臓器移植時の輸血を原因とする E 型肝炎ウイルス感染への対応について

臓器移植時の輸血を原因とする E 型肝炎ウイルス感染への対応について
【背景】
今回、平成 27 年 10 月 26 日に「輸血で慢性 E 型肝炎」という報道があった。これは厚生
労働省研究班の全国調査の結果、通院中の肝移植後患者 1893 名のうち、生体肝移植時の輸
血が原因で 2 名が E 型肝炎ウイルスに感染し、国内で初めて E 型肝炎の慢性化が明らかにな
った、というものである。なお、2 名とも治療を受けて回復している。
このことから、厚生労働省 健康局 難病対策課 移植医療対策推進室より、当学会および
日本移植学会に対して、別紙の如く「臓器移植時の輸血を原因とする E 型肝炎ウイルス感染
への対応について(注意喚起)」という事務連絡通知が発出された。
内容は以下の通り。
① 今後、同研究班で肝臓以外の臓器移植事例について調査研究が行われる予定である。
② 臓器又は造血幹細胞移植後の患者であって免疫抑制状態下にあるものについて、原因
不明の肝機能低下が疑われた場合、HEV 感染の可能性についても考慮してほしいこと。
【E 型肝炎ウイルスの感染経路について】
E 型肝炎ウイルス(以下、HEV)感染は、通常、経口感染すると考えられてきたが、2001
年に我が国で初めて輸血を介した HEV 感染を認め、その後も散発的にみられ、2002 年~2014
年の 13 年間で 17 例が輸血により感染している。
なお、日本赤十字社では北海道において献血者の HEV 感染実態調査を行っているが、2005
年からの 9 年間での献血者における HEV-NAT 検査の陽性率は 0.011%と報告されている
(IASR Vol.35 p.7-8: 2014 年 1 月号)。
http://www.nih.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2259-related-articles/related-articles-407/4254-dj4074.html
【E 型肝炎ウイルスの慢性化について】
従来、HEV 感染は急性肝炎(時に劇症肝炎)を引き起こすが、慢性肝炎は引き起こさない
と考えられてきた。しかし、2008 年にフランスの Kamar らが、臓器移植後患者(免疫抑制
状態下)では慢性化しうることを初めて報告した1)。その後も散発的に報告されているが、
頻度は多くないものの、臓器移植患者では HEV 感染を生じた場合に約 60%が慢性化すると
いう報告もある 2)。まだ、現状では確立された治療法はないが、免疫抑制療法の減量や
Peg-Interferon 単剤による治療、Ribavirin 単剤による治療などが報告されている2)。
【E 型肝炎ウイルス感染と造血幹細胞移植について】
造血幹細胞移植を受けた患者で HEV 感染が認められた例は非常に少ないものの、報告はあ
る(le Coutre P, et al. Gut 2009; 58:699-702)。また移植前に抗 HEV 抗体陽性であった
場合でも、HEV 再活性化するリスクは非常に低い、と報告されている3)4)。ただし免疫抑制
状態の患者が HEV に感染した場合に慢性肝炎へ進展する率が高いことには注意が必要であ
ると言及しているものもある4)。
【参考文献】
1)
雑誌名(年・巻) The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDECINE(2008; 358)
ページ
811-817
論文タイトル
Hepatitis E Virus and Chronic Hepatitis in Organ-Transplant Recipients
著者(国名)
Kamar N, et al. (フランス)
要旨
急性 E 型肝炎を発症した 14 例の移植後患者(肝移植 3 例、腎移植 9 例、膵腎同時
移植 2 例)についての報告。14 例中、慢性肝炎に進展したのが 8 例みられた(慢性
肝炎の定義:持続する(中央値 15 ヶ月)肝酵素の上昇、血中 HEV-RNA 陽性、組織学
的検査で診断)。慢性肝炎に至った症例では(慢性化しなかった症例と比較し)、移
植から(急性 HEV 感染の)診断に至るまでの期間が有意に短く、また、リンパ球数、
特に CD2・CD3・CD4 陽性 T リンパ球が有意に低かった。
その他
○
HEV 感染は持続的感染の報告はあるが慢性肝炎は引き起こさないと考えられていた。
今回の報告は臓器移植後という状況だが、HEV 感染から慢性肝炎への進展がみられ
た、という初めての報告。
○
対象は、臓器移植を受けた後、予期せぬ肝酵素の上昇がみられた症例で、これらに
対して HEV 検査を行った。調査期間は 2004 年 1 月~2006 年 12 月。
○
217 例の肝酵素が上昇した症例中、14 例(6.5%)で血中 HEV-RNA 陽性であった(こ
れらを急性肝炎と診断)。また、全例が Genotype3 であった。移植から急性肝炎の診
断までは中央値 55 ヶ月(6 ヶ月~168 ヶ月)
。14 例、全例で免疫抑制療法中であっ
た。感染経路は 2 例で動物との接触はあったがその他は不明。
○
14 例中 6 例(43%)は 6 ヶ月以内に自然にウイルスは消失。8 例(57%)が慢性肝
炎へ進展。8 例中 6 例のみで肝生検を施行している。また慢性肝炎に進展した 8 例
については治療介入なく経過観察のみ行っている。
(別の報告で肝硬変への進展が 1
例みられた)
。
2)
雑誌名(年・巻) The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDECINE (2014; 370)
ページ
1111-1120
論文タイトル
Ribavirin for Chronic Hepatitis E Virus Infection in Transplant Recipients
著者(国名)
Kamar N, et al. (フランス)
要旨
臓器移植後で HEV ウイルス血症を持続し、リバビリンによる治療を行った 59 例
(腎
移植 37 例、肝移植 10 例、心臓移植 5 例、膵腎同時移植 5 例、肺移植 2 例)につい
ての後方視的研究の報告。
リバビリン治療開始は、HEV 感染の診断から中央値 9 ヶ月(1 ヶ月~82 ヶ月)後
から開始。リバビリンの投与期間は中央値で 3 ヶ月(1 ヶ月~18 ヶ月)であり、66%
の症例は投与期間 3 ヶ月以内であった。
治療終了時点で 95%の症例で HEV が消失。しかし 10 例(18.5%)でリバビリン中
止後ウイルスの再出現がみられた。したがって、リバビリン治療終了 6 ヶ月以上経
過後も HEV ウイルス検出不能であるのは 59 例中 46 例(78%)であった。ウイルス
再出現がみられた症例のうち 4 例はリバビリンによる再治療を行い治療効果が得ら
れている。リバビリン治療による副作用は 29%で貧血がみられ、うち 12%で輸血を
要した。
その他
○
免疫正常者では HEV 感染は self-limiting であるが、HEV 感染の慢性肝炎への進展
は、臓器移植後、HIV 感染患者や化学療法を行っている血液疾患患者で報告されて
いる。
○
臓器移植後の HEV 感染では、約 66%が慢性感染へと進展し、10%が肝硬変へ進展し
た、とも報告されている(Kamar N. et al. Gatroenterology 2011; 140:1481-9)。
○
HEV 感染に対して確立された治療法はないが、

臓器移植後患者の慢性肝炎に対して、免疫抑制剤の減量で約 30%の症例で HEV
排除が得られたという報告。

その他、Peg-Interferon やリバビリンで治療した少数例の報告はあった。ただ
し Peg-Interferon による治療では腎移植・心移植においては急性拒絶の出現が
懸念されている(Alric L., et al. Ann Intern Med 2010; 153:135-6)(Kamar
N. et al. Clin Infect Dis. 2010; 50:e30-3)。

○
本研究の目的は HEV 感染に対するリバビリン治療の効果と安全性の検証。
HEV 感染が 3 ヶ月以上持続した時、慢性化を考慮するべきと提案している報告もあ
る(Kamar N. et al. Am J Transplantation 2013 ; 13:1935-6)。
○
今回の研究から、リバビリン治療は 3 ヶ月間継続するのが望ましいという考察もあ
り。
○
結論として、今回の研究は後方視的研究であるが、リバビリン単剤療法は慢性 HEV
肝炎に対して有効な治療法となりうる。今後、Prospective study が必要である。
3)
雑誌名(年・巻) Journal of Clinical Virology (2012; 54)
ページ
152-155
論文タイトル
Low risk of hepatitis E virus reactivation after haematopoietic stem cell
transplantation
著者(国名)
Florence Abravanel, et al. (フランス)
要旨
同種あるいは自家造血幹細胞移植を施行した 88 例(Allo 72 例、Auto 16 例)に
ついて、HEV 抗体検査を施行し陽性率を検討。さらに抗体検査陽性者については
HEV-RNA 検査を行い、HEV 再活性化のリスクについて調査した。
88 例中、36 例が移植前の抗 HEV-IgG 抗体検査陽性で、さらにそのうちの 3 例が抗
HEV-IgM 検査が陽性であった。しかし移植前の血漿 HEV-RNA 検査は全例陰性であった。
さらに移植前に抗体検査陽性であった患者について HEV-RNA 検査でのフォローを行
ったが、再活性化はみられなかった。
結論としては、強力な免疫抑制にもかかわらず、造血幹細胞移植後の HEV 再活性
化のリスクは非常に低いと思われる、というもの。
その他
○
本研究では HEV の再活性化は 1 例も認めなかったが、
症例報告では 9 ヶ月間以上 HEV
が持続的に検出され再活性化と思われる症例があることも言及している(le Coutre
P, et al. Gut 2009; 58:699-702)。
○
また、今回と同様に 99 例の HEV 抗体陽性の臓器移植患者について調査した報告にお
いても、HEV 再活性化はみられなかった、という報告についても言及している
(Florence Abravanel, et al. Emerg Infect Dis 2011; 17: 30-7)。
○
結論として前述したように、造血幹細胞移植後の HEV 再活性化のリスクは非常に低
いと思われる、という点と、免疫抑制状態の患者については生焼けの獣肉や豚肉の
摂取のような HEV 感染の環境面でのリスクを減らすことが重要である、という点。
4)
雑誌名(年・巻) Blood (2013; 122)
ページ
1079-1086
論文タイトル
Hepatitis E virus: an underestimated opportunistic pathogen in recipients of
allogenic hematopoietic stem cell transplantation
著者(国名)
Jurjen Versluis, et al. (オランダ)
要旨
HEV の発生率などを通じて HEV 肝炎の要因について、同種造血幹細胞移植 328 例を
用いてコホート研究を行ったという報告。
328 例中、8 例(2.4%)で HEV 感染を認め、さらに、そのうち 5 例が慢性 HEV 感
染をきたした。また、HEV 感染を認めた 8 例中 4 例は HEV ウイルス血症を伴い死亡し
ているが、その他の 4 例については中央値 6.3 ヶ月で HEV ウイルスは消失している。
8 例のうち 1 例は HEV 再活性化と診断している。
著者らは、同種造血幹細胞移植後の急性 HEV 感染は頻度は低いものの、強力な免
疫抑制状態の下では慢性肝炎へ進展するリスクは高い。同種移植患者では移植前に
HEV 検査を行うべきであり、さらに、重篤な肝障害が生じた場合には HEV 感染も鑑別
診断の一つに入れるべきである、と結論している。
その他
○
調査対象 328 例中、

抗体検査は 328 例で移植施行前に施行し、IgG 陽性は 41 例(12.9%)、IgM 陽性
は 2 例(0.6%)であった。

肝障害(ALT 上昇)がみられた際に HEV-RNA を測定したのは 138 例で、1 例で
HEV-RNA 陽性であった。

移植後のスクリーニングでの HEV-RNA 検査は 328 例で実施し、7 例で陽性であ
った。

○
以上から HEV-RNA 陽性例は 8 例で全体の 2.4%であった。
同種移植の内訳は、
血縁者移植は 145 例
(44%)
、HLA 一致非血縁者間は 137 例(42%)、
臍帯血移植は 46 例(14%)。
○
HEV-RNA 陽性の 8 例のうち、5 例で seroconversion がみられ、4 例でウイルスが消
失、1 例は HEV ウイルス血症の存在のまま死亡している。
○
同種移植日から HEV 感染までの期間中央値は 4.6 ヶ月(-2 ヶ月~18 ヶ月)
。HEV 感
染時に強力な免疫抑制を施行していたのは 8 例中 6 例であった。
○
死亡した 4 例の死因は、呼吸不全(感染症)が 3 例、腸管 GVHD が 1 例であったが、
4 例とも HEV 陽性は持続し肝炎の持続が示唆されていた。
○
生存している HEV 感染の 4 例については、HEV 感染からウイルス排除までは中央値
6.3 ヶ月(2~42 ヶ月)であった。うち 1 例はリバビリンによる治療を行ったが、そ
の他の 3 例は免疫抑制療法の中止で対応し、中止中は HEV は消失していた。
○
また、生存している 4 例のうち 3 例が慢性肝炎(HEV 陽性が 6 ヶ月以上持続)と診
断。1 例は 6 ヶ月以内にウイルスは消失したもののその 53 日後に再活性化をきたし
た(免疫抑制剤の減量とリバビリン投与で対応)。
○
HEV-RNA 陽性の 8 例の感染経路は不明であるが、輸血による感染も否定はできない。
ただしサンプルの残りが無く検査出来なかった。