済新聞出版社
p.82)。その考えこそがまさにブランディングの意義である。つまり、商品ありきの考
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え方では、ときとしてその商品にとりつかれてしまい、狭い視野でしか物事を判断で
きなくなってしまうことがある。すると、その商品がなぜお客さんに必要とされたの
か、そもそもなぜその商品を世に出そうとしたのか、なぜその商品を売る企業で働い
ているのか、といった考え方を忘れてしまい、ただの機械的作業になってしまう。そ
の結果、顧客の真のニーズに対応した商品を生み出せず、顧客離れを引き起こす。そ
こで、その商品を世の中に出した目的や、消費者との結びつきを考える上で、アイデ
ンティティを確立するブランディングが大切になる。企業はブランディングによって
消費者に対してある種の約束を果たすこと、さらにその努力をすることができるので
ある。
また、現代の経済状況を考えると、製品ライフサイクルは短縮化傾向にある。製造業で
は、生産、マーケット、競争、技術のグローバルの進展に伴い、以前とは異なる様々な変
化が見られている。その変化の一つは、工業化時代の象徴と言われた大量生産、つまり標
準化された製品を、スケールメリットを利用し、大量に製造・販売する時代から、より短
い製品ライフサイクルで、顧客志向の多様化された製品作りをするということ、つまり多
品種少量生産時代への変遷である(出所
黄 一煥、片山 博、中根 甚一郎「フレキシビリ
ティのタイプの階層構造について」1998 日本経営工学会論文誌
pp.359-369 )。更に、
ハイテク市場であるICT製品でも、知識社会への移行と共に、高機能化、製品ライフ
サイクルの短縮化が進んでいる。これは、製品を提供する企業にとって、開発投資負
担の劇的な増大をもたらすと考えられる(出所
新井 克己、長田 洋、2008 )
。今ま
で技術革新と製品機能の強化が重視されてきたハイテク市場においても、製品だけに
頼って商品開発をするには限界がある。もっと言えば、製品ライフサイクルの短縮化
によって、その製品を開発するための原料や機材、また出来上がった製品自体も、次
から次へと必要となり、すぐ不要になる。したがって「ごみ」が増えることから、環
境破壊にもつながってくる。これら現代が抱える問題は、何も手を打たなければ悪化
の一途をたどっていくだけではないのだろうか。
一方でブランドというのは長期的な資産である。うまく管理できれば、何十年も何
百年も生き延びる。たとえば、ハーバードは 1636 年に、モエ・エ・シャンドンは 1743
年に、ペプシは 1898 年に生まれたブランドである。これらのブランドは、今日でも
活力と価値を保持している(出所
『ケロッグ経営大学院
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、
ブランド実践講座』ダイヤモンド社 p.5)。またブランドは目
に見えない資産である。商品を表現媒体としての顧客のニーズの体現であり、コンセ
プトであり、またアイデンティティである。ブランディングは極めて困難な作業であ
るが、議論をつめることによって無駄を省くことができる。
したがって、企業は短期的収益をもちろん追い求めなければならないが、それに目
をくらまさずに、将来を見据えた上で、長期的な資産であるブランドを構築していく
必要があると考える。それは企業のゴーイング・コンサーンや、企業の社会的責任を
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考える上でも重要となるのだ。
第二章 強いブランドとは
企業はブランディングの大切さを理解した後、多額の資金と人材を投入してブランディ
ングに挑むことになる。すると、より長期的で、より強いブランドを構築することを求め
るだろう。では、強いブランドとはいかなるものなのであろうか。
そもそも、ブランド戦略は、それ自体単独では存在し得ず、モノやサービスを介しての
み表出される性格のものである(出所
デービット・A・アーカー、1997、
『ブランド優位
の戦略―顧客を創造する BI の開発と実践』ダイヤモンド社)。つまり、何らかの形で表出
され、消費者に届くものこそブランドの意義である。
その上で、アーカー(1997、p.9)は、ブランド・エクイティを生み出す主要な資産を、
次の4つであるとしている。それはブランド認知、ブランド・ロイヤルティ、知識品質、
ブランド連想である。これらの資産を想像したり高めたりすることによって、強いブラン
ドは作られる。
またケラー(2003、p.40)は、顧客ベースのブランド・エクイティを主張している。し
たがって、ブランド知識が消費者の記憶内でどのように形成されているのかを理解するこ
とが、強いブランド形成には欠かせないという。
また、ブランドは信頼の印である。ブランドは企業と消費者との間の約束事であり、信
頼されたブランドは企業にとって真に価値ある資産なのである(出所
ラリーライト
(Larry Light)『ブランド・リレーションシップの構築』)
。この信頼によって、消費者は
その企業の商品の購買意欲がわくのである。したがって、その信頼される度合いが強けれ
ば、「強いブランド」であるといえる。
しかし、ただ信頼されるだけではなく、そのブランドははっきりとした特徴を持たなけ
ればならない。強いブランドは、顧客から見て、意味するところがはっきりしているもの
である。強いブランドには、確立された連想集合がある。ティファニーは、豪華や高級と
同義語になっている。レッドブルは、エネルギーや興奮を意味している。市場で関心を集
めるため、ブランドは独創的であるべきだ。戦略の絞り込みと抜きん出た発想力が、必要
不可欠になっている(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.p.8-9)。
以上のように、様々な先行知見から強いブランドの概略を述べたが、強いブランドを形
成するために必要な要素は、様々な側面から見出すことができ、そこから複数の条件があ
るということがわかった。
ただし、アーカーやケラーの主張はそれぞれ少しずつ異なっている。したがって、われ
われは信じるべきものはどれなのかが分からなくなる。その結果、企業は藁をも掴む思い
で、様々な主張を取り入れたくなる。しかし実際、強いブランドを作り上げるのは相当困
難を極める。スターバックスやナイキが成功した陰で失敗したブランドは数知れない。確
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立されたブランドさえ、失敗することがある(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カ
ルキンス、2006、p.4)。現在ブランド名が知られているからといって、何も努力をしなか
ったら、そのブランド力は低下していく。
大切なことは、企業がどの主張をもとにブランディングを行うことにしても、根本的に
は、それらの要素が一貫していることが企業には求められているということだ。つまり、
強いブランドへの鍵は、常に首尾一貫性を保持することである。企業は、永続するアイデ
ンティティとポジションを創造し、卓抜した実施でそれを支援し、変化しようとする強力
な偏向に抵抗することで首尾一貫性を維持することができる(出所
デービット・A・ア
ーカー、1997、p.472)。
首尾一貫したときの利点は大きい。特に、次の3つの観点から、首尾一貫性を保持
すると、強力な競争優位を提供するのに必要なものが得られるのである(デービット・
A・アーカー、1997、p.292∼294)。まず、ポジションの占有である。競争相手は、先
手を打たれているため、往々にして効果が劣るほかのルートを選ばざるを得ない。首
尾一貫したアイデンティティや実施方法をしていることで、ポジションの実質的な占
有をすることができるのだ。次に、アイデンティティ・シンボルの占有である。長期
にわたる広告や商品ラベルから、ビジュアル・イメージ、スローガン、ジンクス、メ
タファーを占有する機会が提供される。したがって、強力なアイデンティティ・シン
ボルを有するならば、競争相手は他の方法をとらざるを得ないのである。最後に、コ
スト効率の向上である。強力なアイデンティティ・シンボルによって支援された首尾
一貫性のあるブランド戦略は、コミュニケーション・プログラムを実行する際、大き
なコスト優位をもたらす。ブランド・イメージやパーソナリティが知られている状態
であるので、それを手がかりとして、伝達、注目の喚起を行うことが出来る。これは、
初めからイメージやパーソナリティを創造し、強化して、認知し維持するというコス
トを削減することができる点でコスト効率は向上する。
ところが、単一のブランドの首尾一貫性を考慮するだけでは事足りない。なぜなら
ば、現代では、単一のブランドだけ取り扱う企業は少ないからである。現に、ネスレ
では8000ものブランドを取り扱っている。
(出所
アリム・M・タイボー、ティム・
カルキンス、2006、p.113)ひとつひとつのブランドを強化して首尾一貫性を保持し
ていくことももちろん必要であるが、より強く消費者と結びつきをはかり、ブランド
の首尾一貫性を保持するためには、企業が一体として保有するブランドをまとめて管
理することが必要となる。消費者は企業とそのブランド、また企業内の複数のブラン
ド間においても連想を持つ。したがって、今日の厳しいビジネス環境下では、世界中
の企業がポートフォリオ戦略に注目している。強力なブランドを作るだけでは長期的
な収益は保障されず、強力なブランド・ポートフォリオが必要なことを企業の幹部た
ちは理解している(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.108)。
したがって、これからは強いブランドを作るだけでなく、強力なブランド・ポートフ
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ォリオを作ることが重要となる。
第三章 ブランド・ポートフォリオ戦略
第一節
ブランド・ポートフォリオ戦略とは
ここで、先行知見をもとにブランド・ポートフォリオ戦略をみていく。ブランド・ポー
トフォリオ戦略とは、
「収益の成長を実現するために、さまざまなブランドやブランド要素
をどのように活用するかを定めること」である(出所
アリム・M・タイボー、ティム・
カルキンス、2006、p.108)。企業内の多数のブランドを体系化し、一貫性を持って管理・
運用をしていくことで、よりブランドを強くしようという狙いがある。さらに、ブランド・
ポートフォリオ戦略は、サブブランド、エンドーザー、成分ブランド、サービス・ブラン
ドといった要素を活用して、ブランド構造を最適化しようとする企業の意思決定にも役立
つ(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.109)。それぞれのブラ
ンドがどの役割を果たしているかをきちんと認識し、分類することが、そのブランドを最
大限に活用することにつながるのだ。
第二節
ブランド・ポートフォリオ戦略の重要性
ブランド・ポートフォリオ戦略が重要である理由が四つある。
第一に、ポートフォリオ上の意思決定は、売上と利益に大きな影響を与えるため、重要
性が高い(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.113)。企業収益
は、ポートフォリオ上のブランドがもたらす利益の総和である。つまり、ブランド・ポー
トフォリオは企業の収益全体にかかわるものであるので、この場合の意志決定は大きな意
味を持つ。では、どのようなブランド・ポートフォリオが望ましいのだろうか。それは高
い収益性と成長性を持つブランドがポートフォリオ上にあり、それらの重複がほとんどな
い場合である。反対に、収益性の低いブランドで構成され、ブランド同士が競合し合って
いるようなポートフォリオを持つ企業の将来は厳しい(出所
アリム・M・タイボー、テ
ィム・カルキンス、2006、p.114)。企業内のブランドのポジショニングが重複していない
か、そもそもそのブランドが必要かどうかを定期的に検討することで、効率のよいブラン
ド・ポートフォリオができるのである。そして、これはすなわち企業収益の最大化をもた
らすのである。
第二に、ブランド・ポートフォリオ上の意思決定は、業績に直接的な影響を与える。たと
えば新製品発売の際に、新ブランド導入と既存ブランド拡張のどちらかを選択するかで、
もたらされる利益は劇的に変化する。新製品を新ブランドとして導入すれば、売上の増加
額は大きいはずだ。ただし、かなりのマーケティング投資が必要であるし、組織の複雑さ
も増すだろう。既存ブランドを活用して新製品を投入する場合は、大きな売り上げ増は期
待しづらい。しかし、マーケティング投資は少なくて済み、組織も複雑にはならない。た
だし、新製品が消費者をがっかりさせるようなことがあれば、既存ブランドを傷つけるリ
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スクがある(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.114)。つまり、
ブランド・ポートフォリオ戦略は短期的な意思決定に際して重要性を持っている。
第三に、ブランド・ポートフォリオ戦略は企業のゴーイング・コンサーンの概念と深く
結び付いている。ブランドの寿命は長く、ポートフォリオ上の意思決定も長い期間を見据
えたものとなる。新しいブランドを作ることは、成功するまで何年もかけて責任を持って
支援し続けることだ。ポートフォリオ上の意思決定は、足元の業績に即座に影響するが、
長期的にも影響を与え続ける。ブランド・ポートフォリオ上の意思決定は、マネージャーに
とって、おそらく最も長期的な判断である(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カル
キンス、2006、p.114)。そのため、企業が永続し続けられるかどうかは、長期的なブラン
ド・ポートフォリオ戦略をいかに立てられるか、というところに因っているといっても過
言ではない。そして、第二、第三の理由から、ブランド・ポートフォリオ戦略は、短期的
視野にたっても、長期的視野にたっても、重要な意思決定であることがわかる。
第四に、ポートフォリオ上の意思決定は、後戻りすることが極めて困難だ。一度意思決
定をしたら方向転換は難しく、時には不可能すらある。失敗した新製品を違うブランド名
で再投入しても、無駄なことが多い。製品が「新しさ」という魅力を生かせるのは一度だ
けであり、そのチャンスがすでに失われているからだ。加えて、競合は新製品にすばやく
反応するため、失敗した製品の再投入は、激化した競争環境に直面することを意味する。
ポートフォリオの最大の問題は、選択肢の是非を明確に結論付けることが難しく、正解が
得られないということだ。ポートフォリオ上の意思決定は多くの変数に影響され、長期的
な収益を予測するようなモデルの構築は困難だ(出所
アリム・M・タイボー、ティム・
カルキンス、2006、p.115)。
以上のことから、ブランド・ポートフォリオ戦略は、企業にとってとても重要な意思決
定であることがわかる。新製品を導入するときも、収益目標を立てたり経営資源を配分し
たりするときも、企業は常にポートフォリオ上の意思決定を下しているのである(出所
ア
リム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.116)。
では、どのようにブランド・ポートフォリオ戦略を立てればよいのだろうか。ブランド・
ポートフォリオ戦略というのは複雑かつ難しいものである。しかし、ブランドの意味集合
を把握すれば、ブランドの拡張可能な範囲についての示唆を得ることができるし、異なる
ブランド名を使って新製品のコンセプト・テストをすれば、ブランドの影響力を予測するこ
とが出来る。長期的な収益モデルは、個々の選択肢の影響力を推し量る手助けになる。し
かし結局のところ、こうした分析には、正解を導く決定打になるものはない。戦略的思考
と最良な判断をもって、意思決定を下すしかない(出所
アリム・M・タイボー、ティム・
カルキンス、2006、p.116)。
第三節
ブランド・ポートフォリオモデル
ブランド・ポートフォリオには、個別ブランド戦略とマスター・ブランド戦略の2つの基
本的なモデルがある(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.116)。
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「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
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まず、個別ブランド戦略では、個々のブランドは独立して存在しており、自社内競合と
重複を最小化するため、それぞれに明確なポジショニングが与えられる。たとえば同一の
カテゴリーで、一つのブランドは価格に敏感な顧客をターゲットに低価格で競争し、もう
一つのブランドは性能重視の顧客をターゲットに、技術的な特徴で勝負する。個別ブラン
ドを採用している企業は、ブランドとは異なる企業名であることが多く、このため、同じ
義侠がそれぞれにブランドを展開していることに気付かない消費者も多い。代表的なのが
P&G である。P&G は伝統的に個別ブランド戦略を採用しており、アイボリー、パンパー
ス、プリングルスといった数多くのブランドを保有している。個々のブランドは独立して
おり、P&G ブランドは製品名称には使用されていない。各ブランドのマーケティング活
動は独立して行われており、別々のチームに管理されている(出所
アリム・M・タイボ
ー、ティム・カルキンス、2006、p.116)。
次に、個別ブランド戦略のメリット、デメリットを検証する。個別ブランド戦略の最も
はっきりとしたメリットは、個々のブランドが、固有の製品提案とポジショニングで顧客
グループを正確にターゲティングできることだ。ポジショニングを超えてブランドを拡張
する必要はない。顕在化した市場機会に対してポートフォリオ上に適切なブランドがない
ときは、新ブランドを買収したり投入したりすればよい(出所
アリム・M・タイボー、
ティム・カルキンス、2006、p.116)。ブランドの増減、ポジショニングを容易に操ること
ができるという点で、個別ブランド戦略は、変化の激しい現代社会にうまく対応できると
いえる。
また個別ブランド戦略は、世界規模でのビジネスも容易にする。なぜなら、その国で最
も受け入れられやすいブランドを利用することが出来るからだ。低価格、低品質な製品が
求められる国では、高価格、高品質のブランドを傷つけるリスクを負わず、その市場にあ
った固有のブランドを作ればよいのだ(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキン
ス、2006、p.118)。これは現在起きている経済のグローバル化に適応することができる性
格を持っているといえる。
さらに、個別ブランド戦略においては、企業は、製品ブランドとは別にコーポレート・
ブランドを保有する。これは2つのメリットがある。第一に、コーポレート・ブランドは、
自社が保有する個別ブランドにはない、意味のある特徴を生み出す。第二に、コーポレー
トブランドを変えることなく個別ブランドを売買できるため、ポートフォリオの管理が容
易になる(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.118)。
ここで、コーポレートブランドの重要性がわかるが、ここでのコーポレートブランドは、
プロダクトブランドとは全く切り離された一つのブランドであり、コーポレートブランド
が製品ブランドと同じ大きさで語られていることに注目したい。プロダクトブランドとコ
ーポレートブランドが別々の意味のある特徴を持つということと、企業内のブランドが首
尾一貫性を保持する、ということが同時に達成できる可能性は低い。したがって、その点
については、個別ブランド戦略のデメリットであるのではないか、という疑問は残る。
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「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
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また、個別ブランド戦略の他のメリットは、リスクを最小化することだ。信頼のおける
さまざまなブランドを保有できるからだ。あるブランドがスキャンダルで傷つけられたり、
消費者の支持を失ったりしても、ほかのブランドに注力することが可能だ(出所
アリム・
M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.119)。
一方で、個別ブランド戦略にはデメリットもある。第一に、複雑であるがゆえに管理が
難しい。ブランドごとに価格、新製品、広告などについての意志決定が必要だ。第二に、
個別ブランド戦略は非効率を招きやすい。個々のブランドが別々に製品を投入するため、
シナジーが限定される。個別ブランド戦略を取る企業は、収益を上げるだけの規模に達し
たい数多くの小型ブランドの集合で終わってしまう可能性がある。第三に、個別ブランド
戦略では、ポートフォリオ上のブランドがたがいに差別化されるよう、的確なポジショニ
ングが求められる。ブランド同士が重複し、自社内競合すれば、事態は深刻だ(出所
ア
リム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.119)。
では、個別ブランド戦略に対して、マスターブランド戦略とはいかなるものであろうか。
マスターブランド戦略とは、製造している全ての製品を単一のブランド名で販売すること
である(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.120)。例えば、三
菱クレヨン、三菱自動車などといった、企業名とモノの名前をつけることで、
「三菱」とい
うマスターブランドを活用する。
マスターブランドの最大のメリットは、一つのブランドに注力できることだ(出所
ア
リム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.121)。前述の例でいえば、三菱は「三
菱」というブランドひとつを考えればよいので、経営側も個別ブランド戦略のような混乱
がなく済む。もうひとつのメリットとしては、マスターブランド戦略が規模の経済を最大
化することができるということだ(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、
2006、p.121)。前述のメリットからも分かるように、ひとつのブランドに集中することが
できるので、ブランディング投資もひとつに集中が出来る。その結果、大きなインパクト
を消費者に与えることができ、ブランド力が増すのである。
一方で、マスターブランド戦略のデメリットもある。最大の問題といわれているのが、
ブランドが焦点と差別性を失う恐れがあるということだ(出所
アリム・M・タイボー、
ティム・カルキンス、2006、p.121)。マスターブランド戦略を採用すると、企業は新ブラ
ンド導入への感心を失い、すべての新製品や活動をマスター・ブランドで展開する結果、コ
アとなるブランドがあらゆる方面に拡張してしまう。その結果、すべての人をターゲット
にした、特別な約束をしないブランドが生まれ、ブランド・ポジショニングは弱体化する
(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.122)。これでは、ブラン
ドの意味がなくなってしまうのではないだろうか。第二章で述べたように、強いブランド
というのは、はっきりとした特徴を持つものである。しかし、マスターブランド戦略では、
ブランドの特徴が薄れてしまうという。ブランド力を強くしようとしてあらゆる製品にマ
スターブランドを付けた結果、かえって、ブランド力が弱まる危険性がマスターブランド
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「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
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戦略にはあるといえる。
マスターブランド戦略のもうひとつの弱点は、一つのブランドに依存するので、マスタ
ーブランドが苦境に立てば、企業も危機に陥るというリスクがあることだ(出所
アリム・
M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.122)。その企業が不祥事を起こせば、たち
まち消費者はその企業が出している商品すべてを信用できなくなる。企業にとっては、一
つのミスが命取りとなる。ただし、見方を変えて、消費者の目線で見ると、メリットとも
いえるのではないだろうか。つまり、企業はマスターブランドを大切にしているのだから、
そのマスターブランドを汚すような汚職、粉飾を極力避ける努力をするはずである。その
結果、不祥事をするメリットは企業側にはなくなり、消費者も安心を得られる。消費者の
厳しい目線は常に企業全体に向けられており、その企業名(マスターブランド)はよくも
悪くも消費者と強い結びつきを持っている。つまり、ここに隠されていることは、マスタ
ーブランド戦略とは、ハイリスク・ハイリターンであるということだ。
以上の見解から、個別ブランド戦略であっても、マスターブランド戦略であっても、そ
れぞれに一長一短があり、企業は厳しい選択を強いられているといえる。
第四章 日本におけるブランド・ポートフォリオ戦略
本章では、実際には、ブランド・ポートフォリオ戦略が日本においていかになされてい
るかを考察する。一般に、日本の企業は外国の企業とはかなり異なった見地からブランド
戦略を見ている。第一に、彼ら日本の企業は企業イメージに夢中で、それにとりつかれて
さえいる。第二に、彼らはその社名を幅広い様々な製品に付し、その企業ブランドを究極
のレンジ・ブランド(製品クラスを超えて広い範囲に及ぶブランドの一般的な名称)とす
る。最終的に、彼らは顧客や将来顧客になりそうな人にブランド・アイデンティティが及
ぼす対外的影響だけでなく、従業員や将来従業員になりそうな人にブランド・アイデンテ
ィティが及ぼす対内的影響にも関心を示すようになる(出所
デービット・A・アーカー 、
1997、p.139)。
これは、西洋と日本の歴史的変遷の中で起こったことである。実は、ブランドには、西
洋的な観点と日本的な観点に基づく二つのブランド文化が存在していたのである。西洋で
は、P&Gに代表されるように、そもそも製品に特徴があり、企業が設立され、成長し、
そののちに広告によってブランドの名声、イメージを高めた。つまり、製品ブランディン
グである。一方で、日本では、三菱、松下などに代表されるように、分割、区別よりもグ
ループ化、包括化をしている。企業の意思が直接反映されるブランド文化を創造している
のである。製品の評判より企業の評判のほうが大切である(出所
J,N,カプフェレ
博
報堂ブランドコンサルティング監訳 2004『ブランドマーケティングの再創造』東洋経済新
報社 p.p.16‐18)。
以上より、日本のブランド・ポートフォリオ戦略は、第三章のモデルでいうと、概ねコ
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ーポレートブランドの傘下に各種の商品ラインナップを展開する、マスターブランド戦略
を用いてきたことが分かる。
このことは、西洋においてはB2Bビジネスを除いて見られなかった。しかし、特筆す
べきことが、このことが欧米の製品ブランド信奉者に受け入れられつつあることだ。マー
ス社は傘ブランドの意義を認め、エムアンドエムズ
バーに加え、アイスクリームやチョ
コレートバーなどにも「マース」のブランド名をつけるようになった。ユニリーバ、P&
Gもアジアでのパッケージや広告において企業名を名乗るようになったのだ。企業名を前
面に出すことは、ビジネスにより大きな意味と深みをもたせようとする願望の表われでも
ある。ビジネスを企業体から発するものと位置づけることは、この不安定な時代に社会の
不安を軽減しようと意図すること(例えば、食品のケース)であり、企業の従業員の役割、
つまりブランドをさせる努力と熱意を重視することでもある(出所
カプフェレ、2004、
邦訳、p.p.16‐18)。以上の事実から、絶対的とされてきた西洋の価値観が日本の価値観を
受け入れつつあるといえるのではないだろうか。
日本にはそれだけの理由がある。現に、日本には世界最古の会社がある。それは、寺社
建築を家業とする大阪の『金剛組』である。同社は飛鳥時代の西暦 578 年から、今日まで
実に 1,400 年以上も続いてきた。更に、創業 100 年以上の会社が 15,000 社程度もあると
いわれている(三木、2008)。日本は新興国として経済発展を遂げた実績もある。
しかし、依然として、西洋的な考え方は根強く、日本のコーポレートブランド中心のブ
ランド・ポートフォリオには否定的な考えがあるように思う。日本国内においても、経済
のグローバル化に対応しきれず、現在の株価もアメリカの動向に大きく影響されている。
マスターブランド戦略を厳密に続けるには限界が来ているのではないだろうか。
今、両ブランド・ポートフォリオモデルは行き詰まりを見せている。ということは、欧
米的価値観の長所と日本的価値観の長所をうまくかけあわせることができたら、新たな希
望の道となるのではないだろうか。つまり個別ブランド戦略とマスターブランド戦略の歩
み寄りである。そこで、次章ではコーポレートブランドとプロダクトブランドという視点
から、両ブランド・ポートフォリオの新しい形を探る。
第五章 コーポレートブランドとプロダクトブランド
コーポレートブランドは、個別ブランド戦略では他のプロダクトブランドと並列したひ
とつのブランドとして、またマスターブランド戦略では唯一絶対のマスターブランドとし
て、重要な鍵を握っている。したがって、コーポレートブランドとプロダクトブランドの
相違点から、ブランド・ポートフォリオ戦略において重要なのは何かを考察する。
コーポレートブランドとプロダクトブランドの第一の違いは規模の違いである。プロダ
クトブランドはひとつひとつの製品であり、したがって、その規模も単一である。一方で、
コーポレートブランドは「企業」という広い規模である。商品、従業員、従業員が働くビ
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ル、工場、その他すべて企業に関わるものがコーポレートブランドに影響を与える。同様
に、コーポレートブランドはステークホルダーへの影響力が大きくなる。図 1 のように、
従業員、株主、顧客、将来の購入者など、挙げたらきりがない。コーポレートブランドは
企業というモノのブランドであるが、ステークホルダーといった、
「人」もブランドの範疇
であるし、その人が行うサービスもブランドの範疇である。
また、三木(2008)によると、コーポレートブランドはプロダクトブランドとは違い、
組織・人・シンボルの統
合されたブランドであり、
図 1,コーポレートブランド経営
ゴールデントライアングル
顧客価値・パートナー価値
「その企業らしさ」を指
す言葉である。この「そ
の企業らしさ」が企業や
製品・サービスの代名詞
コーポレートブラン
ド
となることによって、消
費者の共感を生み、実際
の顧客となることで、さ
らに感動すればロイヤル
株主価値
従業員価値
ティの高い顧客として固
定化する。企業ブランド
ロイヤリティは価値志向
企業理念・ビジョン・コア競争力
が高いと絶対的支持層に
(出所
伊藤邦雄、2000)
なり、価格志向が低いと
無関心層になる。 その企業らしさ は企業ブランド連想によるものである。企業ブランド
連想とはブランド価値を背後で支える組織をブランド・アイデンティティの一部として認
識することを意味する。組織が提供する価値に対して顧客が革新性を認めたり、優れたサ
ービスを知覚したりするので、企業ブランド連想は製品連想とは異なり、組織的特性、従
業員特性、顧客との関係で形成されるものである。
したがって、コーポレートブランドはプロダクトブランドより管理が複雑だが、その影
響力を考えると、プロダクトブランドよりも優位性をもって扱わなければならないことが
分かる。
ここで、コーポレートブランドという広い範囲のブランドを考えるために、ブランド戦
略という範囲を超え、企業全体について考察する。望ましい企業、長く存続し、高い収益
を上げ続ける企業に共通するものは何なのだろうか。ピータース&ウォーターマン(1983)
はエクセレント・カンパニーとは「新製品を出して成長を続ける企業であると同時に、周
囲のあらゆる変化に対応して、自己革新を行える能力を有し、それを実現している企業」
と定義した。コリンズ(1995)はビジョナリー・カンパニーとは「時代を超えて輝きつづ
ける企業で、ビジョン、未来志向、先見性を持った太陽のような企業である」と定義した。
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これらに共通して言えることは、確立したアイデンティティを持ち、それを踏まえたうえ
でブランド拡張を行っている、ということである。さらに、そのアイデンティティを持っ
ているだけでは意味がない。それを経営者から従業員、そして対外的に示していくことで、
その効果は得られる。企業アイデンティティはブランド・アイデンティティ(BI)とし
て具体化される。三木(2008)のまとめでは、デービッド・A・アーカー(1997)による
と、BIは次のように説明されている。BIは現実のブランド・イメージとは異なり、組
織がこうありたいと望む理想的な姿を意味する。BIが確立されると、顧客に対して様々
な価値提案が容易になり、顧客との間に信頼関係も生まれやすい。そしてBIは製品の差
別化に比べて、より長く自社の優位性を持続できる。自社の優位性は、製品属性に限定さ
れるものではなく、製品・組織・人・シンボルの4つから成り立つ。言い換えると、消費
者は広範囲の情報から企業やその製品を捉えており、ブランドを確立することで、消費者
に訴えかける効果も大きい。
また、いい企業にはいい人材が必要となる。石井、横田(2007、p.34)によると、企業
はコーポレートブランド作りをうまくやれば、次の三つの人材に関する効果を得ることが
できる。第一に、会社の名前を世間に周知させることで、新卒あるいは途中採用のリクル
ート面での貢献や、IR 上の貢献が期待できる。第二に、会社の名前が世間に周知され、自
社の存在や自社の社会における存在意義が認められるようになるにつれ、それが社内に跳
ね返ってくる。社内で、統一された会社の方向が何であるかをあらためて確認できたり、
時には社員の会社への帰属意識も強くなったりする。第三に、自社の社会における存在意
義を社外だけでなく社員に向けて訴えることを推進することを通じて、社員の自覚や誇り
を促し、社員自らが自己規制する効果が期待される。
以上のことから、ブランド論だけでなく、組織や企業全体として考えても、コーポレー
トブランドはプロダクトブランドと比して規模が大きく、その影響力の観点からも優位で
あることがわかる。
第二に、コーポレートブランドは、プロダクトブランドに比べて模倣されにくい。三木
(2008)によると、製品としてのブランドは 製品やサービスが持つ属性によるBI で、
製品分野、製品の機能・品質・仕様、ユーザーと用途、国や地域とのつながりにより形成
される。他方、組織としての企業ブランドは 組織の属性にポイントを合わせたBI で、
革新、品質へのこだわり、環境への関心など、企業の従業員、文化、価値、プログラムに
よって創出される。つまり、組織の属性という、複雑性のあるものに依存しているため、
製品ブランドに比べて競合他社から模倣されにくいのである。このことは、特徴的なアイ
デンティティを作り出すという点において、強いブランド力を示す上で大切なことである。
第三に、コーポレートブランドはプロダクトブランドに比べて、消費者のブランド認知、
ブランド連想の度合いが高い。三木(2008)によると、人としてのブランドは 若々しい、
信頼できる、知的である等、組織の構成員が消費者や社会から認識されるパーソナリティ
である。シンボルとしてのブランドは
CIの象徴である商標
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で、ブランドに対する連
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想の再生、再認を容易にするものである。企業マークなどのビジュアル・イメージの他、
メタファー(比喩)、伝統物語などもシンボルとなりうるのである。また、社内に向けたブ
ランド浸透によって、ブランドの顧客接点の価値を高める。顧客接点とは、ブランドと顧
客の関係が構築される両者の接点である。購買前のコールセンターでの商品の丁寧で分か
りやすい説明、購買時の店員の丁寧で迅速活的確な対応、営業員の専門知識、購買後のコ
ールセンターの受け答えや技術者の丁寧で迅速な対応。これらはロイヤルティ形成に影響
を与える(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.240)。これらの
接点が消費者とあればあるほど、消費者にとってはブランドを認知しやすくなる。したが
って、強力なブランドを創出することができるのだ。
図 2 ブランド体系がブランディングの一貫性と変化を両立させる
一貫性
コアバリュー、アイデンティティ
遺伝子
コード
修正
セグメント
技術の変化
緩和
エンドユーザー
顧客の変化
コーポレートブランド
強化
サブブランド
機能性
製品ブランド
価格パフォーマンスの変化
変化
(出所 アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.226
第四に、プロダクトブランドを個々に構築していくよりも、コーポレートブランドから
プロダクトブランドを構築するほうが、一貫性を保ちやすい。まず、組織として一貫性を
保ってブランド構築を行うことができる。なぜならば、ブランドを組織の中心に据えるこ
とにより、すべての社員に、どんな行動や決定がブランドに合致しており、何が合致して
いないかを明確に示すことができるからである。このため、経営幹部から現場の社員にい
たるまでが、組織全体の視点から戦略的な意思決定を行うことができる(出所
アリム・
M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.240)。また、組織の一貫性はトップ=ダウ
ンだけではない。企業には、営業・生産・研究開発・財務など様々な部署があり、それぞ
れが異なる活動目標を掲げ、異なる指標を使って成果評価を行っている。営業は売上高を、
研究開発はイノベーションを、財務は投資対効果を追求する。それぞれの活動は重要だが、
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部門官の動きに矛盾を生じかねない。顧客に提供する価値を規定するブランドが、組織に
ベクトルを与え、経営資源の有効活用を促す(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カ
ルキンス、2006、p.182)。こうしたヨコの関係においても、コーポレートブランドは一貫
性を保つ指標となる。さらに、コーポレートブランドからプロダクトブランドを構築する
ことで、製品としても一貫性を保つことができる。ブランド体系が複数の階層を持つこと
により、ブランディングの一貫性と、技術の進化によって求められる変化とのギャップを
埋める余地が生まれる(図2)。コーポレートブランドはブランディングの安定性と一貫性
の基盤となる。それは、すべての製品が提供すべき共通の価値を定義するブランドの傘で
ある。コーポレートブランドは変化することなく、そのエクイティが顧客に提供するすべ
ての製品を支援する。ピラミッドの下層では、技術や顧客ニーズや価格の急速な変化に対
応する(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.226)。製品が世に
生まれる根源、アイデンティティはコーポレートブランドであり、そのアイデンティティ
に則ったかたちで製品はラインナップを広げる。コーポレートブランドは変化するもので
はないが、図2の下層部の変化に応じて、個々の製品が変化、適応をすれば、激動の現代
経済に対応可能となる。以上より、組織としても、製品としても、コーポレートブランド
からプロダクトブランドを構築することは、首尾一貫性を保つことにつながる。首尾一貫
性があるということは、結果として、強力なブランドであるという証明になる。
第五に、コーポレートブランドはプロダクトブランドよりも長命である。もっとも、ブ
ランド自体にはライフサイクルが無い。しかし、プロダクトブランドはどうしても製品そ
のものとの結びつきが深い。製品には製品ライフサイクルというものがある。石井、栗木、
嶋口、余田(2004、p.319)によると、製品ライフサイクルは次の4つの段階をたどる。
①生成期(市場に導入された新製品・サービスが、まだ小さな需要しか獲得できない時期)
②成長期(需要が急速に拡大する時期)③成熟期(成長が鈍化し、需要がピークに達する
時期)④衰退期(需要が減少する時期)である。製品や産業によって、これらの変遷の時
間は異なるが、いつか衰退期がやってくることは示唆している。更に、第一章より、現在
その製品ライフサイクルが短縮化傾向にあることがわかっている。それゆえに、ゴーイン
グ・コンサーンを前提とした企業のアイデンティティであるコーポレートブランドとは寿
命が違ってくる。また、新製品開発のプロセスは、そのメーカーの技術革新力か優れてい
ればいるほど短くなる傾向があるが、新しいブランド名で次々に新製品を市場に導入すれ
ば、ブランド名が発売のつど違うため、どのブランドも短命な結果になりかねない、とい
うことである。企業にとって、ブランド忠誠は長期的に永続することが望ましいという前
提がある。永く続いているブランドを新製品に拡張することによって、メーカーは認知や
信頼を獲得するために投入しなければならない導入期のプロモーション費用を大幅に節減
し、過去のブランド資産をそのまま引き継ぐことができる。したがって、メーカーは、新
製品の短いサイクルでの市場導入とブランドの長期的永続性を両立させる必要がある。す
なわち、戦略目標として「新製品導入を短いサイクルで行い、ブランドは永く保つ」、この
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短いと永いという背反する命題を同時併行的に実現することが出来れば、プロモーション
の目的の一つを達成したことになる(大槻博、1997)。すなわち、これを実現できるのが
コーポレートブランドなのではないだろうか。このことから発展的に考えれば、企業は無
駄な新製品開発コストを抑えられるので、コーポレートブランドを構築することで、全体
的なコストを削減できるという可能性がある。また、特に B to B 企業においては、会社の
名前が周知されると、営業やサービスにおいて、これまで以上に顧客との関係を結びやす
くなる(出所
石井淳蔵、横田浩一、2007、p.35)。その結果、取引コストの削減が期待
されるのだ。
以上より、コーポレートブランドがプロダクトブランドと比較して優位に考えるべきで
あることがわかった。だからといって、コーポレートブランドばかりを考えてはいけない。
消費者はモノを買っている。つまり、コーポレートブランドの効果はプロダクトブランド
やその売上に反映されてくるものである。新倉(2006)によると、ブランド体系とは消費
者のマインドの中にブランドの認知構図として構築されるものであり、またブランド認知
ではブランド再生、ブランド・イメージではブランド連想の強さをベースにしたコーポレ
ートブランドとプロダクトブランドとの関係のありかたとして考えていくべきものである。
コーポレートブランドとプロダクトブランドには確かな相関関係がある。ゆえに、コーポ
レートブランドだけを考えていると、顧客や社会の変化に対応できず、足元をすくわれる
恐れがある。また、第三章では、個別ブランド戦略はマスターブランド戦略よりも優れて
いるように見受けられた。したがって、次章では、コーポレートブランドとブランド・ポ
ートフォリオモデルについて実証していく。
第六章 コーポレートブランド優位のブランド・ポートフォリオ
まず前提として、強力なブランド・ポートフォリオを生み出す魔法の公式は存在しない
(出所
アリム・M・タイボー、ティム・カルキンス、2006、p.122)。第三章のように、
個別ブランド戦略にも、マスターブランド戦略にも長所、短所があるからだ。ゆえに、企
業はどちらかを選択することになる。しかし、コーポレートブランドを優位に考えること
で、このブランド・ポートフォリオ戦略の両モデルの比較優劣はできてくる。
日本は元来マスターブランド戦略をとってきた。そしてそれは永く続き、日本の経済を
安定的に発展させてきた。しかし現在、経済のグローバル化によって、市場は日本だけで
はなくなり、企業は世界を見据える必要が迫ってきた。また、M&A が流行し、国境を越
えて企業同士が合併をしたり買収をして規模を拡大したりしている。特に、海外市場に進
出する場合には、その企業自らが現地に行って支社を立てるよりも、現地の企業を買収し
たほう効率がよく、現地の消費者からの支持も得やすい。そうした中で、マスターブラン
ド戦略では、ブランド拡張に限界があり、現代経済についていけない危険性がある。もっ
とも、その強力なブランドのもとで、世界の名だたる競合企業に対抗していくことはでき
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る。しかし、グローバル的視点で考えれば、それは遥かにハイリスクである。
とはいえ、前述のとおり、個別ブランド戦略にも欠点がある。それは個々のブランドを
重視するあまり、企業として一貫性を失ってしまう、ということだ。それでは強力なブラ
ンドは形成されないし、世界に出たところで、世界中に無数にある企業のひとつとして埋
もれてしまう。国によってブランドを選べる、もしくは増やせるという点でローリスクで
あるがローリターンとなってしまう可能性も秘めているのである。
そこで、第五章で考えていたコーポレートブランドが有用となる。第三章より、個別ブ
ランド戦略においては、以前からプロダクトブランドだけではなくコーポレートブランド
も必要であることがわかっている。しかし、マスターブランド戦略に比するとその重要性
は低く、プロダクトブランドとコーポレートブランドを同じ大きさ、単位として考えてい
ることが多いように見受けられる。しかし、第五章のとおり、コーポレートブランドはプ
ロダクトブランドに優位して構築すべきものであると考える。したがって、商品ひとつひ
とつにコーポレートブランドを付けるマスターブランド戦略でなくとも、コーポレートブ
ランドをプロダクトブランドとは切り離したひとつ優位性の高いものとして捉えることで、
コーポレートブランドはそのエクイティを最大限に発揮する。
ここに、ブランド・ポートフォリオ戦略の新しい形が見える。つまり、原型としては、
個別ブランド戦略を採用してリスクを減らす。その中で、コーポレートブランドを重視し
強化することによって、マスターブランド戦略の長所である首尾一貫性、強い訴求力を取
り入れることができる。
終章 まとめ
第一章では、商品とブランドという観点から、ブランドの優位性を述べた。第二章では、
そのブランドの強化のためには、単一のブランドだけでなく、企業内で一体として保有す
るブランド・ポートフォリオの管理が必要となることがわかった。そのうえで、第三章で
は、ブランド・ポートフォリオ戦略について考察を深めた。その結果、個別ブランド戦略
とマスターブランド戦略の2つが存在しており、それぞれが一長一短であることがわかっ
た。そこで、第四章では日本のブランド・ポートフォリオ戦略を検証した結果、日本がマ
スターブランド戦略を選択していることがわかった。そこでは、マスターブランド戦略と
いうよりも、コーポレートブランドの重要性が見えてきた。そこで、第五章では、コーポ
レートブランドとプロダクトブランドの比較をした。その結果、コーポレートブランドが
優位であることが証明された。そのうえで、第六章では、個別ブランド戦略とマスターブ
ランド戦略の両モデルの発展形がわかった。それは、コーポレートブランド優位の個別ブ
ランド戦略である。
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謝辞
最後になりましたが、本論文を作成するにあたり、指導教官の水越康介准教授から、丁
寧かつ熱心なご指導を賜りました。ここに感謝の意を表します。また、日常の議論を通じ
て多くの知識や示唆を頂いた水越ゼミの皆様に感謝いたします。さらに、他の経営学部生
にも知識や知恵をいただいたことを、感謝いたします。
参考文献
①Aaker, David A.(1996),Building Strong Brands, The Free Press.(陶山計介、小林哲、
梅本春夫、石垣智徳訳『ブランド優位の戦略―顧客を創造する BI の開発と実践』ダイヤ
モンド社、1997)
② Keller, Kevin L.(2003),Strategic Brand Management: Building, Measuring, and
Managing Brand Equity , Pearson Education, Inc.(恩藏直人研究室訳『ケラーの戦略的
ブランディング』東急エージェンシー出版部、2003)
③ラリーライト(Larry Light)、1993、『ブランド・リレーションシップの構築』
『コーポレートブランド格闘記
④石井淳蔵、横田浩一、2007、
BtoBブランディン
グの実践ストーリー』日本経済新聞出版社
⑤黄 一煥、片山 博、中根 甚一郎「フレキシビリティのタイプの階層構造について」
1998 日本経営工学会論文誌
pp.359-369
⑥新井 克己、長田 洋「コンソーシアムによる標準化の戦略とマネジメント」2008
研
究技術計画、pp.133-149
⑦Tybout, Alice M and Calkins, T.(2005),Kellogg on Branding: The Marketing
Faculty of The Kellogg School of Management, John Wiley & Sons, Inc, Hoboken,
New Jersey, USA.(小林保彦、広瀬哲治訳『ケロッグ経営大学院
ブランド実践講座』
ダイヤモンド社、2006)
⑧J,N,カプフェレ、博報堂ブランドコンサルティング監訳、2004、『ブランドマ
ーケティングの再創造』東洋経済新報社
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「ブランド・ポートフォリオにおけるコーポレートブランドの優位性」
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⑨伊藤邦雄「コーポレートブランド経営」2000 日本経済新聞社
⑩三木佳光「 その企業らしさ
際学部紀要
の経営とは:企業 DNA(遺伝子)
」2008 文教大学国
18(2),p. 1-22
⑪ピータース/ウォーターマン、1983、『エクセレント・カンパニー』講談社
⑫ジェームズ・C.コリンズ&ジェリー・I.ポラス、1995、『ビジョナリー・カンパニ
ー』日経BP社
⑬新倉貴士「コーポレートブランドとプロダクトブランドの認知構図」2006 商學論究
53(4) pp.41-62
⑭大槻博「店頭からのブランド・プロモーションの戦略的枠組み」1997 多摩大学研究
紀要、1
pp.3-12
⑮石井淳蔵、栗木契、嶋口充輝、余田拓郎、2004、『ゼミナール マーケティング入門』
日本経済新聞社
評価
ブランドマネジメントを考察し、コーポレートブランドの意義を考察することは、日米
のブランドに対する意識の違いや、組織の戦略的な違いにもつながります。コーポレート
に限らず、ブランドを階層化すると言うことは一般的でもありますが、この階層をマネジ
メントすることはきっと難しく、それゆえ大事なことだと思います。
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