目的・定義・適用範囲

新連載
労働災害防止講座
労働安全衛生法の基本
―――第1回 目的・定義・適用範囲―――
一般社団法人日本労働安全衛生コンサルタント会
顧問 後藤 博俊
「人の命は地球より重い」とよくいわれる。人にとってこの世の中のあらゆることが
生命あってのことだから当然のことだが、そのことは、その個人だけでなく、家族やそ
の他の関係者にとってもかけがえのないものであることに違いない。
その「地球より重い」といわれる人の生命であるが、天寿を全うする前に病気、自然
災害、事故などによって不本意に失われることもある。その不本意な事情により失われ
る命を少しでもなくするための様々な努力がなされていることはいうまでもない。
労働災害防止もその努力の中の一つではあるが、特に労働災害による死亡事故は、健
康な労働者が一瞬のうちに貴重な生命を失うものであり、防止対策さえしっかりと採っ
ておれば防ぐことが可能であったものが多いという特色がある。
もう、半世紀近くも前のことになるが、ある労働基準監督署に勤務していた頃のこと
である。その監督署は全国的にみれば中規模だが工業地帯を抱えていたため、管内で 1
年間に 50 人近くの死亡災害が発生していた。通常、監督署の行う災害調査は、緊急自
動車を持たない監督署の職員が災害現場に着いたときには、現場は、ほぼ、きれいに処
理された後で時々被災者のものと思われる血痕が残っている程度であったが、時として
被災者の遺体と対面することもあった。災害現場の血痕を見ただけでも、何分か前にこ
の場所で尊い命が失われたかと思うと尋常な気持ちではいられなかったし、ましてや遺
体を見た時は筆舌に尽くしがたいショックを受けた。そのとき見た悲惨さは、今でも決
して忘れることはできない。
この悲惨な労働災害の発生件数は、昭和 36 年(1961 年)をピークにして、関係者の
たゆまぬ努力の結果、最近では 1 年間に 1,000 人強となっているものの、地球より重い
尊い命が労働災害により失われていることは見過ごすことのできない事実であるし、12
万人近い労働者が休業 4 日以上の重度の災害を被っていることは重大である。
この労働災害を防止するための基本を定めた「労働安全衛生法」について、その概要
を述べることにする。
1 労働安全衛生法の目的
労働安全衛生法の第1条「目的」に「労働基準法(昭和 22 年法律第 49 号)と相まって、
労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進
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の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場に
おける労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進すること
を目的とする。」とあるように職場における労働者の安全と健康を守り、労働災害を防
止することを目的とする法律である。
2 労働安全衛生法における用語の定義
一般に法令における用語の定義は、その用語が社会通念として解釈の余地が大きいも
のの解釈上の疑義を少なくし当該用語の意義や用法を明らかにするものである。その定
義の方法としては、大別して、定義のための条文を設ける場合と条文の中にカッコを用
いて定義する場合がある。どちらの方法を採るかについては、明確な基準があるわけで
はないようだが特別の条文を設ける場合は、その用語が法令において重要な意義を有す
る場合や他の条文で用いられる頻度が多い場合とされ、その他の場合は括弧を用いて定
義を行う方法が通例とされている。
労働安全衛生法では、第 1 章の「総則」の第 2 条に「定義」のための条文を設けて 5
つの用語の意味を明らかにしている(条文中にカッコを用いた定義もあるが、それぞれ
の箇所で述べる。
)
。一般に総則の中に設けられた「定義」は、その法令の全体に及ぶも
のであり、労働安全衛生法第 2 条の定義も同様である。
① 労働災害 労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等によ
り、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死
亡することをいう(第 1 号)。
 労働安全衛生法における「労働災害」とは、
(ⅰ)労働者性・・・「労働者の」、「労
働者が」 (ⅱ)業務起因性・・「業務に起因して」、
(ⅲ)人身被害性・・「(労
働者が)負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」の 3 つの要件からなる。また、
(ⅲ)の人身被害性から明らかなように「いわゆる仕事中のケガと業務上の疾病を
含む」ものである。
② 労働者
労働基準法第 9 条に規定する労働者(同居の親族のみを使用する事業又は
事務所に使用される者及び家事使用人を除く。)をいう(第 2 号)
。
 労働基準法第 9 条において「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に
使用される者で、賃金を支払われている者をいう。」と定義されている。労働安全衛
生法における「労働者」も労働基準法を同義とされている。
③ 事業者 事業を行う者で、労働者を使用するものをいう(第 3 号)
。
 労働基準法第 10 条では「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その
他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者
をいう。
」と定義している。一方、労働安全衛生法では、第 1 条の目的に「労働基準
法と相まって、労働災害の防止のため・・・・・」とし、かつ、
「労働者」の定義も
労働基準法と同義としているにもかかわらず、
「事業者」として上記のように定義し
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ている。その違いを最も簡単にいえば、労働安全衛生法では労働災害防止に関して
労働基準法に比べて企業のトップの責任がより明確にされたということになる。
④ 化学物質 元素及び化合物をいう(第 3 号の 2)
。
 「動植物を構成しているのは『元素』やたんぱく質、脂質、炭水化物など『化合物』
ではないか。人間までが『化学物質』か?」という人もいる(冗談)
。そのような冗
談はさておいて、労働安全衛生法の「化学物質」の定義にかかわる解釈は、昭和 52
年 2 月 10 日付け基発第 77 号に詳しく示されているが、要するに労働安全衛生法で
は、製品としての化学物質のみならず、製造過程に生ずる中間体も対象であること
を明らかにしたものである。化学工場で危険・有害性を有する製造中間体を扱う労
働者をその危険・有害性から守ることを考えれば当然のことといえるだろう。
⑤ 作業環境測定
作業環境の実態をは握するため空気環境その他の作業環境について
行うデザイン、サンプリング及び分析(解析を含む。)をいう(第 4 号)
 有害な化学物質や有害なエネルギーに労働者をできるだけさらされないようにする
ためには、作業環境の状態を正確に把握することが有用である。そのための作業環
境のモニタリングのことである。
 この定義による「作業環境測定」には、
(ⅰ)作業環境の有害性の程度を監視するた
めの定期的な測定、
(ⅱ)健康診断の結果から作業環境の実態や特定の作業者のばく
露量を把握するための測定、
(ⅲ)立入禁止措置を決めるための測定、(ⅳ)局所排
気装置の性能を点検するための測定等広い意味である。
 なお、この定義の「作業環境測定」のうち、事業者に定期的な実施を義務付ける労
働安全衛生法第 65 条の測定については、その項において述べることにする。
3 労働安全衛生法の適用範囲
労働安全衛生法は、労働災害防止に関する一般法であるから同法第 115 条に鉱山にお
ける保安および船員について適用除外とされているほかは、他の法律によって適用が除
外されるもの以外はすべての産業・すべての事業場に適用される(図 参照)。
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次回は、事業者等の責務、ジョイントベンチャーにおける事業者に関する規定の適用
なについて述べる。
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