角度分解光電子分光による鉄系超伝導体の軌道秩序の観測

The Murata Science Foundation
角度分解光電子分光による鉄系超伝導体の軌道秩序の観測
Orbital Ordering in Iron-Based Superconductors Observed
by Angle-Resolved Photoemission Spectroscopy
H26海自21
派遣先 EMN 夏季会議(メキシコ・カンクン)
期 間 平成26年6月8日~平成26年6月12日(5日間)
申請者 東京大学 大学院工学系研究科 助教 下 志 万 貴 博
態の理解が不可欠である。上記の3種の相転移
海外における研究活動状況
は、伝導面内における4回対称性を破り、2回
対称性をもたらす共通点をもつ。近年、BaFe 2
研究目的
角度分解光電子分光による鉄系超伝導体の
(As1-x P x)2 系における磁性と格子の回転対称性
軌道秩序の観測に関して講演を行い、海外研
の破れは、磁気・構造相転移以上の高温領域
究者らと議論を行う。
まで残存することが、磁気トルク測定、X線回
折から指摘されている。電子ネマティック状態
海外における研究活動報告
と呼ばれるこのような電子系の振る舞いは超伝
1.研究背景
導相を覆う広い領域において観測されている。
鉄系超伝導体は銅酸化物に次ぐ第2の高温
これまでに申請者は角度分解光電子分光測定
超伝導体として超伝導機構解明に向けた精力
により、電子ネマティック領域近傍における擬
的な研究が行われている。銅酸化物では格子
ギャップ形成を報告した。擬ギャップと電子
と磁性の自由度が重要であったが、鉄系物質
ネマティック状態の共存は銅酸化物においても
ではさらに軌道という新しい自由度が加わる。
見いだされており、高温超伝導体に共通した異
これら3つの自由度は母物質において構造相転
常な常伝導電子状態として注目を集めている。
移、磁気秩序および軌道秩序を生じる。特に
軌道秩序はxz/yz軌道バンドにおける非等価な
2.講演内容
エネルギーシフトとして定義され、角度分解光
申請者は、このような異常な常伝導状態にお
電子分光及びX線吸収の線二色性により様々
ける軌道自由度の役割を調べるために、角度分
な鉄系超伝導体において存在が確認された。
解光電子分光による軌道秩序の観測を行った。
これらの秩序状態は、元素置換に伴ってスピ
その結果、等原子価ドープ系B a F e(A
s , P)2
2
ン揺らぎあるいは軌道揺らぎとして非従来型超
において、ネマティック状態及び擬ギャップが
伝導ペアリングに寄与する可能性が理論的に
生じるような高温領域から軌道秩序が発達す
指摘されており注目を集めている。
る様子を観測した。これは電子相図において
このような新奇な超伝導機構を理解するため
軌道秩序が構造相転移や磁気秩序と異なる組
には3つの自由度が複雑に絡み合った常伝導状
成依存性を示すことを示唆している。これらの
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Annual Report No.29 2015
結果から、電子相図において軌道自由度を他
た軌道秩序が動的なものである可能性について
の2自由度から分離することが可能であること
質問を受けた。角度分解光電子分光は10 -15 秒
が示唆される。さらに軌道秩序は過剰ドープ
程度の時間スケールにおける電子状態のスナッ
領域まで観測され、超伝導消失と共に完全に
プショットを積算する測定手法なので、大抵
抑制されることが見出された。これは軌道秩序
の揺らぎは止まって見えることが予想される。
がもたらす電子構造の二回対称性が超伝導発
従って本研究にて観測された軌道秩序は動的
現に有利に働くことを示唆している。
なものも含んでいる可能性があると言える。ま
比較対象として反強磁性秩序を示さず構
た申請者と同様にFeSeの角度分解光電子分光
造相転移のみが観測されるFeSeにおいても同
を行っている講演者がいたので議論を行った。
様に軌道秩序形成の有無を調べた。その結
我々と彼らのデータはよく似ていたが、彼らは
果、構造相転移と同時にエネルギースケール
それを軌道秩序ではなくkz 値の異なる電子状態
50meVの軌道秩序が形成されることを見出し
を重ね合わせて観測したという解釈を採ってい
た。このエネルギースケールは斜方晶構造を
た。今後、彼らは温度依存性を詳細に測定し、
取り込んだ第一原理計算から予想されるものよ
我々は異なるkzにおけるxz/yz軌道バンドの観
り5倍以上大きいため、電子系を起源とする軌
測を行うことで、FeSeの電子状態についてより
道秩序形成であると結論される。本講演では、
理解を深め合うことに合意した。これらの議論
BaFe(As,P)
2
2 及びFeSeを対象とした角度分解
は今後の研究の方向性を決定する上で有意義
光電子分光から決定された軌道秩序相につい
であった。
て紹介し、軌道自由度が高温超伝導機発現に
この派遣の研究成果等を発表した
与える寄与について議論した。
著書、論文、報告書の書名・講演題目
“Lifting of xz/yz orbital degeneracy at the structural
3.活動報告
transition in detwinned FeSe”
講演後の議論において、本研究で観測され
T. Shimojima et al., Phys. Rev. B 90, 121111(2014)
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