プラズマ照射高分子表面のバイオ機能化による 細胞

岐阜薬科大学特別研究費報告書 (2008)
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―平成20年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
プラズマ照射高分子表面のバイオ機能化による
細胞培養基板の設計と開発
笹 井 泰 志
1.緒
言
ル基を利用して細胞接着性ペプチドである Arg-Gly-Asp
(RDG)配列を含むペプチドを固定化した細胞培養基板
現在、細胞を利用した実験システムが、創薬や環境評
の構築とその評価を行った。
価の分野において欠かせないものとなっている。また、最
2.実
近、再生医療に大きな期待が寄せられており、関連する研
験
究分野が大変注目されている。このような背景から、培養
細胞を有効に利用するためのより機能的な培養器材の開
PS/VEMAC シャーレの調製法
発も重要な研究課題の一つとなっている。
2.0 % (w/v) VEMA を含む DMSO 溶液を入れ、30 ºC にて
動物細胞のほとんどを占める足場依存性細胞は、浮遊
未処理 PS シャーレに
インキュベートして、PS 表面層に VEMA を収着させた。
状態では生存できず、接着状態でいることが生命活動に不
その表面に 13.56MHz の高周波電源装置を用いた誘導結
可欠である。したがって、足場依存性細胞の培養には、細
合方式により、アルゴンプラズマ照射を行い、PS のプラ
胞接着性が良好な表面を有する器材を用いる必要がある。
ズマ架橋反応を惹起して、VEMA 固定化 PS を調製した。
現在、細胞培養器材にはポリスチレン(PS)が汎用され
その後、VEMA の無水マレイン酸部位をカルボキシル基
ているが、PSそのものは疎水性が高く、ほとんどの細胞
に変換することで(PS/VEMAC)を調製した(Fig. 1)。
は接着しない。そこで、一般的な細胞培養には、PS表面
にプラズマ表面処理を施し、親水性官能基を導入して適度
な親水性を持たせることで細胞接着性を改善した組織培
養用PS(Tissue culture polystyrene: TCPS)が用いられてい
る。1 一方、TCPSにも接着しにくい細胞の培養やより高
度な実験においては、コラーゲンなど細胞外マトリックス
Fig. 1 Preparation of VEMAC-immobilized PS
(PS/VEMAC).
(ECM)を構成するタンパクをコーティングした器材が
広く利用されている。しかしながら、ECMタンパクの使
用は、感染など動物由来に伴う諸問題を無視できず、また
ペプチド固定化法
品質維持のために保管条件などに注意を必要とする。そこ
Gly-Asp-Ser(GRGDS)を使用した。縮合試薬を用いて、
で、近年、ECMタンパクの代わりに、細胞接着性ペプチ
PS/VEMAC 表面のカルボキシル基と GRGDS のアミノ基
ドを細胞培養基板表面に導入することで人工的なECMを
との間でアミド結合を形成させてペプチドを固定化した
2
構築しようとする試みがある。 一方、低分子量のペプチ
細胞接着性ペプチドとして、Gly-Arg-
(Fig. 2)。
ドは、タンパク質のように基板表面に物理的に吸着させる
ことは困難である。したがって、共有結合で基板表面に固
定化する必要があり、そのためには、基板表面に反応性官
能基を導入する必要がある。
SO3Na
O
OH
C=O
PS/VEMAC
PS/V
EMAC
N
GRGDS
O
O
EDC, Sulfo-NHS
phosphate buffer
(pH 5.8)
NH
C=O
activation
GRGDS
phosphate buffer
(pH 5.8)
C=O
Pep-PS/VEMAC
我々は、これまでに、プラズマ照射によりPS表面にカ
ルボキシル基含有高分子であるビニルメチルエーテル-
マレイン酸共重合体(VEMAC)を固定化することによる
カルボキシル基の導入法を確立している。3 本研究では、
このVEMAC固定化PS(PS/VEMAC)表面のカルボキシ
Fig. 2 Reaction scheme for immobilization of GRGDS on PS/
VEMAC.
EDC: 1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimide
hydrochloride, Sulfo-NHS ; N-hydoxysulfosuccinimide
sodium salt.
岐阜薬科大学薬物送達学大講座薬品物理化学研究室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6-1)
Laboratory of Pharmaceutical Physical Chemistry, Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
笹井泰志:プラズマ照射高分子表面のバイオ機能化による細胞培養基板の設計と開発
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細胞培養条件
モデル細胞には、TCPS表面にはほとんど
次に、Pep-PS/VEMAC 表面における PC12 の細胞増殖性
接着せず、ECMタンパクであるコラーゲン(type IV)で
を各種 ECM タンパク(フィブロネクチン、コラーゲン
コートされた器材での培養が推奨されているラット副腎
(Type I)、およびコラーゲン(Type IV))でコーティング
髄質褐色細胞腫由来細胞PC12 を使用した。培地には、10%
された PS シャーレでの培養時と比較検討した。Fig. 4 に
(v/v)ウシ胎児血清、5%(v/v)ウマ血清、および 2mM L-
示すように、各表面での細胞増殖性には明確な差異が認め
グルタミンを含むRPMI 1640 を用いた。PC12 は、試料シ
られ、Pep-PS/VEMAC では、フィブロネクチンやコラー
5
ャーレに 1.5×10 個/dishとなるように播種し、所定時間培
ゲン(Type I)でコーティングされたシャーレでの培養よ
養後、細胞形態および増殖性を評価した。
りも、細胞増殖性が増大した。この結果、Pep-PS/VEMAC
表面が ECM と同様の細胞足場として機能しており、細胞
3.結果・考察
の接着だけでなく、生存や増殖も促していることを示唆し
ている。今後、ペプチド固定化密度と細胞接着性あるいは
PS/VEMAC表面のカルボキシル基密度は、VEMAを固定
増殖性との相関を明らかにすることで、Pep-PS/VEMAC
化するときのプラズマ照射条件によって影響され、本実験
表面における細胞接着性や増殖性における固定化された
条件下では、最大約 0.35 nmol/cm2のカルボキシル基がPS
ペプチドの関与を明らかにすることが課題である。
表面に導入された。また、X線光電子分光法による表面分
析の結果、Fig. 2 に示す反応スキームにより、PS/VEMAC
こで、GRGDS固定化PS/VEMAC(Pep-PS/ VEMAC)の細
胞足場としての機能を評価する目的で、その表面への
PC12 の接着状態を、未処理のPS、PS/VEMACおよびコラ
ーゲン(Type I)コートシャーレで培養した結果と比較し
た。Fig. 3 に示すように、未処理のPS表面と比較して、
Number of adhered cells (x105)
表面にGRGDSが固定化されていることが確認された。そ
15.0
12.0
9.0
6.0
3.0
PS/VEMAC表面においても多くの接着細胞が認められ、
VEMAC固定化による細胞接着性の改善が認められた。ま
0
た、Pep-PS/VEMAC表面では、PS/VEMAC表面よりもPC12
がより強く接着しており、その形態は、コラーゲンがコー
ティングされたシャーレで培養した場合と見かけ上同一
であった。この結果は、Pep-PS/VEMAC
表面における細
胞接着性が、親水性など物理化学的性質の変化によるもの
ではなく、GRGDSが細胞表面に認識されたことに起因す
Fig. 4 The number of PC12 cells adhered on PS/VEMAC,
Pep-PS/VEMAC, fibronectin-coated and collagencoated PS after 6 days in culture.
The number of seeded cells is 1.5 ×105.
Data represents the mean ±S.D. (n=3)
るものと示唆される。
Non treated PS
PS/VEMAC
以 上 の よ う に 、 本 方 法 に よ り 調 製 さ れ た Pep-PS/
VEMAC は、動物由来の ECM タンパクでコーティングさ
れた基材の代わりとなる機能性細胞培養基板として有用
であることが示された。
4.引用文献
Pep-PS/VEMAC
Collagen (I)-coated PS
Fig. 3 Phase contrast light microscopic images of PC12 on
non-treated PS, PS/VEMAC, pep-PS/VEMAC, and
collagen (type I) coated PS after 48 h in culture.
1) A. S. G. Curtis, J. V. Forrester, C. McInnes, F. Lawrie, J.
Cell. Biol., 97, 1500-1506 (1983).
2) U. Hersel, C. Dahmen, H. Kessler, Biomaterials, 24,
4385-4415 (2003).
3) Y. Sasai, N. Matsuzaki, S. Kondo, M. Kuzuya, Surf. Coat.
Technol., 202, 5724-5727 (2008).