Z変換の定義と例

Z 変換の定義と例
まずは Z 変換の定義と例を勉強しましょう。
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Z 変換の定義
Z 変換は無限の長さのデジタル時間領域信号 f [i], (i = 0, 1, · · · ) に対するラプラス変換として定義されますが、DFT
長 N を無限大とした DFT と言うことも出来ます。
Z 変換は結局は今まで学んできた○○変換と同様に f [i] のスペクトルを求めるために使う道具な訳ですが、具体的に
どうやって Z 変換からスペクトルを求めるのかを学ぶ前に学ぶ前に、まずは Z 変換の定義を見てみましょう。
定義: (片側) Z 変換
非周期的なデジタル時間領域信号 f [i], (i = 0, 1, · · · ) が与えられた時、次の複素関数 F(z) を (片側)Z 変換という。
F(z) =
∞
∑
{f [i] · z −i }
i=0
f [i]・
・
・非周期的かつ長さ無限のデジタル時間領域信号で、i が負の時は f [i] = 0 とする。また各 f [i] は有限な実
数とする (つまり |f [i]| < ∞ )。
z・
・
・独立変数、Z 平面と呼ばれる複素平面上の任意の点 (複素数)
いきなり 「z 」 とか「Z 平面」とか出てきてなんのことだと思ったかもしれませんが、順を追って説明していきます。
まずラプラス変換と同様に Z 変換も複素平面上の複素関数であり、デジタル時間領域信号 f [i] をむりやり時間領域信
号だとみなしてラプラス変換することで求められます (補足 1) 。
それで F(z) は複素関数なので、複素平面の上から独立変数として適当な複素数 z を選んで F(z) に代入して得られる
値も複素数になります。この複素平面のことをラプラス変換の時は「S 平面」と呼びましたが、Z 変換の時はそれと区別
して「Z 平面」と呼びます。また、独立変数 z は連続的に変化するアナログ量なので F(z) はアナログ信号になります。
さて最初に書いたように Z 変換も DFT と同様にデジタル時間領域信号 f [i] のスペクトルを求めるための道具なので、
独立変数 z は複素角周波数、F(z) はアナログ複素周波数領域信号を表しています。
この F(z) から振幅スペクトルや位相スペクトルを求める訳ですが、今回の f [i] は DFT の時のシチュエーションと
違って非周期的で長さが無限であるので、DFT から求められるような離散スペクトルではなくて連続スペクトルになり
ます。この連続スペクトルに関しての詳しい話は別の節で改めて説明します。
なお F(z) から元の f [i] を復元する「逆 Z 変換」もありますが今回の講義では省略します。また、Z 変換には「両側 Z
変換」と「片側 Z 変換」がありますが、今回の講義は片側 Z 変換のみを扱います。
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Z 変換の収束領域
Z 変換の定義には無限個の和 (無限級数) が含まれていますので、f [i] と z の組み合わせによってはその絶対値 |F(z)|
の値が無限大になる場合があります。これを「 F(z) が発散する」といいます。逆に絶対値が有限になる場合は「F(z)
が収束する」といいます。
F(z) が発散すると色々やっかいなので、普通は Z 変換が必ず収束する事が保証されている Z 平面の領域内の z だけ
で Z 変換を計算することになっています。その領域のことをラプラス変換と同様に「収束領域」と呼んでいます。
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Z 変換の収束領域
ある f [i] から Z 変換 F(z) とその収束領域を求める。
収束領域内から適当に z を選び、その z を F(z) に代入すると、F(z) は収束する。
収束領域外から適当に z を選び、その z を F(z) に代入すると、F(z) は発散する。
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Z 変換の計算手順
実際の Z 変換の計算手順をまとめておきます。
Z 変換の計算手順
(1) f [i] をとりあえず Z 変換の定義にそのまま入れて F(z) を求める
F(z) =
∞
∑
{f [i] · z −i }
i=0
(2) Σ の上の ∞ を消して収束させた後の式を求める。同時に収束領域も求める
F(z) の Σ の上に ∞ が入ったままだと具体的な z の値を代入した時に発散するかどうか分からないし、PC で値
を計算する場合も無限 for ループに陥ってやっかいなので、場合分けをして ∞ を消し、収束後の式を求める。
(場合 1) (1) の段階で既に Σ の上の ∞ を消えている場合
F(z) は既に収束した式になっている。ただし F(z) が発散する z の値を全て求めて、それらを除いた Z 平面の領
域を収束領域とする。
(場合 2) 場合 1 を満たさない場合
公式等を利用して F(z) を ∞ が含まない式に変形する。大抵はその公式が適用できる条件として収束領域も決まる。
(3) 具体的な z の値を代入する
(場合 1) z が収束領域に含まれる場合
(2) で求めた収束後の F(z) の式にその z の値を直接代入して値を求める。
(場合 2) z が収束領域に含まれない場合
F(z) は発散するので計算をしない (「F(z) は発散する」が答になる)。
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Z 変換の例
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例題を挙げて、前節の計算手順を具体的に実践してみます。
4.1
有限長 L の f [i]
長さが有限の L、つまり f [0] から f [L − 1] まで値が入っている (残りは f [i] = 0, (i = L, L + 1, · · · ) とする) デジタル
時間領域信号の Z 変換を前節に書いた手順に従って計算してみましょう。
(1) f [i] をとりあえず Z 変換の定義にそのまま入れて F(z) を求める
長さが有限の f [i] に対する Z 変換は、i が L を超えると f [i] は全て 0 となるので
F(z) =
L−1
∑
{f [i] · z −i } = f [0] +
i=0
f [L − 1]
f [1] f [2]
+ 2 + ··· +
z
z
z L−1
となります。
(2) Σ の上の ∞ を消して収束させた後の式を求める。同時に収束領域も求める
Σ の上の数字が ∞ でないことに注目すると
(場合 1) (1) の段階で既に Σ の上の ∞ を消えている場合
が適用されるので、上で求めた F(z) がそのまま収束後の式になります。
そこで次は F(z) が発散する z の値を求めます。ここで z = 0 を代入すると F(0) の分母が 0 、具体的には
F(0) = f [0] +
f [1] f [2]
f [L − 1]
+
+ ··· +
→∞
0
0
0
となるので F(0) は発散しますが、それ以外の z の値なら発散しないことが分かります。
よって収束領域は原点 z = 0 以外の Z 平面全域となります。図で表すと図 1 の原点 z = 0 を除く斜め線で表した領域
です。
Im[Z]
0
z=1
Re[Z]
図 1: 収束領域 (原点 z = 0 を除く斜め線の領域)。
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(3) 具体的な z の値を代入する
試しに z = 1 を代入した F(1) の値を求めてみます。図 1 に z = 1 の Z 平面上の位置を示していますが、図を見る限り
(場合 1) z が収束領域に含まれる場合
が適用されますので、F(z) の式にそのまま z = 1 の値を代入して
F(1) = f [0] + f [1] + f [2] + · · · + f [L − 1]
が求められます。
4.2
デジタルインパルス信号 f [i] = δ[i − n]
ある 0 以上の整数 n に対し、デジタルインパルス信号

1 (i = n)
f [i] = δ[i − n] =
0 (i 6= n)
の Z 変換を求めてみましょう。
・ n = 0 の場合
この場合は f [i] = δ[i] = {1, 0, 0, · · · } になるので Z 変換の定義に代入すると
F(z) =
∞
∑
{f [i] · z −i } = 1
i=0
になります。つまり n = 0 の時はどんな z を代入しても必ず F(z) = 1 ですので収束領域は Z 平面全域になります。
・ n 6= 0 の場合
この場合、 f [i] = δ[i − n] は i = n 以外の時は 0 になります。これは例題 1 の特別な場合 (L = n + 1 に相当) なので
F(z) =
n
∑
{f [i] · z −i } = 0 +
i=0
0
0
1
1
+ 2 + · · · + n = n (= z −n )
z
z
z
z
となります。収束領域は例題 1 と同様に z = 0 以外の Z 平面全域で、例えば n = 2、z = j とすると F(j) = j −2 =
1/(−1) = −1 になります。
4.3
等比数列 f [i] = ai
例の最後として実数 a(6= 0) に対する等比数列 f [i] = ai の Z 変換を求めてみましょう。
(1) f [i] をとりあえず Z 変換の定義にそのまま入れて F(z) を求める
そのまま定義に代入すると
F(z) =
∞
∑
{ai · z −i } =
i=0
∞
∑
{a · z −1 }i
i=0
です。
(2) Σ の上の ∞ を消して収束させた後の式を求める。同時に収束領域も求める
例題 1 と違って Σ の上の数字が ∞ のままなので、
(場合 2) 場合 1 を満たさない場合
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になります。そこで公式を利用して F(z) を ∞ が含まない式に変形してみます。
さて等比数列の無限級数の公式 (忘れた人は検索しましょう) を使うと |a · z −1 | < 1 、つまり |z| > |a| ならば F(z) は
収束して
F(z) =
1
1 − a · z −1
となります。収束領域は公式を適用できる条件からそのまま |z| > |a| と求まります。この収束領域を図で表したのが図
2 で、図 2 中の半径 |a| の円の外側が収束領域になります。半径 |a| の円上の点 (例えば z = a) は収束領域では無いので
注意して下さい。
Im[Z]
|a| j
z=2a
z=2a
(a<0の場合)
(a>0の場合)
|a|
-|a|
Re[Z]
|a|
0
-|a| j
図 2: 収束領域 (半径 |a| の円の外側の斜め線の領域)。
(3) 具体的な z の値を代入する
試しに z = 2a を代入した F(2a) の値を求めてみます。図 2 に z = 2a の Z 平面上の位置を示していますが (a の符号
により場所が変わります)、どちらにしろ図を見る限り
(場合 1) z が収束領域に含まれる場合
が適用されますので、収束後の F(z) の式にそのまま z = 2a の値を代入して
F(2a) =
1
1
a =
1 − 2a
1−
1
2
=2
が求められます。
一方 原点 z = 0 は
(場合 2) z が収束領域に含まれない場合
が適用されますので、F(0) は発散します。収束後の F(z) の式に z = 0 を代入してはいけません (注)。
(注) ちなみに収束後の F(z) を変形すると
F(z) =
z
z−a
なので、(やってはいけないのですが) 収束後の F(z) に z = 0 を代入すると F(0) = 0 になります。
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演習
演習 1 (チーム):なぜ名前に「Z」を使っているのか、その由来をチームで調べてノートに書け。ちなみに wikipedia に
は「定義式中の遅延要素である z に由来する」書いてあるが遅延要素 (線形システムの所で学ぶ) の記号が z なのは Z 変
換の定義式で z を使っているからである。
演習 2 (個人):デジタルインパルス信号 n = 1、 f [i] = {0, 1, 0, 0, 0, · · · } の Z 変換 F(z) を求めてノートに書け。また
その収束領域をノートに図示せよ。さらに z = 1、z = 0、z = j 、z = 1 + j の位置を Z 平面上に示して収束領域の内部
か外かを確認し、F(1)、F(0)、F(j) 、F(1 + j) の値と絶対値と偏角を求めよ。
演習 3 (個人):有限長 L = 2、f [i] = {1, 2, 0, 0, 0, · · · } の Z 変換 F(z) を求めてノートに書け。またその収束領域をノー
トに図示せよ。さらに z = 2j の位置を Z 平面上に示して収束領域の内部か外かを確認し、F(2j) の値と絶対値と偏角を
求めよ。
演習 4 (個人):等比数列 a = 1、f [i] = 1, (i = 0, 1, · · · ) の Z 変換 F(z) を求めてノートに書け。またその収束領域を
ノートに図示せよ。さらに z = 2 の位置を Z 平面上に示して収束領域の内部か外かを確認し、F(2) の値と絶対値と偏角
を求めよ。
∑∞
z −i である。
C 言語の無限 for ループで i を回しながら足し算を繰り返していくと F(2) の値が上で求めた理論値に収束していくこ
演習 5 (個人):等比数列 a = 1、f [i] = 1, (i = 0, 1, · · · ) の (収束を考える前の)Z 変換は F(z) =
i=0
とを確認せよ。また何でも良いので収束領域外の z の値を代入すると発散することも確認せよ (ただし z = 0 を入れる
とゼロ除算エラーが出るので注意)。
演習 6 (チーム):少し難しい問題なのでチームみんなで考えよう。
等比数列の例題で a は実数としたが、実は複素数でも OK である。これを利用して、デジタルサイン波
(
f [i] = sin
)
2π
·i
Td
の Z 変換が
(
sin
F(z) =
1 − 2 · cos
2π
Td
(
2π
Td
)
)
· z −1
· z −1 + z −2
収束領域が |z| > 1 となることを証明せよ (ヒント: sin をオイラー公式を使って複素数の和に分解する)。
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補足
本題から外れるので本文中では詳しくは説明しなかった事項を補足します。興味があったり、大学編入試験対策でもっ
と深く知りたい学生は読んで下さい。
補足 1:具体的には f [i] にくし型関数をかけて各サンプリング時刻に高さが無限大になる (実際には存在しないけど) 理
論上のアナログ時間領域信号を作ってそれをラプラス変換するのですが、まともに説明しようとするとくし型関数の説
明とかからしないといけなくて長くなるので省略します (もし興味がある人は図書館やネットで調べてみて下さい)。
結論を書くとサンプリング間隔が τ (秒) の時、f [i] のラプラス変換は
F(s) =
∞
∑
{f [i] · e−sτ i }
i=0
となります。ここで esτ を z で置き換えたのが Z 変換
F(s) =
∞
∑
{f [i] · z −i }
i=0
です。
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